頂上決戦 vsモー商編30


「く、熊井くん!」
熊井の姿を見つめる夏焼の瞳からは、どす黒く燃える炎が嘘のようにすっかり消えていた。
その瞳を久住も確認して「チッ・・・」と舌打ちをする。
久住もまた、夏焼と同じ狂気の世界の中をもがきながら生き抜いてきた人間だった。
夏焼の瞳に宿る暗い炎に誰よりも早く気付き、この男こそが自分の唯一の理解者になれるかも知れないという
幻想を抱いていたのかも知れない。
そしてその失望感は更なる残虐性となって後々、牙を剥くことになる――。

熊井が夏焼の頭に手を置き、
「綺麗な目をしてるんだな、ダチ公。知らなかったぜ」そう言って笑う。

そして夏焼の指に挟まれていた鍵を抜き取り、胸ポケットに押し込んだ。
熊井の怪力でなければその鍵は抜き取れないほどきつく握られていた・・・。
決して力のある方ではない夏焼のその「覚悟」が伝わってくる強さだった。

「あとはまかせろ。」
そう言って頭を撫でられた夏焼が何とも言えない表情を浮かべ、その目には見る見る涙が溢れて来る。
その口が何かを語ろうとした時、
「クマイダロー、クマイガキタンダロー」と声がした。
「おう、徳永。遅くなって悪かったな」
「クマイガキタゾー!オマエラニゲロー!ミンナコロサレルー!ww」
「お前が元気そうで何よりだ。ダチ公!」

そう言った熊井が再び教室にいる連中をギラリと睨んだ。
夏焼に向けられた優しそうな視線と違い、徳永の減らず口にヤキを入れようとしていた光井や、
あのJJでさえ思わず数歩後ずさりしてしまうほどの恐ろしい眼光だった。


頂上決戦 vsモー商編31


「ところで夏焼、そこの大将は何で昼寝してんだ?」
須藤の事をチラと見た熊井が不思議そうに聞く。

「く、熊井くん・・・」
――夏焼から須藤が受けた「死のゲーム」の事を聞いた熊井が「ふん」と鼻を鳴らす。

「おもしれえ!!コンティニューだ!俺のパンチに耐えられる奴は前に出ろ!!」
バキバキと指を鳴らしながらズケズケと近づいてくる熊井をモー商の3人が目を丸くして見ていた。

久住が爆笑する。
「ククク・・・!あっははははは!お前すげーヤツだな!バカなのか?」
一転、熊井に負けないどす黒い眼光を放ちながら言う。
「こっちにゃ人質がいるんだよバカが!徳永だけじゃねえ。菅谷とその彼女は別の場所で今頃は・・・
ククク・・・ゲームを受けるのはてめえの方さ!」

「あー、そうかそうか。・・・じゃあソレでいくか!!俺を倒せる自信のあるヤツァ前に出ろ!!」
再び指をバキバキと鳴らしながら熊井が迫ってくる。
光井もJJも口をあんぐりと開けて熊井を眺めていた。

「ただし、だ」
熊井が須藤の方をアゴで差しながら言う。
――この言葉を聞いた夏焼は耳を疑って青ざめた。
「俺はアイツの10倍つええ。だからお前らにハンディをやろう。100発だ。
100発で俺を倒せると思うヤツは前へ出ろ!!」

熊井が歯を見せて楽しそうに笑った。


頂上決戦 vsモー商編32


「く、熊井くん!!」
正気なのかこの男は、と言いたげに夏焼が声をかける。

「何だ?」 
何か問題でもあるのか?と言った表情で熊井が振り返った。

その何の疑問も無い子供のような表情に夏焼がふと我に返る。
――そうだった。
――そこに立っている男は誰だ?
その男の名前は?

熊井だ。

たとえ相手が100人だろうと、たとえ相手が格闘技の世界チャンピオンだろうと、この男が負ける筈がない。
もし仮に相手が戦車だったとしてもこの男が勝つと言ったら勝つだろう。

理由は?
理由なんて無い。

この男が熊井友理也だからだ!!


