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闇の世界の住人

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Happy Vallentine!!黒にゃん!

そんなわけで今年もバレンタインデーを題材にしたSS
『守護聖人への祈り』を投稿させて頂きました。

この話は俺猫世界線の黒にゃん高校1年の2月を舞台としています。
俺猫本編後、それなりに原作9~12巻の展開を拾いつつ
迎えたバレンタイン、と考えて頂ければ幸いです。

また、この話は拙作『年の初めの願い事』から話が続いていますが
この作品だけでも問題なくお読み頂けると思います。

それでは相変わらず拙い作品ですが少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

--------------------------------------------------

「……で、この状況はどういうことなのかしら?」

私は見るも無残な様相になっている高坂家のキッチンを見回した。

アパートの社宅であるうちと比べれば、圧倒的に広いキッチンのスペースに
乱雑に調理器具や食器が散らばっているのはまだしもとしても。

黒く焦げ付いた鍋や、そこかしこに飛び散った黒や白や黄色の謎の物質。
それが一体何なのか、判別出来ない位不気味な固形物を並べたお皿。
小麦粉なのか、はたまたココアなのか。至る所でばら撒かれた粉末が
異様な文様を象っていて、邪教の儀式の跡にも見えるわね……

あげくには既に真っ白なところを探す方が大変な位に
『混沌』<カオス>な模様に彩られていた桐乃のエプロン姿を
見せられては、もう溜息しか出てこないのだけれど。

新年から丁度一月が経ったばかりの週末の今朝。
昨晩桐乃に懇願されて高坂家に呼び出され、到着するや否や
通されたキッチンで私はこうして絶句する羽目になっていた。

「え、そんなの見ればわかんじゃん?
  このあたしがお菓子作りに挑戦してるところだってば」

でも私の呆れた様子など歯牙にもかけず、桐乃は自信満々に言ってのけた。
解りきった事をきかないでくれる?とその目が如実に訴えている位にね。

私は先のものより深く大きな溜息をつくと、頭を振って気持ちを切り替えた。
桐乃に今更こんな事で文句を言っても、話が進まないだけと解っているから。

「……成程、良くわかったわ。それで私に相談事というのは何かしら?」
「そうそう、そのことなんだケド。普段はなかなかお料理する機会がなくて
  ちょおっっとだけ苦戦しているあたしに、経験豊富な親友からの
  アドバイスがもらえないかなー、ってワケ」

桐乃は両手を腰に当てて胸を張り、爽やかな笑顔でそんな事を言っている。

……その台詞や態度だけでも、いろいろと突っ込みたい所も
小一時間ほど問い質したい所もてんこ盛りなのだけれども。

「そう、料理のアドバイスを、ね。先ずは……あなたが一体全体
  何を作ろうとしていたのか、それから教えて貰えるかしら?」
「え、それも見てわかんないの?フォンダンショコラに決まってんじゃん」

あなたの頼ろうとした長きに渡る家事経験者の常識からは、
『フォンダンショコラを作るのにこんな惨劇になるわけがない』
なんてまるでラノベのタイトルのように言い切れるのだけれど。

まあ、『熾天使』たるあなたならばそれもさもありなん、かしら?
あなたの常識外れの言動には、何時だって振り回されてきたのだから。

それに、桐乃の申し出はある意味予想通りの答えでもあるわ。
2月に入ったこの時期にキッチンに通されるような相談事なんて
あまりにもベタ過ぎるもの。

それでも、予想を遙かに上回るこの災禍を前にしては
それすらも信じたくない事実ではあったのだけれどもね。

私は三度目の溜息と共にそんな気持ちを一気に吐き出すと
今度こそはと覚悟を決めた。これから自分の進む道がどんなに辛く
険しいものであったとしても、必ずやり遂げるのだという決意を持って。

「ちなみに、桐乃。確か手作りチョコを作るのは始めてではないのよね?」
「うん、そだよ。昨年もクラスや家族のために作ったしねー。
  ちょっとだけ見た目は悪かったけど、味はちょーおいしかったはず。
  あやせやお父さんだって喜んでいくつも食べてくれてたし
  兄貴だって、その、うまかったぜって言ってくれたんだかんね!」

ああ、そう言われてみれば、昨年は先輩から聞かされたものだったわ。
桐乃から石炭のようなチョコを食べさせられて大変だったぜ、って。

何の嫌がらせだよ、なんてさもうんざりした様子で言ってはいたけれど。
あの時のだらしなく緩んだ口元こそ、正に語るに落ちた、というものよね。

まったく、あなたが作るチョコなら例え一欠けらで死に至る劇物だって
喜んで完食してみせるでしょうに、あのシスコンお兄さんなら。

それなのに、何故今になってチョコの作り方を教えて欲しい、
なんて言い出したのかしらね、この娘は。

まあ、理由に関してだけなら重々解り切ってはいるのだけれど。
でも、逆にその理由から考えてみれば、私に教えを請う、
というのは本末転倒ではないのかしら?

