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『私が母親になったら誕生日を祝うわけがない』:(直接投稿)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
(アニメ設定世界線では)26歳の誕生日、おめでとうございます、黒にゃん!!

昨年は黒猫if下巻が発売され、黒にゃんのifストーリーは完結を迎えました。

本来の原作終了後から8年。多くの眷属がずっと待ち望んできた展開を迎えて
感慨もひとしおですが、同時にこれで本当の終わりという寂しさもありました。

でもその寂しさを吹き飛ばすほどに、昨年7月から始まったコミカライズ版が
想像以上に力が入っていて、安心すると共に毎月黒にゃんの可憐な姿を堪能
出来るという、素晴らしすぎる一年間でした。

この一年もまた、まだまだ黒にゃんの話題で楽しんでいけそうですし
下巻のコミカライズ、そして何時かはアニメ化実現を目指して
眷属としてこれからも盛り上げていきたいものですね。

そんなわけでその一環として、今年の黒にゃんの誕生日にちなんだSS
『私が母親になったら誕生日を祝うわけがない』
を投稿して、黒にゃんの生誕を祝福させて頂きました!。

この話は黒猫if世界線を基本としていて、コミケC99で発刊した
「俺の奥さんの誕生日を祝うわけがない」の続編となっております。

読まれていない方のために簡単に説明いたしますと

  • 黒猫と京介は3年前に結婚、高坂家で大介、佳乃と同居中
  • 現実世界と同様、2年前から世界的なコロナ過になっている
  • 昨年の誕生日は高坂家&オンライン五更家でささやかな家族パーティ
  • パーティでは五更家&黒猫が、京介と付き合うきっかけとなった
 夏合宿前のことを回想

このような内容になっていました。
pixiv でもサンプルとして序盤の部分を上げていますので
興味のある方はそちらもお読み頂ければと思います。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16649914

なお、この話に出てくる黒にゃんバースディケーキを
今年も行きつけのケーキ屋さんで作って頂きました。


こちらも本文に合わせて楽しんで頂けますと幸いです。

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「こりゃあ、瑠璃の今年の誕生日も、どこにもいけそうにないなぁ」

 近年になく厳しい冷え込みになった今冬も、ようやく終わりを迎えたらしく。
 春の訪れを確かに感じる暖かな日差しが、燦々と降り注ぐ午後の一時のこと。

 リビングで共にくつろいでいた最愛の夫が、来月に控えた私の誕生日の話題を
唐突にきり出してきた。

「あなた、昨年も全く同じことを言っていたと思うわよ?」
「そうだっけか?ま、こんなご時勢じゃ、一昨年だってそんなことを言ってたん
だろうけどな」

 まったくね、と、思わず深々とため息をついてしまう。

 一昨年の丁度今頃からというもの。
 全世界に蔓延した新型コロナウィルスは、幾度もの変異を経ては流行を繰り返
して、今もその脅威を人類に与え続けているのだから。
 それは人々の日々の生活様式すら、一変させてしまった程の勢いで、ね。

 口からの飛沫で強い感染力を示すこのウィルスは、外出する時のマスク着用や、
定期的な手洗い消毒を必須のものとさせているし。
 人が集まれば集まるだけ感染のリスクが高まっていくので、リモートワークや
オンライン授業が積極的に推進されてきたものよ。
 最流行時には飲食系を中心に、お店の時短営業まで行われるくらいだしね。

 そんなご時勢なものだから、お祝い事があっても外出するのも憚れるわけで。
 一昨年も昨年も、私の誕生日は家に籠って、家族でささやかなパーティをする
くらいで精一杯だったのよ。

 五更の実家にいた時には、お祝い事は家族揃って盛り上がるのが常だったし。
 大学時代に京介と同棲をしてからも、それを見習って存分に楽しんできたわ。
 誕生日とかのイベントでは、お互いの友人知人で集まってバカ騒ぎをしたり。
 時には二人きりでも、忘れられないくらいの思い出を沢山作ってきたものよ。

 何より先一昨年の私の誕生日では。
 小洒落たレストランのディナーの席で、京介がプロポーズをしてくれたから。
 私たち夫婦にとってはその思い出もあって、掛け替えのない大切な日なのよ。

「それに……昨年のような家でのパーティにしても、今年は難しいでしょうしね」

 私は胸元に抱いている、小さな温もりへと視線を落とした。

 そこには天使と見紛う愛らしい顔で、掛け替えのない存在が眠っている。
 今の私たちにとって、この娘たちは何においても優先する事柄だものね。

「少しの間くらいなら、お袋たちに面倒を見て貰うのもありだろうが……それだ
と本末転倒って話だよなぁ」
「まったくだわ。私たちだけで楽しんだところで、それこそ何の意味もないじゃ
ない。祝ってくれる人がいてこそのお祝い事だもの」
「まだまだ気軽に遊びに出るわけにもいかんしなぁ。家にいるんじゃ、どっちに
しても璃乃と悠璃から目も離せないか」

 そう言って京介は、腕に抱いた璃乃の身体をゆりかごのように揺らした。

 璃乃と悠璃の二人の娘が生まれてから、早四カ月を迎えるところだけど。

 最近は周りの物をしっかりと認識出来ているらしくて、じっと観察したり手を
伸ばすようになったのよ。
 それに私や京介は勿論、お義父さんやお義母さんの顔を見ては、笑顔を見せて
くれるようにもなっているしね。
 始めて笑いかけられた時の、京介とお義父さんの喜びようったらなかったのよ?

