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『たゆたえど』:(直接投稿)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
すでに10日も過ぎてしまいましたが……
21歳の誕生日、おめでとうございます、黒にゃん!!

今年の生誕祭もオフやツィッター等で闇の眷属の皆様と一緒に
精一杯の祝福と賛辞をお送り致しました。

そして誕生日にちなんだこのSS『たゆたえど』も
生誕祭へのお祝いの一環として投稿させて頂きました。

この話は原作終了後の話しとして描き続けている拙作の一つ
『未来への祈願』の続きとなっています。

オリジナルキャラや設定のてんこ盛りな上に相変わらず拙いSSで
読み辛い話しとなってしまい恐縮ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

後、このSSに出てくるバースディケーキを
今年も行きつけのケーキ屋さんに頼んで作って頂きました。

http://dl1.getuploader.com/g/kuroneko_2ch/888/birthdayCake2017_1.png

こちらも本文に合わせて楽しんで頂けますと嬉しい限りです。

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 花の都パリ。

 今更言及するまでも無く世界屈指の大都市の一つにして、古代から現在にまで
至る最先の文化と歴史とを背負い続けてきた、その銘の通りの壮麗なる首都。

  尤も、パリの歴史は決して華やかなものだけではなくて。争乱と受難とが常に
付き纏う、光陰縒り合わさったものでもある。それでも、どんなに時代の荒波に
揺さぶられようとも『花の都』として有り続けるその不屈の気概こそが、パリを
光溢れる世界都市足らしめる原動力なのでしょうね。

  『たゆたえども沈まず』。それがこの街の古からの矜持なのだから。

 この一年の間に既に数度に渡って訪れているのに、いまだに街全体を包み込む
圧倒的な『光の理力』<フォース>と、押し潰されん程の『存在力』<オーラ>
に、この私とて、いえ、私だからこそ、その氣の大きさに中てられて、この地に
降り立つ度に得も言われぬ高揚と目眩とに襲われてしまう位よ。

 フッ、そも『夜魔の女王』の『同異体』<エイリアス>たる『黒猫』は、この
欧州に端を発する魔族の姿でもあるわ。なればこの身がその影響を大きく受ける
のも、また道理というものでしょう。

 とはいえこんな『光の理力』に溢れた場所では、『闇の眷属』たる我が身には
ただここにいるだけでも過度な負担を強いられてしまう。属性相性で縁故補正を
相殺されてしまって、全体として効果はマイナスと言った所かしら?

 けれどそんな私とは真逆の存在である『熾天使』<ウリエル>からしてみれば。
この地はまさに『炎の中の火蜥蜴』や『天に舞い踊る風乙女』の様なもの。

 その証拠に桐乃の姿はこの場にいる誰よりも、一際光り輝いているのだから。

 いえ、それはなにもこの場のせい、というだけではないわよね。
 桐乃とはチャットや写メ、SNSなどで毎日の様にやりとりしてはいるけれど。
数ヶ月ぶりに顔を合わせてみれば、以前来た時とは比較にならない程に。

 それこそ『熾天使』の名の通り、煌めく光が全身から放たれている様だったわ。
私達も、何より先輩だって、思わず言葉を失ってしまっていた位に、ね。

 それは桐乃のモデル留学が順風満帆だという、何よりの証でもあるし。
 それを成す為に、桐乃が全てを賭して邁進した故の結果なのでしょう。
 それこそこの地の謂われと同じ様に、花と光を自らの力で勝ち取って。

 まったく、こちらはまだしがない大学生の身だというのに。
 日本にいた頃からの『位階』の差が、ますます開いているじゃない。

 こんな事では『永久なる敵対者』或いは『神魔の代行者』たる私達が。
 これでは相対するどころか、胸を張って向き合う事すら適わないわね。

「どうかしましたか、黒猫さん?パーティの主賓のお一人にそんな退屈な思いを
させてしまったとなれば、幹事のわたくしは大いに反省しなければなりません」
「……いえ、少しばかり愚にも付かない感慨に耽っていただけよ、沙織。よもや
こんな海外にまで来て、誕生日パーティをする事になるだなんて。一昔前の私に
教えてもとても信じて貰えないでしょうね」
「ふふっ、そうですわね……時折、わたしだって不思議に思う時もありますよ。
『オタクっ娘』のオフ会で黒猫さんやきりりんさん、京介さんとお会いしてから、
たった数年間でこんなにも深いお付き合いになるなんて。まるであの時わたしが
心から願ったものが、そのまま形になったようですもの」

 ぐるりとこの場に集った皆を見渡しながら、沙織は満足そうに応えた。

 今、私達がいるここは、パリの郊外にあるカフェなのだけど。

 シックな店構えは歴史を感じる落ち着いた雰囲気を演出すると共に、小洒落た
飾りつけや調度品がよく映えているわ。私から見ても感嘆させられる位にね。
 そのカフェの中には、私と同じくこのパーティの主賓となっている桐乃と先輩
を始め、私達と『魂の縁』<ソウルライン>で結ばれた何時も通りのメンバーが
集まっている。

 勿論、桐乃以外の皆は春休みを利用して日本から遙々ここへ来たわけだけど。
今回もまた沙織の伝手のおかげで、通常ではあり得ない破格な料金でパリ旅行を
させて貰っている。おかげで私は日向や珠希も連れて、それこそ近場の温泉宿へ
家族旅行をする様な感覚で欧州まで来ているわ。

  本当、ただでさえ沙織には感謝仕切れない位の恩義があるのに、この調子では
それを返すのは一生かかる事になりそうね。
 ふふっ、精々気長に待っていて頂戴ね、沙織。

 その沙織曰く『せっかく慶事が幾つも重なった、めでたい会でござるからな。
縁故の方々にも一同にお集まり頂いて、皆で愉しく祝い合おうではありませぬか』
との事で、私達の友人知人のほぼ全てに声を掛けた上で今回のパーティは催され
ているわ。勿論、参加者はパリへの4泊5日の旅行付きで、ね。

「それはこちらの台詞よ、沙織。私が切望していた『光の世界』への扉をあなた
が開いてくれなければ、間違いなく私はこの様な場にはいなかったでしょうから」
「いいえ、それは違いますわ、黒猫さん。私はあの時、自分が望んだ場所を用意
しただけ。私がやりたいことを、やりたいようにしただけです。扉を開けてその
中に入ってきてくれたのは、黒猫さん、あなた御自身の選択ですわ」

 私達の馴れ初めを思い返して恐縮した私に、沙織はやんわりと応えてくれた。
 今迄にも何度か繰り返して来た事でもあるけれどね。

「……そうね。あなたがオタクっ娘のオフを開いて。そこで馴染めなかった私や
桐乃、それと先輩が二次会で集って意気投合をした。そこから今迄の間、私達の
何が欠けてもここには辿り着けなかったかもしれないわ。そう言う意味では」

 私も刎頸の友に倣って、カフェの店内を見回した。
 誰もが歓びを面に溢れさせ、この場を心から愉しんでいるように見えた。

「これは私達皆で勝ち取った成果、というのが正しいのかしら?」
「ええ、その通りですわ。ですから誰に、ではなくて、今日は全員でその成果を
讃え合いましょうぞ!」

 頭一つ以上も高い位置から素顔の沙織ににっこりと微笑まれてしまうと、私も
もうそれ以上何も言えずに、ただ黙って頷くのみだった。
 さすがは『巨神』<アトラス>。原初には『神』と同様以上の存在でもあった
威風は、『熾天使』に優るとも劣らないわね。

 それに。この身がまだ幼く矮小にして『闇の宿命』にも覚めていなかった頃。
 お母さんに笑顔で諭されると何でも信じられた、あの頃とまるで同じ様にね。

 そのままパーティの喧噪を眺めながら、私と沙織は壁際で静かにグラスを傾け
合っていたのだけど。

「なーに、二人してしんみりしちゃってるワケ?そんなんじゃ折角のパーティが
台無しだってーの!わざわざみんなでパリまで来てくれてんだから、もっとこう
景気よくお酒でも飲んで、ぱーっと楽しくやりなさいってばっ!」

 そんな私達に気が付いた桐乃が、一端のモデルらしからぬ大股で豪快な足運び
でこちらに向かってきた。そして開口一番、声高に文句を言ってくる。
  いつも以上にテンションが高いと思ったら、パーティの始まる前よりも随分と
頬が赤く染まっていた。手にしたグラスには身に纏っているドレスの如き真紅の
ワインが並々と注がれているし、逆の手にはシャンパンのボトルも握られていた。
  恐らくは既に何杯もそれを飲み干しているのでしょうね。

「あなたこそ随分とご機嫌の様だけど、そんなに飛ばしていて大丈夫なのかしら?
そもそもあなた、実際には誕生日前なのだからまだ未成年じゃないの?」
「へっへーん、残念でした!この国じゃ16歳からワイン程度は飲んでも大丈夫
なんですー。それにこの1年できっちり慣らしてるし、へいきっ、へいきっ!!」
「ふふっ、きりりんさんのおっしゃる通りですわね。そろそろ余興の時間になり
ますし、わたくしたちも今の内に気合を入れ直しておきませんと」
「そうね、今回ばかりは桐乃を見習うべきかしら。益体も無い感傷に浸っている
のはこの位にして、お酒でも飲んで気持ちを切り替えましょうか」
「そうそう、主賓と幹事のあたしたちこそが、どっかーんって景気良くパーティ
を盛り上げていかないとね!」

  右手の人差し指で天を突き上げ高らかと宣言する桐乃。

  この1年であの丸顔が随分と大人びた表情を見せる様になったものだし、ほん
のりと朱に染まった顔は、ともすれば艶やかな色気すら感じさせると言うのに。

  本当、あなたの本質は何も変わってはいないのね。

  そう思った途端、今迄のどこか無聊に覆われた心持がすっと晴れ渡る気がした。
  我ながら現金だと呆れてしまうけれどもね。

  私は手元のジュースの残りを一気に飲み干して、桐乃からボトルを受け取った。
そして空のグラスにシャンパンを並々と注いでから、ぐいっと一口飲み込む。
  この『仮初の肉体』では、お酒の持つ魔力に『抵抗』<レジスト>できない時
が多いから、普段はなるべく控える様に心掛けているのだけど。

  確かに今日くらいはその制御<リミッター>も解放かしらね?
 私と桐乃、そして先輩達の。輝かしい未来へ向けての『祝事』なのだから。

「へぇ、お酒には弱いって兄貴から聞いてたケド、いい飲みっぷりじゃん?」
「ふっ、侮らないで欲しいわね。普段は思考が鈍るのを嫌って抑えているだけよ。
神魔に因らず、古来から大いなる儀式にはお酒の力は欠かせないわ。なれば私が
その力を使いこなすのは必然でしょう?」