「……そう。でも、それなら何故わざわざ私に
  そのアドバイスとやらを頼む必要があるというの?
  それもこんな休日の朝早くから呼び出してまで、なんて」
「ま、そりゃ作るだけならあたし一人だってぜんっぜん問題ないんだケド。
  ちょっと、やむにやまれぬ事情ができたっていうかー。
  チョコを作ってハイ終わり、ってわけにはいかなくなったんだよねぇ」
「じゃあその事情とやらを、最初に聞かせて貰いましょうか。
  それ応じて、私も然るべき対処を取る事になるでしょうから」
「んー、そのへんから話すとなるとちょっと長くなるんだけどねー
  あんたがどうしても聞きたい、ってんなら話してあげてもいいかなぁ?」

……どうして人に頼み事をする立場のあなたがそんなに偉そうなのよ。
まあ、桐乃の台詞と本心が真逆なんて事は今に始まった事ではないけれどもね。

「はいはい、有難く聞いてあげるからさっさと話なさいな。
  ただし、あまりにも下らない事情だったのなら……
  クククッ、その時はわかっているでしょうね?」

なにがあってもと覚悟を決めた筈なのに、思わず四度目の溜息が漏れてしまう。
でもそんな己の態度とは裏腹に、得も言われぬ愉しさが胸の奥から溢れてくる。

ふふっ、まったく。我ながら人の事なんて言えないわよね。

「おっけー。ま、あんたにだってまるっきりのひとごと、
  って話じゃないんだから、しっかり聞いときなさいよね!」

如何にも桐乃らしく八重歯を剥き出した挑戦的な表情で。
それでいて心から楽しくて仕方がない、といった風情で。

桐乃は得々とその事情とやらを話し始めたわ。

私が予め想定していたものを遙かに凌駕した。
私達が巡るべき『運命』に大きく関わりかねない程の話を、ね。



    *    *    *



「ってコトで、あたしは負けられないってワケ。
  ま、あんたのためでもあるんだから感謝しなさいよねー」

桐乃は彼女の言う所の『事情』とやらを一通り説明して
何時にも増した満面のドヤ顔を私に向けている。
それこそ文字通り、その大層なマル顔一杯にしてね。

ええ、本当に。

親友の心配りが有難すぎて、今すぐにでも
その真ん丸のほっぺを左右に引っ張り上げてやりたいくらいよ。

「な、に、が、私の為、よ。単にあなたがいつものように
  売り言葉に買い言葉で引くに引けなくなっただけじゃない。
  そも先輩の問題にあなたがしゃしゃり出る必要なんてあったのかしら?」
「そんなの、あいつがずーーーっと煮え切らない態度で
  うやむやにしてるのが悪いんだってーの!『好きな人がいるから』って
  一度振った相手なのに、優しい態度を見せる方が余計にヒドくない?」
「……あなたの言いたい事も解らないではないけれど。
  先輩のそういう所に関しては今更文句など言っても始まらないわ。
  あなただってその辺りは身に沁みて解っているでしょう?」

人の事に関してはどれだけでも積極的に、能動的に立ち回れると言うのに。
いざ自分の事となると、本当にヘタレで行動力を無くすのだから。
でもそんな優柔不断なところも先輩の優しさの表れでもあるものね。

そんな先輩が中学の時の『宿因』で縁を引き裂かれて。
今になって念願の再会を果し、その上で自分への気持ちを真っ直ぐに
伝えてきた娘を無下にするなんて事、あの人にできるわけがないのだから。

ましてやその『櫻井秋美』なる人物は、先輩に一旦は断られたと言うのに。
桐乃の話を聞く限り、クリスマスやお正月など事あるごとに
『新しい恋人プランの提示』などと称して先輩の前に現れては
アプローチを続ける程の胆力の持ち主なのだから。

