星のゆく先は……
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『月影』
コンコン
「おう、俺だ」
「いいよー、入って」
ノックすると返事があった。
トレイを抱えて部屋に入るといつもの面々。
「いや~、かたじけないでござる」
「……どうぞお構いなく」
「ほら早くー。喉渇いちゃった」
まったくコイツは何様のつもりだよ。
「折角お茶淹れてきてやったのになんだかねー、その態度」
「あん? 壁に張り付いてこっちの部屋の様子窺ってたくせに何言ってんの?」
「え? なんで知ってんの?」
「え? マジなの?」
「…………」
「…………」
コホン。話を変えよう。
「ところでお前ら、もう決まったのか?」
「それが中々纏まらなくて……」
今日集まったのは今度の新刊について話し合う為だ。
神聖黒猫騎士団は、次は創作オリジナルで参加するらしい。
またマスケラで参加するものだと思っていたんだがこの三人、メインのジャンルがまったく違うからな。
ならばいっその事完全オリジナルでやってみようって話になった訳だ。
「まあ、ゼロから創り上げるってのは簡単じゃないよな」
桐乃の椅子を借りて腰掛け、俺も話に加わる。
アイデアなんて何も無いんだけどよ。
ふと、桐乃の机の上を見ると真新しいCDが一枚。
星空☆ディスティネーション……?
ふーん、星空ね……
「……なあ、擬人化なんてどうかな?」
「ふーん。擬人化ねー」
「ああ。人じゃ無い物を人であるかの様に書くんだよ。
機関車とか、ピーターとか皆も知ってるだろ? あんな感じだ」
「それは分かりますが……一体何を擬人化するおつもりで?」
俺はCDを掲げて言った。
「星なんてどうだ? ギリシャ神話なんか星を線で繋いだだけなのに物語になってるんだぜ?」
「……面白いかもしれないわね」
「しかし星座は88もあるのでござるよ? キャラが多すぎでは?」
「……それなら、身近なところで太陽系に限定したらどうかしら?」
「そのくらいならいけるかも」
「創作の場合、自分の知り合いをモデルにするとキャラに深みが出るって聞いたことあるぜ」
「ふむ……ではその線で詰めるとしましょうぞ」
・
・
・
「はいはーい、あたし『太陽』決定ね」
「なんでおまえが太陽なんだよ」
「世界があたしを中心に回ってるからに決まってんじゃん」
「は? オレンジ繋がりじゃねえの? 単純にその頭……いってえな! おい」
桐乃のやつ、蹴りくれやがった。
「あんたは『地球』ね、地味男の地。うん、ピッタリ」
「なんだとてめえ!」
「まあまあ京介氏。なかなか面白いと思いますぞ?」
「どういう事だよ」
「地球は太陽の周りを回っているのですぞ?
つまりですな、重力によって、地球は太陽に四六時中振り回されっぱなし、という事でござるよ」
「……興味深いわね。太陽の機嫌によって旱になったり氷河期が訪れたり……地球に同情するわ」
「あー、もうどうとでもしてくれ……」
まさか地球に親近感が湧くとは思わなかったよ。
「拙者はどの星でしょうな?」
「んー……『木星』かな」
「……京介氏。それはひょっとして大きさだけで決め付けてはいませんかな?」
あら? 沙織さん、怒ってらっしゃる?
「い、いや、そうじゃねえって。木星には大赤斑があるだろ? あれがおまえのグルグル眼鏡のイメージなんだよ。
それにな、木星ってのはギリシア神話の最高神ゼウスとされてるんだ。
オタクっ娘のリーダーの沙織にはピッタリじゃないか?」
「やれやれ。上手く誤魔化された気がするでござるよ」
「違うって。それにさ、木星は太陽とよく似た成分で構成されてるらしいぞ?
きっかけがあればもう一つの太陽になれたんじゃないかって話だ」
「……拙者は木星でいいでござるよ。拙者まで太陽になってしまったら地球が燃え尽きてしまう故に」
「まったく、お前ってやつは……」
こいつが積極性を手に入れたら、太陽だって凌駕するんじゃねえかな。
そのくらいすげえヤツなんだが。
「んじゃ次、あやせ。『金星』がいいと思う。金星ってヴィーナスなんでしょ? 美人だしぴったりじゃん」
「金星は太陽、月に次いで明るく見える星でござるな。明けの明星、宵の明星としても知られておりまする」
「……確かに美しい星ではあるけれど。知っているかしら?
