2ch黒猫スレまとめwiki

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fuya

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だれでも歓迎! 編集
 ――あたし、五更日向には、『敵』がいる。

 新しい家に引越し、夏休みも終わって、新しい学校に通い始めた頃の、ある土曜日。
 今日は、その『敵』があたしたちの新しい家に来るっていうお話。


 ……なんだけどさ、あいつ、一体どの面下げて今更ウチに来れるっての?
 ふんっ、いい度胸してんじゃん。ずーずーしい奴っ。

 そんなわけで今、珠ちゃんと作戦会議中。
 あたしたち姉妹の恨み、あいつに思い知らせてやるんだからっ!

「というわけで、二人で『敵』をやっつけるよっ、珠ちゃん」
「ほぇ? てき、って誰ですか?」

 がっくり。
 いきなり話が通じてないよ。姉妹の恨みはどうしたのっ?

 ……まあ分かってないのも無理ないか……珠ちゃんまだ一年生だしなァ。
 まずは、ちゃんと分かるようにセツメイから始めないとダメみたい。

「『敵』の名前は――高坂、京介!」
「? おにぃちゃんは、てきじゃないですよ? 姉さまの“うんめいのはんりょ”です!」

 ぽわわん、と、頭の上に?マークを浮かべる珠ちゃん。
 「運命のハンリョ」――ま、まあ言い方はともかく、……あたしだって最初はそう思ってたんだけどね。

 でも、今はあいつはあたしたちの『敵』。
 あいつは――高坂京介は、ゼッタイに許しちゃいけないんだから……っ――。

 ……にしても、それをそのまま珠ちゃんに言うのもチョットなぁ……。
 下手すると泣いちゃうかもしれないし。
 やっぱり、姉妹の泣く姿なんてあんまり見たくないよ。それが妹でも、……姉でも、さ。

 そうなると、どうしよっかな。
 とりあえず、あいつが『敵』だってこと珠ちゃんに手っ取り早くリカイしてもらうには……。

「あー……えっと……。そう! それは仮の姿で、実はルリ姉のヤミノセカイを侵略しに来た天使の手先だったんだよ!」
「そっ、それはだめですっ! てんしは姉さまのてきですっ!」

 よしっ、とりあえず分かってくれたみたい。……今ので分かるっていうのも、どーかと思うけどね。
 珠ちゃんの将来がすげー心配だよ。ルリ姉どうしてくれんの。

「……まぁそういうわけで、今日ウチに来るっていう高坂京介を追い返すよーっ!」
「おーっ!」

 こうして、あたしと珠ちゃんの『高坂京介にふくしゅーする作戦』は始まった。
 見てろよ~? 二度とウチに来ようなんて思わないようにしてやるんだからっ!

          ☆

 ――ぴんぽーん♪

 予定の時間。
 チャイムが鳴って、いそいそと玄関へ向かうルリ姉。
 とりあえずリビングで待機しているあたしたちの耳に、玄関でのやりとりが聞こえてくる。

「いらっしゃい。よく来たわね」
「いや、こっちこそ。今日は招いてもらって悪いな」
「ここがあんたの家かぁ~。なかなか綺麗なとこじゃん。……で!? 妹ちゃんはどこっ!?」

 『敵』――高坂くんの声を確認。
 でも、その他にひとり、初めて聞く女の人の声がする。
 誰だろ。ルリ姉の友達? ……ルリ姉にウチに遊びに来るような友達いたっけなぁ。

「…………はあ、遂にこの時が来てしまったのね……。あなたたち、こっちにきてご挨拶なさい」
「はいー!」

 なんか年貢の納め時のような声のルリ姉に呼ばれて、珠ちゃんがトテトテと飛び出していく。
 はぁ……仕方ない、あたしも行くか……ホントは顔も見たくないんだけど。

 と、玄関に出た途端。

「ききき、キタ──────ヽ(゚∀゚*)ノ=3──────!!!??」
「うおっ!? お、落ち着けって!」

 初めて見る女の人が奇声を上げる。
 っていうか……な、なんかいきなり高坂くんに羽交い絞めにされてるんだけど。
 ……近付いても大丈夫かなぁ? このヒト。

「はぁはぁ……こ、ここは落ち着いて深呼吸して……すぅ、はぁ。……こほん、あたし、高坂桐乃! よろしくねっ」

 いや、今さら爽やかに挨拶しても手遅れだと思うよ?
 ……っていうか――こうさかきりの? ってどっかで聞いたことがあると思ったら――!