 お腹の奥にまで一気に流れ落ちたそれが、すぐに燃える様な熱さを胸の内から
迸らせてくれていたのだけど。

 今の私にはこれ位の景気付けが必要でしょうからね。

 私は大きく、そしてゆっくりと呼吸を落ち着かせ、喉奥から次々と込み上げる
熱気を懸命に散らしていた。勿論、二人にはそれと悟らせないようにしてね。

「そんじゃ気合いも入ったトコであたしたちも準備しよっか。着替えはモチロン
だし、見合うメイクもしなくちゃなんないし。それに加奈子たちのはかぶりつき
で見たいしね!」
「でも、わたしたちは他の皆さんに姿を見せるわけにはいきませんし、舞台の横
から見ることになってしまいますけれど」
「ああ、その辺は大丈夫だってば。ステージの真正面からは兄貴にビデオで綺麗
に撮っておくように、しっかり頼んであるから!」
「あなた……先輩だって主賓の一人なのを忘れてないでしょうね?」
「すっかり趣味になってるし、今後の予行演習もできていいんじゃない?それに、
カワイイ妹からの久しぶりの相談だって、張り切ってたくらいだしねー」
「本当、相変わらずね、あなた達は……」

 文字通りに熱の籠もった溜息を、思わず深々と吐き出してしまったのだけど。

 どこか、それでこそだと安心してしまう気持ちもあったわ。
 先刻まで感傷に浸っていた自分が、莫迦らしくなる程にね。
 
 そう、どんなに時が流れ、様々な出来事を私達が迎えていって。
 取り巻く環境や互いの関係、そして自身をも変わっていこうと。

 私達のこんな所は変わる事なく続いていくのよね。

 このパリの理念の如く『たゆたえども沈まず』に、ね。

「ふふふ、それならば京介さんに綺麗に撮影してもらうためにも、わたしたちも
もっと張り切って参りませんとね」
「あったり前じゃん?兄貴が見惚れてカメラ回すのを忘れるくらいにスゴイのを
見せてやるんだかんね!ま、本当に撮影してなかったら、後で折檻だケド」
「本当、先輩にしてみれば理不尽極まりない話よね……でもその意気や良し、と
いうものかしら?やるからには徹底して完璧に任務を果たさなければね」
「あんたもわかってきてんじゃん。そんじゃ、一世一代のあたしたちのスーパー
ユニット、とくと見せてあげようじゃない!」

 今し方、ワインを飲んだ高揚感も手助けしてくれたのでしょうね。
 天へと力強く拳を突き上げた桐乃に、私も沙織も間髪入れずにそれに倣った。

 きっとその動画を後で見返した時には、悶絶の余りにその場から逃げ出したく
なる位の羞恥に苛まれる事になるのでしょうけれど。

 それでもこの無二の親友達と共に成し得た催事であるならば。
 それだって私にとっては掛け替えのない追憶の一つとなるわ。

 それらを積み重ねたものの先にこそ『理想の世界』があるのだから。



    *    *    *



 それこそ本物の魔法少女よろしく、ステージの上で軽やかに飛び回る加奈子。
俺は右手で構えたビデオカメラで、必死にその姿をファインダーに捉え続けた。
 なにせ加奈子の扮するメルルを少しでもフレームアウトなんてしようものなら、
後でこのビデオを見た妹様からどんな罵詈雑言を浴びせられるのか、解ったもん
じゃないからな。
 それに桐乃自身は今、自分たちの出し物でステージ脇の部屋で準備中だ。時折
そこから顔だけ覗かせては、加奈子のメルルに歓声、いや、奇声をあげちゃいる
が、さぞかし友人の勇姿を正面からじっくり見たかったんだろうしな。

 久方振りに顔を合わせてみれば、桐乃はすっかりと大人びた表情を見せるよう
になっていた。いや、顔つきだけじゃなく、立ち振る舞いや何気ない仕草に至る
まで、兄の俺が言うのも小っ恥ずかしいが気品と優雅さを感じさせるくらいだ。
  この一年の海外留学の中で、一人前のモデルへと着実に進んでるのがそれだけ
で解るってもんだろ?

 でもよ、相変わらずこういう所は昔のままでさ。
  いい加減、オタクも卒業した方がいいんじゃないかと呆れる気持ちと。
 それでこそ桐乃なんだという、妙な安心感もあったりもするんだよな。

 まあそれに、だ。遠い異郷で頑張る妹のために、たまに顔を合わせた時くらい
は兄として出来る限りの事をしてやりたいと思うのも人情ってもんだろ?
 だから俺は桐乃に言われるまでもなく、進んでこのパーティの撮影役を買って
出るつもりだったし、全力でこの任務を果たそうと思ってもいるわけだ。

 ま、沙織には俺も主賓の一人だからと釘を刺されたし、瀬菜や加奈子とかにも
俺こそいい加減にシスコンを卒業したらどうかと言われる始末だったが。
 それでも誰に強要された訳でもなく、これが俺のやりたい事なんだからよ。

 そういやあの時、黒猫だけは俺の考えに頷いてくれたばかりか、沙織達の説得
にまで回ってくれたよな。まあ、呆れ返った顔はしちゃいたが。
 まったく、どこまで俺の気持ちが筒抜けなんだよ、あいつには。
 幼馴染み共々、一生嘘なんてつけないよな、本当に。

「出たなっ、タナトス・ダークエンジェル!今度こそわたしの最大最強必殺魔法
『ミーティアエターナル』で二度と復活できないようにしてあげるからねっ!」
「ホーホッホッ、相変わらずのお馬鹿さんね。『闇天使』<ダークエンジェル>
として蘇ったこのわたしに、貴様如きが勝てると思っているなんて。冗談はその
おマヌケな顔だけにしておきなさいな、この『阿呆少女』」
「いいえ、メルルは一人じゃないわ。この私がいつだって一緒にいるもの!闇に
魂を堕とせし御使いよ、見よ、我が剣技!」

 っとと、いかんいかん。ぼんやりそんな事を考える暇なんてなかったぜ。
 舞台の上には『アルファオメガ・EXモード』に扮しているブリジットちゃん
と、メルル4期に登場する『タナトス・ダークエンジェル』の衣装を着たあやせ
も加わって、三人での大立ち回りになっていた。

 にしても芸能界デビューを果たして、公式にメルルの舞台劇にまで抜擢された
加奈子とブリジットちゃんは当然としてもよ。あやせまでその二人に引けを取ら
ない見事なハマリっぷりなのは正直驚きだ。
 まあ、あやせもここの所、黒猫と一緒にイベントに参加しては色んなキャラの
コスプレをして、その筋でも有名なレイヤーになってるくらいだからな。本人の
郡を抜いた美少女っぷりに加えて、元読モの経験からか衣装に合わせたポーズの
決め方や、写真の撮られ方も手馴れてるから当然っていえばそうなんだが。

 それに今回のこのパーティで、余興として加奈子たちと一緒にメルルの寸劇を
やると聞いた桐乃からも、大層な激励を受けたらしい。当初は渋々だったあやせ
が俄然張り切ってタナトス役に臨んでいるのも、そのおかげって訳だな。
 本当、桐乃のためなら喜んで心臓でも捧げそうだからな、あやせは。

 もしもあやせが男だったら、きっと最初から桐乃を取られていたに違いない。
  あやせのそんな姿を見る度に、その馬鹿げた考えが頭を過ぎっちまう位にな。

 でも、もしも。本当にそうなったとしたら。
  或いはあやせに匹敵する、ガッツと桐乃への愛情を持つ彼氏が出来たなら。

 不意に随分と昔の、黒猫とのやり取りが思い出された。

 桐乃がそういう誰かと付き合う事になるのなら。
  俺は間違いなく、耐え難い程の寂しさと悔しさを感じる事になるんだろう。

 でもそれと同じ位に。あの時の黒猫の言葉と同じ様に。

  ひょっとすれば今の俺は。

「よう、兄弟。相変わらず精が出るじゃねぇか」

 そんな妄想に埋没しかけた丁度その時。
  三浦さんに声を掛けられた俺は一気に現実へと引き戻された。

「す、すんません、今ちょっと手が離せなくて」
「応、解ってるって。こっちはあんまり気にしないで撮影を続けてくれや」

 余計な事を考えていたのを指摘されたようで、思わずそんな言葉が口をついた。
でも、三浦さんは特に気にした風でもなく、俺のすぐ横に並ぶとそのまま加奈子
たちのステージへと目を向けていた。

「って、そういやここで話してたら、それに録音されちまうか?」
「いえ、音声はステージのすぐ傍のマイクから拾ってますから大丈夫っすよ」
「なるほど、そっちの心配はいらねぇんだな。んじゃ、遠慮なく」

  三浦さんは持っていたグラスをこちらに一度掲げてから、それをぐっと一息に
飲み干して見せた。

「改めて卒業おめでとう、高坂。それと無事に就職出来た事にも乾杯だな」
「ありがとうございます。そして、そっくり三浦さんにもお返ししますよ。高校
と違ってストレートで卒業した上に、宣言してた通りに大手のゲーム会社に就職
とかすごいじゃないですか」
「俺はやる時にはやる男だからな。はっきりと目標が見えたからには、後は全力
で突っ走るだけだぜ。それによ」

  三浦さんはそこで一旦言葉を切った。ビデオを回し続けていた俺にははっきり
とは解らなかったが、三浦さんは店内を見回しているようだった。

「約束通り、来年再来年にはあいつらの来る場所も用意しておかなきゃいけない
しな。足踏みしてる暇なんて、これっぽっちもねぇからなぁ」
「……そうっすよね。折角俺にも声をかけて貰ってたのに、何もお手伝いが出来
なくて、本当すみません」
「おいおい、そこは謝るとこじゃねぇだろ?お前さんだって、自分のやりたい事
を見つけて突っ走るって事だしな」

  三浦さんはそこでもう一度ステージの方へと向き直った。そのまま加奈子たち
の熱演に魅入っていたようなので、俺も本来の自分の役目を果たすべく、撮影に
専念する。
  ステージでは今度はミュージカルの様に、加奈子とブリジットちゃんがメルル
4期のオープニングをデュエットで歌っていた。しかもその上であやせとの殺陣
を演じていて、あやせの殺人的キックや鞭攻撃をかわすために激しく動き回って
いるに関わらず、二人とも歌声に震え一つ見られなかった。
  アイドルとして、女優として。プロでいち早く活躍している二人のこんな凄い
演技を目の前で見られるのも、考えてみればすげぇ恵まれた事なんだよな。

  それに素人の俺がこんな事を言うのもなんだけどよ。なんかTVとかで見てる
より、二人とも活き活きとしてるような気もするんだよな。まあ、実際に目の前
で見る分の臨場感の違いって事なのかもしれないが。