金星の大気の主成分は二酸化炭素なのだけれど、90気圧もあるの。これは水深900m程度の圧力ね」
「うわ……なんつー高圧的な」
「その二酸化炭素による温室効果で地表温度は400~500℃もあるそうよ」
「全身ライターで炙られてる様なもんか」
「さらに、金星全体を覆っている二酸化硫黄の雲から硫酸の雨が降り注いでいるそうよ。
外見の美しさに惹かれて不用意に近づいた者は、高温高圧、強酸の地獄に落とされるのだわ。
フフフ……あのスイーツ2号にはお似合いの星ね」
ククク……と哂う黒猫。意外と詳しいな。
星とか神話、守備範囲なのかもしれん。
「じゃあ次は加奈子、『彗星』ね。これは譲れない」
「……メルルね」
「もち! 普段はただの星屑だけど、変身するとすごい輝くの!」
「確かにステージ上のかなかな氏は光り輝いておりましたな」
「んじゃそれで決まりだな。……えっと、『火星』なんだが瀬菜でいいか?」
「なんか理由があんの?」
「ああ。惑星記号って知ってるか? 占星術やタロットでも使われてる太陽系の惑星を表す記号でよ、
火星を表す記号が『♂』なんだぜ?」
「ぶっwwwマジでwww」
「……なんという事をしてくれたの。お陰で火星人は全て男性というおぞましい設定が固まってしまったわ」」
うわー……考えたくねー。
「麻奈実は何がいいかな」
「……地味子? 『冥王星』でいいじゃん。一番遠いしー。
それに知ってる? 最近冥王星って、太陽系の惑星カテゴリーからハブられたんだってさwぷぷっw」
うわあ……悪意ありまくりだなコイツ。どんだけ嫌ってんだよ。
「フッ……冥府の王の名を持つ星。ベルフェゴールに相応しいわね」
こっちはこっちでツボったのか? なにやら不敵な笑みを浮かべている。
「冥王星の軌道は楕円で、他の惑星と違い軌道平面上からかなり傾いて公転しているのでござるよ。
それはまるで各惑星の動向を俯瞰しているようにも思えますな」
「まったくお前ら、好き勝手言いやがって。麻奈実はな、ゆっくり時間かけて公転している、只のお婆ちゃんだよ」
なんだ。結局、全員一致で冥王星なのかよ。やれやれだぜ。
「……ところで、先程から私の星が出て来ないのだけれど?」
黒猫が不満を漏らす。
俺達は互いを見つめて、
「……せーのっ!」
「「「『月!』」」」
「なっ……! 何のつもりよ、皆で揃って……」
「はあ? 月以外に何があるっての?」
「だよなー。月に黒猫。これ以上の組み合わせなんて存在しないだろ」
「然り。最早当然すぎて議論する余地もありませぬ」
「べ、別に私だって月が嫌な訳ではないわ。寧ろ私のイメージ通りでもあるもの。
只、もう少し設定を考えた方が話を創り易いと思っただけで、他意は無いわ」
「ふむ……設定でござるか。ではこんなのはいかがですかな」
沙織がニヤリと哂って語り始めた。
「月とは地球に一番近い天体であり、地球の影の部分を照らす存在であります。
そして月には月齢がありますが、それは恰も様々な衣装に身を包む黒猫氏の様でありますな。
さらに特筆すべきは、自転周期と公転周期がほぼ完全に同期しているという事でしょう」
「どういう事だ?」
「つまりですな、地球の周りを一周する間に自身も一回転しているので、同じ正面しか見えないのでござるよ。
月はいつ見ても同じ模様なのをご存知ありませんかな?」
「なるほどな。そういう事か」
「先程申し上げた様に、月には月齢があり、毎晩違った表情を見せてくれます。
半月、満月、時には表情を見せない新月の夜も御座いましょう。曇っていて拝見できない晩も。
でもね、京介氏。月はいつだって……地球を見つめて、地球の傍に在るのですよ」
黒猫と目が合った。
ぐあ……やべーよこれ、顔が熱い。
沙織はお茶を一口啜り、話を続けた。
「地球に多大なる影響を与える存在としましては月と、そして太陽が在りますな。
月は最も近いその距離で。太陽は距離を物ともしない圧倒的なエネルギーで、
気温や潮汐に影響を与えています。海の生物の産卵は満月の頃と聞いた事はありませんかな?」
「あーなんかTVで見た事あるな。珊瑚が一斉に産卵してた」
「うむ、月の満ち欠けとの関係は昔から言われていますし、科学的なデータも沢山出ております。
人間の場合も同様で……京介氏の前で言うのもなんですが、女性の……その、周期が28日なのも月の影響といわれております」
「そ、そうなんだ……」
どんな反応しろってんだよ。
「日本の研究でも満月の前後に出産数が一割ほど増加する事が確認されておりますし、
満潮に向かって陣痛は進み、そして満月の時期は安産である事が多いといいます」
「へえ、不思議なもんだな」
「遥か昔、地球に生命が誕生したのは太陽のお陰と言われております。
その光が無ければ植物による光合成も無く、大気に酸素は満ちていなかったことでござろう。