 もっとも璃乃も悠璃も二人の燥ぎ様に驚いて、すぐに泣き出してしまったけど。
 その時の二人の悲嘆にくれた顔といったら、二目と見られない惨状だったわね。

 まあ、余談はそれくらいにしておいて。
 我が子が健やかに成長してくれているのは、親として実に嬉しい限りだけれど。
 行動が多岐に渡るようになった分、より一層、眼が離せなくなってもいるのよ。
 油断していると何時の間にか手に取った物を、口の中に放り込んだりするもの。

 加えて長女の璃乃は、次女の悠璃と比べても行動力も好奇心も旺盛みたいだし。
 機嫌を損ねようものなら、家中に轟く泣き声を上げる程、元気一杯なのだけど。
 そんな時でも京介に優しく揺られていると途端に大人しくなるのだから、余程
お気に召しているのかしらね?

 もっとも今は私の腕中の悠璃と一緒で、安らいだ顔でスヤスヤと眠っているわ。
 ふふっ、こうして見比べてみても、私たちでも見分けが付けられないくらいよ。
 まあ、二卵性の双子だから、段々と個性が強くなっていくことでしょうけどね。

「冠婚葬祭なら兎も角、流石に誕生日のレベルではね」
「とはいえ、いいのか?毎年、大切にしてきたイベントなのによ」
「何をするにしても、今はこの娘たちが最優先だもの。それにお義母さんたちに
なるべく負担をかけないように、あなたも育休を取ってくれたじゃない」

 京介と結婚して以来、高坂家に同居させて貰っている私たちは、幸いなことに。
 育児は勿論、出産前後で私が動けない間の家事全般に関しても、京介のご両親
の手厚いサポートを受けられているわ。

 核家族化が進んだ現代日本の育児状況を鑑みれば、私たちはそれだけでも十分
に恵まれているものだと思っているし。
 さらには京介も会社の福利厚生を活用して、産後二か月の間は育休を取得して、
積極的に子育てに励んでくれていたのよ。
 双子なのは早いうちから解っていたから、育児も二倍大変になると見越してね。

 お陰で特に大きな問題もなく-勿論、始めての子育てな上に双子だから、大変
なことは山のようにあったけどね-二人の娘たちはすくすくと成長しているわ。

 でも、この際だから伝えておこうと思っているのだけど。
 私自身、育児というものを少々甘く考えていたのよね……

 末っ子の珠希が生まれた時には、私は九歳だったけれど。
 共働きで忙しい両親を少しでも助けられるようにと、その頃には家事の手伝い
をするようになっていた私は、珠希の面倒を見ることも多かったから。
 子育てに関して一通り把握していたし、大抵のことは実践済みだったわ。

 いえ、その心算だったと、この四カ月で嫌というほど思い知らされたのよ。

 私が珠希の面倒を見られていたのも、結局のところ、祖母ちゃんのお陰で。
 いまだ小学生の私が出来たことなんて、たかが知れていたということよね。

 だから璃乃と悠璃の育児を始めてみた途端。
 自分の認識がどれだけ甘かったのか、すぐさま解らされたというわけ。

 新米母親の私には-産後すぐは、身体も満足に動かなかったしね-育児の何を
するにしても思ったようにいかない上に。
 双子だからか、璃乃と悠璃はお腹がすいたり、おしめでぐずるタイミングが重
なることも多いものだから。
 お義母さんや京介がすぐ傍で私のフォローをしてくれていなければ、とても手
が回らなかったでしょうしね。

 だから家族に支えられて、何とか母親の務めを果たせている今の私としては。
 自分の誕生日くらいで、これ以上皆の手を煩わせられないと思っているのよ。

 そういえば、もう少しで満二十六年を迎えることになる、私の人生において。
 この人には叶わないと思い知らされている人物は、ざっと三人いるのだけど。

 容姿端麗、才色兼備。知的でウィットやユーモアに富んでいる上に。
 気さくで人当たり良い性格だけど、時に謎めいた一面も垣間見せる。
 とても頼りになるから、全て任せれば何も心配ないくらいだけれど。
 その分も、何も出来ない自分の至らなさを、嫌でも実感させられる。

 誰であろう、その筆頭こそ私の実の母親たる五更瑠依その人だもの。

 しかも自分が親になってみれば、益々差があったと実感させられる。
 何せ夫と共働きの上で、三人の娘を立派に育て上げたのだから、ね。

 ああ、でも。ひょっとしたら。
 璃乃と悠璃の二人の愛娘を、健やかに育むことができたその時には。

 ようやくお母さんと真っ直ぐ向き合えるようになるのかしら、私は。

「といっても、結局俺は最初の二か月しか手伝えてないしな。そろそろ二度目の
育休申請だって通るとは思うんだが」
「いえ、今は年度の始めで何かと忙しいのでしょう?その気持ちだけでも嬉しい
のだから、ここは仕事に集中して貰う方が私としても気が楽よ」