「すごいもんだぜ、まったく。現役アイドルの生舞台まで見られるんだからよ」
「ええ、昔の自分に言っても信じて貰えないでしょうね。本当、何の因果か俺の
知り合いはすごい奴らばっかりで、凡人の俺には肩身が狭いですよ」
「んなこたぁないだろ?そもそもよ、そんな面子がこうして集まってるのはどう
してだ?その輪の中心になってんのは誰だ、って話しだ。これでも俺はお前さん
の人を惹き付けて、自分諸共、強引に動かしちまう力には一目置いてたんだぜ?
だから俺が会社を立ち上げる時にゃ、是非とも欲しい人材だったんだけどな」
「そ、そりゃ買い被りってもんですよ。それにここに来てるみんなは、俺なんか
じゃなくてパーティの本当の主役の桐乃や黒猫の友達が殆どじゃないっすか」
「ま、そう言うだろうと思ってたけどよ。その二人や沙織ちゃんと一緒になって、
ずっと高坂自身が身体を張って立ち回ってきたんだろ?俺に言わせりゃ、だから
こそのこの集まりであり、イコール築いた信頼なんだと思ってるぜ」

  俺はすぐにその言葉にも反論しようと思ったんだが。
  丁度その時、加奈子たちの寸劇がフィナーレを迎えていた。店内が万雷の拍手
と喝采に包まれている中、俺もその大切なシーンを撮り零さないように、慌てて
撮影に集中し直した。
  
  何時も通りに憎らしいまでに得意気な。それでいて見ているこっちまで嬉しく
なっちまう、弾むような笑顔で加奈子は皆の声援に応えている。
  演技や歌の技術は本物のアイドルになってから一層磨かれているのは勿論だが、
やっぱ加奈子の魅力の大本はこういう所なんだろうぜ。

  本気で楽しそうだもんな。そこがプロの舞台でも友達のパーティでも関係なく。
  そういう所はやっぱ似た者同士で友達になったんだろうよ、桐乃たちとは。
  
  結局、加奈子たちがステージの脇の部屋に下がってその姿が見えなくなるまで
の間、ずっと拍手と歓声が続いていたんだが。その熱気も次第に収まってきた頃
合を見計らって、三浦さんが先の話しの続きを切り出してきた。

「だから、来栖たちもこんなに気合が入ってたんだろうさ。このパーティの主賓
は、桐乃ちゃんや五更だけじゃなくて、高坂だってその一人なんだからよ。卒業、
それに就職おめでとう、ってな」
「それを言ったら三浦さんも俺と同じ立場じゃないっすか。それに加奈子だって
そりゃ確かに祝ってくれるのも間違いないですが、こういう場を自分の力で盛り
上げてみんなの注目を浴びるのが大好きな、根っからのアイドルですからね」
「ま、そうやって謙遜するのも悪い事じゃねぇけどな。あんま卑屈になるっつー
のも、それはそれで折角の好意を無下にして相手に失礼だと俺は思うぜ?」
「……そうっすね。俺もすぐに社会人ですから気をつけませんと」

  普段は余りに常識外れな言動の三浦さんだけに、たまにこんな風に窘められる
と不思議とえらく説得力があるんだよな。しかも指摘された事には、確かに身に
覚えがあるから尚更ってもんだ。

  勿論、それは間違いなく俺自身の事でもあるし。
  加えて俺のすぐ近くにそんな輩がいるもんでな。

  周りからの褒め言葉や賞賛に対して、もっともらしい理屈を捏ね回したり悪態
を付いたりで。全然素直に受け入れてくれない見本のような人物が、な。

  自分の事は棚に上げて言わせて貰えば、そういう時は素直に喜んで欲しいって
確かに思うもんな。褒めればすぐに調子に乗る-ま、それに見合うだけの実力を
伴っているから余計に始末におえないんだが-誰かさんを少しは見習うべきだと
思うぜ、あいつは。

  だってよ。それでも時々見せてくれる嬉しそうな笑顔は。
  本当、最高に可愛いらしいと俺は思っているんだからさ。

「仕事柄そういう所は気を使う時も多いだろうしな、高坂は。ま、俺も来月から
は開発職とはいえ会社を立ち上げる時を考えると、こういう人情の機微には常々
気をつけねぇといけないんだろうなぁ」
「三浦さんなら大丈夫ですって。こうして俺にも声をかけてくれたんですしね。
それに真壁君たちもきっちりサポートしてくれるんじゃ?」
「だと良いんだけどな。ま、何にせよ4月から頑張れよ、高坂。正直、俺の目標
なんかよりずっと大変かもしれんからな、お前さんのゴールはよ」
「三浦さんは世界一のゲーム会社を作るんじゃないですか!?そっちの方がどう
考えても大変でしょうに!そりゃ俺は右も左も解らないずぶの素人からですが」

  さらっととんでも無い事を言い出す三浦さんに、俺は思わず声を荒げて突っ込
んでしまった。
  でもよ、世界一だぜ。世界一。いくら俺のやろうとしてる事が、無謀で上手く
行くのか全くもって保障が無いとはいえ、流石に世界相手に戦うよりはマシだと
思ってたんだが。

「でもよ。桐乃ちゃんはそもそもトップモデルになるって意気込みで、海外留学
までしてんじゃねぇのか?だったら」

  それでも三浦さんは当然とばかりに俺のツッコミに即座に反論してくる。

「そのマネージャーになろうっていう高坂だって、そりゃ同じ位に険しい道だろ
うさ。ライバルはごまんといるだろうし、本人は兎も角としても、会社や社長の
信頼を得るには、高坂の手腕や実績を十分認めさせなきゃいかんだろうしな」
「……そうですね。確かにその通りでした。改めて考えてみると、やっぱり三浦
さんの会社に入れてもらっときゃよかったと後悔しそうですよ」
「ま、こっちにきても世界一を目指すためには、高坂には営業やら渉外やら難題
を任せる事になるんだろうけどな?」
「そうっすよねぇ。どっちにしても茨の道、ですか。あれ、でもそれならどちら
も同じ位の難題って事じゃないですか。どうして俺の方が大変なんです?」
「何言ってやがる、高坂。お前さんにはもう一つ大きな使命があるじゃねぇか」

  口調こそ普段の三浦さん通りの、飄々とした感じそのものだったんだが。
  もう数年来の付き合いだってのに、三浦さんは今まで見た事もないような鋭い
目で俺を見据えながら言葉を継いだ。

「未来のうちの『エース』の事はどうするつもりなんだ?いや、プライバシーに
まで首を突っ込むつもりはねぇんだが、社員の悩み相談やメンタルケアも会社の
福利厚生の一環だろ?実際に会社を興すのは2年後だが、来月から五更や真壁達
にはデビュー作の開発を少しずつでも進めて貰う予定なんでな。だからその辺り
は今のうちに確認しておきたくてよ」

  俺だっていつもの調子で当たり障りなくその質問に答える事も出来た。

  俺と桐乃は単なる兄妹だし、黒猫とは学校の先輩と後輩で妹との共通の友達だ。
  昔ならいざ知らず、今の俺達は確かにそんな関係だ。少なくとも表面上は、な。

  だから俺が桐乃の世話をしょっちゅう焼いたり、卒業後は桐乃のマネージャー
を目指す為に、美咲社長に直談判してエタナーのモデル事務所の入社試験に滑り
込ませて貰ったのも、妹の身を案じるシスコンな兄だからだし。
  そんな俺達を黒猫が公私に渡って支えてくれているのも、掛け替えのない親友
であり、苦楽を共にしてきた大切な仲間でもあるからだ。
  そして俺達3人は其々が目指しているもの-勿論、それもその時々で紆余曲折
はあったわけだが-にかかりっきりで、浮いた話に関わっている暇なんてない。

  ましてやそれが、俺達同士の間ではなお更に。

  それが何時もの俺達の決まり文句だった。
  大学やバイト先など広く浅く関わり合いのあった人達から、俺ら3人の関係や
付き合ってる付き合ってないだの、その辺の話をあれこれ聞かれた時にはな。

  胸の内に秘めた想いも思惑も約束も。外から決して見えない様に覆い隠す為に。

  でも、よ。そんな答えじゃあ、さすがにこの人には失礼ってもんだろう?

  俺と桐乃の。いや、この場に集まっている皆にとっても。
  無二の友達である黒猫の、未来の上司の立場として訊ねてるんだろうからな。

  彼女の将来を左右するであろう、その問いを。

  答えそのものはずっと心の中で決めていた事だ。そこに今更迷いなんて無い。
  だけど誰にも明かしていないそれを、今更表に出すには相応の抵抗はあった。

  だから俺は一度大きく息を吸い込んで。覚悟を決めてから再び口を開いた。

「ええ、黒猫にはずっと俺達の事で迷惑ばかりかけてきましたからね」

  でも、自分で思っている以上に滑らかに言葉は出てくれた。
  きっと俺自身、ずっと誰かに聞いて貰いたくて仕方なかったのかもしれないな。
  
  本当なら、数年前のあの冬の雨の日に。
  いや、生涯忘れられない位に記憶に焼きついている、あの夏の日の最後に、か。

  瑠璃に告げたかった、告げなければならなかった俺の本当の気持ちを。

「だからその責任を……いや、そう事じゃないですよね」

  あの時は信じられなかった。俺自身が信じる事が出来なかった。

  俺の桐乃への思慕。桐乃の俺への憧憬。拗れた兄妹の情動の行き着く先。
  その全てに向き合い、余さず受け止め、何時しか慈愛へと昇華していく。
  一人の兄として妹として。互いを慈しみ、その幸せを心から願える様に。

  その時まで俺の出来る限りを、最愛の妹に使うのに異論などなかったが。

  それだけで俺と桐乃の二人分の望みを、本当に叶える事など出来るのか。
  恋心にまで膨れ上がった気持ちを、家族のそれに変える事が出来るのか。

  桐乃の、いや自分の本当の気持ちにすら気付けなかったこの俺なんかが。
  そんな根拠や自信なんて、最初から持てる方がおかしいってもんだろう?

