頂上決戦 ―――エピローグ1


――清水のメモ帳から――

「大丈夫だからアナタももう帰りなさい」
道重くんにそう言われても熊井くんが待合室の椅子から動くことは無かったという。
眼をギラギラと光らせて一晩中、雅と徳永くんを守っているようだったと道重くんから聞かされた。

翌日になって須藤くんや僕達が病院にやってくるのを物陰から見送った熊井くんは
その足でモー商に向かったらしい。

「高橋って奴はどいつだ」
その日、モー商に血の雨が降った。
関東最凶と詠われたモー商は、たった一人の男によって壊滅させられたのだった――。


頂上決戦 ―――エピローグ2


―――…秋の気配がせまりくる教室は静まりかえっていた。
黒板をチョークが叩く音と、嗣永のすすり泣く声だけがわずかに聞こえてくる。
須藤は腕組みをして目を瞑ったまま動かない。
清水がぼんやりと黒板を眺めている。
徳永はまだ入院中だ。
夏焼は美しく澄んだ瞳でぼんやりと窓の外を眺めている。

あいつがいない教室で。

突然、授業中の教室のドアが音を立てて開く。
須藤が目を開ける。
嗣永が鼻水だらけの顔を上げる。
清水が立ち上がった。
夏焼も振り向いた。

――あの男が現れる事を期待して。

「く、熊井君が退学したって・・・本当!?」矢島だった。
須藤が溜息をついて再び目を閉じる。
嗣永が声を上げて泣き出した。

「矢島くんか・・・」夏焼も落胆した顔色を隠せない。
「ああ、本当だよ。モー商との一件は僕が手を打ったのに・・・一人でいらぬ責任を取ってね」
授業をしている教師も、答えているのが夏焼だと見て見ぬふりをしている。

「そ、そんな・・・僕、何も聞いてない・・・よ」矢島が泣きそうな声を出す。
「僕たちも何も聞いていないのさ・・・」
そう言って夏焼は、再び窓の外の流れる雲を見つめて黙り込んだ。


頂上決戦 ―――エピローグ3


矢島が夏焼のそばにやって来て殴りかからんばかりの勢いで言う。
相当な勢いで走って来たのだろう。夏焼の机にポタポタと矢島の汗が落ちた。
「ど、どこへ行ったんだい?熊井君は!」

「さあ、色々と手を回して聞いてみたけど・・・四国の方じゃないかという位しか・・・」
夏焼が矢島の顔と机に落ちる汗を交互に見ながら答えた。
夏焼の教科書やノートが見る見る矢島の汗に波打っていく。

矢島「四国・・・四国だね!よーし僕行ってくる!」
夏焼「行くって・・・キミ」
矢島「実は・・・もう退学届け出して来ちゃった・・・えへへ!」
夏焼「えへへって・・・キミ・・・」
矢島「僕、相棒だから。熊井君の!・・・えへへ!」

夏焼「相棒ってキミ・・・ボクシングは?熊井くんにも怒られるんじゃないかい?」
矢島「ボクシングはどこにいても出来るよ!・・・でも、熊井君は・・・
熊井君みたいな男は、世界中捜しても・・・ううん。宇宙中を捜してもたった一人しかいないんだ!
…それに、熊井君に怒られるのにはもう慣れてるし、ね。えへへ!」

そう言って矢島は嬉しそうに自分の頭を撫でた。何かの感触を想い出すように。


頂上決戦 ―――エピローグ4


「熊井君は僕が絶対見つけてくる!だからみんな!安心しといてね!じゃあ!!」

そう言う矢島に夏焼も清水も、あきれた顔でポカンと口を開けているしかなかった。
須藤が目を閉じたまま「ふん」と鼻をならした。微かに口元が笑っているのが見えた。

突然、嗣永が立ち上がって矢島を呼び止める。
「待って!矢島くん!・・・ぼくも・・・ぼくも連れて行って!ぼくも行く!!」

「え・・・。だ、だめだよ。嗣永君は・・・」矢島が困惑顔で答える。
「どうして!どうしてぼくはダメなの?」

「あ・・・足遅いから・・・」明らかに泳いだ目で矢島が言う。
「う・う・うわぁぁぁあああああああん!」
嗣永が本格的に大泣きを始めた。

「あ、いや、あの。ゴメン・・ね・・・ぼ・僕行ってくる!!
ぜ、絶対熊井君見つけて、必ずこの街にも帰ってくるから!待っててね・・・みんな!」

「じゃあ!!あ!先生!授業中失礼しました!」
そう言ってお辞儀をした矢島は再び全力で走り去って行ってしまった・・・。

夏焼が窓の外、全力で駆けていく矢島を見ながら
あの全力馬鹿なら、いつか熊井くんを連れてふらっとこの街に戻ってくるかもな・・・
そんな事を考えがら笑った。

「楽しみにしてるよww熊井くんwww」


  おしまい



頂上決戦 ―――エピローグ番外 矢島からの残暑見舞い1


未だ夏の気配が残る四国の空は青く、どこまでも澄み渡っていた。

「ねえ熊井君!お願いだよォ!一回だけ!ね?
そしたらもう僕、一生熊井君の言うこと何でも聞くから!!」

「・・・・・・」

「ぼ、僕がんばったよ!須藤くんたちをベリ高に連れてくのがんばったよ!
だからお願い!お願いします!ねえぇ、熊井くーん・・・痛い!」

「あー!もうめんどくせぇな!・・・一回だけだぞ。
俺はこんなの付けてするのは好きじゃねえんだ・・・まったく」

「ホ、ホント?ホントにしてくれるの!?」

「ああ、一回だけだ。」

「う、うん!!やったぁー!う・嬉しいな!嬉しいな!!・・・痛い!!
痛いけど・・・嬉しいな。えへへ!」


頂上決戦 ―――エピローグ番外 矢島からの残暑見舞い2


「ハイ!コレ!熊井君用に特大サイズ持ってきたから!・・・えへへ!」

「ちッ!めんどくせーな・・・俺とオマエならこんなの付けなくっても平気だろ?」

「だ、駄目だよぉ!ちゃんと熊井君と二人で向き合ってルール有りでしたいんだ!」

「ルールって・・・こんな空き地でか?」
「場所はどうでも良いの!ボクシングはどこにいたって出来るんだよ・・・
いつか僕が世界チャンピオンになって熊井君と・・・えへへ・・・」

「何言ってんだ?ほら、付けたぞグローブ。これで良いか?」

「う・うん!」
「手加減はしねえぞ・・・矢島、ゴング鳴らせ」
熊井がまんざらでも無さそうな顔で笑った。
「いくよ!熊井君!」
矢島は相変わらず満面の笑みだ。

「カーン!」
矢島が口で鳴らしたゴングの音が、青い空に吸い込まれていった―――。

   おわり

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最終更新:2012年02月11日 00:10