「あー! ルリ姉がいつも話してる“ビッ……」

 きっ!

 なぜかそんな音が聞こえてくるかのようなルリ姉の鋭い視線があたしに突き刺さる。
 それはもう、『それ以上言ったら、最悪の魔王の呪いが今晩の食卓に降り注ぐわよ?』って言わんばかりに。

「え? いつも話してる……何?」
「い、いや、何でもないです……」

 ふー、間一髪。あたしのおかずセーフ。
 ……にしても、ビッチさん、イメージしてたのと大分違うなぁ。もっとケバケバしい人だと思ってたのに。

 ってか、むしろあたしの理想とする女の人そのものじゃないっ?
 とりあえず、さっきのヘンな行動は置いておくとすれば……スタイルもいいし、服も髪型もオシャレだし。
 いいなぁ、こんな人がお姉ちゃんだったら…………って、おっといけない、自己紹介しないと実の姉に呪われちゃう。

「あたし、五更日向です。こっちは末っ子の珠希。よろしくっ、高坂さん」
「うん、よろしくねっ。ってか、高坂さん、じゃコイツと紛らわしいし、あたしのことは桐乃でいいよ!
 むしろ『お姉ちゃん』と呼んでくれてもいいし……ハァハァ」
「え……じ、じゃあ『桐乃さん』で……」

 な、なんだろ。ちょっと背筋に寒気が走ったぞ?
 ……うーん、見た目はカンペキなんだけど……“あの”ルリ姉の友達だし、やっぱいろいろと残念な人みたいだなぁ……。
 てか、『お姉ちゃん』って呼ぶとどうなるんだろ。ちょっとキョーミはあるけど、何か嫌な予感が……。

 と思ってたら。

「きりのおねぇちゃん」

「……えっ」
「きりのおねぇちゃんっ」

 うわっ、珠ちゃん、いつもの天然笑顔で普通にお姉ちゃんって呼んじゃったよっ!? 何でそんな怖いもの知らずっ!?

「な……なな、何この理想の妹! ってか、この子絶対あたしの生き別れの妹だよね!? 今スグ連れて帰るッ!!」

 何か目の色を変わったと思ったら、突然珠ちゃんを小脇に抱えて走り出そうとする桐乃さん。
 なるほどー、こうなるのか。

 ……呼ばなくて良かった……。

「まっ、待て桐乃! 目を覚ませ! それはもう犯罪だっ!?」
「ハァハァ……はっ!? あ……あたしとしたことが、少し取り乱した……ッ」
「……す……少し……ですって……?」

 ……うっわー、ルリ姉の顔めっちゃ引きつってるよ。
 まあ、さすがに目の前で実の妹誘拐されそうになったら無理もないけど。

「はぁ……だからあなたに妹を紹介するのは厭だったのよ……」
「いや、ホントすまん。お詫びってわけでもないが、これ、一応手土産なんでみんなで食べてくれよ」

 高坂くんが人の良さそうな顔で手に持っていた箱をルリ姉に手渡す。
 ふん、愛想笑いなんかしちゃってさ。
 物で釣ろうって魂胆がミエミエだっての。その手に乗るかっ!

「あら、随分と気が利くわね? ……でもこのセンスはきっと桐乃の見立てでしょうけれど。ふふっ」
「うぐっ……まあ、その通りだけどな」
「ここのケーキがめちゃ美味しいんだって! 今日はショートケーキとモンブランを買ってきたっ。
 そういえば丁度おやつの時間じゃない? チラッチラッ」
「……あなた、自分が食べたいから買ってきただけじゃないの?」
「まあいいじゃん。細かいコトは♪」
「全く……仕方ないわね。上がって頂戴。とりあえずお茶にしましょう」

 ルリ姉に招かれて、二人はリビングへと上がっていく。
 そんな中。

「わーい、しょーとけーきー!」

 ……珠ちゃんが思いっきり物に釣られてた。こっ、このうらぎりものっ。


 ショートケーキはあたしのだからねっ!?