先輩がそんな相手を強く拒絶できないなんて事、今更でしょうに。

まあ、だからこそ、それを目の当たりにした桐乃が癇癪を起して、
二人の間に割ってはいるのも必然と言えるでしょうけれどもね。

などと、我が『夜魔の女王』としての本来の魂は
桐乃から聞かされた話を冷静に分析してはいたのだけれど。

一方で『仮初の身』に宿る脆弱な『五更瑠璃』としての魂は
確かな安堵と湧き上がる憂慮とがせめぎ合い、心を軋ませていた。

私と交わした約束を履行すべく示してくれた先輩の誠実さと。
私の知らない先輩の縁に寄った新たなる『好敵手』の顕現と。

何より今の自分の立場では、それら相反する要素を前にしても
何ら動きようがないという焦燥感こそが私の胸の中を占めていた。

想い人への絶好のイベントを控えている、この時期ですら、ね……

「だからぁ、そんな頼りないダメ兄貴の代わりに
  このスーパー妹のあたしが間に入ってびしっといってやったんじゃない。
  『今、兄は超可愛い妹の気持ちを尊重して誰ともつきあえない』ってね!」
「……確かにそれが紛れもない真実でもあるけれど。さすがに先輩自身は
  そんな事実、かつての同級生にはっきりと言えなかったのではなくて?」

もう何度目かも忘れた溜息を付きつつ、そう尋ねてはみたけれど。

「あー、いまさらそんなこと気にするワケないじゃん、アイツが。
  兄貴が中学の時には櫻井さんだけじゃなく、クラスメートの
  頼みだとか言ってもっと恥かしいことしまくってたみたいだしねー」

その先輩の恥かしい武勇談とやらを、満面のドヤ顔で延々と語り出す桐乃。

口ではいくら辛辣に言ってみても、さっきからずっと先輩の事を
嬉しそうに語る表情こそが、如実に本心を物語っていると言うものでしょう。
まあ、これも桐乃なりに兄を思いやっている証左ではあるけれども。

それに……確かにあなたの言う通り、少しばかりは私の為でもあるのかしら。

先輩の元彼女で友達以上恋人未満の『状態』<ステータス>のままで。
親友と想い人との気持ちの決着を無期限コールバック待ちな私だからこそ。
自らその『状態』を遷移させるような行動に出るわけにはいかないから。

そんな恋敵にして友人の為にあなたは矢面に立ってくれたのでしょう?
まったく、そこまで責任なんて感じる必要はないのだけれどもね。

「……まあ、先輩の話はそれくらいにしておくとしても。
  そこからどうして『どちらが先輩に喜ばれるチョコを作れるか』
  なんて対決になるのか、この私の理解の範疇を超えているわ」
「だって兄貴やあたしがいくら言っても、櫻井さん全然諦めてくれないじゃん?
  それならもう実力行使しかないっしょ!こういうのは一度きっちりと
  勝負を付けて自分の立場を思い知らせれば、大人しくなるんもんなんだって」

さすがは陸上のトップ選手、というものかしら。少々過激でもあるけれど
厳しい競争の中に常に晒されているからこその見解というものなのでしょうね。

でも聞いた限り、結局は相手の挑発にあなたが乗せられただけでしょう?
その理屈から言えばもしもあなたが勝負に負けたなら
今後は自身が何も言えない立場になってしまうのでしょうに。
あなたは本来、わざわざ相手の土俵に立って争う必要などなかったのだから。

逆にあなたのそんな性格を見越した上でこの対決を持ちかけたというのなら。
存外策士なのかもしれないわね、その櫻井何某という輩は。
これは我が運命に立ち塞がる『好敵手』として、認識を改めるべきかしら?

「まあそういう事にしておいてあげるわ。その対決とやらを
  制する方策として、この私を恃んだあなたの慧眼に免じて、ね」
「そうそう。最初はあやせにお願いしようかと思ったんだけどねー。
  前にひなちゃんからあんたの作るチョコがすっごくおいしいって聞いてたし。
  毎年バレンタインは手の込んだ特製チョコ、家族に作ってるらしいじゃん?」
「そ、それは日向や珠希がしつこく強請ってくるから仕方なく、よ」
「はいはい、わかってますって。妹想いのお優しいルリ姉さま?
  ま、あんたは家族しか渡す相手がいなかったのもあるだろうけどさー」
「……ええ、そうよ。だからそんな寂しい身空の私から
  リア充スィーツなあなたに教えられる事など何一つなかったわね。
  朝早くからお邪魔したわ。それじゃあ精々頑張りなさいな」
「ちょっ!?そ、そんな真顔になって帰ろうとしないでってば!?
  じょーだん、冗談だってばぁ。ひなちゃんだってちょくちょくこんな感じに
  言ってんじゃん。親しいものだからこそのなんとかってやつだって!」
「それは世間一般的には『礼儀あり』と続けるものではないのかしらね?
  ……まあ、いいわ。確かにこの程度で腹を立てるのも大人気ないでしょう。
  ふっ、年端も行かないお子様の相手は解っていても疲れるものよね」