「さあ、自信のあるヤツァいねえのか!?」
悪魔さえ恐れるであろう眼光を放ちながら熊井が心底楽しそうに言い放った。


頂上決戦 vsモー商編33


「100発ダト・・・コノ、キチガイメ・・・」
JJが熊井の前に立ちはだかる。

その肩を後ろから久住が押さえた。
「俺が殺る。」
モー商の中では長身の筈の久住が熊井を見上げる。
「お前が熊井って奴か・・・ククク、面白い奴だ・・・
俺もあの男――、JJの10倍強いぜ。だから10発だ・・・何なら一発にしてやっても良いぜ?」

熊井が相変わらず不敵な笑みを浮かべて言う。
「ふーん、じゃあ間を取って50発で行こう。それ以上はびた一文負けられんぞ」

「クックック・・・一発で倒れなかったら褒めてやるよ」
「50発でお手々痛いって泣かなかったら褒めてやんよ」

「本気で死ぬぞ、てめえは」
熊井の言葉に本気になった久住が拳を腰に溜める。
空手の構えだ。
だが、ただの空手使いでは無い事を夏焼が感じ取る。
「ヒューッ!」と呼吸法で丹田に溜めた「気」を錬り拳に伝えているのだ。
夏焼にはその拳に青白いオーラのような物が見えた気がした。
(JJの10倍強いと言ったのはハッタリじゃない。そいつは・・・本物だよ熊井くん)
背中にゾッとするような冷たいモノが走る。

だが、熊井は相変わらず呑気な顔で「ちゃんと数かぞえろよ。算数は苦手でな」と笑っていた。

「行くぞ・・・」久住が冷酷な顔で熊井に拳を向けた!


頂上決戦 vsモー商編34


―――ヒュズドオオオオオッッッ!!!
教室中に空気を切り裂く音が響いた!
いや、轟音・・・震動と言った方が正しいだろうか。
教室中の窓ガラスが割れんばかりにビリビリと震えていた!

そしてそれは久住の拳から発せられたモノでは無かった。
反動で吹き飛ぶ事さえ許さない驚異のスピードで久住の左頬をその右拳に乗せたまま
熊井が、グン!!と上半身を90度ひねる!
視界に光井を捉えてギラリと笑った。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
熊井が吠えた!
拳を振り抜く!
熊井の拳の速さそのままに白目を剥いた久住が光井目がけて一直線に飛んでいく。

何がどうなったのかわからずあたふたしていたように見えた光井も流石の使い手だった。
身体で久住を見事に受け止め、地面に落とさないように抱えこむ。

だが、その流石を夏焼のそれが上回っていた!
まるでこうなる事を最初から知っていたかのように熊井の攻撃と同時に動いていたのだ。
久住を両手で受け止めた光井の顎の下の急所に、夏焼の貫き手が突き刺さる!

折り重なるように崩れ落ちた意識のない二人に向かって熊井が言う。

「今度俺とゲームがしたい時は説明書もって来い、な」


頂上決戦 vsモー商編35


その熊井に背後から声が掛かる。
「よけろ!!熊井ッ!」

「おっと」それを聞いた熊井が身体を屈めてしゃがみ込む。
その上空を須藤の巨体が飛んで行くのが見えた。

熊井に不意打ちを食らわそうとしていたJJの顔面に須藤の跳び蹴りがカウンターとなってめり込む。
これには流石の妖術使いもたまらず地面に大の字に倒れた。
目が泳ぎ、口からは泡と呻き声を漏らしている。

JJ自身が全く歯も立たなかった相手、久住が一撃で吹き飛ばされた事にほんの一瞬、JJは唖然となった。
久住の強さをそれだけ信頼していたのだ。
だがその一瞬が、――信頼する力の強さが、JJと夏焼の差となって表れた。

そのJJに須藤がゆっくりとマウントポジションを取る。
「あと、11発・・・貸しがあるよな?」
地獄の底から響いてくるような声だった・・・。

熊井はJJの事には関心を示さず、徳永の元へ駆け寄る。
夏焼の膝枕に上半身を起こされた徳永が「ダカラニゲロッテイッタノニィw」と言って笑ったように見えた。
表情すら判別出来ない程、非道い有様だった・・・。

「俺が背負う。夏焼、そっと頼む」
背中を差し出す熊井を見つめる夏焼の瞳は、もはやかつての夏焼のモノでは無かった――。


頂上決戦 vsモー商編36


熊井の背中に背負われた徳永が申し訳なさそうに言う。
「クマイー、スマンー…オレションベンモラシテルー」
「気にすんな、ダチ公。あんまり喋らなくていいぞ」
「クマイースキダー、セカイデ2バンメニー・・・」
そう言った徳永が熊井の頬に口つげをした。
「そりゃ光栄だwだが無理して動くな。なるべく揺らさないように行くからな」