  ましてや俺達のそんな我儘に黒猫を。
  初めて心の底から好きだと想った大切な『女性』<ひと>を。

  何時まで掛かるのか、本当に終わるのかも解らない話しに。
  その時まで待っていてくれ、だなんて虫の良すぎる願いを。

  そんな残酷な事、どの面下げて頼めるのかと思っていたからな。

  だからあの冬の日の夜に、一生会えなくなると覚悟までした酷すぎる告白で。
  瑠璃の気持ちを拒絶して、共に抱いた一夏の夢の残滓を終わらたというのに。
  
「義務とか責任とか、そんなんじゃありません。俺はあいつが、瑠璃の事が」

  でも瑠璃は、ずっと俺たちと一緒にいてくれた。それまでと何も変わらずに。
  あの時溢れた慟哭の苦しみは、あの絵の様に瑠璃を苛み続けていただろうに。

  そればかりか高校では桐乃と、大学では俺と同じ学校で。
  何時でも俺達のすぐ近くで、共に歩み続けてくれていた。

  何の要求も、見返りも、俺達に求める事などなく。

  まるで俺が自身の不甲斐なさ故に諦めた願いを。
  そのまま実現してみせてくれてるかの様に、な。

  『永遠にあなたが好きよ』

  あの時からずっと、その言葉通り俺の胸の奥底で息衝いている彼女の想い。

  『……もはや永遠に私達は結ばれる事はない。それで……いいのでしょう?』
  
  でも『最後の嘘』と二人で誓った『約束』は、今も俺達を呪縛し続けている。

  だけど、今なら。

  自身の人生の目標を見据え、それを適えるべく海外へ留学までして励む桐乃。
  そんな桐乃を支えるべく、俺が桐乃のマネージャーを目指してエタナーに入社
すると電話で伝えたその時に。
  何時もの皮肉も罵倒も揶揄も無く。桐乃がそれを素直に認めてくれた今なら。

  俺達はもう一度真っ直ぐに向き合えるときが来たと思っている。
  あの夏に、初めて本音をぶつけあった時の様に、桐乃と瑠璃と3人で。

  そして彼女の初恋を粉々に砕いたこの俺の手で、縛り付けた呪縛を解き放つ。
  それは誰でもない。それだけは誰の為でもない。俺自身の意思を持ってして。
  
  『桐乃とのこと、しっかり決着するまで--誰とも、付き合う気はない』

  あの時の言葉を微笑んで受け入れた瑠璃に、今こそ俺の気持ちを伝える為に。

「おおっと、そこまでだ、高坂。その先を聞いていいのは五更本人と桐乃ちゃん
だけだろ?男の一世一代の見せ場にゃ、リハーサルなんて必要ないしな」

  俺が勢い込んで後を続けようと思った矢先。三浦さんの右手が勢い良く俺の眼
の前に突き出された。反射的に仰け反った俺は、続く言葉を飲み込んでしまう。

「お前さんがまだふらふらしてるようだったら、元先輩のよしみでいっちょこの
機会に気合でも入れ直してやろうと思ってたんだけどよ。その様子じゃ、老婆心
が過ぎちまったようだな」
「いえ、俺だって漸くですよ。黒猫と桐乃だけじゃなく、三浦さんやみんなにも
本当、心配かけっぱなしで申し訳なかったです」
「そんだけ散々考えたって事だろ?それで腹が決まったんなら、何も謝って貰う
必要なんてねぇさ。……そりゃ俺としちゃ、その答えがうちの将来のエース様に
幸多からんと願いたい所だけどな。ま、それもさておき、だ」

  それまでの真剣な-それでいてどこか暖かな-話し振りはどこへやら。
  途端におどけた口調に戻った三浦さんはすっと前へ向き直ると、芝居がかった
大仰な仕草で仮設ステージを指し示した。

「そろそろ仕事の時間だろ、未来のマネージャーさんよ。専属モデルのこんなに
立派な晴れ舞台でサボってたら、速攻でクビにされちまうぜ?」

  その指先へと目を向けると、仮設ステージのすぐ横の控え室をスポットライト
が照らしていた。そしてカフェのスタッフ-やけに日本語がぺらぺらだったが-
の司会の人が、桐乃達の出し物が始まると高らかに宣言する。

  んじゃ、お役目頑張れよ、と右手を上げて三浦さんはこの場を離れていった。

  本当、みんなに心配ばかりかけて、まだまだ全然ダメだな、俺は。

  三浦さんの気遣いに軽く頭を下げて感謝しつつ、その配慮を無下にしない様に
俺はビデオカメラをしっかりと構えてからステージへと集中し直した。
  先のやり取りで、すっかり昂ぶっちまった気持ちを落ち着けるためにも。

  ちなみに桐乃達の出し物に関しては、俺も全く知らされていない。
  桐乃は毎度の事だから仕方ないにしてもよ。黒猫や沙織に何をするのか訊ねて
みても『『『秘密(よ|でござる)』』』の一点張りだったしな。
  それでいて『ビデオ撮影はしっかりやんないと許さないからね』とか妹様には
厳命されていて、思わず目頭も熱くなったってもんだ。
  
  でもだからこそ俺も一人の観客として、あいつらの出し物が興味深々でもある
んだけどな。

  しかも加奈子達のあのクオリティの寸劇の後だからな。ここに集まってるのは
友達ばかりとはいえ、生半可なもんじゃあ満足しちゃくれないだろ?
  もっとも桐乃の事だから、わざわざこの状況に持っていったんだろうけどな。
いくら自分もセミプロのモデルとは言え、本物のアイドルを、しかも二人を相手
にして張り合おうってんだから恐れ入るぜ。
  まあ、黒猫と沙織もいるんだから、桐乃の自意識過剰だけじゃなくて、きっと
なんらか策は講じてくるんだろうとは思っちゃいたんだが。

「な、なん……だと……!?」

  でも、スポットライトに照らされて桐乃達がステージに飛び出して来た途端。
  その三人の姿をよくよく見た俺は、驚く余りにどこかで読んだ漫画の様な台詞
を思わず口走っちまっていた。

  確かに桐乃ならそういう格好だって実に堂に入ったものだし、なんとなく予想
しないでもなかったぜ?
  でも、まさか、まさか、よ。黒猫と沙織まで桐乃と一緒になって、そんな衣装
で出てくるなんてのは、さすがの俺でも想定外だったぜ。

  まるで、流行のアイドルユニットのような。

  煌びやかで可愛くて。其々の個性も表現した派手な衣装を身に纏った三人は。
それこそ本物のアイドルの如くキュートな笑顔を俺達に向けて振りまいていた。



                *              *              *



「さっ、加奈子たちも控え室に戻ったようだし、そろそろあたしたちの出る番よ。
二人とも準備はいい?」

  ここは楽屋に仕立てたここのカフェのスタッフルーム。私達はここで次の出し
物の準備や、その為の衣装に着替えてから出番を待っていたのだけど。
  今、仮設ステージでは加奈子たちが寸劇を披露している。桐乃は手早く自分の
準備を終えると、ずっと入口のドアの影からその様子を伺っていた。
  しかもステージの方が盛り上がる度に、完全にキモオタ丸出しな奇声を叫んで
いたから五月蝿いったらなかったわ。

  まったく、あなた自身はこんな派手な衣装は着慣れているのでしょうけれど。
私にすればこんな露出の多い破廉恥な格好は、落ち着かない事この上ないのよ。

  ま、まあ、この衣装を作ったのは私自身でもあるのだけど……
  作っている時はまさか本当に自分がこれを着てステージに立つ事になるなんて、
これっぽっちも現実感がなかったのだから仕方がないでしょう?

  何よりこの後の事を考えると、不安に押しつぶされそうにもなったのだけど。

  まあ、桐乃のマイペース過ぎる態度をこうも見せられていると。
  こちらとしても一人で緊張しているのが莫迦らしくもなったのだけどね?

「何を言ってるのよ。あなたがさぞ楽しそうにはしゃぎまわっている間に、私も
沙織もとっくに準備なんて出来ているわよ。あなたこそハイになって振り乱した
髪を少しは整えておきなさいな」
「はい、お店のスタッフの方と照明やBGMに関しての最後の打ち合わせも滞り
なく終わりましたし、いつでも出られますわ」
「おっけー。それじゃ、出る前に最初のポーズ、もう一度確認しとこっか。ほら、
あんたたちもここの鏡の前に並んで並んで」

 こちらの小言は軽くスルーして、桐乃は壁に備え付けられた大きな鏡の前で私
達を手招きしていた。私は大きく溜息を付きながら、沙織はゆっくり頷きながら
桐乃の元に集合する。

「んじゃ、せーのっ、で決めるよ!はい、せーのっ!」

 私達は桐乃を中心にして三角形に位置取ると、呼吸を合わせて各々のポーズを
取って3人同時に見得を切った。所謂『決めポーズ』というものね。

 ちなみに、桐乃は正面切った仁王立ちになって両手を天に力強く掲げている。
全てに真っ向から挑み、それをねじ伏せ天をも掴む、と言う様な、如何にも桐乃
らしい真っ直ぐな性格と、傲慢なまでの自信とが現れていると言えるわね。

 そして私と沙織と桐乃の左右で対称なポーズを取っていた。観客に対して半身
になった状態で片方の膝を曲げて、一本足で直立する。さらに内側の手を胸元に、
逆の手をギャラリーの方へと伸ばし、人差し指で鋭く狙いを定める。

 私達の意気込みと表現する全てを、示す先へと届かせる様に、ね。

「ん~、全体的なバランスとか、みんなの動き出しのタイミングは悪くなかった
と思うケド。瑠璃、やっぱりあんたの表情がまだ硬いってーの!ここはお得意の
厨二ドヤ顔でめいっぱい決めるトコじゃん?」
「そ、そんな事を言われても、鏡でこうして見ていても私には一体何が悪いのか、
さっぱり解らないわ」

  そもそもの発端は、今回のパーティで主催と主賓を兼ねる私達が、何か余興と
して出し物をしようとチャットで話し合った時に遡るのだけど。
  『みんなでアイドルになってライブやってみようよ!』なんて、桐乃が余りに
無茶振りな-まあ、何時もの事でもあるけれど-提案をした時には、私は当然の
事、全力で反対したわ。

  だって、そうでしょう?既にプロのモデルの桐乃は当然として。
  本来はお嬢様でオタクの『マスケラ』さえ外せば、振る舞い一つに気品が溢れ
スタイルも抜群な沙織なら、パーティの余興としてアイドルに扮しても、それは
十分に様になるのでしょうけど。

  アイドルに相応しい要素など、この『仮初の身』にはこれっぽっちも。
  我が身のどの領域を解析しても、1ビットたりともありはしないもの。

  だけど桐乃は兎も角、意外な事に沙織も桐乃の提案に乗り気になって、私への
説得に回ってきた。
  いえ、最近はお嬢様モードの時も多いから忘れていたのだけど。
  考えてみれば沙織だって人が何を言った所で聞く耳持たずに、面白そうな事に
突っ走って行くのは昔からだったわよね……

  結局、二人の熱意に押し切られ、アイドルの真似事をするのを承諾させられた
私は、その交換条件に二つほど自分の意見を認めさせたわ。

  だって、二人の言い成りになるだけだなんて、そんなの癪に障るでしょう?
  それにやると決めた以上、出し物を成功させる為に知恵も力も絞らないと。

  一つ目は私が全員分の衣装を作る事。それなら私にも貢献できるでしょうから。
  二つ目は最後まで私を指導してくれる事。上手く出来なくとも決して妥協せず。

  その日からというもの、私はパーティの出し物の準備に掛かりきりになった。

  朝はビデオチャットで桐乃に、アイドルらしい身振りや振付の指導を受け。
  昼は実際に行う歌や振付の内容を考え、果ては自分達で作詞作曲までして。
  夜は各々に見合ったアイドル衣装のデザインし、その作成を進めていった。