何時も通り、無意識にエスカレートしていく言葉の応酬の末に
ぐぬぬと音が実体化して浮かび上がらんばかりに睨みあった私達だけれど。

私は今日、最大にして最後の溜息を付くと、大げさに肩を竦めて見せた。

朝早くから人を呼び出して頼み事をするのを悪びれないばかりか
言いたい放題ぶつけてくる友達に心底呆れたからではあるけれど。

ある意味、両手を上げた降参の合図でもあったかもしれないわ。

そもそも自分でも先に桐乃に告げていたように。

この状況で私を頼ってくれたのがこの上なく嬉しかったのだから。

「ほら、本来こんな事をしている時間も勿体ないのでしょう?
  この私が手ずから指南するからには徹底的にやらせて貰うわよ。
  まずはこの無惨にも『混沌』に塗れたキッチンを片付けなさいな。
  我が五更家に代々口伝されし『家事諸法度』において、
  こんな台所で家事を行うなど許されるものではないわ」

私はそう言うなり流しの傍に置かれた布巾を手にとって
焦げ付いたコンロの周辺をありったけの力を籠めて拭き取った。

「あ、うん、そうだね、ゴメン」

それを見て、桐乃もまた慌てて無造作に散った調理器具を片付け始める。

ふふっ、こう言う所だけはやけに素直なのだから。

それもこの娘の魅力なのだと改めて得心しながらも。
それなら私も力を尽くさなければ、と改めて決意を固めた。

それが永劫の刻をあなたと共にあるこの私の務めでしょうから、ね。



    *    *    *



「ほら、あなたはそもそもメレンゲを力任せに泡立て過ぎなのよ。
  そんなに力まずにしっかり氷水を当てて……そう、そのままゆっくりと、ね」
「えぇ~~!!だってこんなペースじゃいつまでたっても泡立たないじゃん!」
「大丈夫よ、根気良く続けてさえいれば絶対に綺麗に仕上がるから。
  でも泡立て過ぎては全てを台無しにしてしまうから注意なさい。
  こうして、ツノが立つ程度までにね」

私は手ずから全ての手順を実践して見せながら
桐乃にフォンダンショコラの作り方の手解きをしていた。
勿論、あの嵐の後のような惨事だったキッチンも手早く片付けた上でね。

桐乃とて一通りレシピや作り方の確認くらいはしていたみたいだけれど。
料理のいろはも心得ていない桐乃には、それをぶっつけで何の問題もなく
実行するだなんて、そもそもできるわけはなかったのだし。

それに桐乃の堪え性のない所なんかも、料理とは相性が悪いのかしらね。
なかなか上手くいかないからこそ、つい力が入ってしまって
余計に泥沼に嵌ってしまっているのでしょうから。

……まあ、そんな問題じゃない所も多々見受けられるけれども。
それもこの娘の一生懸命さの表れ、と言うことにしておきましょうか。

とはいえ、正しい手順を踏まえる経験が足りていないだけで
それを持っているものが示してあげさえすれば桐乃の事だもの。
きっとすぐにコツを掴んで実践できるようになるのでしょうしね。

「でもさぁ、こういうのはハンドミキサーとか使った方がいいんじゃん?」
「ミキサーを暴走させてキッチン中メレンゲ塗れにしたのは誰だったかしらね?
  そもそも何故いきなりフォンダンショコラなのかしら?
  もっと手軽に作れるチョコレートなんて沢山あるでしょうに」
「ま、まあ、そりゃおいしいじゃない?フォンダンショコラ。
  せっかくあたしが作るんだから、それくらいは手の込んだものじゃないと。
  けど、慣れてない分は道具でカバーするのも一つの方法じゃん?」
「慣れていないからこそ基礎から押さえていく、というのが筋でしょう。
  原理を理解し、己の経験で捉えらないうちから『機械』<マキナ>を頼っても
  正しく使いこなせるわけがないじゃない。ほら、手が止まっているわよ。
  文句を言う暇があったらホイッパーを動かしなさいな」
「……前から思ってたけど、人への教え方、結構厳しいよねぇ、あんた」

不承不承泡立てを再開した桐乃は、恨みがましいジト目で私を流し見た。
でも私は些かもそれに動じることなく、すっぱりと言ってのけた。
こっちが下手に出るとどんどんと付け上がるものね、この娘は。

まあ、こうして自分の気持ちをすぐに表に出すのも桐乃の長所でもあるわ。
堪え性がない分、気にいらない事や不満があればはっきり示して見せるし
それを乗り越え成長していくための原動力にも変えているから。

