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『幸せをもたらすもの』:(直接投稿)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
(アニメ設定世界線では)28歳の誕生日、おめでとうございます、黒にゃん!!

この一年で、ついに黒猫ifコミカライズも完結を迎えました。
当初の予定では上巻分での打ち切りもあり得たようですが、
俺妹ファンや眷属の反響の大きさで、無事に下巻までを
コミック4巻で描き切って頂けて、感謝の言葉もありません。

原作では不明だった、黒にゃんのボーイッシュデート服の全身デザインや
黒にゃんのお母さん瑠依さん、そして何より、京真君や翠ちゃんまで
しっかりとビジュアル化して貰えたのは、感動ものでした。

これはもう、折角起こして貰ったデザインを今後も生かせるよう
是が非でも黒猫ifアニメ化をして頂くしかありませんね!

コミカライズが終わろうとも、まだまだこれからも
全力で眷属活動を続けていきたい所存です。

さて、そんなわけで。
その一環として、今年の黒にゃんの誕生日にちなんだSS
『幸せをもたらすもの』
を投稿して、今年の黒にゃんの生誕を祝福させて頂きました!。

この話は黒猫if世界線として、黒猫if下巻エピローグの
翌年に迎えた黒猫の誕生日を描いています。

基本的には原作に則った設定ですので、黒猫ifをお読みであれば
どなたでも楽しんで頂ける内容になっていると思います。

なお、この話に出てくる黒にゃんバースディケーキを
今年も行きつけのケーキ屋さんで作って頂きました。


こちらも本文に合わせて楽しんで頂けますと幸いです。

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「お兄ちゃん、人生そうだんがあるの」

 僕の目の前でお行儀よく正座をしている妹は、開口一番にそう切り出してきた。
 来月から小学二年生になるとはいえ、まだまだ年不相応だろうその言葉の響き
に、僕は思わず妹の顔をまじまじと見返してしまった。

 夜闇色の黒髪に雪の如き白肌は、我が家の女性の『固有特徴』【ステータス】。
 間違いなく母さんからの遺伝なのだろうけど、癖のない黒髪の方は幸いにも男
の僕にも受け継がれている。
 やはり『闇の眷属』の一員として、この項目だけは外せないからね。
 恐らくは『黒猫』の『魂魄』【ソウル】を受け継いだもの特有の『発現現象』
【エクスプレッション】なのだろう。

 もっとも僕たち兄弟姉妹の中でも、その『魂魄』の覚醒具合には個人差はある。
 長女の璃乃姉さんは最もそれが高く、『黒猫』の襲名を公言して憚らない程だ。
 一方、次女の悠璃姉さんは光側の属性が強く、双子にして対極な存在でもある。

 まあ、それも全て『黒猫』という『夜魔の女王』【クイーンオブナイトメア】
に宿る、力の強大さから生じるものだと、僕は推察している。
 力というものは存在する限り、必ず相反する力を生み出すのが世界の摂理。
 また極大であればある程、対極へと『反転』し易くなるのも此の世の運命。

 双子であるが故に背負わざるを得ない業ならば、説明も可能な事象とも言える。
 いずれ来る『終末大戦』【ラグナロク】で、雌雄を決する運命なのだろうけど。
 それがどのように決着するか、『大いなる意志』でも見通せはしないだろうね。

 まあ、ひとまず姉たちの紹介は、これくらいでいいだろう。
 次はこの僕。世を忍ぶ仮の名は『高坂京真』となっている。

 我が身に秘められし『真の力』には、今だ覚醒ならずとも。
 『黒猫』の血と魂は、間違いなく僕にも受け継がれている。

 日ごとに増大する『闇の力』が、周囲への軋轢を生み出すが故に。
 己が領域へと、自分自身を『封印』せざるを得なくなったからね。

 まあ僕に関してなら、こうして話しているうちに理解も深まるだろうさ。
 もっとも、徒に『闇の見識』を得るのは、破滅のリスクもつき纏うけど。

 さて、順番的に最後になってしまったけれど。
 一番言及すべきだったのは、今、僕に相談を持ちかけていて。
 『此方の世界』では僕のたった一人の妹である、翠のことだ。

 今年で八歳を迎えるのだけど、今までに闇の力の片鱗も垣間見えたことはない。
 かといって悠璃姉さんのように、矢鱈と『光の力』を溢れさせるわけでもない。

 今のところは歳相応な。天衣無縫にして愛らしい、普通の少女と言えるだろう。

 それでも母さん譲りに手先はとても器用で、学校で抜きんでた絵心を見せたり、
複雑な折り紙やビーズ細工を、上手に作り上げたりもする。
 『先代』たる珠希先生も、幼少時はまさしくそうだったと聞き及んでいるから。
 恐らく翠の潜在能力も相当の『位階』【ランク】だろうと、僕は推察している。

 或いは僕の力など、遥かに凌駕するほどに、ね。

 ただ、まあ。これは『此世』では兄である僕としては、だ。

 このまま真の力に目覚めることなく、穏やかな人としての刻を過ごせるのなら。
 ともすればその方が翠のためなのではないか、と、最近では思い始めてもいる。

 如何に才覚に溢れていようと、向き不向きというものはある。
 常人ならざる『闇の眷属』だとしても、それは同じだからね。
 健やかに成長していく妹を見守る兄として、複雑な心境だよ。

 ……おっといけない。すっかり話がそれてしまっているかな。

 世の理を言い表すには、どうにも『人語』は不便極まりない。
 『真魔言』【マントラ】ならば、簡潔に表意出来るのだけど。
 聞き手が理解できないのでは、ここでは何の意味もないしね。

 まあ、御託はそれくらいにして、話を本題に戻すとしようか。

 そんな幼い妹からの、僕へのたっての頼み事というのだから。
 それは当然、全力で傾聴するしかないだろう、兄としてはね。

「そんなに畏まってどうしたんだい、翠。僕で良ければ何時でも話を聞くよ」
「うん、お兄ちゃんにしか、おねがいできないことだから」

 翠の黒目がちでつぶらな瞳は、いつだって愛らしさに満ち溢れているけど。
 この時ばかりは僕の目を一文字に貫かんばかりに、鋭い眼光を発していた。

 それだけこの『人生相談』への翠の真剣さが、伺えるというものだけど。
 でもそれはそれとして、僕には『この目』はとても見覚えがある代物だ。
 何故ならこの『魔眼』と呼ぶべき力も、高坂女子の『固有能力』だから。

 二人の姉が良からぬ謀略を目論でいたり、ましてや実践中は勿論のこと。
 母さんがこの『眼力』を迸らせたら、誰も逆らうことは出来やしないよ。

 その『力』の一端として、高度な精神操作が可能なのは間違いない。
 まっとうな『一般人』【コモン】である、父さんは兎も角としても。
 僕でさえその瞳に射竦められたなら、抵抗の余地などありはしない。

 術者の望むがままに、その意を叶えるために尽力するのだから、ね。
 まったくもって、神話かおとぎ話が実在するような恐るべき力だよ。

「わかったよ、翠。『今の僕』に出来ることは、限られたものだろうけど。そう
いうことなら協力は惜しまないさ。何でも言ってごらん?」

 だから決して、僕が妹可愛さだけでこう言っている訳ではないのだと。

 そこのところはしっかりと理解しておいて欲しいものだよ、本当にね。

        *        *        *

「……なるほど、来月の母さんの誕生日のことだね」
「うん。もう一か月もないでしょ?今からプレゼントをよういしないとって」
「そう……かもだけど。でもそんなに前もって準備をするほどなのかい?昨年は
確か、母さんの似顔絵だったよね?」
「うん。でもまた同じものにはできないでしょ?だから今年はもっとよいものに
しなきゃって思ってるから」

 まだ七歳だというのに、この飽くなき向上心。
 自他ともに認めるひねくれ者の僕だけど、素直に感心してしまったよ。

 僕が翠くらいのころは、お母さんへの誕生日プレゼントは精々『お手伝い券』
とか『メッセージカード』あたりが関の山だった。
 それもネットで検索して、いわゆる定番品を選んだものだったしね。
 母さんはそれでもすごく喜んでくれたけど、少し後ろめたい気持ちもあった。

 要領を得ていない人もいると思うから、ここで補足を入ておくとしようか。
 我が高坂家では、家族の誕生日には必ずパーティを開くことになっている。
 基本的に家で誕生会をやるだけだから、それ程大仰なものではないけどね。

 もっとも親類縁者や両親の友人やらが何かと集まってくるから、家のリビング
から溢れんばかりになるのもお約束でもある。
 まあそれは兎も角、そこで誕生日を迎えた主役には、参加者が各々プレゼント
を送るのもお約束になっているんだ。

 なんでも母さんの実家の五更家では、代々そうしてきたって伝統らしいけど。
 となれば父さんに是非があるわけもなく、うちでも踏襲しているってわけさ。

 とはいえ、だ。ここで考えてもみて欲しい。
 世間一般的な小学生が、毎年家族五人分の誕生日プレゼントを購入する資金的
余裕なんて、あるわけもないだろう?
 だからまあ、僕や翠が現実的に出来るプレゼントといえば。
 絵を描いたり、自作の小物とかを用意するのが関の山だよ。

 まあ、家族の誕生日パーティやらプレゼントの準備やらも。
 『闇側の者』である僕は、いい加減、解放されたいのも正直なところだけどね。
 『此方の世界』の仮初に過ぎない家族に、それ程の意味や価値はないのだから。

「そうか。翠は本当に偉いね。きっと母さんもその気持ちだけで、泣いてしまう
くらいに喜んでくれるだろうさ」

 相手によって-例えばクラスの低能な悪ガキども-は、皮肉をたっぷりと籠め
て言い放つ、僕の得意の口上のようだけど。
 勿論、ただ一人の妹に対しては、言葉通りの意味で言っている。

