パラダイス・ロスト

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パラダイス・ロスト ◆Z9iNYeY9a2




それはゼロと手を組むと決め、同時に直前の魔法少女や彼ら自身の戦いで負った傷を癒やす休息をしていた時の話。

「お前は何故人間を憎む?」

身を黒きマントと装甲に包んだ魔人はそう木場に問うた。
外見上は人間の姿である木場に対し、ゼロはその姿のまま変わることはない。
オルフェノクとは違いそれが元々の姿であるということなのか、それとも警戒されているだけなのか。
どちらにしても藪蛇だろうと、木場は敢えて聞くこともしなかったが。

「何故そんなことを聞く?」
「別に馴れ合おうというつもりはない。
 だが最低限互いに干渉しないためには知っておくべきこともあるだろうと思ってな。
 例えば、オルフェノクには無闇に手を出すなという部分や、乾巧のことだったりな」

乾巧の名を出されたことに一瞬顔を顰める木場。

「分かりやすいやつだ」
「別に殺すことをどうとは言わない。もし彼が君に殺されるようなら、その程度だったというだけだ」

表情を険しいものに戻しながらそう取り繕うように言う木場。


「それで構わないならば私としても気を使う必要もないだろうしな。
 さて、もう一つの方の答えだが。私としてはむしろこちらの方が本題に近いが」
「……」
「人間に期待でもしていたか?」

パキリ、と。
その手の下にあった瓦礫の欠片が、握り締められた拳の下で亀裂を作った。

瓦礫を握り潰すほどの握力を発揮させた要因、それは木場の内に秘められた強い憎悪だろう。

「馴れ合おうというつもりはないが、退屈しのぎだ。話してみるがいい」
「君に話してどうなる?」
「今の私は人を超越した位置にいる存在だ。その立場からなら、案外お前達の立ち位置からでは見えないものも見えるかもと思ってな」
「聞いて面白い話でもないぞ」

断りをいれた上で、木場はポツポツと話し始めた。


――――――――――――――――




放送が鳴り、禁止エリアと共に死者の名が呼ばれていく。

しかし、それでも二人は手を止めることはしなかった。

―――長田結花
―――海堂直也

「はぁっ!」

例え仲間であったはずのオルフェノクの名が呼ばれようと、帝王はその白い装甲に打ち込む拳を緩めることはなく。


―――園田真理
―――衛宮士郎
―――巴マミ

守れなかった、大切な者達の名が呼ばれようと、救世主は反撃の拳を止めはしなかった。

決して気にかけない名ではない。
しかし、目の前に立つ敵を前にして心を揺らされている場合ではない。
だからこそ、放送に対して心を凍りつかせたまま戦いを続けていた。


幾度となく続く拳のぶつけ合い。
オーガはその腰に収まったオーガストランザーを抜くことなく、ファイズに合わせるかのように拳をぶつけ、蹴りを容赦なく叩き込み続ける。
対するファイズもまた、打ちのめされながらも幾度も反撃の拳を振り続ける。

しかしあまりに大きく開いた二つのベルトの力量の差は、木場の巧に対する一方的な暴力にしかならなかった。
巧の拳は木場にダメージを与えることはできず、逆に木場の攻撃はファイズの装甲を通して巧の体に衝撃を与え続けていた。


「ぐっ…」

ぶつけた拳の反動に身を思わず引く巧。一方で木場は追撃の拳を振りぬいてきた。
身を屈めて拳を避ける。
先の反動からファイズとオーガの地力の違いを感じ取った巧は、その体にしがみつき抑えるように押しこむ。
だが木場はそんな巧の体に対し、膝蹴りを叩き込んで宙に身を舞い上げる。
思わず腕を離してしまった巧の、宙に浮き上がり態勢を立て直す暇すらない状態の体を容赦なく殴りつけた。

衝撃に三半規管を揺らされ、吹き飛んだ先で立ち上がれずに倒れこむ巧。

「乾さん!」

そんな巧の後ろから、その身を案じるようにさやかの声が響く。

「っ……。大したことねえよ、こんなの…!お前はそこでじっとしてろ!絶対にこっちに来るなよ!」

体を抑えて起き上がりながらも、さやかの声に答えるようにそう告げる巧。
ここでもし倒れでもしたら、後ろの少女は自分を守ろうと飛び出してくるだろう。
だが、目の前にいる帝王のベルトを纏った木場に対し彼女が戦いを挑んだとしても勝てる姿が巧には見えない。
もし倒れた時は、この少女の命も危険に晒されることになる。
木場がさやかを眼中に入れていないのも、自分の存在があってこそだろう。