 遠慮や強がりからの言葉ではないと、すぐに察してくれたのでしょうね。
 それもそうなんだが、と、何とも言えない表情で口ごもってしまう京介。

 自分のことは二の次で、大切な人を優先してしまうあなたのことだしね。
 まあ、そうはいっても仕事中でも私や娘たちのことが気になって、中々集中出
来ないも容易に想像がつくのだけど。

「だからゴールデンウィークが明けたころにでも、お願い出来るかしら?その頃
には私も休筆から半年になるし、そろそろ復帰に向けて準備したいと思うのよ」
「お、そういうことなら任せてくれ。確実に休みが取れるように、今のうちから
ばっちり調整しておくからな!」

 打って変わって京介は、実に得意気一杯な笑顔になっていた。
 見ているこちらまで嬉しくなるような、晴れやかなまでにね。

 本当、こういう時にあなたたちが兄妹なのだと、実感させられるわね。
 自分の好みを目の前にしてはしゃぐ桐乃の表情と、瓜二つなんだもの。

 まあ、もっとも。随分と桐乃のそういう顔を見てはいないのだけどね。
 今や桐乃は日本中の、いえ、世界中にその名を轟かせる有名人だもの。

 なにせコロナ過で延期された、昨年夏の東京オリンピックにおいては。
 女子陸上界でトップクラスの実力を持つ桐乃は、百メートル世界記録保持者で
あるリア・ハグリィ選手と、後世に語り継がれるべき名勝負を繰り広げ。
 まさかの同着同タイムで、両者金メダルという偉業を成し遂げたのよ。

 あの瞬間は間違いなく、日本中が歓喜と熱狂の渦に包まれていたわね。
 我が家でも勿論、京介やお義父さんが町中に轟く喝采を上げた程だわ。

 ふふっ、私だって何を隠そう。
 テレビの向こうの桐乃へと必死に声援を送っていたわ。柄でもなくね。
 本来なら国立競技場で、直に応援することだって出来たのかもだけど。
 あの時ほどこのパンデミックを、忌々しく思ったことはなかったわよ。

 まあその辺りは兎も角としても。
 日本初になる女子百メートル金メダルをもたらした、その後の桐乃は。
 容姿の美しさと快活な性格も相まって、まさに時の人になっているわ。
 昨年、大リーグで快挙を成し遂げ続けた大谷選手と双璧を為す程にね。

 ニュースのスポーツコーナーでは、桐乃がどこそこの大会に出るとか。
 何かしら話題があれば、今でも真っ先に取り上げられるくらいだもの。
 お陰で桐乃の顔を見るのは、今までよりも格段に増えたくらいだけど。

 でも、流石に。あの心の底から嬉しさが溢れ出ているような。
 真性のオタクならではの、己の核の部分を満たされる歓びの笑顔を見せること
なんて、テレビの前ではありえないものね。

「ええ、お願いするわ。とはいえ、くれぐれも無理はしないでね。もう言う必要
もないと思うのけど、今あなたの心配まで増えたら、私も耐えれらないわよ?」
「流石にその辺はもう大丈夫だって。愛する奥さんには迷惑かけられない一心で、
俺の悪癖も随分と改善されたもんだと思ってるぜ。ま、それに、だ」

 京介は再び視線を胸元へと落す。
 そしてまた、兄妹瓜二つのだらしなくも満ち足りた笑みを浮かべ直した。

「娘たちのことを考えるようになったら、親の責任ってのを、心底思い知らされ
るようになったもんだ。人生、安全安定が一番だって考えにもなるよな、そりゃ。
三十路の前に、随分と年を取った言い草なんだが」
「ふっ、そういえば始めて会った時のあなたは、そんなことを常々口にしている
無気力人間だったわね。死んだ魚のような眼をした、ね。一周回って元に戻った
ということかしら?」
「あの時は俺みたいな奴は、平凡に過ごすのが一番って思ってたからなぁ。って、
そういう瑠璃だって、すげえ美人でドレス姿なのに、どこの怪談の幽霊だよって
くらいに、陰気で負のオーラが溢れてたじゃないかよ」
「し、仕方ないじゃない。私だって始めてのオフ会で緊張していたのよ。そも人
見知りの私は、無意識にそうして自衛してしまうのよ。なのに沙織ときたら」

 あれはもう十年以上も前の出来事なのに、まるで昨日のように思い出せるわ。
 趣味の合う友人を作ろうと参加した、『オタクっ娘あつまれー』のオフ会で。
 けれど思うように打ち解けられず、失意のままに帰宅するはずだったあの日。

 幹事でもある沙織の心配りにも助けられて、人生初の親友が出来たのだから。
 そして今でもこうして私の傍にいてくれる、掛け替えのない伴侶もまた、ね。

「まったくだ。あの傍若無人で超マイペースな管理人様には、本当に面食らった
もんだったがよ。でもとんでもなく良いヤツだってのも、同じくらいにわかった
からな」
「ええ、沙織がいてくれなければ何も始まらなかったわ。私たちの関係もその後
の人生も、全く別のものになっていたでしょうね。いえ、それでも桐乃は自分の
道を歩んでいたのかしら?」
「そりゃあ、どうかな。あいつだって根は普通の女の子だぜ?瑠璃や沙織との付
き合いで助けられたことも、沢山あるだろうさ。俺たちと同じようにな」