          ☆

「飲み物は麦茶でいいかしら」
「チョー冷えてるやつでお願いね!」
「はいはい」

 とりあえず、あたしの分のショートケーキは確保。
 数は余分にあったみたいで、珠ちゃんもショートケーキを前にしてにこにことご機嫌よさげ。
 ……っていうか、完全に餌付けされちゃってるなぁ……。おねえちゃんは情けないよ、珠ちゃんっ。

 ――くっ、もーこうなったら、あたしひとりでもやるしかない。
 高坂くんへの、ふくしゅーを。
 そこにきて飲み物か……にゅふ、これは使えるかもっ!

「あ、ルリ姉は座ってていいよ! あたしが持ってくるからっ」
「……あら、珍しいわね。それじゃ、お願いするわ」

 よしっ。ごく自然に飲み物を持ってくる役をゲット!

 ひとりキッチンへ移動したあたしは、人数分のコップに氷を入れて麦茶を注ぐ。
 そして――そのうちの一つだけ、お塩をたっぷりと入れて念入りに溶かす。
 日向特製「毒入り麦茶」の完成っ! ただの塩だけど!

 にゅっふっふ……、これを高坂くんに飲ませれば、もう二度とウチに来ようなんて思わなくなるハズだよね!
 我ながらカンペキな作戦!

「よっ……とと……っ」

 お盆に五つの麦茶を載せてキッチンを出たところで。

「大丈夫か? 危なっかしいなあ……俺が持っていくよ」
「へ? ……あっ」

 何でかリビングのほうから歩いてきた高坂くんに、一瞬のうちにお盆を奪われた。
 ふぅ、さすがのあたしも五ついっぺんに運ぶのはチョット重かっ――

 ――じゃなくてっ! えぇぇ~~~!?

「え、いやっ、大丈夫だからっ、返してっ!」
「いいからいいから。廊下に零しでもしたら姉ちゃんに怒られるぞ?」

 あたしの文句に耳も貸さず、高坂くんはスタスタとお盆をリビングへ運んでしまう。
 ふ、ふんっ、あたしに親切にして点数稼ごうって魂胆? そんな手には引っかからないからね!

 ――っていうか、今はそれどころじゃないって!
 やばい、やばいやばいっ!

 高坂くんにお盆を取られちゃった拍子に、どれが毒入り麦茶か分かんなくなっちゃったよ~~!?

 こんなことならいっこだけ別のコップにすればよかったっ?
 いや、でもそれも不自然だし……あぅあぅあぅ……っ。

 あたしがオロオロしている間に、もうコップは全員に配られてて。
 今更どうすることも出来ず、あたしはぎこちなく席に着くしかなかった。

「それじゃ、いただきましょう」

 ルリ姉の言葉に、みんながケーキを食べ始める。

 ひ、冷や汗が止まんない……。
 誰かが麦茶に口を付けるたびに、物凄い緊張する……一体誰に当たるんだろう。
 ……もしルリ姉に当たったら、今日があたしの命日だなぁ……。


 珠ちゃん……桐乃さん……そして高坂くんは麦茶を飲んだけど、何ともなさそう。
 残るルリ姉も今、コップに口を付けた…………けど…………普通だ。

 あ、あれ? ……ってことは、あたしが大当たり!?

 ――で、でもまあ、これは不幸ちゅーの幸いかも。
 とりあえず関係ない人を巻き添えにしないで済んだし……何よりルリ姉にバレずに済んだよ。ふぅ。

 これは後でこっそり流しに捨てておこう……。

「あら、日向、麦茶は飲まないの?」
「え゛っ」

 し、しまったっ。……ルリ姉に気付かれたっ!?

「あ、えっと、……さ、さっき持ってくるときに台所で飲んだからっ」
「全く……お行儀が悪いわね。それじゃ、勿体無いから私が貰おうかしら」

 ぎゃーーーーっ!?

「や、やっぱり飲むっ!!」

 ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。
 コップに手を伸ばすルリ姉から麦茶を奪い取り、証拠インメツとばかりに一気飲みするあたし。

「――げほっ、げほっ!! うぇぇ……」

 しょ、しょっぱ~~~ッ!! 何コレ、麦茶ってか海水だよ!? ってかゼッタイ飲み物なんてものじゃないよ!?