ならば、ここで負けるわけにはいかない。


「どうした乾!その程度か!」
「バカ…、言ってんな…!こんぐらい、屁でもねえよ!」

まだ拳を打ち合った時の衝撃で痺れを感じる右手を振るい、立ち上がって左腰のデジタルカメラ型のツール、ファイズショットをその手に装着する。

――――Exceed Charge

ファイズフォンのエンターキーを押し、走り迫るオーガの拳にカウンターを打ち込むように必殺の拳、グランインパクトを叩き込んだ。
衝撃に揺らされる体を支えつつ踏ん張った巧に対し、カウンターを決められた木場の体は大きくよろめいた。

本来、並のオルフェノクであればその一撃を受ければひとたまりもない拳。しかし帝王の身を包んだ鎧はその叩きこまれた衝撃もフォトンブラッドも決定打とは成り得なかった。
即座に立て直して反撃の拳を振るう木場。
その一撃は衝撃だけならばファイズのグランインパクトにも迫るほどのもの。
こちらの必殺技と同等の衝撃の、しかしただの拳がこちらに打ち込まれる度に、巧の体に強い痛みと衝撃が襲い、その身を吹き飛ばす。


地面に仰向けに倒れこんだ巧は、それでも起き上がりながら木場を真っ直ぐに見据えて問いかける。

「木場ぁ、お前、言ってたよな?人間と、オルフェノクが一緒に生きていけるような、そんな世界を作りたいって」

目の前の木場が自分の知る木場勇治でないとしても、それでもその理想を語った木場勇治には違いない。
木場の理想も守る、と決意を先ほど語った時にそんなものを守る価値などないと一蹴したのがその根拠だ。

「ああ。俺の知る乾巧とはそんなことを語ったこともあった」
「だったら、何でそれを捨てた。お前の理想は、その程度のものだったのかよ!?」

戦うことには迷いはない。例えそれがかつての友であった男であったとしても。
しかし、その友が何故理想を捨てたのか、何が彼を変えたのか。一体自分は何を知らなかったのか。

真理はファイズを、巧を救世主と言った。しかしまだ、巧は守るための戦いのために立ち上がったにすぎない。
ある世界の救世主のように、理想のために振り返ることなく戦うまでの覚悟はまだ持ち合わせていなかった。
だからこそ、守りたい理想を持っていたはずの男が何故こうも変貌したのか、その理由を放置して決着をつけることはできなかった。

「なら逆に聞こう。君は何故人間を守ろうとする?」

攻撃を止め、しかし隙は見せぬままに表情を仮面の下に隠した木場は問い返した。

「俺は、オルフェノクに支配された世界で、人間の汚い部分もたくさん見せられてきた。
 それでも人間を守ろうとオルフェノクを敵に回しても戦ってきた。
 なのに人間は何も変わらない。いつだって自分のことばかりしか考えていない。そんなやつらのために、結花も海堂も命を落とした!
 そこでようやく気付いた。こんな者達を守る価値なんかないと!」

吠えるように叫んだ木場は、八つ当たりのように巧に拳を振るう。
重い一撃は巧の面を捉え、大きく体を吹き飛ばして壁に叩きつけた。

倒れそうになる体を支えながら、それでも木場の叫びから思いを逸らさぬように立ちながら呟く。

「…人間に守る価値なんかない、か。
 確かにそうかもしれねえよ。たまに俺も何でこんなことやってんだって思うこともあるけどよ」

誰も感謝などしてくれない。見返りなどない。
常に命の危機に晒される戦いを、返ってくるものなどないまま真っ赤な他人のために続けることがどれほどのことか。

だけど。

「でもよ、それでも俺は、守りたいって思ったんだよ」



洗濯物のように真っ白になるように、世界中の人を幸せにしたいという夢をもった人がいた。
一見すれば子供じみた、バカみたいなことを言っているようにも感じられた。
だけどその男は、人の不幸を自分のことのように感じられるほどのお人好しで、だから人にいいように使われることも何とも思っていないやつで。
きっと騙されていたのだとしても人が幸せならそれでいいって言うようなやつだった。
その危なっかしさは放っておけなくて、気がつけばそんなバカみたいな夢に惹かれていた。

