2ch黒猫スレまとめwiki

◆MsHTck9REk

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匿名ユーザー

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花火大会が終わり、公園はだんだんといつもの暗さを取り戻しつつあった。
屋台を照らしていた電灯が一つ、また一つと消えていく。
そんな中で、再び輝きを増したように思える月に照らされる彼女があまりに綺麗だ。
かぐや姫みたいだ、との自身の言葉が甦る。
同時に、幼い頃、絵本を読んだ時の記憶も。
誰か近しい人――あれは誰だったろうか、幼馴染みだろうか、それとも妹だろうか?
かぐや姫が月に帰り、親しい人たちの前からいなくなってしまう、というラストが自分とその近しい人に重なってしまい、とても悲しい思いをしたことを覚えている。
花火は人を興奮させるというが、そのせいだろうか。
京介の思考の中で今と過去、おとぎ話が入り交じり、目の前の彼女がいなくなってしまうのでは、との不安がかき立てられていた。


失いたくない。
そのためには、どうすればいいのか。


「どうしたというの?」
自分の様子をいぶかしがる恋人の姿に、思考はさらに迷走していく。


そうだ、いつか彼女が自分にしたように、彼女を呪うのだ。
月へ帰れぬよう、呪いをかける。
思えば、あの時友人に聞いたことはかなり段階を飛ばしていた。
それ以前に、こんなこともしないといけなかったはずだ。


冷静になってみれば、その『こんなこと』もかなり段階を飛ばしているということはわかるはずだが、今の京介にはそれを顧みる余裕はなかった。
京介自身に回想させるのであれば、『また俺は、いつもの暴走をはじめていたようだ』とでも思い返すのだろうか。


「なあ、黒猫」
「だから、どうしたというの?」
こちらを見上げる少女の顔に自分の顔を近づける。何かを悟ったのか、退こうとする少女の後頭部を掌で押さえ、軽く顔を傾ける。
目をつぶるのかな、と考える暇もなく、二人の唇は重なっていた。


◇ ◇ ◇


数秒後、瑠璃が慌てた様子で京介を押しのける。

「な、な……何をするのよ!?」
「なんだよ、俺達恋人同士なんだろ? キスぐらいしたっていいだろ!」
興奮して叫ぶ京介に、顔を紅潮させて叫び返す。

「それにしたって少しは考えなさい! は、破廉恥すぎる雄ね!」
散り始めていた周囲の観客が、何事かとこちらに目を向けてきているのを見て、興奮しきっていた京介の顔色がだんだんと青ざめてくる。

「あ、あ、いや、その……」
それを見ても、紅潮した瑠璃の顔は戻らない。
"運命の記述"を見せようとするその前に、彼に唇を奪われた。
関係を先に進めてもらうために、見せなくてはならないのに、もう見せられない。
唇に残る温もりが、それをさせてくれない。
見せたくない。


「あの……怒ってらっしゃいますよね、黒猫さん?」
先ほどとは打って変わったか細い声で話しかけてくる京介を、むしろ愛しく思う。
怒るはずもない。
この人が、どうしようもない鈍感でシスコンのこの男が、はじめて向こうから、自分のためだけに動いてくれたのだから。
だからこそ、半ば悟っていながら、抵抗らしい抵抗もしないままに唇を許したのだ。
だが、そんな彼を、今の自分はすべて受け入れることが出来ない。
そして、恐らくは今の彼も、自分にすべてを委ねることはきっと出来ないだろう。
自分たちの間にある、溝なのか、棘なのか、あるいは当然あるべきものなのかもわからない存在。
その存在のことを考えながら、口を開く。

「京介、明日の昼頃うちに来られないかしら? 話しておきたいことがあるのだけれど」
"運命の記述"は破られた。
それならば、その代わりとなる自分たちの未来を考えていこう。
まずは自分の置かれている環境を、直後に自分たちの間に起こることを彼に知ってもらおう。

「はい、必ずそうさせていただきます!」
土下座せんばかりに恐縮するその様に、思わず笑みがこぼれそうになる。

「そう、待っているわね」
出来るだけ冷静な口調を保とうとするが、彼が明日もまた、自分のために、自分と一緒にいてくれることが嬉しくてたまらない。

「じゃあ、帰りましょうか」
冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせながら言葉を継ぐが、上手くいっているかどうかはわからない。
幸い、その夜の帰路で京介から"運命の記述"について聞かれることはなかった。


◇ ◇ ◇


翌日、引っ越しの準備が進む自宅で、瑠璃は京介を待ちながら"運命の記述"を見返していた。
最初のデートで示したページを改めて見てみる。

『先輩に私のことを知ってもらう』

思えば、それすら自分は為していなかったのだ。
その先の、昨日見せるはずであったページが示されるかどうかは、それを済ませてから、その先の二人を考えることが出来てから、それから決めても遅くはない。


チャイムが鳴った。
午前中、ずっとニヤニヤしながら自分を見ていた妹を軽く睨み、玄関へ向かう。
扉の向こうで立っている京介が、自分の未来を象徴しているように思えてならない。

「ごめん下さい、高坂ですけど……」
「待っていたわ」
扉を開ける。
未来への扉を。
その先にあるものが、きっと『理想の世界』につながっていると信じて。

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