 僕にとっては左程ではないにしても。
 翠にとっては家族の誕生日もプレゼントも、特別だと思っているだろうからね。

 それに、えへへ、と嬉しそうに笑う妹を目前にしたら、素直な気持ちにもなる。
 きっとこれも、翠の持つ『潜在能力』【ポテンシャル】の発現だとは思うけど。

「それで翠は、何をプレゼントしようと思っているんだい?」
「うん、それは、ね……」

 途端にもじもじとしながら顔を伏せてしまった翠。
 幼少から天真爛漫な翠だけど、最近はこんな恥じらう姿も見せるようになった。

 きっと小学校ですごしたこの一年が、翠に様々な影響を与えているんだろう。
 低能で品性下劣な級友たちの相手をしなければと思うと、僕にとっては無駄な
時間以外の何物でもない場所だけど。
 そこは持って生まれた『宿星』というものもある。
 己の『宿星』は唯一つでも、周囲を取り巻く『宿星』はそれこそ千差万別だ。
 幸い妹の周りは『天星』が揃っているのか、良い関係を築いているのだろうね。

「……おたんじょう日ケーキを作ろうと思っているの」

 思ってもみなかった話に、思わず翠の顔をまじまじと見返してしまった。
 翠は確かに手先は器用だし、お絵描きや工作にしても、同年代の子供たちとは
一線を隠している。
 昨年の小学校の写生大会では、銀賞を貰って家族の皆で喜んだくらいだからね。

 その一方で、翠は若干七歳の女の子でもある。
 流石に料理となると、興味はあってもお手伝いレベルなのが正直なところだ。
 それに刃物や火気系の調理器具に関しては、まだ一人の時に使ってはならない
と母さんから言われているから、それも致し方ないところでもある。
 だから今の翠がケーキを作ろうというのは、流石にハードルが高いことくらい、
僕にも容易に想像できるわけだけど。

「それは……ちょっと大変そうだね。何かアイディアがあるのかな?」

 とはいえ、何の考えもなしに翠がそんなことを言い出すとも思えない。
 なにかしらの目算があればこそ、改まって僕に相談したのだろうしね。

「うん!お母さんやゆうりお姉ちゃんがつくってくれる、りっぱなケーキはむり
かもだけど。どうがでこんなのを見かけたんだ」

 そういうと、翠はスマホを僕へと見せてくれる。
 どうやらお菓子作りを解説している動画のようだけど。
 『お子様と一緒に作れる簡単ケーキ』というタイトルからして、なるほどこれ
なら今の翠でも、と考えたんだろう。

「つくりかたを一とおり見たんだけど、どうしてもわたしだけだと、できないと
ころがあるから」
「そこを僕にフォローして欲しいってことだね。そういうことならお安い御用さ」

 僕は少し勢いを付けて、どんと胸を叩いて見せた。
 最近は随分と運動から遠ざかっていたから、衝撃で思わずむせそうになってし
まったけれど。
 そこはぐっと我慢して、浮かべた笑顔を崩さないよう振舞っておいた。
 ここで無様を晒して妹を不安にさせるような真似は、出来ないからね。

 僕の返事を聞いて、ぱっと顔を輝かせた翠。
 そんな屈託のない笑顔を見せられると、続く質問を躊躇ってしまうのだけど。

「でも一つだけ確認させて欲しい。料理とかの相談なら、悠璃姉さんとかに頼む
方が確実だったんじゃないかな?どうして僕なんだい?」

 とはいえ、そこはしっかりと確認しておかなければならない。
 自分で言うのもなんだけど、料理なんて家庭科や璃乃姉さんの手伝い-一時期
父さんに手作り料理を振舞おうと頑張っていた時があったんだよ-をさせられた
くらいの経験値しかないこの僕だ。
 ケーキ作りのフォローを頼む相手には、流石に不向きだとは思うからね。
 だからその理由如何では、僕の為すべきことも変わってくるだろうから。

 何事も『契約』を結ぶには、目的と期限、そして双方の権利と義務を、明確に
規定しておく必要がある。
 現実的な問題でも言うに及ばず。『悪魔』を召喚をする際にそれを怠るあまり、
破滅する話は枚挙に暇がないくらいだよ。

 例えば古典的作品だけど、『女神降臨』の主人公にしてもだ。
 天才的頭脳で悪魔召喚プログラムを作った割に、その辺りの魔術的契約の知識
が欠落していたものだから。
 召喚した悪魔が制御出来なくなって、大惨事を引き起こす物語だからね。

 『闇側の者』に属する僕としては、そんな初歩的なミスは勿論しない。

 例え相手が『此方の世界』の妹だとしても。
 いやだからこそ、不測の事態に巻き込まないためにも、契約内容の確認は必要
だってわけさ。

「それは、その」

 予想はしていたけど、途端に曇った翠の顔を見ると、胸の奥が少しざわつく。
 黙って協力すれば良かったんだと、僕の心の弱さが訴えてきたところだけど。

「お姉ちゃんたちも、たぶんプレゼントのじゅんびをするのに、とってもいそが
しそうだったから」

 でも続いた言葉は、僕の予想外のものだった。
 てっきり悠璃姉さんに頼んだら、全部自分でやってしまいそうだとか。
 璃乃姉さんにも話を聞かれて、どちらが手伝うか喧嘩を始めてしまったとか。
 そんな姉たちの妹好きが高じて面倒ごとになったとかを、想像したんだけど。

「そう、なんだ。それはつまり二人ともってわけだね?」

 こくんと頷く翠。

「なるほど、それだけ手が込んだものを用意しているのかな。昨年は璃乃姉さん
がルーンストーンで、悠璃姉さんはキッチンミトンだったね」

 あの二人のことだ。
 璃乃姉さんは言うまでもなく、さらに『呪力』を高めた物を用意するだろうし。
 悠璃姉さんはあれで凝り性だから、更なるクオリティを追求してくるんだろう。

 何事も向上心があるというのは、一般的には美徳として見られるのだろうけど。
 あの二人の場合、それが周囲を巻き込まずにはいられないのが、実に致命的だ。

 大抵の場合、その発端は璃乃姉さんからなのは間違いない。
 自覚があろうが無かろうが、天性のトラブルメーカーと言えるだろうね。
 加えて周りをまったく気にしない猪突猛進振りが、実に始末に負えない。

 桐乃叔母さんとよく似てるとか、父さんは嬉しそうに良く言うんだけど。
 父さんが一番被害に会っているのに、呑気なもんだと常々思っているよ。

 対して一見、常識人然として理性的な言動を取る悠璃姉さんにしてもだ。
 トラブル-主に姉が原因-の解決の際は、割と他の配慮が欠けたりする。

 『時間的状況的制約上、他に方法がないんだよ』なんて弁明してるけど。
 我が左目に宿りし『慧眼』【ウジャト】で『視る』限り、悠璃姉さんも何かに
集中すると、他の事が目に入らなくなる傾向が多々ある。

 それこそ璃乃姉さんと同じように。まあ、この辺りも母さん似だろうけどね。

 その点、僕は『並列思考』【パラレル】を信条としているからね。
 何事も大局的な視点で判断できるよう、あらゆる事象の収拾と分析をし、同時
に考慮しながらの行動を常としている。
 元々『闇の皇子』の性質を受け継いだ、この身の『固有能力』でもあるし。
 多人数対戦ゲームのリーダーで研鑽も積むこの僕に、死角などないからね。

「りのお姉ちゃんは、このところずっとおへやで『やみのぎしき』をしているし、
ゆうりお姉ちゃんもお夕はんまでの間、とび回ってるから」

 成程、僕が気付いていなかったことまで、翠は把握しているようだ。
 いやまあ、僕の方が姉二人となるべく関わらないようにしているのも、理由の
一つではあるんだけど。

「それだけの準備をしているわけだね。ありがとう、状況は把握できたよ。それ
じゃあ翠のプレゼント作りの計画を立てようか」
「うん!でも、おたんじょう日の朝に作ればだいじょうぶじゃないかな?」
「実際にプレゼントにする物はそうだね。でもそのためには一度、出来れば二度
かな。試作をしなければならないよ。なにせ僕だってケーキを作った経験なんて
ないからね。翠のサポートをする心算で、足を引っ張る訳にはいかないさ」
「そっか。わたしだって、れんしゅうしないといけないもんね」
「そうだね。ただ僕たちの使える予算を考えれば、そう何度も材料を用意するわ
けにもいかないと思う。だからまあ、一度作れれば御の字かな」

 うん、と真っ直ぐにこちらを見つめたまま、大きく頷く翠。
 本当、どうして家の姉妹の中で、翠だけはこんなに純真なんだろうか。
 それとも翠も十年もすれば、今の姉さんたちのようになるんだろうか。

 その姿を想像すると、思わず背筋を冷たいものが走り抜けた気がするけど。
 ……いや、ようは僕が翠にとって、良い兄であり続ければいいだけの話さ。

 そう自分を戒めると、僕は愛用のタブレットを机の上から手に取った。
 そして翠の見たという動画を二人でもう一度確認しながら、必要な材料、調理
手順、予算、そして当日までのスケジュールを入力していく。

「とりあえずこんなところかな。ひとまず明日にでも材料を買って来たら、早速
試しに作ってみようか。母さんには僕から家庭科の宿題でキッチンを使うと話し
ておくよ」
「ありがとうお兄ちゃん。ぜんぶやってもらって」
「くどいようだけど、調理の実践の方はたいした戦力にはなれないだろうからね。
なら事前準備や環境整備を担当しないと。翠がケーキの作成に集中できるように
するのが、一番の助けになれると思うしね」
「うん!お兄ちゃんにそうだんしてよかった」