 作ったのあたしだけど!

「だ、大丈夫? 日向。……全く、そんなに急いで飲むからよ」

 心配するルリ姉と、唖然とする高坂兄妹と、マイペースにケーキを頬張る珠ちゃんとを前にして。
 涙目になりながらお皿に残っていたケーキを目一杯口に放り込んで、何とか味覚を中和するあたしだった……。

          ☆

 お茶の席でしばらく世間話した後。

 桐乃さんと珠ちゃんは、メルルの絵本を見るとか言って部屋へ移動。
 ルリ姉はこんな時間から張り切って夕ご飯の下ごしらえを始めた。
 っていうか、高坂くんたち、ご飯を食べていくどころか今日はウチに泊まっていくらしい。ホントにずーずーしいっ。

 そんなわけで今、リビングに『敵』と二人きり。
 高坂くんは壁際に座り、ルリ姉から借りた何かの本を読んでいる。

 ……壁を背もたれにして静かにページをめくる高坂くんは、いつもよりちょっとだけ大人びて見えて。
 ふ、ふん、格好つけちゃってさ……そうしてられるのも今の内だけだからねっ!


 あたしはリビングの隅に置いてある扇風機の前に座りこむ。

 一応、この新しい家にはクーラーなんてものもあるんだけど、ウチの家族は揃ってクーラー苦手でずっと扇風機を使ってる。
 つまり、この扇風機をあたしが独占しちゃえば、高坂くんはこの部屋の暑さに耐えられずに逃げ出すって作戦!
 今なら誰にもジャマされないし……今度こそカンペキっ!

 にゅふふ、あたしと二人きりになったのが運の尽きだったねっ。
 さあ、さっさと降参しちゃえ!

 ぶおーん

「…………」

 ぶおーん……

「………………」

 ぶおーん…………


「…………高坂くん」
「ん?」
「……暑くないの?」
「ああ、今日も暑いな」

 ……本を読んだまま、しれっと答えられた。
 別に嫌味を言ってる感じじゃないし、やせ我慢してるって感じでもないし……うーん、オカシイな~?
 もしかして、気付いてないのかな?

「あ……あたし、扇風機独り占めしちゃってるけどっ!?」
「お前さっきから暑そうだし、俺は平気だから気にすんなよ。まあ、こっちに風がくると本のページが捲れて読み辛いしな」

 あ、あれれ? もしかして逆効果?
 でも……何ていうか、うまいコト言ってあたしに扇風機譲ってくれてるような……。

 ううん! こ、これは優しいフリをしてるだけっ! あたしはダマされないぞ!
 こーなったら強風にして高坂くんに向けて、ゆーちょーに本なんか読めなくして……!

「日向、いるかしら?」

 ぎくーーん!!

 突然入り口の方からルリ姉の声がして、扇風機の強ボタンに手を伸ばそうとしていたあたしは飛び上がった。

「……って、何をやっているのよ、あなたは」
「べ、べべ、別に何もっ?」
「……まあいいわ。夕食に使う材料が少し足りないの。悪いのだけれど、ちょっとお使いに行って貰えるかしら」
「えぇ~~?」

 ウチの中の分担で、お使いはあたしの役目、みたいなところがあるんだよね。
 正直メンドクサイけど、それでもいつもはちゃんとやってるんだよ?

 でもさ、今のあたしにはじゅーよーな作戦が……っ?

「――それなら、俺が行ってくるよ」

 あたしたちの話を聞いていた高坂くんが、読んでいた本を閉じてそんなことを言い出す。

「えっ、い、いいわよ。京介は今日はお客さまなのだから、ゆっくりしていて頂戴」
「いや、丁度区切りのいいとこまで読んだしな。この辺の地理も知っておきたいし、散歩がてら行ってくるぜ」
「……そ、そう。……ふふっ、相変わらず優しいのね」
「そんなんじゃねえよ、別に」

 ……む、むぅ。……何このちょっとイイ雰囲気。
 今度はルリ姉の好感度狙いってワケ? ふん、どうせ口だけのくせにっ!

 そうはさせないからっ!