ただ美容師になりたいという夢を持った人がいた。
どこにでもある、誰でも持つような当たり前の夢。
出会いは下らない偶然から始まって、そこからなぁなぁで最後まで付き合うことになっていた、その程度の仲。
もしかしたら、自分が持たない者を持っていたことに嫉妬していたのかもしれない。
夢のためなら死んでもいいという思い。そして、そんな夢に心を熱くして打ち込むその姿。
なら、せめてその姿を守ることは、俺にもできるんじゃないかと。


出会った少女はとても脆くて壊れそうな少女だった。
まだ中学生くらいの年齢でありながら戦いを続けてきたその少女は、仲間を失った悲しみに沈み、己が人を見捨てることを、その結果人が死ぬことを恐れていた。
そのあり方が自分と被っているようにも感じられて、しかしそんな彼女を守り切る自身がなくて。
結局自分の手の届かないところにいた方がいいと勝手に考えて手放してしまった。
それさえなければ、その少女はあんな怪物に成り果てることはなかったかもしれない。
守りたかったものが己の行動の結果守れなかった。それは未だに心に大きな悔いを残している。


そして、出会った少年はとても純粋だった。
その夢はまるで啓太郎を連想させるほど大きなもので、だけどその夢の奥には隠し切れない歪みがあった。
啓太郎と違い放っておくと自分の命すら投げ出してしまいそうに見えた彼は、しかしその事実を強く自覚しており。
もしかすると愛する人のことを語り、妹を自分に任せるように言ったあの時には長く生きられないかもしれないと悟っていたのかもしれない。
その今にも壊れてしまいそうだった少年の儚さを見て、その願いを、命を守りたいと思った。


「ああ、守りたいと思ったんだよ。結局何も守れなかったけどよ…。
 でもあいつらの一生懸命なところとか、何かの拍子に壊れそうな小ささとか。そんなあいつらの命が、思いが」

救世主だとか、人間との共存の理想だとか、そんな大きなものを守る思いなどない。
結局自分の守りたいという思いは他人ありきのものだ。

だけど、そこから生じた、大切なものを守りたいという願いは。
他ならぬ巧自身から出てきたものだ。

夢を守るためなら、戦い命を奪う罪も背負う。


走り、木場の目前まで迫った巧は、その顔面に思い切り拳を叩きつけながら叫ぶ。

「お前は、違うのかよ!そんなに、お前を信じたあいつらの思いを捨ててまでオルフェノクになりたいのかよ…っ!」

ぶつけた拳で僅かに体が揺さぶるも、次の瞬間引きぬかれたオーガストランザーの剣戟が巧の体を吹き飛ばして言葉を止めた。

「…っ、木場…!」

もはや語る言葉はないと言わんばかりに剣を振るい続ける木場。
紙一重でかわし続けるが間合いの差を埋められず攻撃を届かせられない。

もしオートバジンが近くにいたならば、ファイズエッジにより受け止めることくらいは可能だっただろうが、今はこの場におらず飛んで来る気配もない。


「乾さん!!」

後ろから呼び声がすると同時、風を切る音が耳に届く。
振り返ると同時に目に入った煌き。それだけで何が飛んできたのかを察した巧は即座に手を振り抜いて飛来物を受け止める。

背後で剣を振るう木場の一撃を、飛来物―さやかの投擲した剣で受け止める。
帝王の大剣に対し、細身の片刃剣では衝撃を受け切れない。しかし僅かな可能性には届く。


2度の受け流しにより剣先を逸らした巧は、木場の懐に潜り込み装甲の薄い脇腹に剣を叩きつける。
薄いとはいえそれでもオルフェノクの攻撃を余裕で耐える防御力を持った部分。事実、それでさやかの剣は粉々に砕け散る。
しかし一瞬怯ませることはできた。

隙は一瞬であり、ファイズショットを備え付ける暇などない。
故に剣の柄を握りしめたまま、その拳を思い切り木場へと叩きこむ。
ただの拳に剣の柄を握りしめた分の威力を加算した一撃。