そんな感情の裏表のなさや、有言即実行の行動力こそが
桐乃が人を惹き付ける魅力の一つになっているものね。

とはいえ、今はそんな『熾天使』の『魅了』の術などに
この『夜魔の女王』たる私自身が絆されるわけにはいかないわ。

「当たり前じゃない。これだけ懇切丁寧に教えているのに
  文句ばかり言ってくる不埒な生徒には、これでも温すぎるくらいよ。
  それに、基本を踏まえずに上達だけしよう、だなんて、
  あなたの信条としても許せない事ではないのかしら?」
「ま、そりゃそうだけどねー。努力しないで上手くなろう、
  だなんて、そんなの虫の良い話、あるかってーの。
  いつだって成功は自分の全力を積み上げてたどり付くモンだからね」

最初こそ私の言い分をうんうんと頷きながら肯定していた桐乃だけれど。

「まぁ、それにぃ?あんただってあたしに負けてもらっちゃ困るもんねぇ?」

すぐに口元をにぃっと歪めると、厭らしくニタニタと笑い始めた。
まるで私の心の内なんてお見通しだといわんばかりに、ね。

「……別にあなた自身の賭けなのだから、私には関係ないでしょう?
  でも、私が手ずから指南したあなたが無様に負けるだなんて、
  確かにこの『女王』の名に掛けて許される事ではないわね。
  いくらスパルタと言われようとも、あなたが美味しいチョコを
  作れるようになるまでみっちり扱いてあげるから精々覚悟なさいな」
「はーい。精々ヨロシクお願いします、五更先生?」

何とか表情を崩す事なく言い繕った私だけれども。
恐らくはそれすらも見透かされているのでしょうね。
桐乃はずっと人を食った笑みのままで、揶揄う様に
『仮初の名』だけでなく先生とまで言っているのだから。

まったく、慇懃無礼とはまさにこの事よね。
教えを請う立場で師匠に敬意を払わないこの腹正しい不肖の弟子は。

でもどうしてでしょうね、そんな桐乃の態度に呆れながらも。

こんなにも楽しい気持ちになってくるのは。

「ええ、解ったなら早速『指南』の続きをするわよ。
  『決戦の日』<ドゥームズデイ>までもう幾許の猶予もないわ。
  今日中にはせめて生地を仕上げるまでは体得して貰うわよ」
「へん、任しといてよ!生地まで、なんてセコイこと言わないで
  今日中にでも櫻井さんは勿論、あんたよりもおいしい
  フォンダンショコラを作って見せるんだからねっ!」
「意気込みは結構だけど、まだ生地の中に入れるガナッシュの作り方や
  綺麗に生地を焼き上げる方法とか、教える事は山の様にあるわよ?」
「ふ、ふわあぁい。がんばりまーす」

きっとそれは。

自分のやりたい事を真っ直ぐにやり遂げようとするあなたの姿が
いつも通りに眩しくて羨ましくて心が躍るようで。

毎度の如く周囲を巻き込む騒動を起こすあなたと共にいる事こそが。

私の望んだ『理想』の一つなのだから、でしょうね。



    *    *    *



「……それで結局、軍配はどちらに上がったのかしら?」
「ん、なんだ、桐乃から聞いてないのか?」
「昨晩から何度聞いてもはぐらかされてしまっているわ。
  『当の本人に会うんだからその時聞きなさいよ!』なんて言われてね」
「あいつ、自分で言うのが恥かしいからって俺に丸投げしやがったのかよ!?」

先輩は予想外の展開に驚きながら、無責任な妹に大層憤慨していた。

……そんなとんでもない結果にでもなったのかしらね?

でも実際に教示した私が見る限り、桐乃のフォンダンショコラの
完成度は、初心者とは到底思えない位にまで高まった筈。
櫻井何某が相当の腕前でなければ、そう簡単に負けるとは思えないけれど。

まあ、先輩の慌て振りや憤る様を見る限り、
単純に桐乃が負けた、というわけでもないのでしょうね。

「まあ、勝負としてはアレだ。引き分けっつーか、痛み分けっつーか」
「どういう事?甲乙付け難かった、というわけではないのでしょう?」

まさか桐乃が何かの手違いで、昔ながらの
『暗黒物質』<ダークマター>を作り上げてしまったとでも?
それで判定役の先輩が倒れたなら、確かに勝敗なし、と言えるでしょうけど。

「ああ、なんせ俺は全然食べてないんだからな、どっちのチョコも」
「……歯切れが悪いわね。一体何があったのか、
  勿体振っていないでそろそろ洗い浚い教えてくれないかしら?」
「いや、そんな大した話でもないんだけどな……」

先輩は私から目を逸らして、右手の人差し指で頬をかいていた。
それは何度も見てきたこの人ばバツが悪い時の癖とも言える仕草。
つまりはそこまで話し辛い事なのかしらね?