そして過去から現在、この星の生命体は月の光に導かれ、未来へと命を紡ぐ……生命の神秘でござるな……」
同人誌の打ち合わせとはとても思えない沙織の話に、皆聞き入っていた。
「……さて、月と地球と太陽と。密接な関係を理解していただけた所で、宇宙の話に戻りますぞ。
太陽、地球、月の順に一直線上に並んだ時に起こる天文現象を何というかご存知ですかな?」
「ああ。月食だろう」
「左様。特に完全に影に隠れる場合を皆既月食というのでござるが、
この時、波長の長い赤色の光だけが屈折率の関係で影の内側に廻りこむのでござる。
その結果、月が赤く見えるのでござるが……これは黒猫氏の得意とする世界ではござらんかな?」
「……そうね。天空に浮かぶ銀の月が闇に蝕まれ紅に染まりし刻、魔界への扉が開かれる……とても素敵な光景ね」
赤い月、蝕……大好物なんだろうな。
もうストーリーが浮かんでいるのかもしれん。
「位置を入れ換えまして、太陽、月、地球の順に並んだ場合、日食となるのでござるが……
きりりん氏、パソコンをお借りしてもよろしいですかな?」
「うん、いいよ」
「それでは失礼して……」
カチカチと何やら検索をしながら話を続ける。
「皆既日食の場合、月の影から太陽が覗いた瞬間、強く輝くのでござるが、
……この現象を“ダイヤモンドリング”というのでござる」
カチリと、検索した画像を見せながら言った。
「へえ……」
「……すごいわね」
「…………」
輝く太陽を一粒石にして、月の輪郭をリングに。
参ったな……スケールがでかすぎるだろ。
「さてさて、地球と太陽の間に月が降り立つ時現れる、宇宙で一番の輝きを放つリング。
はたしてそれは誰の手に……」
・
・
・
「そろそろお暇する時間ですな」
「俺、二人を駅まで送ってくるわ」
「おっけー。それじゃ二人とも、またね~」
桐乃を家に残して駅まで三人で夕焼けのなかを歩く。
「結局、決まらなかったな」
「まだ締め切りまでには余裕があるから大丈夫よ」
「そっか。次に会う時までの宿題ってとこだな」
「そうでござるな」
……。
「なあ、黒猫」
「なにかしら?」
「ちょっと時間いいか?」
「ええ。構わないけれど……」
「ふふ……それでは拙者はこれにて。さらばでござるよ。ニン」
「ああ、悪いな沙織。またな」
沙織と別れて小さな公園へ。二人でベンチに腰掛ける。
「…………」
「…………」
「……それで? 先輩。私に何か用があったのではないのかしら?」
「ああ、うん……あのさ」
ポケットから小さな箱を取りだして、黒猫の掌に乗せた。
「……誕生日おめでとう」
「ありがとう……でも誕生日には少し早いし、皆が集まってくれるのは日曜日だったはずだけれど」
「皆の前じゃこっ恥ずかしいしな」
「……開けてもいいかしら?」
「ああ、勿論」
「……え? これって……」
驚き、目を見張る黒猫。
俺は黒猫の掌から摘まみ上げ、そして彼女の手に戻した。
「少し早いのは承知の上だ。でもさ、俺の気持ちを形にしたかったんだ」
「先、輩……」
「まったく、沙織には参ったぜ。お蔭でサプライズの威力が半減だ」
「そんな事……ない。とても嬉しいわ……ありがとう」
へへっと笑って頭を掻く俺と、左手を胸に抱えて嬉しそうな黒猫。
「……ごめんな。宇宙一じゃなくて」
「そうね……宇宙一にはとても及ばない。どう贔屓目に見てもこれは、」
彼女は、涙を浮かべて最高の笑顔で言った。
「……精々……世界一くらいのものね」
オレンジ色の光に照らされて、
月と地球の影が一つに重なった。
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『月影』
コンコン
「おう、俺だ」
「いいよー、入って」
ノックすると返事があった。
トレイを抱えて部屋に入るといつもの面々。
「いや~、かたじけないでござる」
「……どうぞお構いなく」
「ほら早くー。喉渇いちゃった」
まったくコイツは何様のつもりだよ。
「折角お茶淹れてきてやったのになんだかねー、その態度」
「あん? 壁に張り付いてこっちの部屋の様子窺ってたくせに何言ってんの?」
「え? なんで知ってんの?」
「え? マジなの?」
「…………」
「…………」
コホン。話を変えよう。
「ところでお前ら、もう決まったのか?」
「それが中々纏まらなくて……」
今日集まったのは今度の新刊について話し合う為だ。
神聖黒猫騎士団は、次は創作オリジナルで参加するらしい。
またマスケラで参加するものだと思っていたんだがこの三人、メインのジャンルがまったく違うからな。
ならばいっその事完全オリジナルでやってみようって話になった訳だ。
「まあ、ゼロから創り上げるってのは簡単じゃないよな」
桐乃の椅子を借りて腰掛け、俺も話に加わる。
アイデアなんて何も無いんだけどよ。
ふと、桐乃の机の上を見ると真新しいCDが一枚。
星空☆ディスティネーション……?