しかし。

「ぐっ…が…!」

そんな攻撃も通じることなく、カウンターの一撃で巧の体を吹き飛ばした。

幾度とない木場の攻撃は巧へとダメージを募らせる。
一方でこちらから木場への攻撃は、隙こそ作ることが可能なものの決定打に至ったものはない。

力が足りなかった。
ファイズの力では、帝王のベルトに届かない。

力が届かなければ、木場と語り合うこともできない。

力。
今より強い、ファイズの―――

そこで、巧の脳裏に思い出されたもの。
この場にきて間もない頃、まだ啓太郎が隣にいたあの時。

何の因果か自分に支給された、ファイズの強化ツール。

まるでこの時を予期していたかのように手元にあったあの道具。

「さやかぁ!!俺のバッグの中のやつ、それをこっちに寄越せ!」

戦闘前にさやかの傍に置いたバッグの中。そこに入っているものを使えばあるいは、と巧は声を張り上げた。
さやかは急ぎそのバッグを開き、中を確かめた。


「…これ…?!」

中に入っていたものの中で目を引いたトランク型の機械。
用途こそ分からないものの、その作りにどことなく巧のファイズギアに似たものを感じたさやかはそれが彼の求めているものだと確信。
取り出したそれを、思い切り巧の元に投げた。

木場の攻撃範囲から離れるように大きく後ろに後退した巧は一瞬振り返ってそれを、ファイズブラスターを受け取り。
腰のファイズフォンをファイズドライバーから抜き取りながら、記憶にあるまま、そしてファイズに変身する時と同じようにケースに備え付けられた数字を入力。

――――5・5・5
――Standing by


そして、ファイズフォンをその上部に差し込んだ。


――――Awakening


電子音が鳴り響くと共に、ファイズの体が赤熱。
放出されたそのエネルギーには、攻撃を続けていた木場も思わず動きを止めた。

全身のスーツを染める赤はファイズ自身の身を成すエネルギーであるフォトンブラッド。
装甲は厚く再構築され、赤きフォトンブラッドの巡っていた場所はスーツの黒と入れ替わるように変色する。

光と放熱が止んだ時、その場に立っていたファイズの姿。
それは強化ツール・ファイズブラスターによって変化した更なる強化形態。

ファイズ・ブラスターフォーム。


纏ったエネルギーによる熱を放ちながら歩み寄るその姿に、先手を取らんと走り拳を振る木場。
しかしこれまでは巧の体を吹き飛ばすほどの衝撃を与えたはずの一撃を、その装甲は真正面から受け止めた。
僅かにその身を揺らがせただけに留まったところで、巧は反撃の拳を振る。
顔面を捉えたそれは、今までならむしろこちらの反撃の暇を与える程度の威力だったはずのもの。しかし今のそれははっきりと装甲を通じて内側の木場へと衝撃を与えた。

思わず後ろに後退する木場。
どうにか踏みとどまるが、巧は更なる追撃を加えんと歩みを進めて来る。
巧の拳が胸を打つも、木場も負けじとその肩を思い切り殴りつけた。

共に後退するファイズとオーガ。
スーツのスペックならばほぼ互角。
ここにきて巧は、帝王のベルトに並ぶ力を手にすることができたことを実感する。

そうだ。それでこそだ。
例えこちらが手にしているのが帝王のベルトとはいえ、その力に任せて一方的に倒すのでは彼を超えたなどとは到底言えない。
心に加えて力も、巧が自分の全力を振るに足る存在となったことに木場は歓喜を覚えた。

「ウォォォォォ!!」

後退する木場に対し、足を止めずに拳を更に大きく振りかぶり迫ってきた巧。
しかし木場は巧の目に入らぬ懐でオーガストランザーを起動。
瞬時に生成され一直線に伸びた金色の刃は、巧の胸を突いてその身を弾き飛ばした。

不意の衝撃にたじろぐ巧。
だが、先ほどまでと比べればダメージは大きくなかったのかすぐさま態勢を整え、剣を構え迫る木場に相対するように拾い上げたファイズブラスターを起動。
1・4・3
キーを押すと同時にファイズブラスターは形を変える。
エネルギーの刃となったフォトンブレイカーでオーガの振るう刃を受け止めた。

幾度も打ち合い。攻め込み。そして受け流し。

やがて衝突した互いの刃が鍔迫り合いとなり、目前まで迫った双方の武器が火花を散らした。

「木場…、答えろ!!お前は、お前の理想は何だったんだよ!
 お前の理想は、そんな絶望でなくなっちまうようなものだったのかよ!?」
「黙れ、黙れえええええええ!!」

激情するように叫んだ木場の腕力は、ブラスターファイズの力を押し返し、それに留まらず追撃の刃を振るった。
斬撃は腕を掠めるに留まったが、巧は衝撃でファイズブラスターを取り落としてしまう。