「あ、あたしが行くっ! 高坂くん、どーせお店の場所も分かんないっしょっ!」
「……そうね。それなら二人で行って貰えるかしら。日向、京介の案内をお願いするわ」
「…………へっ?」

          ☆

「……どうしてこうなったんだろ……」

 高坂くんと二人でお使いを済ませ、今はその帰り道。
 買い物中ずっと、この隣の極悪人にどーやってふくしゅーしてやろうかと考えていたけど、中々いい案が浮かばない。
 とりあえず家の外に追い出す予定だったのに、出たと思えば何故かあたしもセットになっちゃってるんだもんなァ……。

 ううん、これはむしろチャンスと思うべきかもっ。
 折角家の外に出たんだし、後はこのままウチに帰らせなければいい話。
 ……なんだけど……どうしよう。何かいい方法ないかなぁ……?

「――!」

 辺りをキョロキョロと見回していたあたしは、ひとつの看板に目を留める。
 それは、こういう人通りの少ない路地とかによくある『○○に注意!』ってやつ。

 ――さ、さすがにコレはやり過ぎのような気もするけど……もうこうなったら仕方ない、よねっ?

 ……だ、大丈夫。ちょっとだけ、ケーサツ呼ばれない程度に騒ぐだけなら。
 それでご近所の噂にでもなれば、高坂くんはもうこの辺には近付かないようになるハズ……!

 や……やるしかないっ、頑張れあたしっ!

「あ、痛たっ……!」

 一大決心したあたしは、大げさにお腹を押さえてその場にうずくまる。

「お、おい……どうした!?」
「お腹……すごく痛い……っ」

 もちろん仮病だけど。
 これで「大丈夫か?」とか言って体を触ってきたら、この人、ち、チカンですって騒げば……!

 ……わ、悪く思わないでよね? もともと悪いのは高坂くんなんだから……ッ!

「なっ……大丈夫か!?」

 予想通りの反応で、高坂くんが駆け寄ってくる。
 そして、その手があたしの体に――


 ふわっ

「……えっ?」

 ――あたしの体が、地面を離れて宙に浮き上がった。
 一瞬のことで、何が起こったのか分からないあたしの目の前に、高坂くんの横顔が間近に迫る。

 高坂くんの手は、あたしの背中と両足を抱え込んでいて。

 あたしは、高坂くんに――『お姫さま抱っこ』されてた。

「な、な……っ」

 ここ、こーさかくん、意外とダイタンじゃん……まさかいきなりこうくるなんて。
 もしかして、これってあたしの人生の……初『お姫さま抱っこ』? ひゃああん!

 ……なんて照れてる場合じゃないっ。
 こっ、これでもう言い逃れは出来ないよ、高坂くん? ……ちょっと可愛そうだけど……ごめんねっ!

「ち、ちか――」
「ちょっとだけ我慢してろよ! 今すぐ医者に連れてってやるから!!」

 叫ぼうとしたあたしの声は、もっとおっきな声にかき消されて。

「――って、この辺で医者って何処にあるんだ!? くそっ、とりあえず一旦家に連れて帰るか!? って家ってどっちだ!?」

 下から間近に見上げるその横顔は、本当に必死で、心配そうで。
 こんな高坂くんの顔、今までに見たこともなくて。

 何故かあたしは、急に顔が熱くなっちゃって……本当に火が出るかと思ったくらい。
 そして、どうしようもない恥ずかしさと、すごく悪いことをしているような気持ちでいっぱいになってしまった。

「……お、……下ろしてよ……」
「いいからっ、じっとしてろ!」
「…………だいじょうぶ、だから」
「無理すんな! そんな顔真っ赤にしてっ!」
「だからっ……、……ウソだから……っ」
「……へ?」
「お腹痛いなんてウソだから! 大丈夫だから下ろしてよーっ!」

 腕の中で暴れだすあたしを、高坂くんはそっと下ろしてくれた。
 そして、力が抜けたようにその場にへたりこんで。

「はぁぁ、よかったぜ~~。ビックリさせんなよ~……」

 心底安心したようなため息とともに、そう言って……あたしに笑いかけた。
 それは本当に、すごくすごく優しい笑顔で……あたしは――

「…………怒んない、の?」
「んあ? なんで?」
「だって、あたし……ウソついたし」
「嘘で良かったんだよ。マジだったらお前の姉ちゃんに顔向け出来なくなるとこだったぜ」