  そのお陰もあって、全員分の衣装も無事に完成したし、演技の方もどうにか人
に見せられるレベルになったと自負している。ビデオチャットでは桐乃にもぎり
ぎりの及第点を貰っていたしね。

  でも、昨日こちらに来てから何度か3人でリハーサルをしているのだけど、今
みたいに桐乃にはこっぴどく絞られ続けている。
  曰く『一見マシに見えるケド、気持ちが全然篭ってないんだっての』との事で。
それまでの具体的な指摘を受けていた時と違って、本番目前にしてそんな不明瞭
なダメ出しをされても、私だってどうしたらいいのか困惑している所よ。

「はぁ?厨二分が足りないって言ってるのに、なんであんたがわかんないワケ?」
「だから私は何時も通りの心算よ?それを違うと言われても、理解出来ないわね」
「まぁまぁ、きりりんさん、黒猫さん。一旦、ここは落ち着きましょう。そうで
すわね、わたしから見ても、今の黒猫さんに特に問題があるようには思えません
でしたが……つまりはこういう事なのでしょうか?」

  私達の口論を見かねた沙織が、何時もの様にその間に割って入ってくれた。
  内心はどうあれ、桐乃に食って掛かられるとつい反射的に言い返してしまって、
後はお決まりにヒートアップしてしまうのだけど。
  そんな私達を押し留めてくれる沙織には、本当、いつも感謝しているわ。

「まだまだ『見て欲しい人』へのアピールには物足りない、と言う訳でござるな。
ここは一つ、その方が目の前に実際にいると思って演技をなされば、それはもう
気合の入り様も変わるというものではござらんか?」
「あー、そうそう、そういうコトよ。本来ならギャラリーのみんなにしっかりと
向き合うのがプロなんだケドねー。ま、瑠璃にはそこまで求めるのは酷ってモン
だし、沙織の言う通りに誰かさんに集中してみるのもいいんじゃない?」
「なぁ!?な、何を言い出すのよ、あなたは達は……」

  けれど心の中で礼を伝えている間に、沙織は態々ござる口調に切り替えてまで
何の解決にもなりそうにもないトンデモ案を言い出した。
  しかも、桐乃までもがそれに賛同するものだから、私は呆れる余りに何も言い
返す事が出来なかったわ……

「ま、もう時間もないし、後はぶっつけ本番になるけどね。ほら、せっかく3人
でここまで仕上げてきたんだから、みんなには最高のものを見せるんだかんね?」
「そうですわね。わたくし達だけでなく、今日ここに集まって頂いた皆様の一生
の思い出になる様な出し物に致しましょう」

  桐乃が差し出した右手に、意図を察した沙織がすぐさま自身のそれを重ねた。
  それなら私だって、何時までも呆けたままでいるわけにもいかないでしょう?
  
「ええ、私とて今迄積み上げきた力の全てを尽くすに異論は無いわ。我ら神魔が
描きし『熾天の三連星』<グランド・デルタ>。この『花の都』に集いし同胞へ
の『一夜の饗宴』に捧げてみせましょう!」

  胸の奥の迷いや戸惑いを振り払い、私も右手をすぐに皆の上に重ね置く。
  それだけで二人から熱と想いとが、掌を通して伝わって来る気がしたわ。
  
「その呼び方はどうにかして欲しいんだケド……ま、今日はその位のテンション
で丁度いいかもねー。じゃ、沙織、いっちょリーダーとして気合入れヨロシク!」
「はい、それでは参りましょう。オタクっ娘ー、ふぁいとっ!」
「「「おー!!」」」

  裂帛の掛け声と共に、私達は重ねた右手を互いに握り締めた。

  堅く、強く。私達の今迄の、そしてこれからも変わらぬ絆そのままに、ね。



                *              *              *



  ステージに出た私達を出迎えたのは、目も眩むスポットライトの光とカフェ中
を震わす歓声。そして月並みだけど、割れんばかりの拍手だったわ。

  その雰囲気に呑まれ、思わず腰が引けそうになってしまったのだけど。
  右手に残る温もりをもう一度握り締め、私は沙織と桐乃の後に続いた。

  勿論アイドルとして振舞う為には、皆の歓声に応えて大きく手を振りながら。
にこやかな笑顔を見せる事も忘れずに、ね。

  自分自身、こんな事をしているのが今でも信じられない気持ちだけど。
  だけど今日この時の為に、あれ程の修練と研鑽を積んできた事だもの。
  
  今日の私は『黒猫』でも『夜魔の女王』でも無く。
  ましてや単なる『仮初の身』である『五更瑠璃』でも無いわ。
  
  新たなるペルソナを解放せし『清純派アイドル・瑠璃』なのだから。

「皆さま、本日は日本より遠路遥々お越し頂きまして、誠に有難うございます。
この度のパーティの幹事として、先ずは厚く御礼申し上げます」

  私達はステージの最前面に横一列で並び、最初に沙織がこのパーティに集って
くれた掛け替えのない友人達に、心からの感謝を伝えた。
  続けて私達の今回の出し物『アイドルユニット・オタクっ娘3<ドライ>』の
結成を高らかに宣言する。

  まあ、私達のこの衣装を見れば一目瞭然な事でもあるのだけど。
  それを明かした時は、一層の歓声と驚愕の声が上がっていたわ。

  ふうっ、まずは掴みは十分、と言った所かしら?

  とはいえ、私の自意識過剰というか、単なる被害妄想かもしれないのだけど。
  驚きと言う意味での注目は、殆ど私に集まっている気がしているのよね……
  見回す限り私の方を見ている人は皆、揃って吃驚した顔をしているのだもの。
  
  改めて探すまでもなくステージの目の前でビデオカメラを構えた先輩も、目も
口も大きく開いたままで固まっていた。みっともない位に呆けた顔をしてね。

  な、なによ。そこまで驚く事はないんじゃないかしら?
  私が偶に派手なコスプレをする事だって、別段珍しい訳でもないでしょう?

  得も言われぬ感情が込み上げてきて、思わず力が籠められた左眼が『邪眼』の
異能を発現しかけた丁度その時。
  漸くにして我に返った先輩と、互いの視線が交錯していた。

  --いや、そう言ってもよ。予想外って言うか、意表を突かれたって言うかさ。
  
  要は『柄じゃない』と言いたいのでしょう?
  あなたの妹さんみたいに、似合っていなくて悪かったわね。

  -ーだからそうじゃねぇって。似合いすぎてるからびっくりしてるんだよ。
  
  後からなら幾らでも言い繕えるわ。信じられないって呆けていたじゃない。
  そこまで言うのなら、行動で示して欲しいものね。

  --行動って、つまりはどうすりゃいいんだ?

  先ずは私達のこの姿を、その『録像機』<マキナ>に余す事無く封じる事よ。
  
  --そりゃ、言われるまでもないな。俺の出来る最高の映像にして見せるさ。

  その為にも、私達から一瞬たりとも目を離さない事ね。
  それで私も……何とか最後まで、頑張れると思うから。

  --ああ、任せとけって。瞬きもしないで見ているからな。

  まあ正直に言えば、先輩がそんな風に応えてくれたのかは、我が右眼に宿りし
『神眼』を持ってしても定かではないのだけど。

  力強く胸元を叩き、親指で自身を示した先輩の姿は、私の希望を適えるに十分
過ぎる力を持っていたわ。

「それじゃ、お堅いご挨拶はここまでっ!!ここからはあたしたちの全力全開で
いくからね!!みんなー!逃げずにちゃんと受け止めてよねーっ!!」

  沙織の挨拶に続いた桐乃の宣誓の元、私達の一夜限りのアイドルが始まった。

  それにしても、流石、と言うべきなのでしょうね。桐乃がほんの少しアピール
しただけで場の空気が一変したのが解った。さらにそこにいる全員がその熱気に
飲み込まれていき、一気にボルテージが高まっていく。

  それが弛まぬ努力で身に付けたものと解ってはいるのだけど。
  闇の宿命を課せられし私でも、時に羨ましくなる花形振りね。

  まあそのおかげで、私や沙織の緊張も随分と解れてくれたかしらね?
  ギャラリーの皆だけでなく、私達とて気分が高揚していたのだから。
  
「「「わたしたち、オタクっ娘!」」」
「大人になっても、やりたい事をやりたい様にやるのが流儀!」
「だから時にはアイドルだってやっちゃいます!」
「3人寄ればかしまし乙女の一世一代の晴れ舞台!」
「「「篤とご照覧下さいませ!!」」」

  お陰で淀みなく自分の口上も言えたし、合間のムーブもスムーズに出来たわ。
  そして最後に幾度となく修練を積んだ、件の『熾天の三連星』を組み上げる。

  二人の助言に倣って、一番見て欲しい人を思い浮かべる事で。
  今の私は最高の表情を見せられていると、信じられる位にね。

  尤も、正直に言えばこの『熾天の三連星』で皆の受けを狙えるのか、考案した
私からしても半信半疑な代物だったわ。
  でも私がこのアイディアを出した時、普段なら真っ先に反対してきそうな桐乃
が何故か大層乗り気だったし、沙織もすんなり賛成してくれていた。

  それこそ逆に不安を覚えてしまう位に、あっさりと、ね。

「うおおおぉぉぉぉ、オタクっ娘ぉ、最高だぜぇぇぇぇ!!」

  でも、ステージの最前列で絶叫を上げた先輩を皮切りに。
  全力で拍手をし続けるユウ。大きく手を振って声援を送っている花楓。
  一緒になってはしゃいでいる日向と珠希などなど。

  そこにいる誰もが、大見得を切った私達を大きな喝采で迎えてくれた。

  まあ、中には爆笑していた三浦さんや夏織さんや、お腹を抱えて笑いを必死に
堪えてた秋美。さらには引き攣った笑みのあやせ、不敵に哂う加奈子の様な人も
いたのだけどね……

  それでも、何かしら強く興味を惹けたのには違いないもの。
  それだけでも私にとっては、この上ない手応えになってくれるわ。

  普段の自分なら考えも付かないこの舞台を、完遂する原動力としてね。
  
「じゃあトップはあたし!『morning morning』いっちゃうよー!」

  桐乃が盛り上がった勢いそのままに、とあるゲームの主題歌を歌い始めた。
  私と沙織は後ろに下がって、打ち合わせ通りにバックダンサーを努める。

  ちなみにそのゲームは、ごく普通の女の子なヒロインが、ふとしたきっかけで
アイドルデビューを果たすアドベンチャーゲームなのだけど。
  憎からず想い合う男の子がその娘のマネージャーとして公私を支え合いながら、
紆余曲折を経て遂にはトップアイドルになったり、その男の子と結ばれたりする
マルチエンドな内容となっているわ。

  そのゲームのヒロインの一人に、小生意気で素直じゃない誰かさんそっくりな
妹キャラがいるのだけど。勿論、桐乃のお気に入りなキャラだし、この主題歌は
その娘が歌っているから、桐乃がこの曲を選んだのもむべなるかな、ね。

  まあ、少しばかり一般的な知名度には欠けるのが難点だけど。
  そんなチョイスも、私達オタクっ娘には相応しいと言うものかしら?