「おい須藤!行くぞ!」
熊井が声を掛けるが須藤の耳には届かない。

「あと7発だ・・・まだ寝るんじゃねーぞ」
よほど怒り心頭していたのであろう。
普段の須藤からは考えられない表情でJJに拳を振るっている。
「ユルシテクラサイ・・・ワタシアナタノコブンナリマス・・ナンデモイウコトキキマース」
JJが涙ながらに訴える声すら耳に入っていないようだ。

「須藤!!菅谷がお前を待ってるんだ!行くぞ!」
熊井のその言葉を聞いた須藤の拳がピタリと止まる。
「菅谷・・・無事なのか!?」
「ああ、何とか・・・な。今は矢島に守らせてるがお前が来てくれるのを待ってる。心配してたぞ」

須藤がスックと立ち上がりドアの無くなってしまった入り口で催促する。
「急げ!」
現金な奴だ。熊井と夏焼が目を合わせて笑った。


頂上決戦 vsモー商編37


菅谷達が居る筈の音楽室前に着いた須藤が一目散にドアを開けようとする。
その背中に「待て!」と熊井が声を掛けた。

「ゆっくりとドアを開けろ。・・・俺が先に入る」
熊井の口調に何かを感じ取った須藤が黙って従う。
慎重に中に入る徳永を背負った熊井の顔目がけて、予想通り稲妻のような拳が飛んできた。
その拳があと数センチと言う所でピタリと止まる。

「く、熊井君!!」
この嬉しそうな声が何だか懐かしく聞こえた気がした――。


夏焼は誰に指示されるでもなくドアの傍に張り付き外の様子を伺っている。
先の久住の件と言い、全く大した奴だと熊井が心底感心していた。

須藤は真っ直ぐに菅谷と愛理の元へ走っていた。
「須藤くん!・・・良かった・・・大丈夫?」
「ああ、こんなのは何でもねえさ。お前こそ大丈夫か?」
と化け物のように腫れ上がってしまった顔を破顔させている。

音楽室の中には3人のモー商の男達が倒れていた。
みな、気絶させられている。
そしてそれはいつものように顎をかすめ取られたのでは無かった。
キッチリとテンプルと顎に1発ずつ、拳を打ち込まれた後がある。
それを見た熊井が言う。
「しっかり二人を守ってくれたようだな。ありがとよ、相棒」
「え・・・え・・・えへへ・・・僕は熊井君の相棒だもん。と、当然だよ!えへへ!」


頂上決戦 vsモー商編38


そう言って何故か頬を真っ赤に染めた矢島が熊井に背負われた徳永に気付いた。
「と、徳永!!・・・だ・大丈夫かい!!」
「シッ!静かにしろ。今は眠っている・・・このままにしておいた方が楽だろう」
そのケガの酷さに矢島の顔が見る見る青ざめてゆく。
「こんな・・・非道い・・・」
赤くなったり青くなったり忙しい奴だ。
このまま放っておくとまた一人反省会を始めてしまいそうな矢島に熊井が言う。

「矢島、ズボンを脱げ」

「え?・・・え!?ええ!?」
「早くしろ。俺の言うことが聞けねえのか?」
「やッ・・・う、うん!」
矢島が慌ててズボンを脱ぐ。
そのズボンを恥ずかしそうに「ハイ。」と熊井に差し出してきた。

「馬鹿。俺にじゃねえ。これから外に出る。愛理にそれを履かせろ!
お前はそこに転がってる奴のボンタンを履くんだ。」

「あー!何だぁ・・・そっかー、僕はまたてっきり・・・」
そこまで言った矢島が、上から見下ろす三白眼の熊井の目つきに気付いた。
「ゴ、ゴメンナサイ!」と言って頭をおさえる。

「今は手が使えねーんだよ。早くしろ」


頂上決戦 vsモー商編39


須藤に菅谷を背負わせる。
愛理は「走れます」と言い張ったがやはり矢島に背負わせる事にした。

「夏焼、先頭を頼む。お前には余計な忠告だろうと思うが油断するなよ」
「ああ、任せてww熊井くんwww」
その言葉を聞いた熊井が何故か苦虫を噛み潰したような顔をして口だけで笑った。

だが夏焼の先頭役はスピード、正確さ、そして何より判断力という点において矢島よりもはるかに適任だった。
校舎を出るまでに5人の男達を一瞬で倒したのだ。
背後にもきちんと気を配り、背負われた徳永や菅谷に負担をかけない速さで進んでいく夏焼に
熊井も感心せざるを得なかった。


だが、それはこの後、激しい後悔へと変わることになる事をまだ誰も知らなかった――。

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最終更新:2011年03月05日 16:30