 目を細めて満面の笑みを浮かべてくれる翠。
 この顔を見られるのなら、どんな苦労だって厭わない。
 それだけの価値が、いやプライスレスな代物だろうからね、これは。

『出会った頃は、母さんが笑うところなんて全然想像できなかったけどな。でも
始めて俺に微笑みながら、礼を言ってくれた時があったんだ。あの時からきっと
父さんの中で、母さんの笑顔は特別なものになったんだろうなぁ』

 本人が目の前にいるというのに、真顔で惚気る父さんと。
 何百回と聞かされているだろうに、その度に律儀に喜ぶ母さんの姿が、何故か
脳裏をよぎった。
 いい加減、子供の前でのべつ幕なしにいちゃつくのは辞めて欲しいと、その度
に思っていたものに、ね。

 いや、これは兄として年端もいかない妹への、当然の家族愛だよ。
 低俗で矮小な学校のヤツラのように、勘違いしないで貰えるかな。


        *        *        *

『血の契約に拠る召喚に応じ、疾く『魔導主』の下に馳せ参じよ、我が『使い魔』
【ファミリア】よ』

 そんなメッセが飛んできたのは翠の『人生相談』を受けてからすぐのこと。
 まるで翠が、僕の部屋から出ていったタイミングを見計らっていたように。

 僕は軽く溜息をつくと、メッセのポップアップを閉じた。
 完全スルーを決め込んだり、手が塞がっていると言い訳したところで、数分も
しないうちに今度はご本人がここに来襲するのは目に見えている。
 もう一度溜息をつきながら愛用のタブレットを手にすると、僕は『召喚者』の
部屋へと赴いた。

「あら、存外と早かったわね。もう少し時間がかかると思っていたのだけど」
「そう思うなら突然呼び出さないで欲しいよ、璃乃姉さん」
「今まさにあなたの力が必要になったのだもの。手間は取らせないから、まずは
これを見て頂戴」

 姉さんは僕へと手招きしている。机上のモニタを見ろ、ということだろう。
 まあこうは言っても、手間でないことはありえない。この姉に限ってはね。

「ルーンと……これは梵字の一覧表かな?」
「ええ、昨年からの秘術を次の段階へと移行するべく、更なるルーンを刻もうと
思っているのだけど。同じルーンの『護符』【タリスマン】だけでは、確実な効
果は期待できないでしょう。そこで『真言』【マントラ】をルーンと組み合わせ
ることで、『東西習合』【ユニバース】な力を引き出す心算よ」

 その後も姉さんは、実に楽しそうに自説の講釈を続けてくれた。
 一応、念のために断っておくけれど。
 これは姉さんから母さんへの誕生日プレゼントの話だけど、ついてきてるかい?

「魔術の一般常識としては、異なる系統の呪力は大抵において競合し合うどころ
か、『負面』【ネガティブ】だけが乗算されるのが相場じゃないかな」
「ふっ、何をもって『正邪』とするかなど、所詮矮小なる人の身の蒙昧な基準に
過ぎないわ。加えて神仏すら習合したこの大和の地であれば、術式としても十分
に実現可能よ。それにそもそもこれは……」

 そこで姉さんはクククッと邪まに笑った。
 たまに母さんが見せるような、『闇の女王』然としたそれではなくて。
 ギザギザの牙を獰猛に剥き出した、四天王随一の武力派、的なイメージだけど。

「ある意味『呪詛』とも言えるでしょうしね」
「……母親の誕生日にそんなヤバいアイテムをプレゼントするのは、流石によし
た方がいいんじゃないかな」
「本来は『表』の意味合いなのだから、何も問題はないわ。まかり間違って『裏』
の効果が発現しないよう、気を付けて貰っていればね」
「勿体ぶって『禁室型』の条件をつけるんでしょ?母さんはその時点で気付くか
もしれないけど、父さんはきっとひっかかるんだろうね」

 ちなみに『禁室型』とは、俗に『見るなのタブー』と呼ばれる物語の累計だ。
 おとぎ話とか神話に良くあるだろう?「帰るまで振り返ってはならない」とか
「仕事の間は覗いてはならない」とかね。
 人の性として、禁止されればされるほどそれを実行したくなるもの。
 そこにどんな秘密があるか。不安に駆られ、好奇心を掻き立てられるからね。

 僕の推測に、今度はにんまりと口の端をゆがめて肯定する璃乃姉さん。
 母さんの誕生日プレゼントを介して父さんに術を掛けようとか、『闇側の者』
【ダークサイダー】に相応しい振る舞いと言えるだろう。

「フッ、そこからは本人次第でしょう?その結果や責任までは、私の預かり知ら
ぬところよ」
「その点は同意だけどね。いい加減、うちの親は僕たちを一人前だと思って貰わ
ないと。子供と軽んじていれば、痛い目も見るんだってね」
「あら、随分と大きく出たものね。そんな科白は家を出て、それこそ一人で生活
出来るようになってから言うものではないかしら?」

 親に不満を持つ-僕と姉さんとでは意味合いが違うけれど-者同士、てっきり
同意してくれると思っていたのだけど。
 予想外に強く窘められてしまった僕は、驚いて姉の顔を見返していた。
 今まで浮かべていた不敵な笑みもすっかり影を潜め、璃乃姉さんは一文字に口
元を結んで僕を見据えていた。

「確かにあなたは小学生でも『エーヴィヒカイト』のテストプレイや、ゲーム大
会の賞金を得ていたりもするでしょうけど。親の庇護を離れるというのは、金銭
面だけではないのよ。その覚悟まで既にあるというの?」
「……いや、ごめん。そこまでしっかり考えた上の発言じゃないよ。単なる愚痴
みたいな心算だったんだけど」

 璃乃姉さんは大きく溜息をつくと、ようやく僕への視線を緩めてくれた。

「そう。まあ、あなたの人生だから、好きになさいとは思うけど。あまり不義理
なことをするのは姉としては看過出来ないわよ。同じ『闇側の者』としてもね」
「……とても父さんと母さんの仲を裂くようなことを企んでる、姉さんの科白と
も思えないんだけど」
「それはそれ、よ。両親への感謝も、家庭円満の願いも嘘ではないもの。それで
も己の『宿世』をも凌駕して、身命を賭して『理想』を叶えるが我が道よ」

 その結果はどう考えても、家庭円満とはいかなくなると思うんだけど。
 いや、解ってはいるよ。璃乃姉さんにとっては、例え相手が身内だろうと。
 手練手管、権謀術数を尽くして望みを勝ち取るのは、正統な手法だとはね。

 そんな清々しいまでの戦闘民族的な思考を、少し羨ましく思える時もある。
 いまだ『闇の力』が十分に覚醒していないこの身では、尚更自分の精神的未熟
さを痛感することも多いから。
 璃乃姉さんのこういう傲岸不遜な精神力は、良い意味で見習いたいものだよ。

 いやまあ、自分にさえ向けられなければ、と注釈は付けさせて貰うけど。

「まあ、今はそんなことよりも、この『呪法』に関してよ。私の目的を果たすた
めの、より効果的な『真言』の配置を考案しているのだけど。参考までにあなた
が使役している『思金』【オモイカネ】の演算も、見てみたいと思ったのよ」
「なるほど、そういうことか。オーケー、解ったよ、姉さん。データ生成の参考
資料探しに少々かかりそうだから、明日の夜まで待って貰えるかい」
「ええ、勿論よ。流石は我が『使い魔』。話が早くて助かるわ」

 理解が遅ければ文句を言われるんだから、それは早くもなろうというものさ。
 何にせよ、手際よく姉さんの希望に応えるのが、結局は一番後腐れがないし。

 それに自分としても、少々興味を惹かれる題材でもある。
 ちなみに姉さんの言っていた『思金』というのは、僕が良く使っている対話型
AIシステムのことだ。
 ある程度の質問の回答とか、希望のイラストを、特定のコマンドや対話形式で
条件を入力することで、自動生成してくれる。
 今回の璃乃姉さんからの無茶振りですら、資料や絵画のデータ-勿論、フリー
素材のものでね-を適切に選択すれば、高精度のものを出力してくれるはずだ。

 よしんば姉さんの希望通りではなくとも、言った通りに参考にはなるだろう。
 そこから先は僕の管轄外だしね。そもそも、最後は自分自身でやらなければ気
がすまない璃乃姉さんだから。

「じゃあ僕のPCに、その使用画像とレイアウト素案のデータを送っておいて。
条件をある程度整えたら、早速何パターンか出力してみるよ。行けそうな手応え
があれば、そこから更にブラッシュアップして詰めていくから」

 ええ、お願いするわ。その返事を聞きながらも、僕はすぐに踵を返して姉さん
の部屋から出て行こうとしたんだけど。

「ああ、そういえばあなたに一つ聞いておくことがあったわ」

 思いもかけずに璃乃姉さんに呼び止められる。
 普段は一方的に言い分を捲し立てたら、後はこちらの事など眼中にない姉さん
にしては珍しいことに、ね。
 僕は訝しげに振り向くと、そこで『稀少事象』【レアイベント】に遭遇した。

「……ひょっとして翠から何か相談事でもされていないかしら、京真」

 あの傍若無人、暴虎馮河、唯我独尊を地でいく璃乃姉さんが。
 あからさまに不安げな表情で、言葉を選ぶように僕に訪ねてきたからだ。

「……確かにちょっと頼まれごとをされたけど。どうかしたのかい?」

 それに呆気にとられる余り、一瞬答えが遅れてしまったよ。

「いえ、それならいいのよ。夕飯の後で、翠が私に何か言いたげな顔をしていた
ものだから。それを翠に訊く前に、あなたの部屋に行ったようだしね」
「ああ、なるほど。僕への頼みも、姉さんにも相談する心算だったのかな?」

 別段他意もなく、僕の憶測を口に出しただけだったけど。
 姉さんは目を伏せると、深々としたため息をついていた。

「……まあ、年の近いあなたの方が、頼みやすいこともあるでしょう。精々、兄
として妹の願いを叶えてあげなさいな」 
「わかっているさ。今回はまあ、僕に任せておいて」