ふーん、星空ね……
「……なあ、擬人化なんてどうかな?」
「ふーん。擬人化ねー」
「ああ。人じゃ無い物を人であるかの様に書くんだよ。
機関車とか、ピーターとか皆も知ってるだろ? あんな感じだ」
「それは分かりますが……一体何を擬人化するおつもりで?」
俺はCDを掲げて言った。
「星なんてどうだ? ギリシャ神話なんか星を線で繋いだだけなのに物語になってるんだぜ?」
「……面白いかもしれないわね」
「しかし星座は88もあるのでござるよ? キャラが多すぎでは?」
「……それなら、身近なところで太陽系に限定したらどうかしら?」
「そのくらいならいけるかも」
「創作の場合、自分の知り合いをモデルにするとキャラに深みが出るって聞いたことあるぜ」
「ふむ……ではその線で詰めるとしましょうぞ」
・
・
・
「はいはーい、あたし『太陽』決定ね」
「なんでおまえが太陽なんだよ」
「世界があたしを中心に回ってるからに決まってんじゃん」
「は? オレンジ繋がりじゃねえの? 単純にその頭……いってえな! おい」
桐乃のやつ、蹴りくれやがった。
「あんたは『地球』ね、地味男の地。うん、ピッタリ」
「なんだとてめえ!」
「まあまあ京介氏。なかなか面白いと思いますぞ?」
「どういう事だよ」
「地球は太陽の周りを回っているのですぞ?
つまりですな、重力によって、地球は太陽に四六時中振り回されっぱなし、という事でござるよ」
「……興味深いわね。太陽の機嫌によって旱になったり氷河期が訪れたり……地球に同情するわ」
「あー、もうどうとでもしてくれ……」
まさか地球に親近感が湧くとは思わなかったよ。
「拙者はどの星でしょうな?」
「んー……『木星』かな」
「……京介氏。それはひょっとして大きさだけで決め付けてはいませんかな?」
あら? 沙織さん、怒ってらっしゃる?
「い、いや、そうじゃねえって。木星には大赤斑があるだろ? あれがおまえのグルグル眼鏡のイメージなんだよ。
それにな、木星ってのはギリシア神話の最高神ゼウスとされてるんだ。
オタクっ娘のリーダーの沙織にはピッタリじゃないか?」
「やれやれ。上手く誤魔化された気がするでござるよ」
「違うって。それにさ、木星は太陽とよく似た成分で構成されてるらしいぞ?
きっかけがあればもう一つの太陽になれたんじゃないかって話だ」
「……拙者は木星でいいでござるよ。拙者まで太陽になってしまったら地球が燃え尽きてしまう故に」
「まったく、お前ってやつは……」
こいつが積極性を手に入れたら、太陽だって凌駕するんじゃねえかな。
そのくらいすげえヤツなんだが。
「んじゃ次、あやせ。『金星』がいいと思う。金星ってヴィーナスなんでしょ? 美人だしぴったりじゃん」
「金星は太陽、月に次いで明るく見える星でござるな。明けの明星、宵の明星としても知られておりまする」
「……確かに美しい星ではあるけれど。知っているかしら?