「昨日、約束どおりうちに櫻井がきてな。早速勝負ってことになったんだが」

『ふっふっふっ、ちょおっとまったー、高坂!
  このチョコはただキミに渡すだけじゃないんだな、これが!
  この秋美ちゃんが今日この日のために用意したスペシャルプラン、
  チョコと一緒にこれからじっくりと味わいたまえ!!』

「なんて櫻井が言い出してさ。まあ、またろくでもないアイディアだろ、
  とか思ってたら、これが案外萌え、ああいや、なかなか男心に訴える
  シチュエーションを想定してチョコを渡してきたんだけどな」

『うひょおおぉぉぉぉ!!グッと来たぁーーーーーー!!!!
  うん、食べる!お兄ちゃんが秋美ちゃんが一生懸命作ってくれたチョコ、
  ぜええぇぇんぶ食べてあげるからねー!!』

「俺の隣で聞いてた桐乃が、すっかり櫻井の説明したシチュエーションに
のめり込んじまってさ。で、櫻井が持ってきたチョコ、桐乃がまるっきり
襲い掛かるように奪って、そのまま全部食っちまったんだよ」

先輩の説明を聞いて、私は思わず顔を片手で覆って頭を振った。

……まったく、あのエロゲー脳ときた日には。
そのうちリアルに事案を起こしてしまわないものかと
本気で心配にもなってもくるわ。

「で、櫻井の方も『やられっぱなしでたまるかー!』って反撃してな。
  桐乃の作ってきたフォンダンショコラに大口開けてかぶりついちまった。
  さすがにそれを俺が食べるわけにもいかないだろ?
  そんなわけで、どっちのチョコも食べられず勝負はお預けってわけだ。
  ま、桐乃はまた週末にでも作り直すって息巻いてたけどな」

身内の恥を白状していい意味で開き直った、ということかしらね。
最後にはむしろ楽しげな調子で先輩は事の顛末を打ち明けてくれた。

そんな先輩を見ていると、先の桐乃の話を聞いた時以上に
呆れた気持ちにもなってしまう。

……まさかあなた、そもそも何故勝負になったのかを
忘れたわけではないでしょうね?日常茶飯事的に妹の起す騒動に
巻き込まれるばかり、変な意味で器が大きくなってしまったのも考え物よね。

それに、桐乃からも聞いていた通り『櫻井秋美』なる人物は
中学生の時の先輩が何時もの癖を出してお節介を焼いた人なのだものね。
そんな相手とのやり取りも間違いなく楽しい事でもあるのでしょうし。

「……成程。あなたは自らが望まぬ『裁定者』として
  余計な災禍に巻き込まれずに安心したのかもしれないけれど。
  それは詰る所、根本の問題は解決しなかったということなのでしょう?
  そちらの案件は一体どうするつもりなのかしら?」
「ああ、そっちの件なら大丈夫だと思うぞ。少なくとも当分はな」

そう指摘されたら、さぞかし慌てるものとばかり思ったのだけれど。
でも先輩は私の予想とは裏腹に、らしからぬ余裕を見せながらそう応えた。

「おいおい、そんなうさんくさい顔するなって。
  いや、桐乃のチョコ食べた櫻井がさ。びっくりした顔で言ったんだよ。
  『な、なにこれ、信じられないくらいおいしいし!?』って」
「そ、そう。でもそれが今の話と何の関係があると言うの?」
「まあ聞けって。でさ、桐乃が自信満々に櫻井言ったんだよ」

『あったりまえじゃん、なんせあたしの師匠の腕はすごいんだかんね!
  ちなみにその師匠が兄貴の言ってる『好きな人』ってわけだから
  このチョコに驚いてるようじゃあ、とても敵わないんじゃない?』
『くうぅぅ、やっぱ高坂はずっと『あの人』のことを……
  お、覚えてろよ、高坂兄妹!次なるプランこそはじっくりと時間をかけて
  絶対にあたしの虜にする最高にスペシャルなものを用意してくるからね!!
  それまでせいぜい首を洗って待っているがいい!!』

「……ってわけだ。まあ強がって口ではそう言ってたけど、櫻井は相当
  ショックを受けてたみたいだから、しばらくは大人しくなると思うぜ」

先輩がそう締め括っても私は何も応えずに、顔を伏せて押し黙っていた。

何故ならこの胸の内で、この『仮初の身』では耐えられぬ程に
全力稼動を続ける心の臓や、そこから濁流の如く送り出された血液が一斉に
顔に昇ってくるのを、必死になって落ち着かせていた所だったから。