 別段、見栄を張るつもりでも、兄貴風を吹かせる心算もなかったのだけど。
 珍しく弱気な姉さんには、それくらい言っても罰は当たらないと思ってね。

 うちの家族-親戚縁者も含めて-は、誰もが翠を溺愛している。
 見た目も実に愛らしく。明るく快活で、素直で誰にも優しい女の子。
 そんな翠に、皆が庇護欲を掻き立てられるのは、当然の帰結だろう。

 璃乃姉さんも、勿論その一人なわけだけど。
 普段の言動が言動なので、中々懐いてくれないと嘆いていたりもする。
 傍から見ている限り、翠は別段、分け隔てなんてしてないと思うけど。

 まあ翠は素直な性格の分、姉さんの言動に眉を顰める時も多いけどね。

 そういえばその昔。
 父さんから『珠希先生が小さい頃は、翠みたいにあどけなくて、皆から可愛が
られていた』とか聞かされたものだったけど。
 何故か桐乃叔母さんだけは、中々心を開いてくれないと嘆いていたらしい。

『あいつは想いが有り余ってウザ絡みになっちまうからな。珠希ちゃんも最初は
引きまくってたよ』とか言っていたけど。

 なるほど、結構タイプは違うと思うから、憶測でしかないだろうけど。
 璃乃姉さんと桐乃叔母さんは、根本的に同じ悩みを抱えていたのかも知れない。
 まあ、僕にはまったくそんなところは見せないから、どうでも良いんだけどね。

        *        *        *

 自分の部屋に戻ってから、僕は早速璃乃姉さんの案件を片づけようと、ネット
で検索をかけた。
 一般的な占いとかならば兎も角、実践的なルーンやサンスクリットの文献など
は中々見つからないから、論文や科学人文系の投稿記事なども検索対象に含めて
みる。
 とはいえ『闇の力』の覚醒前のこの身では、その内容は難解すぎて是非の判断
なんて出来るべくもないんだけど。
 その辺りの評定は、璃乃姉さん自身がやるわけだし。
 大体、例え僕が自信満々に提示したところで、姉さんがそれを気に入らなけれ
ば無意味なんだから。

 そう考えてしまえば、なんとも言えない徒労感に苛まれてしまうけど。
 まあ、これも後二年の辛抱のはずだ。璃乃姉さんも悠璃姉さんも高校を卒業し
たら、進学でも就職でも実家を出たいと言っていたからね。
 来年にようやく中学生になる僕が独り暮らしの算段を立てるよりは、そちらを
待つのが堅実な判断というものだ。
 そうなれば長年の悲願、二人の姉との別居も適うって寸法さ。

 コンコンコン。

 ようやく上向いた気分に水を差すような、無粋なノックの音が部屋中に響く。
 こんな夜更けの時間になって、僕の部屋を訪ねるような輩は家族でただ二人。
 一人はノックなどするわけがないから、候補は必然的にもう一人に絞られる。

「やーやー、きょーちゃん。ちょっと相談があるんだけど開けてくれるかな?」
「こんな時間にかい、悠璃姉さん。明日ってわけにはいかないの?」
「あたしもそうしたいのは山々なんだけどねぇ。ちょっとばかり、のっぴきなら
ない状況になっているみたいだからさ」

 こうなると璃乃姉さん同様、悠璃姉さんもひいてはくれない。
 まったくどうしてうちの家族はTPOを弁えたり、例え身内だろうと『親しき
中にも礼儀あり』って配慮に欠けるんだろうか?

 そりゃ僕だって、無能なクラスメイトとかには一切配慮する心算はないけれど。
 相手が一切情状酌量の余地が無いほど愚行を繰り返すのだから、当然だろう?

「まあ、こんな時間だから手っ取り早く聞くケドさ。きょーちゃん、りー姉から
頼まれごととかされてるよね?」

 部屋に入るなり、即座に本題を切り出してくる悠璃姉さん。
 こういうところのシンプルな性格は、嫌いじゃないけれど。
 何でも見透かされてる感じがして、実に苦手な姉でもある。

「ああ、そうさ。母さんの誕生日プレゼントのデザインに関して、さっき相談を
受けたばかりだよ」

 そして隠し事をしても無意味だというのも、よく解っている。
 恐らくは姉さんの得意とする、『占い』の裏付けもあるんだろうから。
 少なくとも僕は、姉さんが占った結果が外れたところを見たことがない。

 まあ、未来に悪い結果が出た時は、姉さんは出来るだけそれを回避するように
立ち回るので、本当にその未来が訪れるはずだったか解らないことも多いけど。
 それこそ僕にとっては『シュレディンガーの猫』ってわけだ。
 箱の中の猫の様子を実際に確認出来るのは、悠璃姉さんただ一人なんだから。

「おーらい。それじゃあこっちも単刀直入にお願いするケド。『それ』をどうに
かデタラメなものにできないかな?」
「デタラメって、AIによるデザイン生成をかい?」
「なるほど、きょーちゃんはAIで『それ』を作るつもりだったんだ。そだねぇ、
生成後に少し手を加えるとか、そもそも条件を変えるとかでいけないかな?」

 自分はその相談を受けた覚えはないのに、もう方法論になっている。
 こういうところも悠璃姉さんを苦手と思う、理由の一つでもあるね。

「あまり単純な方法だと、璃乃姉さんの目を欺けないと思うけどね。そもそも僕
はどうしてそうしないといけないのか、理由を聞いてないんだけど?」

 悠璃姉さんは目を瞬かせると、思い出したかのように手を打った。
 未来の可能性が『視えて』いる姉さんには、当然のことだったんだろうけどね。

「ゴメンゴメン、いくらなんでも性急すぎたねぇ。この間、りー姉を占った結果
が芳しくなくてさぁ。『幸え物、不和と不協を渦巻くだろう』なんて出ちゃって。
これはタイミング的に、お母さんの誕生日プレゼントだろうなって、思い至った
わけなんだけど」
「それで僕のことも占ったってわけかい?」
「きょーちゃんを直接ってわけじゃないんだけど。『傍らに共在り』と出たから、
きょーちゃんのことだろうなぁって当たりを付けたワケさ」

 まったく、それだけのことでこうも確信を持てるものだろうか?
 もっとも悠璃姉さんは、占いのことは詳しく聞いても大抵はぐらかすのが常だ。

『おおっと!そいつぁ企業秘密ってもんさ。魔術は秘匿して然るべきなんでしょ?』

 僕や璃乃姉さんと違って、『魔術』を行使しているとはとても思えないけど。
 何か別の力-恐らく『光側の能力』-に拠るものだとは、推測してはいても。

「つまりは、僕がこのまま璃乃姉さんに協力してしまうと、母さんの誕生日のお
祝いどころか、家族崩壊の危機ってことかな」
「そそ、きょーちゃんは話が早くて助かるよ。りー姉も弟を見習って話を聞いて
くれれば、ことは単純なんだけどねぇ。まあ本人も、家庭崩壊まで意図している
わけじゃないだろうし、そこは偶然故の恐ろしさってところかなぁ」

 両手を広げてやれやれと肩をすくめる悠璃姉さん。

「それもAIが生成するデザイン次第、ってことだよね?」
「コレクト!ま、奇跡のバランス故に呪力最大重ね掛け!ってことだから、少し
でもそれを崩してしまえば、少なくとも『呪物』としての影響は問題ないレベル
まで落とせるはずだよ」

 なるほど、悠璃姉さんの言いたいことは、おおよそ理解は出来たけど。

「そういえば最近姉さんは、忙しそうに外を飛び回ってるって聞いたけど?」
「おおー、流石はきょーちゃん。そこに気付くとは鋭いねぇ!」

 生徒が模範解答を示した教師の如く、実に嬉しそうに姉さんは応えた。
 単に疑問に思っていたことを訊いただけで、褒められる謂れはないんだけど。

「きょーちゃんも察している通り、その辺も今回の件に絡んでいてねぇ。りー姉
が『闇の儀式』をやってるのは、何時ものことだけどさ。どうにも今回ばかりは、
全部が全部、悪い方へとベクトルが揃っちゃうみたいでね。こっちが先んじて手
を打っとかないと、大騒ぎになりそうなんだよ」
「え、じゃあプレゼントの問題だけじゃないんじゃ」
「そだねぇ。とはいえ占いによると、プレゼントが大本の『キー』になるみたい
なんだよ。悪いものが詰まった、かの有名な箱を開くように。だから、ね」

 そこで悠璃姉さんは言葉を切ると、僕の顔を真っ直ぐに見据えた。
 何時も浮かべている笑顔さえ潜めるほどに、真剣な面持ちで、ね。

「この件はきょーちゃんも手助けしてくれると、とても助かるんだけど……よろ
しくお願い出来るかな?」

 そうして僕に頭を下げた。こちらから顔が見えなくなるくらいに深々と。

 まったく、普段はさっきみたいな勢いで、一方的に話を進める癖に。
 そんな殊勝な態度を取られてしまうと、こっちが戸惑ってしまうよ。

「……了解したよ、姉さん。まあ、僕にとっては璃乃姉さんが納得してくれるの
なら、それがどんな物だろうと責任はないしね」
「ありがとう、きょーちゃん!これで一番の心配事が解決するよ」
「僕のデザインセンスだと、AI生成後のものに手を入れるのは難しいと思うか
ら、食わせるデータの方に細工しようと思うけど。これでも問題になる図案が出
来てしまったらどうするんだい?」
「その可能性も確かにゼロじゃないけど、きっと大丈夫かなぁ。さっきも言った
でしょ?奇跡のバランスの産物だって。きょーちゃんが『そうならない』ように
イメージしておけば、きっとそこには至れない。こういうのは、強い想いの力
に引っ張られるものだからね」