 ……ずっと、そうしてやろうと思ってた。
 ゼッタイふくしゅーしてやるって、思ってたんだけどさ。

「…………なんで……?」

 でも、今のあたしは、もうそんなことはどうでもよくなっちゃってた。

「何でって、そりゃ、俺が付いていながら――」
「そうじゃないっ! なんでそんなに優しいのっ!?」

 大声を出すあたしは、もう涙目になってて。

「べ、別に普通だろ? 泣くようなことかっ?」
「そんなに優しいクセに……っ、なんでっ、……なんで“ルリ姉を泣かせるようなことするんだよ”ーーーーッ!!」

 遂に、あたしはその本心を思いっきり叫んでた。
 同時に目から溢れた涙が、止まんなかった――。

          ☆

 大泣きするあたしを、高坂くんは近くの公園まで連れてきて、ブランコに座らせてくれて。
 それからどのくらい時間が経ったか分かんないけど。
 あたしが泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれていた。

「……少しは落ち着いたか?」
「…………うん。もうヘーキ」
「そっか。――やっぱ“それ”が原因だったんだな。今日お前が何かおかしかったのは」

 ……ちぇ。気付かれてたんだ、やっぱり。

「黒猫……姉ちゃんから、何か聞いてるのか?」
「ううん、ルリ姉なんにも教えてくれないし。でも……分かるもん」
「やっぱり妹だから、姉ちゃんの気持ちが分かる……か」
「そんなんじゃないよ。…………あの花火の日、家に帰ってきたルリ姉がどんなだったか、教えてあげようか……?」
「…………いや、……いいよ」

 ひどく辛そうな顔をした高坂くんのその言葉に、あたしは内心ほっとした。
 ……あたしだって、あんなこと……もう二度と思い出したくないから。

「……言い訳はしないよ。俺が、全部悪い」
「…………しないんだ」

 その言葉で、何となく分かる。……きっと、いろんな事情があったってことは。
 それを、高坂くんは全部自分のせいだって言って、自分だけを悪者にしてるんだ。
 高坂くんは――お兄ちゃんは、すごく優しいから。

 でも、それでも、分からないことだってある。

「……それなら、なんで今はふつーに話したり出来るの?」

 仲直りしたからって言われても、あたしは簡単には納得できない。
 きっと、お兄ちゃんはあの日の夜のルリ姉を見ていないから、そんなに平気なんだと。
 またあんなルリ姉を見るくらいなら……もう関わらないでほしいと。
 そう思ってしまう。


 じっと見つめて答えを待つあたしに、お兄ちゃんは――

「これが答えになるかは分からねぇけど……、一つだけ言えることは、俺は今でも変わらず……黒猫のことが好きだよ。
 いや、前よりずっと――好きになってる」

 また、今まであたしが見たこともない顔で、『愛のコクハク』をした。


 それは……なんて言えばいいんだろ。
 ――あたしの心臓が急にすごくどきどきして、それで胸がきゅぅっと苦しくなるような――そんな顔、だった。

「だから、もう二度とあいつを悲しませたりしない。傷付けた分だけ、いや、それ以上に、あいつを幸せにするって決めた」

 それはまるで、自分に言い聞かせてるみたいで。

「――“あいつら”だけじゃない。誰も傷つかない、誰も泣かせない、みんなを幸せにするって決めたんだ。
 勿論、日向ちゃんや、珠希ちゃんも」

 その顔で、あたしの名前を呼ばれて。

 ……なんでだろう。
 お兄ちゃんの顔から、目が離せない。

「でも、それには俺はまだまだ子供で。どうすればいいのか、何が出来るのか、全然分かんねぇ。
 だから、今の俺に出来ることは、その未来へ、〝理想の世界〟へ向かってただ我武者羅に突き進んでいくことだけなんだ」

 ……なんでだろう。
 さっきからずっと、あたしの『どきどき』が……止まんない。

「この先、また何度も間違えるかもしれないが、諦めることだけは絶対にしない。もう絶対に、立ち止まったりしない。
 ――そして、いつか“俺たち”が大人になれたら……必ず、黒猫を迎えに行くから」