……い、一体何を言ってくれてたのよ、桐乃は……
今後、私がその櫻井何某と邂逅した時には、どんな顔をして会えと言うの……

私は高揚した精神を静める『法術』を心の中で唱えながらも
爆弾発言を『好敵手』へと見舞ってくれた親友へと文句を言い続けた。

おかげで徐々に冷静さを取り戻してはきたのだけれども。

なんにせよ、このお返しはいずれ桐乃に必ず返さなければ、ね。

「……そう。どちらにしても問題の先送りには違いないのでしょうけど。
  それに関しては、私だってこれ以上とやかく言えるような筋合いはないわ。
  だから今日は桐乃の『対決』の結末を確認できた事と、貸与していた
  この『魔道具』をあなたが届けてくれた事で良しとしましょうか」

私は先程先輩から受け取ったばかりの手提げ袋を掲げて見せた。
中にはフォンダンショコラを作る為に桐乃に貸していた
愛用のココットやシリコン製スパチュラなどが入っている。

勿論、高坂家にも一通りお菓子作りの道具は揃っていたのだけど。
桐乃の作りたいレシピを聞く限り、私が使っているものを
貸したほうが、慣れない桐乃にも作りやすいと思ったものだから。
2度目に指南に訪れた際、この手提げ袋に入れて持っていったのよ。

そしてバレンタインの翌日の今日。先輩は都内にある私立大学の
受験の帰りに、それをわざわざ返す為に松戸まで足を伸ばしてくれた。
桐乃に押し付けられちまった、なんて本人は言っていたけれどもね。

今朝方その旨のメールを受けた私は、こうして松戸駅から
陸橋で結ばれているこの広場で待ち合わせていたわけだけれど。

ゆっくりお茶でも飲みながら、なんて、お互い平日の夕方から
そんな事をしている時間の余裕もない私達は、一先ずの目的を
果たしてからもここでこうして暫しの雑談に興じていたわ。

「おう、そう言ってくれると助かるぜ。それと、な、黒猫。
  ロクでもない騒ぎばかり起してて説得力にかけるかもしれないけどさ」

ずっと私が落ち着くまで黙って待っていた先輩は
漸く返した私の言葉にも、とても優しい笑顔で応えてくれて。

「約束は絶対に守るから。それだけは信じていてくれ」

そして今度は酷く真面目な顔をして、はっきりとそう告げていた。

私が今、一番欲しかった言葉を。

いくら頭では理解して納得はしていても。
心の奥底ではずっと不安に苛まれていた私にとっては。

「……確かに行動が伴っていないようだけどもね。
  ふっ、まあいいでしょう。『盟約』とは法的効力はなくとも
  互いの信頼と不断の努力で守り抜くもの。あなたがその履行に
  力を尽くすのならば私も己の責務に奮励すべきでしょうね。だから」

胸の奥から湧き上る感情に押されて、再び顔を背けかけた私だけれど。
自分の言葉で自身を奮い立たせて、しっかりと先輩の目を見据える。

自分の気持ちが違わずあなたに届くように。

「何があっても信じて待つわ。たとえ……それが来世になろうとも、ね」

真っ直ぐに差し出した右手に私の想いの全てを乗せて。

その全てを黙って、けれど真摯に頷いて受け止めてくれた先輩だけれど。

「いやいや、さすがにそこまでは待たせるつもりはないぜ?
  お前はともかく、俺は生まれ変わったら記憶を受け継がせる自信はないしな」

不意におどけた調子になってそう続けてきた。

「ええ、そう願いたいものね。私とてこの『仮初の身』なればこそ
  『此方の世界』で為すべき標も、果たすべき責も許多にあるもの。
  久遠に待つと誓えども……あなたにだけ感けているわけにはいかないのよ?」

だから私もいつものように『堕天聖の見得』を切り、
外連味たっぷりにそう応える。

それでお互いにいつもの私達に戻れるから。

互いの気持ちを確認できたからには、今はこれ以上を望むべくもない。

それは『盟約』を違えることにもなってしまうから。
私と私の想い人と親友とで結んだ『誓い』と、ね。

それになにより。

それ以上の事、だなんて。
こんな場所では恥ずかしすぎるじゃない……

「おう、しっかりと肝に銘じておくさ。
  それじゃそろそろ良い時間だし帰るとしようぜ。
  わざわざ駅まで出てきてもらって悪かったな、黒猫」

言うなり先輩は地面に置いていた自分のバッグを持ち上げ
言葉通りに松戸駅へと向かおうとしたのだけれど。

「いいえ、それは私の台詞よ。いくら『妹様』の下知とは言え
  受験期間中の先輩に余計な時間を取らせて私としても申し訳ないわ。
  だから、これは……そう、私からのお礼、よ。
  受け取って貰えると、その、嬉しいのだけど」