 そうかもしれないわね、と相槌を打ちながらも、正直驚いてしまったわ。
 てっきり兄莫迦然として、妹の凄さを嬉々として語ると思ったのだけど。

 ふふっ、私たちがあの時に出会ってから、これまでに育んできた関係は。
 あなたとて掛け替えのないものだと、自負してくれているのでしょうね。

「桐乃も夏の世界陸上に向けて、頑張っていると言っていたし。私たちも負けて
はいられないわ。仕事と育児の両立くらい、しっかりこなさないとね」
「おう、そのつもりだぜ。それに桐乃からも念を押されているしな。『あたしに
しっかり懐いてくれる、素直で可愛い姪に育ててよねっ!』ってよ」
「それは璃乃や悠璃の育ち方とかではなくて、桐乃本人の行い次第だと思うのだ
けどね……」

 娘たちを可愛がろうとするあまりに、しつこくウザ絡みをした挙句。
 苦手意識を持たれて避けられてしまうのが、容易に想像がつくもの。
 桐乃と始めて顔を合わせた時の、珠希が丁度そうだったように、ね。

「そこはまったくの同感だが、その辺は俺たちもフォローしてやらんとな。あれ
でも一応、本人としては好意がありすぎるだけで、悪意は全くないんだしよ」
「そんなことは百も承知よ。まあ、璃乃と悠璃の情操教育のためにも、色々な意
味で手綱はしっかりと握っておかないとね」
「手綱を付ける相手は世界最速の暴れ馬だけどな。まったく骨が折れることだぜ」
「本当にね。その辺は頼りにしているわよ、『兄さん』?」

 私は口元を三日月形に歪めて、うすら笑いを浮かべてみせた。
 こんな笑い方をしたのは、実に数年振りではないのかしらね?

 京介は暫くの間、目を丸くして私を見返していたのだけど。
 盛大に吹き出すと、大袈裟にサムズアップを決めてみせた。

「おう、ばっちり任せておいてくれ。何せ俺は『妹のこととなると頭がおかしく
なっちゃう』シスコン兄貴だからなぁ」

 こんなやりとりをした、在りし日のあの時。

 あなたの『妹』の『友人』としてではなく。
 勿論、偽装していた『妹』としてでもなく。

 打ち拉がれた私のために、本気で怒ってくれて。
 胸の裡に秘めた憤懣を、心から共感してくれて。

 それでも大切な人を護るべく、己の情感を顧みずに。
 体面など金繰り捨てて、二人で協闘したのだものね。

 身内以外の人と、あれほど想いが通じ合えたと思ったことはなかったし。
 私の心情を汲むばかりか、助力まで貰えたのは初めてのことだったから。

 だからあの時に湧き上がった己の感情を、はっきりと自覚してから。
 この人とこの先も共に歩んでいこうと、自分自身に固く誓ったのよ。

 まあ、そうはいっても。その誓いを本当に果たせるだなんて。
 二児の母になった今でさえ、夢のように思えてしまうのよね。

 それは私の想いや努力だけで実現出来たものでは、決してないのだし。
 京介は勿論、親友や家族、周りの人全ての力添えがあってこそだもの。

 だからこそこの幸せを、この先もずっと続けていくことも勿論だけど。
 支えてくれる皆への感謝を決して忘れまいと、新たに誓ってもいるわ。

「でも、そんなあなただからこそ、惹かれたのも事実だし、ね」
「世間的には不名誉な評価だろうが、今の俺にとっちゃむしろ褒め言葉だしな。
瑠璃が俺を想ってくれる切っ掛けになったなら、誇らしいってもんだ。まったく
シスコンは最高だぜ、ってな?」

 私たちはひとしきり笑いあう。
 本当、人生において、何が縁になるかだなんて解らないものよね。

 長女として、母親の代理として。
 家事をこなすのは当然のことだと捉えていたはずの私が。

 趣味が高じた創作者の端くれとして。
 世間に認められずとも、我が道を貫くと心に決めたはずの私が。

 己のことなど省みずに、無償の親愛を注げる存在に心囚われるだなんて、ね。
 それが自分に向けられるなら、どれだけ嬉しいのかと考えてしまうくらいに。

 あの時にはそれが自分の心の弱さに由来する、卑しいものとも思ったけれど。
 お蔭で己の本心と正直に向き合い、自分を変えるきっかけになったのだから。

 本当にあなたには感謝しているし。
 あなたと巡り合えた運命にも、ね。

 気がつけば私も京介も、笑い終わったそのままに、お互いを見つめ続けていた。
 京介は璃乃から右手を離すと、その手を支えに座ったまま身を前に押し出した。

 必然、私と京介の距離はその分縮まって。
 京介の顔が文字通りに、目の前にあった。

 育児中の親としては、褒められたものじゃないのかもだけど。
 普段は一家総出の育児で、喧々諤々の日々を送っているから、夫婦としてこう
いう機会は中々取れないのも事実なのよね……

 その分も京介には負担を強いてしまっていると、申し訳なく思っているのよ。
 育児を始めてからというもの、真剣に頭を悩ませている難題の一つなくらい。

 本当、こういう時にはどうしていたか、先達からご鞭撻欲しいのだけどね。
 とはいえ、この問題を確実に越えたのだろう両親に訊くのでは、生々しすぎて
流石に憚れる案件でもあるしね……