 そこまで言って、一回大きく息を吐き、やっといつもの……少し照れくさそうな顔のお兄ちゃんに戻った。


 あたしも、何だかよく分からないこの『どきどき』を静めるために大きく深呼吸して。
 今のお兄ちゃんの言葉を、何度も何度も心の中で繰り返す。

 あの夜から、あたしの中でずっともやもやしてたものが、すぅっと消えていく……そんな感じがした。


「……本当、だね……?」
「ん?」
「……今言ったこと、嘘じゃないよね?」

 さっきよりももっと、お兄ちゃんの顔をじっと見つめて、何度も確認する。

「……ああ、嘘じゃない」
「ルリ姉のこと、今でもちゃんと好きなんだね?」
「ああ――好きだよ」
「いつか、ゼッタイ幸せにしてくれるんだよね?」
「ああ。約束する」
「……ゼッタイに、約束、だからね?」
「ああ、俺と日向ちゃんとの約束だ」
「約束破ったら、罰としてあたしとケッコンしてもらうからね?」
「ああ、何でもす……る……って、はぁ!?」

 不意を突いた最後の約束にビックリして慌ててるお兄ちゃんと、それを見て笑うあたし。
 なんだろ……もやもやが晴れた心が、今度はすごくあったかくなった感じがして。
 体中が、ぽかぽかする。さっきからよく分からない、フシギな気持ち。

 ん~、まぁいっか、今は。とりあえず満足したし。

 あたしは大きく息を吸い込んで、反動をつけて勢い良くブランコから立ち上がった。

「あ~ぁ、随分遅くなっちゃったね。早く帰ろっ! 急がないと、あたしたちのおかずが闇に消えちゃう!」
「ちょっ、待て! 置いていくなっ! 俺まだ帰り道がよく分かってな――!」

 夕暮れの公園を走って出て行くあたしを、お兄ちゃんが追いかけてくる。
 急いで帰らなきゃねっ。『あたしたちの大切な人』が待ってるんだから!


 ――それと、いい? 今日の『約束』はゼーッタイ守ってもらうからね!
 そして、もし『約束』を破ったら――その罪は、そーおーの『罰』でツグナってもらうんだから!
 にゅふ、カクゴしてよね、お兄ちゃんっ!


    ☆ epilogue ☆


「わーい! はんばーぐですっ!」

 その日の夕ご飯は、ルリ姉お手製のハンバーグ。
 みんなでテーブルを囲んで、おしゃべりしながらのお食事タイム。

「やっと念願の黒猫の肉料理が……! ……もぐもぐ……、うん、美味い!」
「ふふっ、ありがとう。……その、京介が前に『食べたい』って言ってたから、たまには作ってみようかと思って」

 相変わらず、なんかイイ雰囲気のルリ姉とお兄ちゃん。
 逆に、それを見るあたしの心境は昼間とは全然違って……なんかちょっと、うらやましい。

「ルリ姉のハンバーグ、すっごい美味しいんだけどさ、滅多に作ってくれないんだよね~」
「そうなのか。んじゃ今日は特別なんだな」
「そ。トクベツ。……もぐもぐ、高坂くん、ルリ姉にトクベツ愛されてるね~! ひゃぁぁ~ん♥ ごっくん」
「何でもいいが食うか喋るかどっちかにしろよ」

 そんなあたしたちのやりとりを見ていたルリ姉が。

「あら、いつの間にか仲直りしていたのね? ふふっ、良かったわ」

 ちょっと嬉しそうに笑ってそう言った。

「むぐ……っ? けほっ、けほっ!」

 び、ビックリしてご飯が喉に詰まっちゃったじゃん……っ!