  それに、例え私達の他には聞き覚えが無い歌だとしても。

「ダメダメーなきーみにAtten-tion!けんかしちゃったWarning!!War-ning!!」

  桐乃が日本にいた頃に何度か一緒にカラオケに行った事はあったのだけど。
  その頃とは比較にもならない歌唱力に、私だって驚かされている位だもの。
  その場にいる皆が合いの手を打ちつつ、曲の合間に声援を贈っている程に。

  しかも歌の上手さだけではないわ。
  あれだけの声量で歌いながら、実に溌剌とした情熱的なダンスも披露していた。

  何でも、桐乃が留学先で受けているレッスンの中には、ダンスや歌唱も含まれ
ているらしい。それを聞かされた時は、ダンスは兎も角、歌はモデルに必要なの
かと尋ねたのだけど。

『そりゃ、歌だって表現技法の一つだからねー。自分の持ってるものをフル活用
して、目的のものを際立たせて魅せるのがモデルの仕事なんだから、その為には
なんだって覚えておいて損はないっしょ?』

  なんてビデオチャット越しにドヤ顔を見せ付けられてしまったわ。
  本当、自分の目指すものには、どこまでもストイックなのだから。

  でも、実際に桐乃の本気のそれを目の当たりにさせられると、適当な気持ちで
この提案を受けてしまった自分が恥かしくもなってくるわね……

  それと。あなたの後に歌を披露しなければならない私達の事だって。
  少し位は考えて欲しいものだと、ついつい思ってしまうのだけどね?

「みんな、声援ありがとーっ!!じゃ、次は沙織にバトンパスねっ!」
「はい、今度はわたくしが歌います。『カメレオンドーター』、お聞き苦しい所
もあるかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けますと幸いですわ」

  皆にぶんぶんと振りまくって歓声に応えていた手をそのままに、桐乃は沙織と
ハイタッチを交していた。そして今度は沙織がステージの前に進み出て、とある
アニメのエンディングテーマを歌い出した。

  沙織が選んだそのアニメは、内気で恥ずかしがり屋のお嬢様がヒロインのお話
なのだけど。その性格故に一緒に遊ぶ友達もいなかった彼女が、ある時一念発起
して、眼鏡や奇抜な服装で変装して町に出て、普段学校で全く話しかけられない
クラスメート達と友情を育んでいく物語よ。

 ふふっ、このアニメもまるで沙織自身をモデルに描いた様な作品よね。
  だからこそ沙織もこの曲を自分の持ち歌に選んだのでしょうね。

「いくーつーもーかーおー隠し持っていーるの。レンズのおーくーにーふーせー
らーれーたーひーとみー」

 シャイな少女の内面を表すこの歌は、静かに訥々と訴えるバラードなのだけど。
だから桐乃の時とは違って、店内もまた静まり返って沙織の歌に聞き入っていた。

 ちなみにこの曲調に合わせた振り付けも桐乃が考えたものよ。習い事で日舞や
社交ダンスを学んでいる沙織に合わせて優雅な踊りで構成していて、沙織の長い
手足がたおやかに舞う様に、皆の感嘆の声が漏れ聞こえていたわ。

 それにしてもこの歌の通り、素顔の自分を私達に見せる事すら恥ずかしがって
いた沙織も随分と成長したものよね?親しい人だけのパーティとはいえ、こんな
ステージに立って本物のアイドルの如く振る舞う事が出来ているのだから。
  
 勿論それも、今迄の沙織の努力故に克服してきたものだと解っているし。
 私だってあなたの親友として、立派にアイドルを演じて見せなければね。

  あなたと同じ位、気弱で恥ずかしがり屋で友達の一人もいなかった私に。

  『似たもの同士、気が合うかと思いまして』

  あの時あなたが掛けてくれた言葉を偽りにしない様、私も頑張らないと。

「ご静聴、誠にありがとうございました。続きまして瑠璃さんの出番となります。
皆様方、瑠璃さん本来の可憐な御姿に是非ともご期待くださいませ」

 沙織が歌い終わると、万雷の拍手が店内を埋め尽くしていたわ。
  沙織は律儀に皆に頭を下げ回って、それに応えていたのだけど。一通りそれも
終わると此方を振り返って、私をステージの前へと促した。

 ……いよいよ、私の番なのね。

 そう思った途端、身体の奥底から名状し難い震えが湧き上がってくる。
 ごくりと喉が鳴り、震え始めた足を動かす為に満身の力を振り絞った。

 とん。

 でも、そんな私の背中を軽やかに押すものがあった。
 振り返る迄もなく、今この場でそんな事を出来るのは唯一人だけで。
 それで我に返った私の前に、もう一人の親友も笑顔で頷いてくれている。

 ええ、助かったわ。ありがとう、もう大丈夫よ。

 今でも中々素直に出せない感謝の言葉を、私は胸の中で二人に告げていた。
 そしてその代わりにと、擦れ違った沙織と景気よく右手を打ち合わせたわ。

「本日は私達の誕生日をこのように盛大に祝福して頂き、皆様方には感謝の言葉
も有りません。拙い業前ではありますが、せめてもの御礼にと、誠心誠意、心を
籠めて歌います。『モノクロ☆HAPPY  DAY』。聞いて下さい」

  私の前口上にこの場が一瞬ざわついたのが解った。
  普段の私とはかけ離れた口調や態度に、さぞや戸惑っているのでしょうね。
  
  でもそれも想定通りよ。この『清純派アイドル・瑠璃』にはね。

「しーろ、きょーうのふくーはー。よーろこんでくれーるーかな」

 この二ヶ月あまり、幾度となく繰り返してきた歌い出し。
 最初の言葉が少し震えてしまった気もするけれど、悪くはない感じかしら。 
 その確かな手応えを見失わない様、私は生涯でも五指に入る位に集中した。

 いざ歌い始めてしまえば、不思議と気持ちも落ち着いてくれていた。
 その後もほぼ問題なく歌い続ける事が出来たし、ダンスも無難にこなせている。
尤も、桐乃の振り付けてくれたダンスは、そもそも激しい動きなんて無いものに
してくれていたから、これ位で自慢は出来ないけれど。
 『その分、気持ちをめいっぱい歌に込めなさいよね!』とは、その親友からの
有り難いご教示だった。全く、素人以下の私に無茶振りも程があるわよね?

 ちなみに私の選んだこの歌は、一風変わったラブコメと見せかけて『転生者』
へのメッセージを込めた『暗黒同盟』<ダークアライアンス>の作りしアニメの
劇中歌よ。
 己の闇の宿命と抑えきれなくなった恋心の狭間で苦悩するヒロインが、主人公
に自分の気持ちを打ち明ける為、始めてのデートに誘う時に流れる曲なのだけど。
 あの時、ヒロインが自分の恋心に素直に向き合う描写は、その後の闇の宿命故
の別れと相まって、アニメ界隈でも大きな評価を得ている名シーンよ。
 そして私自身、その時のヒロインの心境を痛い程に理解出来るからこそ、思い
入れのあるこの曲を此度の持ち歌に選んだのだけど。

 なので桐乃に言われる迄も無く、この曲を歌えば気持ちが溢れ出てしまう。
  普段は表に出ない様にして無理矢理に押さえ込んでいる、私の本心ですら。

「ああー、こんーなーきもーちはーはーじめーてでー。もっともーとー、知って
ほーしいーのー、わたーしーのことー。あなただーけー」

  だから振り付け通りに差し出した右手は、自ずとあの人へと向けられていて。
  溢れ出たもの全てがその先へ届けと、歌いながら願わずにいられなかったわ。
  
  それにその時の私は、皆の反応を確認している余裕はまるで無かったのだけど。
後から桐乃達に聞いた話では、殆どの人は私が歌い始めてからずっと、呆気に取
られたまま黙って私の歌を聴いていたらしいわ。
  そういう意味では狙い通り私の『清純派アイドル』は、皆へ十分なインパクト
を与えたのだから、私としては十分に成功したと言いたい所なのだけど。
  まあ桐乃からは『へぇ、やっぱみんなの事、ぜんっぜん頭になかったんだ』と、
実に嫌味ったらしく-でもやけに楽しそうに-言われてしまったのだけどね。

「いーま、ふーたりで刻む。しあわーせーの、このじかーんを」

  最後まで歌い終えて始めて、この時の私は皆が黙ったままな事に気がついた。
その沈黙の意味を察して、私は最後の挨拶も忘れてその場に立ち尽くしていた。

  少なくとも身内の誼みで日向や珠希、それにユウや花楓からは、拍手の一つ位
貰えるものなんて甘く考えていたのだけど。
  
  やはりアイドルの真似事など、自分には荷が勝ちすぎたのかしらね……

  桐乃達の思惑にしても、例え最初は乗り気でなかったにしても。
  自分からやると決めた以上、絶対にすまいと思っていた後悔の念に、この時の
私は押し潰されそうになっていたわ。

  パン、パン、パンッ。
  
  でも、その時。大きく、力強い拍手が静まり返った店内に鳴り渡った。
  それに釣られる様に、次第に至る所から同じ音が聞こえ始めて。
  次々と重なり響き合って、最後には大きなうねりとなっていったわ。

  その余りもの落差に、呆然としたままその様を眺めていたのだけど。

  不意に両手を掴み上げられた私は、それで漸く我に返る事ができた。

「ご静聴、誠にありがとうございました。瑠璃さんの可憐な乙女心を一杯に詰め
込んだ『モノクロ☆HAPPY  DAY』。瑠璃さんにとって大切な皆さまの心
にも、きっと染み入るものがあったのではないでしょうか?」
「どう?どう?みんなびっくりしたっしょ?普段は厨二で澄ました顔してるケド、
ホントはこんなに純だかんね?でもさ、たまにはこんな瑠璃もカワイイよねー」

  桐乃と沙織に左右の手をしかと掴まれ、されるがままに手を振らされていた私。
  しかもどさくさ紛れに、二人とも随分と勝手な事を言ってくれていたものだわ。

  でもその時の私は、そんな事すら気にならなかった。

  だって日向達だけでなく、瀬菜や秋美、三浦さんや加奈子ですらも。
  私の歌に、惜しみない拍手を贈ってくれていたのだから。

  勿論、その先陣を切ってくれたあの人も、ね。

「それでは名残惜しいですが、次が最後の曲となってしまいました」
「この曲は、瑠璃の書いた詞を沙織が作曲して最後にあたしが振り付けた、ここ
だけの完全オリジナルの曲だから、みんな期待してよねっ!」
「今迄の、そしてこれからの私達を綴った歌、『ずっと……』。3人の心を一つ
にして歌います。どうか聞いてください」