 まあ、その辺の込み入った事情は、今は置いておくとして。

 私からもほぼ反射的に、京介へと顔を寄せていったわ。
 流石にこの辺は、長年培った阿吽の呼吸と言うものよ。

 ここのところ、京介はキスですら遠慮していたくらいだから-きっと抑えが効
かなくなると案じたのでしょうね-ちょっと意外にも思ったのだけど。

 でも……私にしても、同じ気持ちだったのだし、ね。

「うぅーー!!」

 けれど、お互いの唇が重なり合うその寸前に。
 胸元にいる愛妻が、むずかる声を上げていた。

「っと、璃乃が起きちまったな。そろそろミルクの時間だったか?」
「そうね、悠璃もきっと起きるでしょうから、すぐに用意してくるわ」
「なら俺が作ってくるから、少しの間、璃乃も頼むぜ」

 私は悠璃をクッションに寝かせると、京介から璃乃を受け取った。
 今までの温もりが薄れた璃乃は、益々ぐずり出してしまったけど。
 ひとまず母乳を飲ませながら、機嫌を損ねた長女をあやしつける。

 璃乃と悠璃が生まれて、すでに四カ月。
 最近は体重もめっきり増えてきて、母乳だけでは満足出来ない時も多いのよ。
 そもそもにして二人分必要だし、私もそれほど量は出ない体質だから、ミルク
も併用して授乳しているわ。
 最近は特に璃乃が、よく飲んでくれるようにもなっているしね。
 もっとも体はほんの少し、悠璃の方が大きいくらいなのだけど。

 ふふっ、本当に二人とも、どんな娘に育つのかしらね。
 もっともどう成長しようとも、本人の好きなようにさせる心算だけど。

 だって両親がそう育ててくれたからこそ、私は己の望むままの人生を歩んで。

 こうして心から愛する伴侶と共に、大切な娘たちにも恵まれたのだから、ね。


        *        *        *


 私の人生二十六回目の誕生日は、何事もなく過ぎて行った。

 そも平日でもあるし。事前に友人や家族には話しは通しておいたしね。

 まあ、口頭やメッセージなどでは、祝辞を貰っているのだけど。
 それ以外は昨日までと何も変わらない、普段の日常だったわね。

 親になれば人生の中心は子供のためになる、なんてよく聞く話だけど。
 今日の私は、その言葉をまさに身をもって実感しているところだもの。

 そしてその事実が、私としても心から喜ばしいことでもあるわ。

 もっとも日向と珠希は、誕生日ケーキだけは絶対に作ると譲らなかったから。
 毎年の恒例でもあったし、妹たちの心配りを有難く頂戴することにしたのよ。

 お腹が一杯になった璃乃と悠璃が、ぐっすりと眠ってくれたのを見計らって。
 京介が仕事帰りに五更家で受け取ったケーキの箱を、今し方開けたところよ。

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「今年は結婚式のドレス姿なんだな。ホント、あの時の瑠璃は女神が現世に降臨
したのかって、本気で思ったくらいだったよなぁ」
「い、いくらなんでもそれは持ち上げすぎよ。あなたの悪い癖だわ」
「でも本当に綺麗な花嫁さんだったわよ。正直に言うと、京介にはもったいない
んじゃないかしらって、本気で心配になったくらい」
「毎度のことだが、息子には実に辛辣なことですねぇ!……ま、正直に言えば俺
だって常々肝に銘じてるさ。そんな新婦に少しでも相応しいようにってな」
「そうやって自分を卑下するのも悪い癖よ?私の大切な旦那様のことを、悪く言
わないでくれるかしら?」
「いや、そこはお互い様だろ?俺も大切な奥さんのことを、ちょくちょく貶され
てる気がしてるんだけどな」

 こ、これでも昔よりは、大分マシになったとは思っているのよ?
 それもすぐ傍で私を励まし続けてくれた、あなたのお陰だもの。
 あなたにとってもそうであるなら、妻として誇らしいのだけど。

「はいはい、ケーキ通りに何時までも新婚さんみたいな夫婦で羨ましい限りねぇ、
あなたたち。そういえばこの時のブーケは沙織ちゃんが受け取っていたのよね。
その後はどうなの?」
「沙織の場合は、色々な都合があって複雑だからなぁ。本人の願いが出来る限り
叶って欲しいって、俺たちも応援しちゃいるんだが」
「沙織も、家に縛られるだけの心算はないと言っていました。それに香織さんも
傍にいてくれてますから、きっと大丈夫だと思います」