金星の大気の主成分は二酸化炭素なのだけれど、90気圧もあるの。これは水深900m程度の圧力ね」
「うわ……なんつー高圧的な」
「その二酸化炭素による温室効果で地表温度は400~500℃もあるそうよ」
「全身ライターで炙られてる様なもんか」
「さらに、金星全体を覆っている二酸化硫黄の雲から硫酸の雨が降り注いでいるそうよ。
外見の美しさに惹かれて不用意に近づいた者は、高温高圧、強酸の地獄に落とされるのだわ。
フフフ……あのスイーツ2号にはお似合いの星ね」
ククク……と哂う黒猫。意外と詳しいな。
星とか神話、守備範囲なのかもしれん。
「じゃあ次は加奈子、『彗星』ね。これは譲れない」
「……メルルね」
「もち! 普段はただの星屑だけど、変身するとすごい輝くの!」
「確かにステージ上のかなかな氏は光り輝いておりましたな」
「んじゃそれで決まりだな。……えっと、『火星』なんだが瀬菜でいいか?」
「なんか理由があんの?」
「ああ。惑星記号って知ってるか? 占星術やタロットでも使われてる太陽系の惑星を表す記号でよ、
火星を表す記号が『♂』なんだぜ?」
「ぶっwwwマジでwww」
「……なんという事をしてくれたの。お陰で火星人は全て男性というおぞましい設定が固まってしまったわ」」
うわー……考えたくねー。
「麻奈実は何がいいかな」
「……地味子? 『冥王星』でいいじゃん。一番遠いしー。
それに知ってる? 最近冥王星って、太陽系の惑星カテゴリーからハブられたんだってさwぷぷっw」
うわあ……悪意ありまくりだなコイツ。どんだけ嫌ってんだよ。
「フッ……冥府の王の名を持つ星。ベルフェゴールに相応しいわね」
こっちはこっちでツボったのか? なにやら不敵な笑みを浮かべている。
「冥王星の軌道は楕円で、他の惑星と違い軌道平面上からかなり傾いて公転しているのでござるよ。
それはまるで各惑星の動向を俯瞰しているようにも思えますな」
「まったくお前ら、好き勝手言いやがって。麻奈実はな、ゆっくり時間かけて公転している、只のお婆ちゃんだよ」
なんだ。結局、全員一致で冥王星なのかよ。やれやれだぜ。
「……ところで、先程から私の星が出て来ないのだけれど?」
黒猫が不満を漏らす。
俺達は互いを見つめて、
「……せーのっ!」
「「「『月!』」」」
「なっ……! 何のつもりよ、皆で揃って……」
「はあ? 月以外に何があるっての?」
「だよなー。月に黒猫。これ以上の組み合わせなんて存在しないだろ」
「然り。最早当然すぎて議論する余地もありませぬ」
「べ、別に私だって月が嫌な訳ではないわ。寧ろ私のイメージ通りでもあるもの。
只、もう少し設定を考えた方が話を創り易いと思っただけで、他意は無いわ」
「ふむ……設定でござるか。ではこんなのはいかがですかな」
沙織がニヤリと哂って語り始めた。
「月とは地球に一番近い天体であり、地球の影の部分を照らす存在であります。
そして月には月齢がありますが、それは恰も様々な衣装に身を包む黒猫氏の様でありますな。
さらに特筆すべきは、自転周期と公転周期がほぼ完全に同期しているという事でしょう」
「どういう事だ?」
「つまりですな、地球の周りを一周する間に自身も一回転しているので、同じ正面しか見えないのでござるよ。
月はいつ見ても同じ模様なのをご存知ありませんかな?」
「なるほどな。そういう事か」
「先程申し上げた様に、月には月齢があり、毎晩違った表情を見せてくれます。
半月、満月、時には表情を見せない新月の夜も御座いましょう。曇っていて拝見できない晩も。
でもね、京介氏。月はいつだって……地球を見つめて、地球の傍に在るのですよ」
黒猫と目が合った。
ぐあ……やべーよこれ、顔が熱い。
沙織はお茶を一口啜り、話を続けた。
「地球に多大なる影響を与える存在としましては月と、そして太陽が在りますな。
月は最も近いその距離で。太陽は距離を物ともしない圧倒的なエネルギーで、
気温や潮汐に影響を与えています。海の生物の産卵は満月の頃と聞いた事はありませんかな?」
「あーなんかTVで見た事あるな。珊瑚が一斉に産卵してた」
「うむ、月の満ち欠けとの関係は昔から言われていますし、科学的なデータも沢山出ております。