 確かに悠璃姉さんは、占いに関して本格的な勉強もしているし。
 僕から見ても、非凡な才能があるのは疑いようがないんだけど。
 それでも姉さんがここまで未来を予見して、その具体的な対応策までこと細か
に提示出来るのを、不思議に思うこともある。

 もはや占いどころか、『未来予知』と呼べるくらいのその力の冴えは。
 正直、僕や璃乃姉さんの『闇の力』などでは、比較にならないほどで。
 或いは『神の御業』と呼べる、圧倒的な『光の力』と思い知らされる。

 僕が何かにつけて、悠璃姉さんに警戒心を持ってしまうのも。
 その身に宿る力の大きさを恐れるあまり、なのかも知れない。

 本当、早いところ二人の姉から解放されて、晴れて自由の身になりたいと。
 事あるごとに思い続けてきたその思いを、一段と強くした一日になったよ。

        *        *        *

「……よし、これくらいでメレンゲの泡立ては大丈夫かな?」
「うん!きれいにふわふわになってるね、お兄ちゃん!」

 そこまで喜んでもらえると、何度も練習した甲斐があるってものだ。

 結論から言ってしまうと、料理経験が絶対的に足りない僕たちでは。
 最初に想定していたただの一回の練習で、本格的なスポンジケーキなんてまと
もに作れるような代物ではなかった。

 大体、今使っていたハンドミキサーにしてもだ。
 今回のケーキ作りのために、生まれて始めて手にしたわけだよ、僕は。

 そもそも最初は、自力でメレンゲを泡立てる心算だったんだけど。
 その目論みはものの見事に、始めて五分で断念させらてしまった。
 その時点でまったく固まっていく様子もなかったし、僕の右腕ではとてもじゃ
ないけど、それ以上かき混ぜる力なんて残っていなかったから。
 仕方なくハンドミキサーを使うことにしたんだけど。
 これもまともに泡立てられるようになるまでに、結構な時間が必要だった。

 まさに『言うは易し行うは難し』だったよ。
 動画を見てると、実に簡単に泡立ってメレンゲになるはずなんだけどね……

 ケーキ生地の一つである、メレンゲを作るだけでもこの体たらくだったんだ。
 他の工程を無事に熟し、満足にケーキを作れるようになるまで、一体どれだけ
の練習が必要になるか、最初は考えるのも嫌になる程だったよ。
 最初に出来上がったケーキの歪さ-スポンジはすかすかだったし、クリームの
塗りもムラだらけだった-を見て落胆していた翠の姿が、僕の胸に痛いほどに突
き刺さったからね。
 勿論僕にしても、これは無謀すぎる挑戦だったかと、半ば諦めかけたくらいの
散々な試作の結果だったんだけど。

 とはいえ、折角僕を頼ってくれた妹に対して、兄としての意地もある。
 それに最初に翠に約束したように、事前準備と環境整備は僕の担当だ。
 一回の試作で上手くいかなかったなら、何度だって練習するしかない。
 そのための場を戦略的に用意してみせてこそ、存在意義があるからね。

 幸いにして僕にはまだ、この件に関しては手元に切り札を残していた。
 その『奥の手』【ラストリゾート】が功を奏してくれたお陰で、曲がりなりに
も形になるくらいには、修練を積むことも出来たってわけさ。
 言うまでもないけれど、勿論、翠も、ね。

「じゃあ、わたしの作った生地とまぜていくね」
「ああ、ここは翠にお任せするよ。三回にわけて加えていくんだっけ」
「うん、じゃあお兄ちゃんはオーブンをあたためておいてね」

 翠が手際よくメレンゲと生地を混ぜていく間に、僕はオーブンの温度をセット
して過熱を始める。
 いまだ使い慣れないオーブンだけど、興味本位でネットを調べてみたら、軽く
六桁はあった本格的な代物だ。
 だからこそもあるんだろう。前の練習では僕としては会心の焼き具合だった。
 まあ本来、余熱さえ十分に出来れば、後は設定通りに焼けるという話だけど。
 最初の試作の時には、その温度管理やら生地の混ぜ具合で大失敗したからね。

 翠が丹念に混ぜ合わせた生地を、ケーキ型に流し込んでオーブンに入れた。

「これで四十分後には焼き上がるね」
「うまくできるかな?」
「勿論だよ。そのための練習も沢山したんだから」
「うん、そうだよね、お兄ちゃん」

 とはいえ生地が焼き上がるまでを、黙って待っているわけにもいかない。
 スポンジをデコレートする生クリームやフルーツこそ、ケーキの花形だ。
 それにこのケーキを何よりも飾りつける、とっておきの準備もあるしね。

「じゃあ僕は、生クリームとチョコの色付けに取り掛かるよ」
「わたしはチョコペンで、このえをなぞっていけばいいんだよね?」
「チョコが固まってきたら、小鍋で暖めてる別のペンに替えるのも忘れずにね」
「はーい」

 翠はケーキに乗せる、イラストプレートの作成に取り掛かった。
 動画でも紹介されていた通り、直接ケーキに描くわけではなく、イラストを描
いたチョコプレートを作る方式だと、比較的簡単に出来るとのふれこみだった。

 クッキングシートにトレースした元絵を、チョコペンでなぞって枠線として。
 その中を色付けチョコや食紅で塗った上から、ホワイトチョコで覆い固める。
 そうしてケーキに乗せる、チョコ製のイラストプレートが出来上がる寸法さ。

 ちなみに普段、家族の誕生日ケーキは、殆ど母さんが作っているわけだけど。
 母さんの誕生日には本人が作るわけにもいかないから、五更せん、いや、珠希
叔母さんや悠璃姉さん、それに花楓さん-母さんの大学の時の友達だ-が、変わ
るがわる作ってくれている。
 今年は本来は、珠希叔母さんが作る予定だったそうだけど。
 勿論、翠のケーキと被らないよう、事前に叔母さんには話を通してあるよ。

『すごいね、翠ちゃん。もうケーキを作ろうだなんて。もしも何か手助けやアド
バイスが必要になったら、わたしにも気軽に相談してね』

 珠希叔母さんはとても嬉しそうな顔で、快諾してくれた。
 母さんが子育て中の時は、頻繁に家の手伝いに来てくれていた珠希叔母さんは、
僕たち兄弟姉妹を我が子のように思ってくれている。
 それでいて翠の時期尚早とも言える挑戦にも、快く後押ししてくれるんだから、
本当に素晴らしい人だと思っている。

 何より二代目『黒猫』として、かつては『黄泉の皇女』の力を存分に揮いなが
ら、『闇道』を極めんとしていたそうだからね。
 残念ながら僕が『闇の使命』に目覚める前に、その『銘』を璃乃姉さんが受け
継いでいるから、その時のことは伝聞でしか解らないのが残念なんだけど。
 学校の先生だけでなく、是非とも僕の『闇の導師』【アデプト】になって、ご
指南頂きたいものだと思っているんだけどね。

 っと、余談が長くなってしまったね。話を戻しておこうか。

 翠が枠線をチョコペンで描いている間に、僕は湯煎で溶かしたホワイトチョコ
に色粉を慎重に混ぜ合わせていく。
 今回のイラストでは五色は必要になるので、手早く終わらせないとならない。
 とはいえ色粉は計り分けてあるので、ムラにならないよう混ぜていくだけど。

「……こんなかんじで、大じょうぶかなぁ?」
「うん、良く描けていると思うよ。翠もすっかり上達したね」

 えへへ、と喜ぶ翠。このために結構な練習をしてきたからね。
 思ったよりも固まるのが早いチョコペンは中々思うように描けなくて、予備の
チョコペンを湯煎し続けていたり、竹串にチョコを付けて細い部分を描いたりと
実体験からの工夫も重ねてきたんだ。

 数分程度冷凍庫で冷やして、チョコの枠線をしっかりと固めてから、今度は色
付きのチョコを丹念に枠内に塗りつけていく。
 筆でもない竹串で色を付けていくんだから、中々大変な作業だけど。
 とはいえ、この作業は手分けは出来ないから、翠に任せるしかない。

 そうこうしているうちに、タイマー通りにスポンジも焼きあがった。

「わぁぁ、いいにおい」

 見た目も、そして匂いも、中々悪くない出来栄えだったとは思う。
 まあ、最初のうちはメレンゲの泡立てが足りなくて、膨らみ加減が全然足りな
かったり、ダマになった生地が食感を台無しにしたりとこちらも散々だった。

 ひとまず粗熱を取るために、しばらくは室温で冷やしておく。

「じゃあスポンジをスライスするから、生クリームを塗っていってくれるかい?」
「うん、おねがいね、お兄ちゃん」

 翠のイラストプレートが出来上がったところで、いよいよケーキ作りの本命。
 スポンジに生クリーム綺麗に塗り付けていって、全体を仕上げる工程に入る。
 僕が三段にスライスしたスポンジを、翠が一つずつ丁寧に生クリームを塗って
いく-ナッペというらしい-のだけど。

 スポンジのカット一つとっても、最初は全く上手くいかずにギザギザになった
り、層の厚さがまったく一定でなかったり。
 ナッペの方も、お世辞にも滑らかとは言えず、凸凹ばかりだったしね。

 その時の反省を踏まえて、二人で参考文献や動画を見まくったのだけど。
 本当、何事も実践を伴ってこそなのだと、今更ながら実感させられたよ。

『理論と実践には、天地ほどの差があるのよ、京真。どれだけ理論上可能なこと
でも、実践してみなければ解らないものが多々あるわ。そして実践をどれ程熟し
ていても、理論を伴っていなければ、応用の効かない反復行動でしかない。だか
ら物事を行うには、そのどちらもが大切な両輪となるのよ』