だが、巧はすかさず木場の懐に飛び込んでその脇にしがみついて体を押さえつけた。

『お前の理想は俺の命より軽かったのかよ!?』


その巧の姿に、脳裏によぎったのは自分を止めようと立ちはだかったかつての仲間。

そんな雑念を振り払うように、木場は巧の背に向けて肘打ちを叩き込む。
体重を掛けた一撃に思わず手を放して地に伏せる。そんな巧の顔面を蹴り上げようと足を振るい。
次の瞬間、巧の腕が振るわれ、薙ぐように大きく足を払った。
攻撃の態勢にあった木場はバランスを崩され、受け身を取ることもできずに地面に転がり込む。
巧はすかさず倒れた木場に馬乗りになって、その身を抑えて問い詰める。

「答えろ、木場!」

しかしその質問に答えることはできなかった。

問いかけの中で、巧の守りたいものの独白の中で、彼と自分、一体何が違うのか。それは既に見えていた。
だが、それを言ってしまえば、言葉にしてしまえば。

自分の中にある矮小さと、醜さと向き合うことになる。

仰向けのまま、拳を叩きつけようとする。
だが、巧はそれを読んでいたかのように受け止める。

ギリギリ、と拮抗する力の中で木場は苛立ちを、そしてほんの僅かな虚しさを募らせた。

もう傷つかずに済むために帝王の力を手にしたと思ったのに、人間を守ろうとする乾はそれに迫る力を手にしている。
いや、これはファイズの力だけではないのかもしれない。

例え自分が傷つくことになっても、守りたいものを守るという意志を持っている乾だからこその意志が持つ力。
もしかしたらその姿は、自分が理想とした姿で。
もしかしたらそんな風に生きられる彼に、嫉妬していたのかもしれない。

「…醜いものだな、僕も」
「木場…?」

自分でも思わず呟いた言葉に巧の拳を握る力がほんの僅かに緩んだ。
その隙を見逃すこともなく、木場はその背を蹴り上げて巧の体を弾きあげた。

転がりそうになる体を支え受け身を取って追撃に備える巧。
しかし、木場からの追撃はなかった。

「俺は、人間と共存を心のそこから願ってたわけじゃない」

仮面の下はまるでどこか遠くを見ているかのように、攻撃の構えも解いて口を開いた木場。

「ただ、俺は欲しかっただけなんだ。
 俺が生きられる、許されるような世界が、いや、そんな場所だけが」

◇◇


「さっきはお前は人間に何かを期待していたのか、と聞いたが。
 どうやらそうではなかったようだな」

壁に背を預けて腕を組んだ状態で立つゼロは、仮面で隠れた顔を確かに木場の方に向けてポツリ、と呟いた。
木場の語った、人間を憎むようになった理由。それを聞いたゼロの発した第一声がそれだった。

「どういうことだ」
「人間に裏切られ続けたお前が、それでもと人間を信じようとした理由を私なりに考えてみたが。
 お前にとっては人間も理想も、ただ利用するだけのものだったのではないのか?他ならぬ自分自身のために」


かつて親という近しい人間に裏切られ続けたある男は、自分の本当の顔を出す相手を選別するほどに人間を信用しなくなった。
例えそれが偽りの顔とはいえ自分の友と呼べるほどの存在となった者に対しても。
全ての顔を知っていたのは友ではなく、互いに罪を背負った共犯者のみ。

それでも、あの男は世界に復讐をしようとはしても人そのものを憎むことはしなかった。
彼は自分の罪を理解し、それでいて尚もただ一つの自分にとって大切なものを守るということを全ての行動原理にしていた。
男には願いはあってもその中に自分自身はいなかった。

「お前は何より傷つくことを、傷つけられることを恐れていた。
 人間に対して、あまりいい思い出がなかったといったところか。
 ならばその闇を知っていながら、何故人間に憎しみの感情を持てる?」

だが、目の前の男はそうではない。
他者のために生きたいと願う一方で、裏切られ傷つけられることを極端に恐れる。
それは願いの中心に自分自身という存在を置いている証拠だ。
理想は、そのために見せているものではないのか。

別にそれ自体は問題ではない。
問題はその事実に木場自身気付いていないのではないかということ。

「お前は、理想を利用することでただ自分の周囲に光を集めようとしていただけ、
 理想を信じていなかったのだ、その理想に裏切られるのも必然だ」

そう告げた瞬間、木場の瞳に一瞬殺意を感じ。
しかし、それはすぐに収まった。

「…生憎だが俺はそんなことを考えてなんていなかった。
 もしそうだったとしても、今の俺には関係ない」

「そうか。なら私としても踏み入るつもりはないが、まあここで会った縁だ、一つ忠告しておいてやろう。
 お前の被っていた仮面は確かに偽りだが、同時にお前の人間としての本質だ。それすら捨て去るのならば、お前はもう化物になるしかない。
 だが、人としての全てを捨て去り怪物となった者には、決して幸福が訪れることはない」