 本当は自分が受ける気はなかったのですがと、あの後で沙織は教えてくれた。
 或いは望まぬ形の結婚になるかも知れない自分よりは、他の人の方が、とね。

 でも、私もそうだと解っていたから、沙織に受け取って欲しいと思ったのよ。
 狙った所へとブーケを投げられるように、密かに特訓していたくらいだもの。

 だって私が今、こうして幸せに過ごせているのは、沙織のお陰だものね。
 その恩返しは勝手ながらも、私の生涯をかけてさせて貰う心算でいるわ。

 だからこの程度では、まったくもって足りないとはいえ。
 沙織の幸せに繋がる切っ掛けになれば、嬉しいのだけど。

「それにしてもこのケーキからは、日向さんと珠希さんの気持ちも伝わってくる
ようじゃないか。たとえ瑠璃さんが母親になっても」
「おっと、それ以上は無粋ってもんじゃないか、親父」
「そうですね、お父さん。瑠依さんや静さんも、きっと気持ちは一緒でしょうし。
さあ、そんな想いが沢山籠ったケーキ、そろそろ頂くとしましょうか」

 結婚式を挙げたのは、既に三年前のことになるのだけど。
 それでも今年の誕生日ケーキに、わざわざウェディング姿の私を描いたのは。

 日向も珠希も。
 いえ、お義母さんの言う通り、五更家全員からのメッセージなのでしょうね。

 なにせ五更の実家では、例えどんな時だって。
 家族の誕生日やクリスマスでは、皆で揃ってお祝いをするのが常だったもの。
 お父さんもお母さんも、どんなに忙しい時でも必ず時間を取ってくれたから。

 娘たちの世話を言い訳にしているようでは、五更の娘としては落第かしらね?

「とはいえ、ウェディング姿の瑠璃を切るのも、中々気が重いよなぁ」

 そう言いながらも、京介はケーキナイフを率先して手に取った。
 日向と珠希が毎年作ってくれる誕生日ケーキには、何時も珠希が心を籠めた
私のイラストが描かれているのだけど。
 何時の間にかそれを切り分けるのは、京介の役目になっているのよね。
 京介が言うには『誰もやりたがらないだろ?』ということなのだけど。

 逆に『誰にも譲る心算はない』という、強い思いも感じる気がするわ。
 嬉しい、とは思っているのよ?私を想ってのことには違いないのだし。

 流石に毎年のことで手慣れた京介は、迷わずケーキを八等分に切り分けていた。
 五号のケーキ-直径十五センチよ-だから、一人二ピースとはいえ、それなり
な分量になるのだけど。

 食感を軽く仕上げた生クリームと、ふわふわに焼き上げたスポンジに。
 ふんだんな旬のフルーツを挟み込み、飾り付けた日向特製のケーキは。
 甘いものが得意ではないお義父さんや食が細い私でも、あっさりと食べられる
くらい、口当たりの良さがあるのよね。
 言うまでもないけれど、勿論、味の方も格別よ?

 ふふっ、今年もさらに出来るようになったわね、日向。
 スイーツ作りなら、もはや私よりも上ではないかしら?

「来年は璃乃や悠璃も一緒に、このケーキを食べたいもんだな」
「ええ、そうね。もっとも二人の一歳の誕生日ケーキが先になるかしら。材料に
は少し気を付ける必要があるけど、きっと日向が張り切ってくれるわ」

 ベビーベッドに並んで眠っている、璃乃と悠璃に皆で目を向けた。

 きっとその頃には、璃乃も悠璃も今の倍になるほど成長していて。
 にこやかにケーキを頬張る二人の姿が、目の前に浮かぶようだわ。

 とはいえその時はまだ、半年以上も先の話になるのよね。
 そのためにも大切な娘たちを、健やかに育て上げないと。

 もっとも。こんなにも皆の愛情を注がれているのだから。
 何も心配なんていらないと、自負してはいるのだけどね。

 勿論、慢心しているわけではないわよ?
 それくらい全霊を尽すという、決意の現れでもあるもの。

 こういう言い様は、私の主義に反してしまいそうだけど。

 たとえ己が身と命を賭すことになろうとも、ね。
 それが母たる者の矜持と、常々戒めているから。

 すやすやと眠る娘たちの顔を見つめながら。
 私は胸中で改めてそう誓っていたのだけど。

「……おう、俺だ。んじゃ、瑠璃に替わるぜ」

 すぐ横でそんなことを言い出したものだから、私は驚いて京介へ振り返った。
 見ればにんまりとした笑みを浮かべて、京介は私へスマホを差し出している。

 スマホの画面には、案の定とても見慣れている-実際に直に顔を合わせたのは、
半年は前のことだけど-剥き出しの八重歯が映っていた。

 私は目線だけをもう一度京介へと流し向ける。

 --桐乃にも誕生日のお祝いはしないと、確かに伝えたと思うのだけど?
 --ああ、勿論だ。でもよ、あっちから電話が来たんなら仕方ないだろ?

 兎も角、俺のせいじゃないからな?と目で訴えている京介。
 先のやりとりから察するに、あなたも承知の上でしょうに。
 私にではなく、わざわざ京介に電話をかけたくらいだしね。

 私は軽く頭を振って、まずは気持ちを落ち着けた。

 まあ、これがどちらの目論みだったとしても。
 そもこちらの意を大人しく汲んでくれなんて。
 桐乃に対して、土台無理な注文だったものね。

「あんた、折角の誕生日を自分勝手に祝うなとかほざいてんの、いったい何様の
つもりだっての!」

 開口一番、その祝うべき本人へ、容赦なく暴言を吐いてくるくらいだもの。

 先にも言った通り、今や桐乃の顔はテレビ画面で見る方が多いくらいだし。
 なにせ巷では『麗しきスプリンター』なんて、呼ばれているくらいなのよ?