 なんて母さんは、事あるごとに言っていたけれど。
 今の世の中、何よりも先ずは正確な情報を集めることを信条とする僕にしてみ
れば、なんてアナクロニズムな考え方だとその度に反感を覚えたものだけど。
 この時ばかりは母さんの教えを、嫌というほど体感させられたよ。

 もっとも、これも思考自体が力を発現出来ない『此方の世界』ではのこと。
 脆弱なこの身体に経験を刻み込まねばならないのが、もどかしい限りだよ。

 そんなことを言っているうちに、レシピ通りスポンジも十分に冷めたようだ。
 僕はペットボトルのキャップを二つ並べて、ナイフをその上に水平に置いた。
 そして小刻みにナイフを前後に動かして、ゆっくりスポンジを切断していく。
 切断面に多少のでこぼこはあるけど、最初の頃と比べれば雲泥の差だからね。

 切り分けたスポンジの一層分を、早速翠が生クリームを塗り付けていく。
 翠は前にも、生クリームで飾ったお菓子を作ったことがあるそうで、スポンジ
の上にクリームを絞り出すと、パレットで整えてから手際よく苺を並べている。
 勿論、今回の練習で培った経験も、より熟練度を上げているわけだけどね。

 って、悠長に妹の雄姿に見とれている暇はないんだって。
 僕はさっきと同じ要領で、残ったスポンジをさらに水平に二分した。

 翠もまた同じように、二枚のスポンジに生クリームを塗って苺を並べると、順
に縦に重ねてようやく三層分の土台が組み上がった。

 しかし所謂『デコレーションケーキ』の本命の作業は、ここからでもある。
 文字通り生クリームのデコレーションで、見栄えは全く変わってしまうからね。
 実際、最初の試作は『生クリームのスライム』を錬成してしまったくらいだよ。

 だけどあれから、翠はナッペの練習を幾度となく繰り返してきた。
 ケーキの周囲を綺麗にムラなく生クリームで塗るというのは、思っていた以上
に難しく、お菓子職人でも一朝一日で習得出来るものではないらしい。
 それでも翠は、粘り強く練習を重ね、一回ごとに完成を上げて行ったよ。

 僕はそれを、ただ見守ってあげることしか出来なかった。
 なにせどんな慰めの言葉を掛けようと、翠自身が絶対に諦めなかったから。

『いいかい、京真。自信なんてどれだけあっても、いざって時は足りないもんだ。
なら絶対にやってやるぜって、強い想いこそが一番大切だと父さんは思ってるよ』

 父さんから聞かされていたそんな言葉が、翠の姿と重なって思い出される。
 その時はまた父さんが前時代的な根性論を言ってると、呆れたものだけど。
 今となってはこういうことだったのかと、その意味が漸く解った気がする。

 回転台に乗せた土台をゆっくりと回しながら、手早く、それでいて慎重に。
 塗り付けた生クリームを、パレットナイフを使って滑らかに整えていく翠。

 まずは上面を。続いて側面を。
 全ての面がクリームで綺麗に覆われたけれど、ここまででまずは下塗りだ。

「すごい綺麗に出来ているじゃない、翠」
「うん……でもここからも、いっぱい気をつけないと」

 ずっと見てきた僕からしても、会心の出来だとは思うんだけど。
 普段のおっとりとした性格が嘘のように、職人気質な片鱗も見せる。
 こういうところは間違いなく母さんに似ているんだろうね、まったく。

 下塗りの時点で一度冷蔵庫で冷やし固める間に、僕は本塗り用の生クリームを
もう一度ハンドミキサーでホイップする。
 本塗りで使うのは今までよりも柔らかいクリームになるように、八分くらいに
泡立てるのがコツなんだけど。

 まあ一口に『八分立てにしろ』と言われても。
 僕だってそれを調整できるようになるまで、何度も練習することになったよ。

 その間に翠は、冷やし固めたイラストプレートの仕上げにかかっていた。
 一番上にピューレを塗り重ねたり、色味を調整して全体を仕上げていく。

「イラストの方も、すごく上手に出来てるじゃないか。これなら母さんの作る誕
生日ケーキにだって負けてないよ」
「う、うん。そうかな……えへへ」

 様々な色を付けたチョコで描き出されたイラストは、元絵のそれを十分すぎる
ほどに再現していた。
 これだって最初に試作した時は、枠のチョコ線が脆くも崩れたり、大きく色が
はみ出したりして、いわば『園児のお絵描き』レベルになっていたんだ。
 『塗り絵感覚で簡単にイラストケーキを作れます!』なんて、翠の見せてくれ
た動画のタイトルに、思わず悪態をつきたくなったからね

「絵のぐをくしでぬれるように、れんしゅうしてみたんだ。それにお兄ちゃんが
ずっとおゆでチョコをあたためてくれてたから、とってもぬりやすかったよ」

 やっぱり翠は翠で、自分だけの修練も積んでいたらしい。
 最初は『翠と僕で作ることに意味があるんだ。出来栄えは二の次だよ』なんて、
翠を励ましたものだったけど。
 やっぱりそれだけでは、とても納得できなかったんだろう。

「よし、もう一頑張りで完成だ。お互い仕上げに入ろうか」
「うん!ふぁいとー!!」

 翠は生クリームの本塗りを。僕はケーキやイラストプレートを飾り付けるため
の、フルーツやチョコチップの準備をする。
 お互い最後の工程を完遂するために、一層に気を引き締めて。
 ここまできて失敗したら、流石に笑い話じゃ済まされないよ。

 --なるほど、父さんの言ってたことは本当はこれだったのかな。

 僕は今まで自分の好きな事柄にしか、本気で取り組んではこなかったけど。
 大切な物や人のために、自分の不得手の物と向き合わねばならない時には。

 何よりもまずは、自分の出来る全力を尽くしてやり遂げる。

 そのための気持ちこそが一番大事だと、僕はこの瞬間、漸く理解出来たよ。

        *        *        *

「「「「「「お母さん、お誕生日おめでとうございます!!!」」」」」」

 リビングに勢ぞろいした面々が、私の誕生日を口々に祝福していた。

 京介、璃乃、悠璃、京真、翠、日向、珠希。
 大切な家族たちが、家に集って誕生日パーティを開いてくれている。

 この歳になって誕生日を祝って貰うのも、少し恥かしい気持ちもあるのだけど。
 私が五更の家にいた頃も、こんな風に両親の誕生日パーティをしていたのよね。
 お父さんもお母さんも、あの時はとても喜んでいたから、その時は特に疑問に
も思わなかったのだけどね……
 本当は今の私のような気分だったのか、二人には改めて聞いてみたいものだわ。

 それでも一年に一度、家族の皆がこうして祝ってくれるのだから、勿論悪い気
なんてしないのよ?
 夫である京介は、何時でも私への気持ちをはっきり言葉にしてくれるけど。
 日々成長を続けている子供たちは、色々と難しい年頃になっているものね。

 日々の成長と、自己同一性を確立する過程において。
 両親に抱く感情というものは、一口では表せないほど複雑なものだもの。
 勿論、自分だってその頃のことは、この身に覚えがあるから余計に、ね。

 改めて思い返してみれば、私のお父さんもお母さんも。
 よくぞ私の言動に泰然と構えていたものだと、心から感心してしまうくらいよ。

 私も両親に倣って、子供達の自由意思を出来うる限り尊重している心算だけど。
 時にはこれが本当に正しい判断なのかと、不安に思ってしまうことだってある。

 私は十五歳の春に運命的な出会いを果たして、『今の私』になることが出来た。
 家族と同じくらいに大切な親友の二人と。そして今も傍らにいてくれる生涯の
伴侶との邂逅によって、私の未来は大きく開けたのだから。

 でもそれまでの、いえ、それからだってずっと。
 家族が私を支え続けてくれていたからこその、帰結でもあるわ。
 文字通り土台や大黒柱がしっかりしてこそ、立派な家を建てられるものよ。

 ひいてはそれが新たな家庭を築く、確かな礎となってくれたのだから、ね。

「ありがとう。今年も皆揃って祝って貰えて、感謝の言葉もないわ」

 私が謝辞を返すと、皆から一斉に拍手が贈られた。
 何かと親に反発しがちな璃乃や京真-まあ、璃乃は私だけね-も、しっかりと
拍手をしてくれているのは、なんだかんだ言っても嬉しいものよ?

 リビングの大きな目のテーブルの上には、所狭しと御馳走が並べられている。
 料理の方はきっと日向や珠希、それに悠璃辺りで用意してくれたのでしょう。
 それにリビング周りの飾りつけやこの場の準備には、璃乃や京真、翠も協力し
てくれていると思うわ。

「それにしても、ルリ姉も遂にアラフォーラストなお歳だっけ?いよいよ持って
誤魔化しが効かないお年頃だよねぇ」
「あなただってとっくにアラフォーに入っているじゃない……まあ、現実問題と
して、お互いに健康管理には気を付けたいわね。口惜しいことだけど」
「瑠璃姉さんも日向お姉ちゃんも、まだまだお若いですよ。やっぱり好きなこと
をしている人というのは、エネルギーに満ち溢れているものですね」
「そういう珠希さんも、二十代にしか見えませんってば。学校の先生って本当に
大変だと思うけど、やっぱり好きだからこそですよね。あたしもそういう仕事に
就きたいなぁって思ってます」
「フッ、好嫌や相性だけで『生涯の業』を選ぶなど愚の骨頂ね。『魂の宿業』に
こそ、従うべきなのよ。もっとも、それが意にそぐわぬものなら、打ち倒すのも
吝かではないけれど」
「それは結局、好きなことをやるのと同義じゃないのかい?まあ『汝の思うがま
まを為す』ことこそ、我ら『闇側の者』の至上命題ではあるけど」
「でも、たまには自分を俯瞰してみるのも大切なんだぞ?お母さんだって自分の
やるべきことや家族のことまでを見渡した上で、みんなが好きなことに注力でき
るように、いつも気を配っているんだからな」
「うんっ、わたしもみんなで楽しいのがいいなっ!」