  拍手も落ち着いてきた頃合を見て、沙織が最後の曲を切り出した。

  桐乃の言う通り、この最後の歌は私達3人がこの日の為にと創り上げたものよ。
私も本格的な歌謡曲の作詞なんてした事はなかったから、少々難儀したのだけど。
桐乃や沙織にも出して貰った言葉のイメージを自分なりに纏めて、私達の関係に
相応しい歌詞に仕上げられたと思っているわ。

  二人にもそうであれば嬉しいのだけど。

「かーわらずーにいーたいーと、そうねがーたー君ーはー」

  歌い始めは私。始めて出来た親友。同じ視点で気兼ねなく話し合える仲間達。
  そんな関係が夢の様に楽し過ぎて。何時迄も変わらないでと願い続けている。
  その偽らざる気持ちをこの一節に籠めて、万感の想いで歌い上げた。

「あの日かーたりーあいー、わーらったとーきもー」

  続いて沙織。遠慮や自制なんて無粋は要らない付き合いの私達3人だけど。
  共に笑い合い、時には喧嘩しても。感謝の気持ちを忘れる事などなかった。
  沙織のたおやかな声で歌われると、何処か気恥ずかしい物があるわね。

「とおーく離れてくー瞬間にー、振り返ることもーなくー」

  そして桐乃。海外に出た桐乃の様に、私達の進む道は何れ分たれる事となる。
  でもその時が来ようと、改めて伝える事もまして別れを言う必要なんてない。
  ふふっ、真っ先に実践したあなたが歌うと、実に説得力がある歌詞ね。

「「「おーなじーこのおもーいーに、いつわりなんかなーいー」」」

  時には合唱。それこそ歌詞の通りに、私達3人が胸に抱く想いは同じもので。
  出逢ってもう数年だけど。何があろうと支え合い、一緒に歩んだ私達だもの。
  
  そしてこれからも、其々の目指す理想へ向けて歩き続けるのでしょう。
  全てを受け入れ、互いの心の奥底に秘めた願いまで叶えられる様にね。

「「「ふれてーあーげるー、きみのーぜーんぶー」」」

  この短い詞の中で私達の全てを語る事なんて、勿論無理な相談だけど。
  その代わりに今の私達が出来うる全てで、万感の想いを歌い上げたわ。
  
  今この場に集った大切な人達にも。同じ想いを分かち合える様にして。
  
「ずーうっとずーうと、まもーりーたーいーよー」

  桐乃の独唱を持って、私達は仮初のアイドルとしての最後の曲を歌い終えた。

  伴奏が終わっても、ずっと静まり返っていた店内だったけれど。私の時と同じ
様に次第に拍手の音に包まれていって。最後には歓声と綯い交ぜになった怒号と
化していた。

  私達はほんの少しの間互いに顔を見合わせ、黙って頷き合った。

  今まさに歌った通りに、私達は同じ想いを抱いているのだから。
  それこそ言葉に出してしまうなんて、野暮というものでしょう?

「みんなぁー!!あーりがとおぉっ!!あたしたちオタクっ娘だって、その気に
なって頑張ればアイドルでもやれちゃうモンでしょ?」
「皆さんの応援の御陰で、最後まで無事にやり通す事が出来ました。本当に感謝
の言葉もありません」
「これでわたくしたちの出し物は終わりとなりますが、どうぞ皆様方は引き続き
パーティをお楽しみくださいませ」

  私達の締めの挨拶が終わっても、一向に店内の興奮は冷めやらぬ勢いだった。
仕方なく私達は頃合を見て、一旦は控え室へと戻ったのだけど。
  結局、猛烈なアンコールを受けて、私達は再びステージに戻る事となったわ。
こんな事もあろうかと、取っておきのトリオ曲も用意していたしね。

  最初の時の倍にも増した歓声の中で。
  私達はもう一度スポットライトを全身に浴びて熱唱した。

  まるで本当にアイドルになったような気分で、ね。



                *              *              *



「アイドルお疲れー、五更ちゃん。しっかしホント、凄かったねぇ。あたしも年
甲斐もなくテンション上がっちゃって、まだドキドキが収まらないよ」
「ありがとう、秋美。そう言って貰えると恥を晒した甲斐もあったかしらね」
「相変わらず自分の事には謙虚というか、ある意味卑屈過ぎるというか。衣装も
素敵だったし、歌もとても上手だったじゃないですか。しかも五更さんの普段は
隠れた一面も見られましたし。本当、二十一になるのに乙女ですよねぇ」
「なぁ!?あ、あなたがよこしま過ぎるだけでしょう、瀬菜!……まあ、褒めて
貰った事には一応感謝しておくわ」
「でも、お世辞抜きで本物のアイドルの様でしたよ。黒猫さん風に言えば、或い
はそんな『世界線』もあったのかも知れませんね。アイドル姿の黒猫さんをその
世界ならいつでも見られたんでしょうか。羨ましい限りです」
「そ、そう……?でもこの世界の私としては、アイドルの真似事はこれっきりに
したいわ、ユウ。準備にも相応の時間も掛かるし、何より実演する度にこんなに
緊張させらては身が持たないもの」

  余興も終わり、衣装を着替えて戻ってきた私を、秋美達が早速出迎えてくれた。
  それ程長い時間ではなかったのだけど、慣れない事を最後までやり遂げた私と
しては、体力的にも精神的にもとっくに限界を超えていて、ともすればこの場に
倒れてしまいそうな位なのだけど。

  でも、こうして笑顔で労って貰えるのは悪い気はしないものね。
  それだけで、桐乃達の無茶振りに乗って良かったと思えるから。

  見れば桐乃や沙織も私と同じ様に、各々の友人に囲まれて盛り上がっていたわ。
勿論、私達のアイドルユニットを話題にして、ね。
  
「おっまたせー。皆さんお待ちかねのルリ姉とキリ姉のスペシャル誕生日ケーキ、
ようやくできあがったよー」

  そんな中、日向が大きなホールケーキを厨房から運んできた。
  見れば、今し方の桐乃のアイドル姿がケーキの上面一杯に描かれている。

  ここ数年、私達の誕生日パーティでは花楓を中心にして日向と珠希が協力して、
誕生日ケーキを作ってくれていたのだけど。折角今年はパリまで来ているという
のに、今回も誕生日ケーキはあの3人がカフェの厨房を借りて作っているわ。
  これだけは譲れないから!とは日向の談なのだけどね。

「あ、ルリ姉のは花楓さんが持ってくる方だよ。でも、どっちのケーキもあたし
はみっちり手伝ってるから、別に迷う心配はないからね?」
「べ、別にそんな心配はしていないわよ。そちらはチーズケーキなのね?」
「そうそう、キリ姉にどうしてもって頼まれたからねぇ。じゃ、こっちはキリ姉
の所に持ってくね」

  日向の話を聞いて、桐乃はチーズケーキがそんなに好きだったかしら?などと
最初は疑問にも思ったのだけど。
  ああ、成程。そう言われて見ればその理由に思い当たる節もあるわね。

「五更さん、アイドルお疲れ様~。頑張った五更さんに見劣りしないように、私
も一生懸命に作ってみたんだけど……どうかな?」

  でも花楓から声を掛けられた私は、それ以上の思考を止めておいた。
  桐乃の真意が気になるのも確かだけれど。人の気持ちをあれこれ詮索し過ぎる
のも無粋と言うものでしょうし。特にこんな祝いの場では、ね。

  私は気を取り直して、花楓の持ってきたケーキを見廻した。
  基本的にはスポンジの土台に生クリームを丹念に塗った、所謂デコレーション
ケーキなのだけど。側面を柑橘系のフルーツをふんだんに使って飾り付けている
のが特徴的だったわ。
  そして今し方の桐乃のケーキと同じ様に、私のアイドル姿のイラストがケーキ
の表面に鮮やかに描かれていた。

http://dl1.getuploader.com/g/kuroneko_2ch/888/birthdayCake2017_1.png
  
「……成程、また腕をあげたみたいね、花楓。このフルーツを大胆にあしらった
デザインは全体の繊細な飾り付けと相反している様で、その実、綺麗に調和して
いるもの。それもナッペの完成度の高さが成せる業よね。勿論、イラストの方も
つい先程披露したとは思えない位に、見事に描かれているわ」
「五更さんにそこまで言って貰えると嬉しいな。とはいっても、イラストは今年
も珠希ちゃんの力作だし、『日向夏』は日向ちゃんのアイディアなんだけどね。
だから二人の御陰で、本当に美味しそうに仕上げられたって思える自信作だよ」

  成程、余り見覚えの無い果物だと思ったら、これは日向夏だったのね。
  確か春先に旬を迎えると聞いたから時期としてはぴったりでしょうけど、日本
でもマイナーなのにフランスで手に入る食材なのかしら?

「ああ、日向夏は日向ちゃんに頼まれた沙織さんが手配してくれたんだ。こっち
だと手に入れるのは難しいだろうって、日本から持っていく事にしたんだけど」

  そんな事を考えていたら、私の表情から察したのでしょうね。
  質問するまでもなく、花楓は私の疑問に応えてくれた。

「……あの娘はまたそんな我が侭を言って。やりたい事を貫き通すのはいいけど、
人に迷惑だけは掛けないようにと、日頃からあれ程言い含めているのに」
「まあ、そう言わないであげて。実は今年のケーキに日向夏を使うアイディアは
ずっと前から考えていたみたいなの、日向ちゃん。けど今年のパーティはパリに
なったからどうしようって相談されて、結局は沙織さんにお願いする事になった
んだけどね」
「そ、そうだったの……」

  まさか私の誕生日ケーキの事を、日向がそこまで考えてくれていただなんて。

  この一年の間、今月頭までずっと受験勉強で手一杯だったというのに。
  模試の成績が思う様に上がらずに何度となく志望校を悩んでいたのに。

  その上で私に気付かれない様に、構想を練り試作を繰り返していたと言うの?