 けほっ……そ、それにしても、さすがルリ姉……。あたしのことなんかカンペキにお見通しかぁ。
 これもジャガンのなんたら? 恐るべし、我が姉のヘンな力。

「買い物の帰りが随分遅かったから心配していたのだけれど……ふふ、そういうことだったのね」
「何ナニ? アンタひなちゃんとケンカしてたの~? 子供相手に大人げないなァ」
「そんなんじゃねえって。大体、初めから喧嘩なんてしてねえし。買い物だってちょっと道草しただけで……な? 日向ちゃん」
「……うん」

 さっきのことを思い出すと……何でか分かんないけどまた顔が熱くなっちゃって。
 お兄ちゃんの顔がまともに見れなくて、短くそう答えるあたし。
 そんなあたしを、ルリ姉はじっと微笑ましく見つめてて。
 ――その視線が、ちょっとくすぐったい。


 お兄ちゃんは自分のことを子供だって言うけど。
 そんなお兄ちゃんや、ルリ姉に比べて……やっぱりあたしはそれよりもずっとずっと子供で。
 自分が子供だって思い知って。でも、子供扱いされてる自分がちょっと悔しくて。


 だから、今はちょっとだけ――悪戯しても、いいよね?

「……ケンカはともかく……買い物行ったとき、お兄ちゃんとケッコンの約束はしたよ?」
「「ブーーーッ!!?」」

 お兄ちゃんと桐乃さんが、同時にお味噌汁をふき出した。おー、さすが兄妹、息ピッタリだなぁ。
 一方のルリ姉は……、カラン、とお箸をテーブルに落として固まってる。

 にゅふふっ、やっぱり悪戯はこうでなくっちゃ!

「あ、ああ、あんた……」

 そして桐乃さんがハンカチで口を拭いながら、お兄ちゃんの首にガシッと掴みかかる。

「ど、どういうコト!? セツメイしなさいよ! ……ま、まさかアンタ……エロゲーのやり過ぎでロリコンに目覚めたんじゃッ!?」
「お前と一緒にするな!! 俺はシスコンかも知れんが、断じてロリコンじゃない!!」
「ひなちゃんだって妹じゃん!! ッてか、何であたしは『桐乃さん』であんたが『お兄ちゃん』なワケ!? オカシクない!?」
「突っ込むとこソコかよ!!」

 おぉ、桐乃さんすごいな~。妹なのに、お兄ちゃんを圧倒してるし。そういうとこは憧れちゃうなぁ。
 ……『お姉ちゃん』はちょっとアレだけど、これからもっと仲良くなれたら『キリ姉』とか呼んじゃっても……いいかな?

「ひ、日向?」

 おっと。そうこうしてる間に、ルリ姉のほうも復活したみたい。

「じ、冗談……よね? け……結婚とか……、あ、あなたまだ小学生でしょう」
「――にゅふ、冗談じゃないよね? お兄ちゃん」

 思わせぶりに笑って、桐乃さんに締め上げられてるお兄ちゃんに話を振るあたし。

「う……ぐ……」
「『約束』――したよね? あたしと」
「……や、約束は、した……が……っ」

 ぴきーん!

 あ、なんか切れた音がした。

「死ねエェェーー!! この犯罪者がぁぁーーッ!?」
「ぐおぉぉ!? まっ、待て桐乃ッ! し、死ぬ……っ、マジで死ぬ……ッ!!」

 うひゃぁ~、桐乃さん強いなぁ~。ますます憧れちゃう。
 ……って、なんかお兄ちゃんの顔色が変わってる気がするけど……まさかホントに死んじゃったりはしないよね?

 ちょっと不安になりつつも、とりあえず折角のハンバーグは冷めないうちに食べておこうとするあたしだけど。

「…………あれ?」

 目の前にあるはずの、あたしのお皿が見当たんない。
 慌てて周りを見渡すと、何食わぬ顔でお皿を片付けようとしてるルリ姉がいた。

「るっ、ルリ姉っ!? それ、あたしのハンバーグじゃ!?」
「……ふっ……ク、ククク……。たった今、この皿の供物は魔王によって呪われたわ。口にすると死ぬわよ?」
「ちょっ、えぇえぇぇぇ~~!?」

 やべー、こっちもキレてたよ――!?


 その後しばらく、正に魔王のような二人を前にして。
 ハンバーグを取り戻そうと必死なあたしと、息も絶え絶えのお兄ちゃんとで夕ご飯のテーブルは大騒ぎ。

 そんな中、一人にこにこと大好物のハンバーグを頬張る、マイペースな珠ちゃんだったとさ。


 めでたしめでたし――……なのかなぁ?



 -END-(中猫の悪戯目録・ふくしゅー編)

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