 しばしの間、豪勢に並べられた御馳走に舌鼓を打ちながら、皆で歓談に興じる。
 まあ、高坂家の家族は勿論だけど、日向や珠希もちょくちょく家に来ているか
ら、何を今更だと思われるかも知れないわね。

 でも、何よりも。
 大切な人たちと共に過ごす時間こそ尊いのだと、心から実感しているもの。
 私の両親が家族揃っての祝事に拘っていた理由が、今の私になら良く解る。
 願わくば、皆が私と同じ気持ちでいてくれるのなら、何よりなのだけどね。

 それにしても、京介はああ言ってくれて、嬉しい気持ちもあるけれど。
 果たして自分がそこまで出来ているか、正直なところ自信はないのよ。

 何時だって自分の出来る全力で、足掻いてはいる心算だけど。
 それが確実な成果に繋がっていることなんて、数割にも満たないのだから。

 本当、我が子を持てば、もう少し人としても成長するものだと思っていたのに。
 それこそ高校の頃の自分から、あまり変化しているように思えないのよね……
 その時の自分と同じくらいに成長している子供たちに、私から偉そうに言える
資格なんて本当にあるのかしら、などと思ってしまうこともある。

 その点に関しては、京介は普段の甘々な態度は兎も角として。
 子供たちに言うべき時はきっちりと締めてくれるから、本当に助かっている。
 京介のこういうところは、それこそ昔から変わらないわね。勿論良い意味で。
 その度に密かに惚れ直してしまうくらいよ。我ながら単純すぎると思うけど。

 ……っと、今はそんなことを考えている時ではなかったわね。
 ついつい己の思考に埋没する悪癖も、昔からちっとも治っていないわ。

 そんな思いを振り払うように、改めて食卓を見回した私だったのだけど。

 --そういえば、何時もの誕生日パーティとは違うわね?

 そんな違和感に、今更ながらに気が付いたその時だった。

「さて、宴もたけなわではありますが、ここで皆さんもお待ちかね、ルリ姉への
誕生日プレゼント贈呈のお時間です!」

 日向の元気の良い掛け声に併せて、皆が小箱や巾着などを手元に用意していた。

「あたしとたまちゃんからはこれ!じゃじゃーん、ご家族一泊二日温泉旅行券!
仕事も一区切りついたって聞いたし、ゴールデンウィークに草津で家族水入ら
ず、ゆっくり羽を伸ばしてきてよ!」
「う、嬉しいのだけど……あなたたち二人からにしても、それは少々値が張り過
ぎではないのかしら?」
「大丈夫ですよ。お父さんたちからの分も入っています。だからたまには気兼ね
なく楽しんで来てくださいね」

 こ洒落た封筒に入っているのは、どうも高坂家全員分の旅行券みたい。
 事あるごとに温泉でリフレッシュを好んでいた、お父さんらしい発案かしら。
 昨年の夏の旅行は、京真と翠が学校の行事で一緒にいけなかったから、久し振
りに家族そろっての旅行も確かに魅力的だわ。

「ありがとう、日向、珠希。お父さんとお母さんにも今度お礼を言っておくわ」

 私たちの両親は何かと我が家に顔を出してくれているから、その機会には事欠
かないでしょうし。

「フッ、では次は私の番ね。母さま、この私が世界と宇宙の調和から導きだした
新たなる『護符』【タリスマン】を贈りましょう!肌身離さず身に着けていれば、
この一年の無病息災と家庭円満を約束するわ!」

 璃乃の手には、チェーンのついた涙滴型のアクセサリが乗せられていた。
 透明感のあるエメラルドグリーンの樹脂の中に、文字らしきものが刻まれた小
さなプレートが幾つか封入されている。

「ありがとう。とても綺麗に出来ているわ、璃乃。より一層、腕を上げたようね」
「当然よ。この私の『闇力』は日々増大しているのだから。まして昨夏に『神』
の力まで手にした私に、この程度の『錬成』【アルケミー】は造作もないわ!」

 璃乃はレジンを使って、小物やアクセサリを自作するのが趣味なのだけど。
 傾倒している呪術的な意味を籠めた、独自のアイテムを創り出すためにね。

 中心の一番大きなプレートに刻まれているXのような文字は、恐らくはルーン
の『ギュフ』なのでしょう。
 その形から共に支え合い、与え合う意匠のルーンで、主に愛情を意味している。
 その意味では確かに璃乃の言う通り、家庭円満の効果を発揮してくれそうだわ。

 周りの小さなプレートの文字の方は、梵字らしいとは解るのだけど。
 私もこちら方面の造詣はないから、その意味まで読み取れないわね。

 なんにしてもこんなにも良く出来た、我が子の手作りプレゼントを貰ったら。
 それはもう、母親冥利に尽きるというものでしょう?

 私は璃乃にもう一度感謝の言葉をかけたのだけど。
 その時、悠璃と京真が何やら目くばせを交わしては、安堵の表情を浮かべてい
たのは、私の気のせいだったのかしらね?

「じゃあ次はあたし。今年はこんな趣向にしてみました!」

 悠璃がテーブルの下から取り出したのは、A4サイズくらいの額縁だったわ。
 そこに収められた画用紙には、私と京介の姿が水彩で柔らかく描かれていた。

「……悠璃、これは?」
「や、プレゼントをどうしようか考えてたらさぁ。なんかインスピレーションが
びびっと下りてきちゃったんで、ざっとそのイメージを描き上げて見たんだよ。
どうかな、どうかな?その時の気持ちがまざまざと蘇っちゃう?」
「いや、まるで実際に見てきたようなリアルさじゃないか、悠璃。アルバムとか
を見て描いたわけじゃないんだろ?」
「そんなインチキしないって。題して『お母さんの最高の幸せ』ってとこかな?」
「ほはー、相変わらず悠璃の絵は凄いねぇ。二人の結婚式の時まんまだよ、これ」

 京介は漆黒のタキシード姿。対して私は純白のウェディングドレスを着ている。
 そう、まるで私たちの結婚式の時に撮った、ツーショットの写真そのままにね。

 悠璃は元々多才な上に、好奇心旺盛で何でも興味を持つし、凝り性な所もある。
 お陰で文武両道、理論から創造、実践まで全てを熟せる、器用万能なのだけど。
 その上で容姿端麗で性格も良いので、人付き合いも上手で友人も数多にいると。
 母親の私から見ても、設定盛り過ぎでしょうとツッコミたくなるレベルだもの。

 さらには……いえ、その辺りは『家外秘』として、伏せさせて頂きましょうか。
 いずれ詳細を明かす機会もあるでしょうし、その時を楽しみにしておきなさい。

 ……少々脱線してしまったわね。話を戻しましょうか。

 そんなわけで悠璃は、才に溢れる自慢の娘なのだけど。
 数多ある特技の一つに『占い』があって、未知の出来事-未来も過去も-すら
はっきり見通せたりもする、とんでもない腕前なのよ。

 そう。まさにこの絵に描かれているように、ね。

「ありがとう、悠璃。私たちの大切な思い出を、こうして描いて貰えて。
確かにこの時から今日まで、これ以上ないくらいに私は幸せ者よ」
「お母さんに喜んで貰えたなら、あたしとしても幸せ一杯だよ。最初は別のもの
を考えていたんだけど、ホント、閃きってのは突然下りてくるんだよねぇ。ああ、
ひょっとすると」

 ほっそりとした顎を親指と人差し指の間に乗せ、したり顔で悠璃は続けた。

「りー姉じゃないけど、昨年お母さんたちの思い出の島に行ったせいだったり?」

 悠璃の言葉を聞いた途端、脳裏にあの島での記憶がまざまざと浮かび上がった。

 それも昨年の夏に、二十数年ぶりに訪れた時のものではなくて。
 私と京介の掛け替えのない出来事となった、始めて犬槇島を訪れた時の情景が。

 私はそれ以前から、京介のことを密かに想っていたのだけど。
 京介が私を『桐乃』【妹】の友達ではなく、一人の女性として意識してくれて。
 最後には告白までしてくれたのは、あの島で過ごした最高の一時のお陰だった。

 ゲーム制作の資料のために、島に伝わる伝承を取材したり。
 時には童心に帰って、ゲー研メンバーと共に思う存分遊んだりしているうちに。

 私たちの間の心の距離は、一気に縮まっていったのだから。

 何より私たちの『未来』【運命】を、こんな風にはっきりと見せてくれた……

「……お母さん?」

 悠璃が呼ぶ声で、私は思い出の世界から一気に現実へと引き戻された。

「……ああ、いえ、ごめんなさい。私も島での思い出に浸ってしまっていたわ」
「だよなぁ。昨年の旅行のお陰なのか、もう二十年以上も経つとは思えないくら
い鮮明に思い出せるよ」
「あの合宿から帰ってきた瑠璃姉さんは、幸せ一杯なあまりに、不思議なダンス
を踊ってしまうくらいでしたものね。わたしにとっても、とても思い出深いです」
「た、珠希!?それは子供たちの前では、言わない約束でしょう!」

 ここぞとばかりに囃し立てる日向や璃乃を黙らせるには、姉母の威厳を総動員
しても軽く数分を要してしまったわね……

「まったくあなたたちは。時と場合は考えなさいと何時も言っているでしょう?
ごめんなさい、すっかり腰を折ってしまったけど、次は京真かしらね?」

 切り出すタイミングが計れずに、そわそわしていた京真に改めて話を振った。

「正しくは、僕と翠からのプレゼントだね。冷蔵庫から出してくるから、暫らく
待ってくれるかな」
「あら、ひょっとして今年の誕生日ケーキは二人が?」
「うん、わたしとお兄ちゃんで、いっしょうけんめい作ったんだよ!」
「それはすごいじゃないか、翠!七歳でケーキを作れるなんて、お父さんは誇ら
しすぎて、今から知り合いに電話を掛けまくって自慢したいくらいだぞ!」 
「流石に今は自重なさいな……でも本当に、よく二人だけで作ったものね」