「…余計な世話だ」

立ち上がった木場は、どこか遠くを見つめながら答える。

「もしそれで僕が全てを捨てられるなら、それはそれで構わない」

何故かその時だけ、自然にその一人称が僕となっていたことに気付いたのはゼロだけだった。






あの時から、もう人間として生きていくことができないことは分かっていた。

オルフェノクに覚醒して目覚め、しかし全てを奪われていたことに気付き。
激情のままに、一彰と千恵を殺し、手を憎しみの血で塗らしたあの時から。

だけど、もしかすると心のどこかで安心していたのかもしれない。

あの事故に会う時までは幸福に過ごしてきた自分にとって、あの時見せつけられた人間の本性はあまりにも醜く感じられた。
だからこそ、人間でなくなった自分に安堵していたのかもしれない。
人間でなくなって、綺麗でいられると思った自分に。

無意識とはいえ、そんな風に考える自分はとても矮小な存在だった。
だからこそ、それを覆い隠すための理想が必要だった。
それが、人間との共存。

大きく途方もなく、聞こえもいい理想。
しかしその綺麗さと大きさが、自分の醜さを覆い隠してくれるようにも感じられた。

心の奥の部分に抱えた人間に対する数々の負の感情の存在を。

その一方で、オルフェノク――人を襲う化物になりきることもできない。
人の倫理観を捨てきれない自分には、彼らのような人を殺すことを何とも思わない存在にはなりたくなかった。
そう。人間でいたかったんじゃない。自分として、木場勇治という人間でいたかった。


『お前の理想は俺の命より軽かったのかよ!?』

軽いものではない。それは俺自身を成す大切なものであったことは事実だった。
だが、その理想よりも上にあったものを、あの時俺は怒りによって塗りつぶされ、そして俺はその怒りを受け入れた。
そうして残ったのがこの今の自分。オルフェノクの頂点に立ち人を憎む帝王。

そう、化物になっても構わないのではない。
もう、そうなるしか道は残っていない。
全てを捨てた今、破滅の見える道であろうとも、突き進むしかないのだ。



もう今の自分には気にすることもないと思っていたのに、乾巧と向き合っているだけであの時ゼロに言われたことをまざまざと意識させられていた。


「理想とか、みんなのためとか、結局そんなものどうだって良かったんだよ。
 ただ俺は、俺が俺でいられる場所が欲しかった。そのために綺麗な俺でいたかっただけなんだよ」

それこそ自分の心の奥底を絞り、掘り出すような声で話す木場。

「だけど、そんな俺もあの時、裏切られて仲間を殺された怒りに塗りつぶされた時に死んだ。
 もう、俺にはこうするしか道は残っていない――――!!」

あの時の園田真理が本当に園田真理だったのか。そんなことはもう関係なかった。
そして巧の言葉に答えて戻るには罪を犯しすぎた。
自分を心配してくれた仲間だった者を殺し、人を守ろうと戦った者達を殺し、仲間からの言葉にも耳を貸さず手を払った。

全ては人間の弱さを受け入れられなかった――違う、自分の弱さを直視できなかったが故。
戻れないのならば、せめて。

「君を倒し、俺は俺自身の全てを消し去る!例えその先に何もなくても!!」

受け入れることができなかった弱さも、理想も。そして俺自身の思い出も。
全てを捨てて、ただひとつの帝王になれればいい。

それが、木場に残った戦い。

「だから、俺は君に勝たなければならない!その礎になれ!乾ィィ!!」

振り上げた拳は、ファイズの胸を打ちその体を吹き飛ばした。
ブラスターフォームとなってオーガの攻撃にも耐えうることができる状態にあるにも関わらず、巧にはその一撃はこれまでよりも力の篭ったものに感じられた。






戦う二人を見ていたさやか。
さやかにとってみれば、目の前の木場という男の第一印象がいいはずがなかった。何しろここに来たばかりの頃にまどかを襲った相手だったから。
故に、それまである程度の時間を共に行動したということもあって二人の戦いを見ている時は常に心は巧側にあり。
木場はそれに倒されるべき相手、自分たちで言うところの魔女のような存在だと思っていた。思うようにしていた。