  そんな事とは露知らず、私は謂われなく叱ろうとしていただなんて。
  日向自身は預かり知らぬ事でしょうけど、これは私の矜持の問題だわ。

「そういう事なら日向にはさり気なくお返しをしておくわ。こんな素敵なケーキ
を考えてくれていたお礼と合わせて、ね」
「うん、それが良いと思うよ。本当、お姉さん想いの良い娘だよね、日向ちゃん
も珠希ちゃんも」
「勿論よ、私の自慢の妹達ですもの」
「ふふっ、妹さん達の事は何時でも自信満々だね、五更さん。それじゃ、みんな
に一通り見て貰ったら切り分けるから、もう少し待っててね」

  満面の笑みで頷いてから、花楓は近くの大き目のテーブルにケーキを置いた。
程なくテーブルの周りには十重二重に人が集まってきて、あっという間にケーキ
が見えなくなってしまった。
  勿論、先に持っていった桐乃のケーキにも同じ様な人集りが出来ていて、皆で
写真を取り合ったり、どちらが美味しそうかと盛り上がっていた。

  まあ、私はもう十分に見せて貰ったものね。

  皆の邪魔にならない様に、私は壁際に並べられていた椅子に腰掛けた。
  正直に言えば、くたくたに疲れてもいたしね。

  ケーキを肴にした皆のお喋りは、まだまだ花を咲かせていた。
  私は椅子にもたれたまま、ぼんやりとその様子を眺めていたのだけど。

「お疲れ、黒猫。すごかったじゃないか。ビデオと写真に全部撮ってあるぜ」
「有難う、先輩。でも、本当に疲れたわ。慣れない事などするものではないわね」

  齧り付きでケーキの写真を取っていた筈の先輩が、気がつけば私のすぐ目の前
に立っていた。手には普通の人には仰々しいまでのカメラを持っているのだけど。
それもここ数年ですっかりと馴染んだものだわ。
  本当、人の趣味や可能性というものは計り知れないものね。

「それにしちゃ堂に入ったものだったぜ?桐乃はまあ当然かもだが、黒猫も沙織
もとても素人がやってたとは思えなかったしな」

  ……まあ、全く持ってその通りだけど。桐乃は当然なのね?

「それは光栄ね。未来のトップモデルのマネージャーさんに褒めて貰えるのなら、
私も捨てたものじゃないのかしら?」
「そう言ってくれるなって。桐乃はともかく、こっちはまだスタートラインにも
並んでないからなぁ。でもよ、黒猫もその気になればこういう道もあったんじゃ
ないかって思ったのは本当だぜ?衣装もすげぇ似合ってて可愛いかったしな」
「ふっ、衣装は全て私が手ずから創り上げたものよ。似合って当然でしょう?」
「やっぱそうなのか。相変わらずスゴイもんだな、黒猫は。でも自分で創ったに
しちゃ、サラシを巻いてチョッキだけの上着とか、おへそ丸見えとか、ショート
パンツとか、えらく大胆に攻めたデザインだよな。って、まさか、またあの時の
ゴスロリな水着みたいに」
「そ、そうよ。大胆で悪かったわね。最初に自由な発想でデザインしたアイドル
衣装がこれだったのだけど、正直私が着る可能性なんて考えてもいなかったわ。
でも桐乃にラフを見て貰ったら、これが私に一番だって押し切られて……」

  正確に言えば、桐乃が着ている姿を想像して描き起こしたのだけどね。
  あの娘が本来持つ『清純』なイメージを具現する心算だったのだけど。
  それをまさか私自身が着る事になるなんて、冗談にも程があるわよね。

「なるほど、それじゃ桐乃のMVPだな。実際黒猫にぴったりだったし、おかげ
で滅多に見られないような大胆にして可憐な黒猫が見られたんだからな」
「ま、まあ、そうかもしれないわね。今でも恥ずかしいのは確かだけど、相応の
愛着もあるわ。ずっとこれを身に纏って練習してきたもの」

 桐乃と私は対をなす存在。これは桐乃の内面を表す為にイメージした衣装なの
だから、或いは私にも同様の効果を発揮したのかもしれないわね。

「その甲斐もあって歌の方だって良かったじゃないか。そういや、黒猫の歌声を
まともに聞いたのは始めてな気がするが、高くて透明感がある澄んだ声なんだな。
最初のソロ曲の方なんかさ、歌詞の可愛らしさも相まってまるで天使の」
「さ、さすがにそれは買い被りすぎよ!全く、シスコンだけじゃなく、あなたの
親馬鹿ならぬ『友達馬鹿』にも程があるんじゃないかしら?」

  真面目な顔して、そんな事まで勢い込んで言ってくれたものだから。
  聞いている此方が恥かしくなって、思わず先輩の言葉を遮ってしまったわ。
  
  本心では、あの歌の通りにあなたに褒めて貰いたくて仕方なかった癖に、ね。

  全く、私だって人の事など言えたものではないわ。
  お父さんに世界一可愛いと煽てられて、無邪気に喜ぶ子供と変わらないもの。
  
「ん~、そうか?そんな事はないと思うがなぁ。いや、でも考えてみれば、確か
にそうならなくて良かったのかもしれないな」
「……どういうことかしら?」
「だってよ、お前まで芸能界とかにデビューされたら、俺はどうしたらいいんだ
って思ってさ。桐乃だけでも荷が勝ち過ぎる話しなのに、いくらなんでもそりゃ
無理ゲーすぎるだろ?同じアイドルユニットっていうならまだしも」
「なっ!?何を莫迦な事を言ってるのよ……」

  言葉の意味を察した途端、私の頭の先まで血と熱とが瞬時に駆け登ってくる。
  朱に染まった顔を見せない様に私は俯いて、そう応えるのがやっとだったわ。

「ま、黒猫が本当にアイドルデビューを考えるっていうなら話しは別だが、流石
にその心配はしなくても大丈夫だよな?」
「当たり前でしょう。そんなありえない話の心配など、皮算用にも程があるわ」
「それならまずは来月からの仕事に集中するさ。本当に桐乃を任せて貰える様に
なれるのか、全く持って自信なんてないけどなぁ」
「ふっ、それでもあなたは足掻くのでしょう?体裁など寸毫も顧みず、どんなに
哀れで愚かでみっともなく生き恥を晒し続ける事になろうとも」
「そこまでこき下ろされるくらいに酷いものなんですかねぇ、俺の将来!?」
「当然でしょう?あなたの今迄の生き様を鑑みれば、この『神眼』の力など使わ
なくとも自明というものよ。これからも平穏な生活など絶対に有り得ないと断言
出来るわ。あなたの大切な妹さんの絡む事ではね」

  さすがにそう言われては自分でも心当たりが有り過ぎたのでしょうね。
  先輩は反論もしないで肩を竦めると、薄く苦笑を浮かべただけだった。

  つい調子に乗って揶揄い過ぎてしまったかしら?
  何かフォローをしておこうかと、口を開きかけたその矢先。

「ま、それでも俺はもう決めてるからな。大切なものは二度と手放したりしない
って。だから俺は俺の出来る事を諦めずにやっていくさ。何があってもな」

  普段の頼りない態度が嘘の様に、その言葉には確かな覚悟と決意が感じられた。

  ええ、そうでなくては私だって困るもの。

  どんな波乱が待ち受けようと。運命の濁流に翻弄されるが私達の宿世としても。
  『たゆたえど沈まぬ』船の様に。荒波を越えた先にこそ理想郷があるのだから。
  
「それなら私だって初詣で伝えた通りよ。あなたの仕事が軌道に乗るまで、家事
でも何でも協力は惜しまないわ。だからその分もあなたは一日でも早く、一端の
マネージャーとして認められる様に邁進する事ね」
「おう、そりゃ勿論なんだが。でもよ、黒猫だって来月から三浦さん方のゲーム
作りを手伝うって聞いてるぜ。そう言ってくれるのは正直助かるし本当に嬉しい
んだが。お前がそんなに無理しなくてもいいんだからな?」
「それこそ何を今更、ね。私だって」

  如何にも心配そうにそう言ってくれるのは、悪い気はしないけれど。
  それが普段通りの兄の顔になっているのでは、少しばかり心外よね?

「私の目指す『理想』の為に全力を尽くしているのよ?どんなに無様に恥を晒し
ても、如何なる困難が待ち構えようとも、それは何も変わらないわ」

  だから私は椅子から立ち上がり、満身の力で『堕天聖の見得』を切った。
  私からの覚悟を、あなたに改めて示して見せる為にも。

  先輩は私の視線を黙ったまま真っ直ぐに受け止めていたのだけど。
  ふっと表情を緩め、ばつが悪そうに目を逸らしてから口を開いた。
  
「ああ、そうだな、そうだよな。じゃあ、さっきのは訂正しておくよ、黒猫」
「それは構わないけれど……何を訂正するというのかしら?」
「『無理しなくていいんだからな』じゃなくて『無理する前に相談してくれよ』
にしておいてくれ。といっても、俺がゲーム製作とかで黒猫の力になれるのかは
正直いって微妙なとこだけど。それでも、さ」

  でも、そこで先輩は私の目を真っ直ぐに見詰め直して。

「俺の出来る事ならなんでも手伝うよ。お前が俺を支えてくれるように」

  そうしてもう一度、柔らかく微笑んでから続けた。
  
  あなたが最愛の妹の為に時折見せる様な。
  でも少しだけ違う気もする暖かな笑顔で。
  
  だから私もそれに応えられる様に、私の力の限りを尽くしたわ。

  ああ、成程。今回のアイドルだって、この時の為に違いない。
  そんな虫のいい話しでも、その時は心から信じられた位にね。
  
  だってその御陰で、私は今迄の人生で最高級の笑顔を。
  一番に見せたい人の下へ、届ける事が出来たのだから。
  
「ほらっ、瑠璃とカメラマン!そんなトコで油売ってないで、早くこっちに来な
さいよ!みんなの分のケーキ、今から切るわよ!」

  でも、それはほんの瞬きをする刹那の時間で。

  私も、先輩も。すぐに普段通りの貌に戻って小さく頷き合った。
  
「んじゃいくか。お前や桐乃のケーキが切られるのはいつ見ても慣れないけどな」
「そんな事まで気にするあなたの方が、どうかしているのではないかしらね……
それは兎も角、あなたもケーキを存分に味わいなさいな。この場はあなたの祝い
でもあるのよ。きっと……そう、沢山の想いが籠められているわ」

  そしてそのまま大切な人達の下へと並んで歩み寄っていく。

  異国での祝宴も今が酣。私達の誕生日や新たな道への歩みを寿ぐ儀。
  それ故今この時が終われば、其々の道へと別たれる分水嶺でもある。
  
  だから時に感傷に浸り、ともすれば己の至らなさに恥入るばかりだったけれど。
  
  それでも今日この一時、共に楽しく過ごした掛け替えのない思い出と。
  こんな私に向けられた、皆からの暖かな気持ちを受け止めたおかげで。

  皆で分け合うこのケーキの様に、私達の想いは一つだと実感出来たから。

  それはこの大地の反対側に離れてしまう親友にしても。
  社会に出て共にいる時間が減ってしまう想人にしても。

  これからもずっと。どんなにたゆたえど何も変わる事はないのだと。

  この祝宴を経た今の私なら、心からそう信じる事が出来るのだから。

「「「「「「「「「「「それでは、いただきまーす!」」」」」」」」」」」」

  切り分けられた2つのケーキをこの場に集った皆と一緒に。

  この身に余る程の幸せと共に、私は存分に噛み締めていたわ。

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