人間の場合も同様で……京介氏の前で言うのもなんですが、女性の……その、周期が28日なのも月の影響といわれております」
「そ、そうなんだ……」
どんな反応しろってんだよ。
「日本の研究でも満月の前後に出産数が一割ほど増加する事が確認されておりますし、
満潮に向かって陣痛は進み、そして満月の時期は安産である事が多いといいます」
「へえ、不思議なもんだな」
「遥か昔、地球に生命が誕生したのは太陽のお陰と言われております。
その光が無ければ植物による光合成も無く、大気に酸素は満ちていなかったことでござろう。
そして過去から現在、この星の生命体は月の光に導かれ、未来へと命を紡ぐ……生命の神秘でござるな……」
同人誌の打ち合わせとはとても思えない沙織の話に、皆聞き入っていた。
「……さて、月と地球と太陽と。密接な関係を理解していただけた所で、宇宙の話に戻りますぞ。
太陽、地球、月の順に一直線上に並んだ時に起こる天文現象を何というかご存知ですかな?」
「ああ。月食だろう」
「左様。特に完全に影に隠れる場合を皆既月食というのでござるが、
この時、波長の長い赤色の光だけが屈折率の関係で影の内側に廻りこむのでござる。
その結果、月が赤く見えるのでござるが……これは黒猫氏の得意とする世界ではござらんかな?」
「……そうね。天空に浮かぶ銀の月が闇に蝕まれ紅に染まりし刻、魔界への扉が開かれる……とても素敵な光景ね」
赤い月、蝕……大好物なんだろうな。
もうストーリーが浮かんでいるのかもしれん。
「位置を入れ換えまして、太陽、月、地球の順に並んだ場合、日食となるのでござるが……
きりりん氏、パソコンをお借りしてもよろしいですかな?」
「うん、いいよ」
「それでは失礼して……」
カチカチと何やら検索をしながら話を続ける。
「皆既日食の場合、月の影から太陽が覗いた瞬間、強く輝くのでござるが、
……この現象を“ダイヤモンドリング”というのでござる」
カチリと、検索した画像を見せながら言った。
「へえ……」
「……すごいわね」
「…………」
輝く太陽を一粒石にして、月の輪郭をリングに。
参ったな……スケールがでかすぎるだろ。
「さてさて、地球と太陽の間に月が降り立つ時現れる、宇宙で一番の輝きを放つリング。
はたしてそれは誰の手に……」
・
・
・
「そろそろお暇する時間ですな」
「俺、二人を駅まで送ってくるわ」
「おっけー。それじゃ二人とも、またね~」
桐乃を家に残して駅まで三人で夕焼けのなかを歩く。
「結局、決まらなかったな」
「まだ締め切りまでには余裕があるから大丈夫よ」
「そっか。次に会う時までの宿題ってとこだな」
「そうでござるな」
……。
「なあ、黒猫」
「なにかしら?」
「ちょっと時間いいか?」
「ええ。構わないけれど……」
「ふふ……それでは拙者はこれにて。さらばでござるよ。ニン」
「ああ、悪いな沙織。またな」
沙織と別れて小さな公園へ。二人でベンチに腰掛ける。
「…………」
「…………」
「……それで? 先輩。私に何か用があったのではないのかしら?」
「ああ、うん……あのさ」
ポケットから小さな箱を取りだして、黒猫の掌に乗せた。
「……誕生日おめでとう」
「ありがとう……でも誕生日には少し早いし、皆が集まってくれるのは日曜日だったはずだけれど」
「皆の前じゃこっ恥ずかしいしな」
「……開けてもいいかしら?」
「ああ、勿論」
「……え? これって……」
驚き、目を見張る黒猫。
俺は黒猫の掌から摘まみ上げ、そして彼女の手に戻した。
「少し早いのは承知の上だ。でもさ、俺の気持ちを形にしたかったんだ」
「先、輩……」
「まったく、沙織には参ったぜ。お蔭でサプライズの威力が半減だ」
「そんな事……ない。とても嬉しいわ……ありがとう」
へへっと笑って頭を掻く俺と、左手を胸に抱えて嬉しそうな黒猫。
「……ごめんな。宇宙一じゃなくて」
「そうね……宇宙一にはとても及ばない。どう贔屓目に見てもこれは、」
彼女は、涙を浮かべて最高の笑顔で言った。
「……精々……世界一くらいのものね」
オレンジ色の光に照らされて、
月と地球の影が一つに重なった。