なのに、巧に向けて自分の弱さを吐露する姿は、どうしようもなく人間のそれのように見えた。
何となくだけど、この片目の傷を負った時の、何も信じられなくなって周りに当たり散らしていた自分の姿のようにも感じられ。
それに気付いた瞬間、乾巧と相対する木場勇治という男が、今まで見ていた敵という目で見られなくなっていた。

自分が信じていた魔法少女の真実を、マミとの戦いで触れて。
それでも本来であれば戦うべき相手が、こうも明確に心を持っているんだと実感させていた。

私が戦うべき相手は一体何なのか。何のために戦うのか。
答えは見えなかった。







(…木場、お前……)

巧にとって、木場の生き方は理想のようなものだった。

子供の頃にオルフェノクとなって以降人との関わりを長く拒絶していくうちに、夢も未来に向けた希望も失くしていた。
そんな自分にとって、オルフェノクになって尚も人間のために戦っている”強さ”を持っていた木場は、とても逞しいものに見えていた。
それこそ、一時はこんなオルフェノクである自分を隠そうとする弱さで戦う自分よりは、遥かにファイズの資格があるのではないかと思うほどに。

だから、木場の理想の裏に隠れていた彼自身を知らなかった。
いや、見ようともしていなかったのかもしれない。

背から体が地面に打ち付けられる衝撃を感じた。だが立ち上がることができなかった。
自分を占めていた理想の大部分を支えていた軸が変質していくかのような感覚に、心が打ちひしがれていた。

「…どうした!立て、乾!」
「っ!!」

だが、それでもそんな心を支えて立ち上がる。

拳を受け止め、掴み取る。
力比べに揺れる腕を、それでも離すことなく。
その手が、木場自身を繋ぐ力だと信じて、巧は叫ぶ。

「…ああ。気付いたよ、俺も。
 木場、お前は俺が思ってるほど強いやつなんかじゃなかったってことだ」
「………」
「だけどな、俺が一番許せねえのはそんなお前じゃねえ。
 お前のことを見てないままに俺が思ってる強さを押し付けた、俺自身だよ!」

巧は叫ぶと同時に掴んだ腕を大きく振りほどいて、がら空きになった木場の体に渾身の拳を叩きつける。
その瞬間の拳は、通常時のファイズがグランインパクトを放った時のごとく閃光を放ちながら打ち付けられたもの。
先に自分が吹き飛ばされたように、その重厚な鎧に包まれた体が宙に浮かぶ。

「はぁ…はぁ…。そうだよ、俺も真理が言うような救世主がどうとかなんてやつじゃねえ。
 でもな、今決めた。なってやるよ、真理が言ってたような、…何だっけな」



闇を切り裂き、光を――――


「ああ、そうだよ。闇を切り裂き、光をもたらす、なんて。
 だけどな、最初に切り裂く闇は、お前の中にあるそれだ」

巧にとって見ていた木場が確かに本当の木場の姿ではなかったとしても、巧にとって木場勇治という存在はかけがえのない仲間。

それは、例え木場の姿が、本心が、心の闇がどのようなものであったとしても変わらないものだ。

「お前がどんな本心をもっていて、どんな汚いやつだったとしても受け入れてやるよ。
 自分がやったって罪が許せねえってんなら、それも含めて俺が受け止めてやる」

膝をつき起き上がった木場がこちらを向く。
その仮面の下の表情がどんな顔をしているのかは分からない。
しかし、その体には強い戸惑いと動揺が感じられていた。

「だから、お前のその罪も弱さも、その全部をここで吐き出せ、木場ぁ!!」
「うあぁあああああああああああああああああああ!!!」

その迷いを振り切らんと叫んだ木場は、腰の剣を抜き取り大きく掲げた。

――――Exceed Charge

くぐもった電子音が、オーガのベルトから響き渡る。
それはあの時、まだ巧が迷いを抱えていた頃に、マミ達の助けがあったとはいえゼロを撤退にまで追い込んだあの一撃を放つ合図。
おそらくは今の木場が放つ最大の一撃だろう。

巧もまた、ファイズブラスターを拾い上げて数字キーを入力。

――――Exceed Charge


オーガストランザーを光が包み、巨大な大剣を模っていく。
背部ユニットから噴出したエネルギーがファイズの体を宙に持ち上げていく。

ファイズがオーガに向けて、全身に満ちたエネルギーをぶつけるがごとく飛び蹴りの態勢を取ったと同時に。
オーガはその巨大な光の刃を、ファイズに向けて突き出した。

高濃度の金色と、高出力の赤色。
ぶつかり合う二つのエネルギーは、赤と金の混じった暴風となって周囲にあった全てを消し飛ばす。
木々は消し飛び、僅かに残っていたビルの残骸も風圧に負けて吹き飛んでいく。