 元々の明媚さは勿論、テレビでの外面やインタビューの際の爽やかで気さくな
コメントぶりからは、確かに国民的アイドルに相応しい可憐さばかりを見せられ
ているわけだから。

 こんな剥き出しの怒りの感情を向けられるのも、実に久しぶりな気がするわ。
 そしてその事実に、少しだけ優越感を覚えてしまった自分に驚いたところよ。

 ああ、なるほど。
 昔からあなたや京介が、ちょくちょく私を恥ずかしがらせては喜んでいたのは、
こんな気持ちだったのかしらね?

「前もって皆と一緒に知らせてあったでしょう?そもそも日本にいないあなたに
は、殆ど関係ない話だったでしょうに。今週末にはアジア大会なのよね?」
「どこからだって電話くらいできるっつーの。だいったい、今日は薄情なあんた
になんか用はないんだかんね。ほらっ、ぼさっとしてないで、あたしの『魂の娘』
たちの姿を、早く見せなさいっての」

 んべっ、と小憎らしく舌を出したと思ったら、横柄に私に指図をする桐乃。
 昔ならこんなあからさまな挑発だって、ムキになって反発していたけれど。

 フッ、年を経て分別が付くというのも困ったものね。
 あの頃はこういう桐乃との遠慮のないやり合いが、楽しくて仕方なかったのに。
 今ではその裏に潜ませた気持ちを慮ってしまって、つい手を緩めてしまうもの。

「はいはい、精々大会のためのカンフル剤にするといいわ。もっとも、今は静か
に眠っているのだから、騒がしくするようならすぐさま通話を切るわよ?」
「……わかってるっつーの」

 仏頂面ながらも、律儀に小声で応える桐乃。
 私は吹き出すのを堪えながら神妙に頷くと、娘たちのベッドへと歩み寄った。

 恐らくは京介の合図で、二人が寝ている時に電話をしてくれたのでしょうし。
 その配慮も汲んで、私は背面カメラで璃乃と悠璃の寝顔を黙って映し続けた。
 スマホから漏れ出てる、くぐもった奇声の数々は聞こえない振りをして、ね。

「……そろそろ気が済んだかしら?」
「あーーー、もうちょい!もう一分だけでも!」
「まったく。写真や動画だって、何時もあなたに送っているじゃない」
「今、まさにこの瞬間、ってのが何より大切なんじゃん!陸上だって、その一瞬
の駆け引きの中に見えたものこそが、その全てと言ってもいいんだから。それに
何事も一期一会だって言うっしょ?」
「解らないではないけれど、もう少しその熱弁のトーンを落としなさいな。心な
しか悠璃があなたから顔をそむけたわよ?」
「ゔぅ゙……」

 結局、その後もたっぷりと五分以上は、桐乃の姪っ子観察に付き合わされた。
 案の定、最後はテンションが上がり過ぎた桐乃の声-もはや雄たけびだったけ
どね-で璃乃が泣き出してしまったのだけど。
 すかさず京介があやしてくれたから、璃乃はほどなくして泣き止んでくれたし。
 こっちは任せておけ、と言うことでしょうね。京介は私へ軽く頷いて見せたわ。

 まったく、そこまで気を使ってくれなくてもいいのだけどね。
 むしろ私が璃乃を抱いていた方が、桐乃は喜んだかも知れないわよ?

「くぅぅぅぅ、あともうちょっとで九秒台も出せるくらいの『むすめぢから』が
溜まったのにぃぃぃぃ!!」
「それが本当なら、世界記録をぶっちぎりで更新ね。もっともそれ程の力は、夏
の世界陸上まで取っておいた方が良くないかしら?」

 とはいえ、ここは京介の心遣いを斟酌して、お喋りを続けさせて貰ったわ。

「甘い甘い甘いっ!さっきも言ったケド、あたしたちはその時その一瞬に、全力
を振り絞って戦ってんだから!出し惜しみする余裕は、誰にもないっての!」
「それは失礼したわね。それなら、こんなことをしている時間もなさそうだけど、
随分と余裕のあることだわ」

 気持ちが高揚する余り、つい昔のように手心のないやり取りになってしまう。
 内心では久し振りのお喋りが楽しすぎて、朝までも続けたいくらいなのにね。

「うっわ!親友が久し振りに電話してあげたのに、薄情すぎくなーい?ま、確か
に璃乃と悠璃の成長振りも見られたから、もう用は無いンだけどねー」
「ええ、そうね。私もいい加減、璃乃の面倒を代わらないといけないし。スマホ
は京介に戻しておくわよ?」

 とはいえ、今やお互いにそんなことが出来る身の上でないのも事実。
 ましてや今日は私が、祝い事はしないと自分で言い出したのだから。

「あー、いいっていいって。なんかあればまた連絡するし。今日は姪っ子がどん
だけ成長したのか、直接見たかっただけだしねー」

 桐乃はそこで言葉を切ると、如何にもわざとらしい咳ばらいをする。

「あ、そういや、あんたにも言うことあったんだった」

 仰々しく居住まいを正すと、画面越しに真っ直ぐこちらを見据えてきた。
 昨年、世界で一番になった後のインタビューで見せたような顔つきでね。

「お誕生日おめでとう、瑠璃」

 そして開口一番、ストレートに伝えてくる。
 本当、なんだかんだと回りくどいことが嫌いなのはあなたらしいわね。

「と、ひとまずお祝いはしとくケドさ。来年からはきっちりお祝いとかもやりな
さいよね!子供が大切なのも、そりゃすっごく大事なことだろうケド。これから
の長い人生、受けに回るには流石に早すぎんじゃない?」