 誕生日の主役とも言えるケーキが、この場に出ていなかったくらいだもの。
 今年は何か特別な趣向が用意されているのだろうと、思ってはいたけれど。

 まさかまだ小学生の京真と翠がケーキを作ってくれていたなんて、流石に私で
も想像すらしていなかったわよ。

「最初は僕も翠のサポートだけの心算でいたんだけど。作業工程を二人で精査し
た結果、それなりの部分を受け持つことになってしまってね」

 ケーキボックスを手にした京真がキッチンから戻って来た。
 箱の大きさからして、たっぷり六号は入りそうなサイズね。
 八人に切り分けるには、丁度良いサイズではあるのだけど。
 その大きさの物を作るのは、さぞや大変だったでしょうに。

「確かに翠には、まだ一人で刃物や火気器具を使わないよう、約束しているもの
ね。出来ないところは、京真が担当してくれたのかしら?」
「ああー、懐かしいねぇ。あたしや珠希も高学年になるまで禁じられてたっけ」
「それもあるんだけど……ともかくケーキを見てみて!」

 翠に促された京真は箱の蓋を開けると、トレーごとケーキを引き出した。
 純白の生クリームと真っ赤な苺で飾りつけられた、私が想像していた以上に本
格的なデコレーションケーキだったのだけど。
 私の視線は、何よりもケーキの上面に引き寄せられていたわ。

 そこにはホワイトチョコレートと思しきプレートが被せられていて。
 私を模したのだろうイラストまで、その上に描かれていたのだから。


「これは……ひょっとして花火大会の時の、か?」

 京介の見立ては、私のそれと全く同じだった。
 名前と同じ色の浴衣を着た私が、こちらに向けて嫋やかな笑顔を見せていた。

 それを向けた人を心から信頼して。全てを委ねられるからこその親愛の表情。

 勿論、実際にこの姿を目の当たりにした、京介ならば兎も角。
 私自身がこの時の自分の顔など、知るよしもないのだけどね。

 それでもこのイラストから伝わってくる、雰囲気だけで解る。
 花火大会が終わった後の私の気持ちは、まさしくこの笑顔の通りだったから。
 あれから四半世紀が過ぎようとしているけど。今でも鮮明に思い出せるもの。

「ケーキの出来栄えも勿論だけど、イラストもとてもよく描けているわね。これ
は翠が描いたのかしら?」
「うん!がんばってチョコペンでかいたんだよ。それからお兄ちゃんも色をつけ
たチョコをいっぱい作ってくれて、それを気をつけてぬったんだ」

 翠がとても嬉しそうに話す姿を見て、京真も満更ではなさそうだったわね。
 最近の京真は、家族揃っての行動を何とも鬱陶しく思っている感じだった。
 だから今日のパーティも、まったく乗り気ではないと思っていたのだけど。

 ふふっ、妹のためには頑張ってくれるなんて。
 とても私たちの身近にいる、シスコンを拗らせたお兄さんみたいじゃない。

「そうかぁ。すごいぞ、翠!今からこんな立派なケーキを作れるんだから、将来
はきっと有名パティシエにだってなれるさ!それに京真もすごいじゃないか。俺
はケーキ作りを自分でやろうなんて、今まで考えたこともなかったよ」
「ちなみに京真くんは、どの辺を担当したん?オーブンでスポンジを焼いたりと
か、チョコの湯煎をしただけじゃないんだよね?」
「いや、大体そんなものだよ。後は生地とかクリームのかき混ぜとか、力がいる
ところくらいかな?基本的にこのケーキは翠が作ったものだからね」
「まさか私の『魔眼』にさえ悟られずに、これ程の代物を二人で作り上げていた
だなんて。……いえ、そういうなのね。ねぇ、せんだ、もとい叔母様!」
「ふふっ、流石に璃乃ちゃんの目は誤魔化せませんね。お察しの通り、わたしが
材料と調理場の提供をさせて貰いました。でもこのケーキ自体は、間違いなく翠
ちゃんと京真君だけで作られたものですよ」
「うわぁ、いつの間にそんなことを。わたしも最近はあまり家にいなかったから
何だけど、相談してくれれば少しは力になれたと思うのになぁ。それにしても-」

 悠璃はそこで一旦言葉を切ると、ケーキから翠の方へと向き直った。

「ねぇ、翠。この『お母さんの笑顔』は、何かモチーフがあるのかな?」

 本来なら、なんてことはない質問のはずなのでしょうけど。
 悠璃はやけに真剣な表情で、まっすぐに翠を見つめていた。
 それにその問いは、私も。そしてきっと京介も思ったことでしょうから。

「お父さんにね。前にきいたことがあるの。お母さんを一ばんきれいだと思った
のは、いつだったのって」
「あなた……よりにもよって、それが高校生の時の私だったの?」
「うわー、京介くんってば、やっぱそういう趣味だったワケ?」
「子供たちの前で、人聞きの悪いことを言わないで貰えますかねぇ!いや、それ
はその……な?偽らざる気持ちの現れなんだから、仕方ないだろ。そりゃ卒業式
の袴姿とか結婚式のウェディングドレスとか、その度に惚れ直したくらい、瑠璃
はいつだって綺麗だと思っているぜ?でも、さ」

 京介はわざわざ立ち上がってから、ケーキの上の私をもう一度見つめた。

「この時の俺は、俺だけに向けてくれたこの笑顔を、生涯護っていこうと誓った
んだよ。俺の心にそれくらい刻み込まれたものだったんだからな!」

 そして私に振り返ると、なんとも真剣な顔をしてそんなことを言ってくる。
 まったく、あなただって皆が見ている前で、私にどう応えろと言うのよ……

「そこまでよ!家族の面前で臆面もなく、過ぎ去りし残滓に浸るのはやめて頂戴!」
「まあまあ、りー姉。お母さんのお祝いなんだから、そこはむしろ好きにして貰
おうよ。とはいっても、今はちょっと話を戻したいんだけど、いいかな?それで
翠は、その時のお母さんの姿を『イメージ』して、絵に描いたってことかな?」
「うーん、どうかなぁ?お父さんが話してくれたとおりに、かいただけだよ?」

 翠の返事を聞いた悠璃は、私と京介の方に頷いて見せた。

 ……成程。やはり翠にも『視える力』の兆しがある、ということかしら、ね。

 まさか大切な子供たちに、二人も『天賦の才』が現れるだなんて。
 このイラストの時の私が知ったら、さぞや狂喜乱舞したでしょう。
 でも、こうして親の立場になってみれば、楽観は出来ない問題よ。

 それが翠にとって、良い方向になるか、悪い方向になるかは、これからの成長
次第になるのでしょうけど。
 人とは違う力を持つというのは、それだけの反動を受けたり、その分の責務を
も生じる、ということでもあるわ。
 悠璃のようにそれを上手く制御して、付き合っていければ良いのだけど。

「そうなのね、翠。でも本当、イラストを食べてしまうのが勿体ないくらいよ。
それから京真も、きっとあなたが調理全体をコントロールしてくれなければ、翠
もこうは上手く作れなかったのでしょう。勿論、二人に協力してくれた珠希もね。
改めてみんなには、心から感謝させて貰うわ。本当にありがとう」

 でも今はそのことよりも。
 子供たちからの贈り物を、ありがたく受け取らなければね。

 悠璃からは私の一番の幸せな時として、結婚式の姿を描いて貰ったけれど。
 こうして大切な人たちに囲まれて過ごす幸せを、積み重ねてきた今までも。

 私にとっては。何時でも、もっとも幸せな瞬間だとも言えるわ。

 私は隣にいる京介の顔へと視線を向けた。
 京介もまた、丁度私の方へ顔を向けたところだった。

 しばし重なる視線。そしてどちらともなく頷く私たち。

 ふふっ、愛する人と想いが同じだということも、こうして確認できるのだから。

 私は本当に幸せ者だと、心の底から実感させられるもの。

「よーし、じゃあトリはお父さんだな。今年は小遣いをしっかりと溜めて、奮発
したから期待してくれよー。これでまだまだ惚れ直してくれてもいいんだぜ?」
「って、やっぱりルリ姉の新しい服なんでしょ?今年はどんな感じ?」
「フッフッフッ、今年はワールドワイドな有名人の意見も参考にしているからな。
超絶にお母さんに似合うはずだぜ!」

 ……勿論、解っているわ。
 京介がこの笑い方をした時は、碌なことにならないのは、ね。

「それって桐乃さんのことだよねぇ?それも毎年のことじゃなかったっけ?」
「いいや、甘いぞ悠璃。アイツも陸上を引退してから、モデルとかファッション
関係者との交流も多くなってるらしくてな。そりゃもう、文字通り世界に二つと
ないような、すごいデザインの服とかいくつも紹介して貰ったぜ!」
「私はあなたたち兄妹の、着せ替え人形ではないのだけどね……とはいえ、折角
のプレゼントだものね。ありがたく頂戴するわ」

 まあこういうことのセンスに関しては、桐乃に間違いはないと思うしね。
 それにそこまで言われたら、私だってその唯一無二の服に興味もあるし。

 などと全面的に親友を信頼していた私が、浅はかだったのでしょうね……

 その後、プレゼントの服に着替えた私が、どれだけ驚愕させられたのか。

 ……いえ、私の名誉と尊厳のために、ここでは伏せさせて貰いましょう。

 まあ、その。
 別に私がその服を気に入らなかったわけではないのは、断っておくわよ?

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