地上で二人の戦いを見守っていたさやかも、魔法少女の姿へと変化して吹き飛ばされないように耐えるのが精一杯。

金色の剣は巧を押し返さんとその膨大なエネルギーを放出して伸長し続け。
赤熱したエネルギーを纏ったファイズはそれを押し返さんと、力を込めてその刃に拮抗し続ける。

互いのベルトの力、戦いにかける想い、守りたいもの、そして理想と呪い。
その全てを込めたぶつかり合い。

木場は敗れるわけにはいかなかった。
これまで失ってきたものを、自分の戦いを無為にしないためにも。

巧は敗れるわけにはいかなかった。
背負ってきた罪や願いのためにも、そして目の前で苦悩し続ける男を救うためにも。

エネルギー量ならばファイズの方が上、しかし自身の肉体を直接ぶつけている分体にかかる負荷もオーガ以上。
しかし、だからこそオーガも一度拮抗を崩されれば立ち直すのは難しい。

「ぉおおおおおお、木場ぁぁぁぁぁ!!」
「乾ぃぃぃぃぃ!!!」

互いの叫びが木霊する中、木場の支えていたオーガストラッシュにほんの僅かな亀裂が入る。

「ぅう、はあぁぁあああああああ!!!」

巧はそれを見逃さず、放出され続けるエネルギーにその亀裂が修復されぬ間に、さらに全身に力を込める。
亀裂は広がり、オーガストラッシュの刃を打ち砕いていく。


「…!!」

その前進を押し留めようとする木場。しかし一度壊れ始めたその刃は修復されることはない。
巧によって次々と押しやられて消滅していくのみ。

まるで、一つの小さな闇から広がるように砕かれていった自分の心のように。


「ああああああああああああ!!!」

認められない。
だからこそ負けられない。これは乾巧との戦いであり、同時に自分自身との決着。

両腕で支えていたオーガストランザー、その片腕を、支える力が落ちることを承知で放し。


――――Exceed Charge


押し返す力が強まる一瞬の内にオーガフォンのエンターキーを追加入力。
オーガストラッシュ発動のために供給していたフォトンブラッドを更に送り込んだ。

砕けていく刃の下から、更に新たな刃が形成され巧の体を押し留める。
だがその強引で過剰な必殺技の発動は、オーガのベルト自体に過剰な負荷を与えていく。
根幹であるオーガストランザー自体が発熱し、少しずつひび割れていくのが見えた。

それでも、今の木場にはどうでもよかった。

帝王の力も、自分が信じた理想も、この殺し合いのことも、人間に対する憎しみも。
ただ、目の前にいる男に勝ちたい。その一念のみで、巧の背負う全ての想いに対抗していた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「はぁあああああああああああああ!!!」

永遠にも感じられるほどの拮抗の後。

思わずさやかが目をそらした瞬間、一瞬の風景の揺らめきと共に二つのエネルギーの衝突地点で爆炎が上がった。

光の刃も、赤い暴風もそれ以降生じることはなく。
二人の姿は、煙に隠れて見えなかった。

「乾…さん…?」

何も見えないその光景に、剣で刺し貫かれた巧の姿がさやかの脳裏に浮かび上がる。

顔から血の気が引くような思いにかられながら、さやかは巧の名を叫んだ。

「乾さんーーーー!!」

同時に、薄れていく煙の向こうから、こちらに向けて歩いてくる人影が見えた。

そしてその人影は。

「―――呼んだか?」

その赤く染まった全身のスーツを解除し、人の姿に戻りながらそう答えた。

晴れた煙の先で立っていたのは乾巧。
そして、その後ろで倒れていたのは木場勇治。

肩で息をしながらその手のベルトを肩にかける巧に対し、木場は倒れたまま動かない。胸が僅かに上下している以上、死んではいないのだろう。
そして、その傍で青い炎をあげているのは木場の纏っていた帝王のベルト。


「木場、お前の全部、受け切ったぞ」

前を向いてこちらへと歩き続ける巧は、倒れた木場に向かって。


「俺の、勝ちだ」

ただ一言、そう告げた。

かくして、帝王と救世主――夢の守り手の戦いはここに決着した。



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