私は鞄を開ける間ももどかしく、昨夜丁寧に包装した小箱を取り出した。
そのまま戦慄く利き手でしかと掴むと、何気ない体で先輩の前に差し出す。

持てる『理力』の全てを注いで、平静を保ちながら。

だってこれは。

名目はどうあれ、私が生まれて初めて家族以外の異性に渡す
初めてのバレンタインチョコなのだから。

例え今の私達には『友チョコ』と呼ばれるような代物でも。

「……ってこれ、いいのか?」

先輩がほんの少しだけ目を瞬かせて訊ねてきた。
そこには予想した通り、きっと二重の意味が籠められていて。

「ええ、大丈夫よ。チョコ作りを指南した時に許しを得ているわ。
  まあ何時も通り、桐乃から一方的に言われたのだけど……
  『いい機会だからあんたの作ったチョコも兄貴に食べさせなさいよ。
    あたしがどんだけあんたの腕前に近づけたのかそれでわかるっしょ?』
  とね。それにチョコ自体は家族への余り物だからそんなに期待しないで頂戴」

だから私も用意してきた台詞をそのまま返した。
変に言い繕ってしまったら、余計な気持ちが溢れてしまうでしょうから。

幸いそれだけで先輩は納得してくれたのか、大きく頷いて受け取ってくれた。

「いや、どんなチョコだってうれしいぜ。俺のために用意してくれた
  ものなんだから。さんきゅーな、黒猫。家に帰ってからゆっくりいただくよ」

こちらまで釣られてしまう位、優しい笑顔を浮かべながら。

「中には桐乃の分も入っているから、忘れずに渡しておいて頂戴。
  今度は妹様に全部食べられないように予め、ね」

その言葉の裏に、私はお節介な親友への礼を籠めていた。

本当、どこまで計算して動いていたのかしらね、桐乃は。
こんな機会でもなければ、今回私が先輩にチョコを渡す事など
なかったのでしょうから。

この『夜魔の女王』たる私が、『熾天使』の計略通りに
動かされてしまったのは不覚と言うより他ないけれど。

ふふっ、今度遊びに行ったときには、我が『技能』<スキル>の
粋を尽くした特製のフォンダンショコラでも作ってあげようかしらね?

勿論、師の腕前を見せ付ける事で、不肖の弟子に
今の実力というものをはっきりと理解させるために、よ?
妙な勘違いなどしないで頂戴。

「ははっ、そうだな。精々気をつけるとするぜ。
  それじゃ今度こそ行くよ。じゃあな、黒猫」
「ええ、さようなら、先輩。……試験、頑張ってね」
「おう、任せとけって」

言葉通りの自信と別れの挨拶も兼ねて、先輩は力強く右手を振り上げた。
私はそんな先輩に軽く会釈をしてからお互いに帰路へと向かう。

せめてすぐそこの改札までは、と思わなくもなかったけれど。
結局何処まで行っても離れがたく思ってしまうだけだものね。

そんな想いを振り払うようにして。
真冬の寒さの残る北風に抗って、私は松戸駅からの帰り道を急いだ。
松戸に引っ越してから既に半年近く、この道もすっかりと歩き慣れたものだわ。

そんな感慨に浸りながら、ふと見上げれば未だ残照の残る青空が広がっていた。
既に17時を回っていると言うのに、何時の間にか日も長くなっているようね。

……もう春も目の前だもの。

そうなればこんなに寒さに身を竦める様な思いをする事もなくなって。
先輩も無事に大学に合格して、皆で春休みやお花見を楽しんで。
そんな暖かく穏やかな日々を送れるに違いないわ。

それはきっとこの身だけでなく、魂も、かしらね?

そんな『未来線』<ヴィジョン>を右眼に宿りし『神眼』で垣間見つつ、
違わずその『運命』を掴める様にと澄み渡る空へと祈りを捧げた。

この『守護聖人の日』の源流ともなった、豊穣への願いの様に。
そして本来の意味である、恋人達の想いが成就出来る様に、と。

けれどそんな思いとは裏腹に、不意に吹き抜けた寒風に煽られて
私は思わず踏鞴を踏んでしまった。

……いけない、何事も足元を疎かにしているようではね。

私は頭を振って直に意識を引き戻すと、改めて一歩を踏み出した。

お腹を空かせて待っているであろう妹達の待つ自宅へと。

そしてこの先に待つ春の訪れに向けて、ね。
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