 だからこそ、その忠告が身に沁みるとも言えるわね。
 家族や友人たちが気を使って遠慮するようなことでも、あなたは何時でも正直
に真っ直ぐ伝えてくるものね。

 まあ、自分のことは棚に上げておいて、なんて時も多いのが玉に瑕だけど。
 それでも相手のために為すべきを為すのが、あなたが桐乃たる所以かしら。

「……ええ、肝に銘じておくわ。前にあなたに伝えた通り、私とて大切な人たち
全員と、一緒に幸せな未来を築くことが理想だもの。そのために全力を尽くすし、
より良い道を常に模索し続けていく心算よ」

 こちらも桐乃に負けじと胸を張って、言い返しては見たけれど。
 自分で言っていて、私の方は回りくどいことこの上ないわね……

 まあ、この辺は職業病だとでも思っておいて欲しいわね。

「ん、よろしい。言いたいことはそんだけ」

 んじゃ、またね~と、あっさり電話を切ろうとする辺りも実にらしいのだけど。

「ちょっと待ちなさい。あたしからもあなたに言いたいことがあるのだけど」

 慌てて呼び止めたお陰で、桐乃が通話を切る前に間に合ったみたい。
 私は大きく息を吸って気持ちを落ち着け、こちらも背筋を伸ばした。

「わざわざ私の誕生日を祝ってくれてありがとう、桐乃。あなたも大事な時期な
のに、私のために時間を割いてくれて本当に嬉しく思うわ」

 まずは折角の祝言に対しての、感謝を伝えておかないと。
 今や世界中で注目を集めるトップアスリートが、だしね。
 昔のようなルサンチマンではなく、順然たる事実だから。

 まあ、面と向かってこんなことを口にしたら、桐乃は本気で怒るでしょうけど。
 桐乃が今でも私たちの前で昔のように振舞うのも、それを嫌ってだと思うから。

「勿論、大会もしっかり頑張りなさいな。こちらに気を取られて負けた、だなん
てことになったら、寝覚めが悪すぎるでしょう?」

 だから私はわざと尊大な態度で言ってのける。
 自分で言っておいて何様だとは思うのだけど。

「そんな心配いらないってーの。あたしを誰だと思ってるワケ?」
「無論よ。だって私の大切な『妹』だもの。『姉』が『妹』の心配をするのは当
たり前のことでしょう?」

 私のすぐ後ろで、京介が盛大に噴出した。
 それも聞いただろう桐乃は、八重歯をむき出してにして歯ぎしりしていたわ。

「だからしっかりと結果を出せた暁には、頑張った『妹』に『姉』からご褒美を
上げるわ。璃乃と悠璃が始めて笑ってくれた時の動画よ」
「え、何それ。なんでそんな大切なもの、今まで見せてくれなかったワケ!?」
「当然よ。こんなこともあろうかと、私だけの秘蔵の品にしておいたのだから」
「……おっけー、上等じゃん!週末のテレビであたしのワールドレコードが速報
を飾るのを、楽しみにしときなさいよね!」

 狙い通りにテンションマックスになった桐乃との通話を終えると、途端に我が
家のリビングが静寂に包まれたようだった。

「……相変わらず、好き放題にやってて安心するぜ」
「ええ、本当にね。でも見習わなければいけないことも多いかしら。少しばかり
口惜しいのだけど」

 丁度電話が切れたタイミングで、悠璃も少しぐずり始めてしまった。
 慌てて抱き上げると、安心したのかすぐに笑顔になってくれたけど。

「だな。あいつの場合、全部自分で勝ち取ったからこそだしな。ま、うちの娘に
は、節度をもって接して欲しいもんだが」
「それは望み薄だとは思うけど……とはいえ私たちの大切な妹が、この子たちか
らあまり嫌われてしまわないよう、気を付けてあげないとね」

 まさか叔母の深すぎる愛情に身の危険を感じて、なんて話もないでしょうけど。

「だな。どうせ『姪っ子が全然懐いてくれないんだけど、どうしたらいい?』と
か人生相談されるのが目に浮かぶようだぜ。今のうちから備えておかんとなぁ」

 私たちは愛しい我が子たちを抱き締めながら、顔を見合わせて笑い合う。

 ふふっ、でもやっぱりこんな風に。
 大切な人たちと一緒に、笑い合えるのが一番だものね。

 そしてそのための機会だって。やっぱり多いに越したことはないかしら。

「……ねぇ、京介。来年になって世の中ももう少し落ち着いたら」
「ああ、そうだな。昔みたいにみんなを呼んで、賑やかな誕生日にしようぜ!」

 その情景に想いを馳せながら、私たちはもう一度大きく頷き合う。

 胸に抱いた愛娘たちもまた、一緒になって微笑んでくれていたわ。

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