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聖闘士星矢考察 『氷の国のナターシャ』

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聖闘士星矢考察 『氷の国のナターシャ』


                  ♒

週刊少年ジャンプで、『リングにかけろ』で大人気を博した車田正美氏が、
『男坂』で伝説的な打ち切りを食らい、その反省を生かして描いた次回作
『聖闘士星矢』。

漫画は言うに及ばず、アニメ、映画、玩具ともに国内外で大ヒットを飛ばし、
聖衣という独自のアイディアは、後に『鎧伝サムライトルーパー』、
『天空戦記シュラト』などといった『鎧モノ』の作品を生み出す事となる。

………

その第1部『聖域編』の最終巻である13巻に、
青銅聖闘士の1人であるキグナス氷河を主人公とした
『氷の国のナターシャ』という外伝作品が収録されている。

この話はシベリアに里帰りした氷河が、ブルーグラードの長を巡る
お家騒動に巻きこまれ、父殺しのアレクサーを倒して
その妹であるナターシャを自殺から救う…という粗筋になっているが、
この話、実は読めば読むほど奇妙なのだ。

これについては昔から「本編とは異なるパラレルワールド」だとか
いろいろな憶測が飛び交っているが、いまだに決着を見ていない。

これについて自分は、ブルーグラードなどという国は、
その実星矢世界のどこにも存在しないのではないかと思っている。

そもそも星矢外伝「氷の国のナターシャ」はが奇妙なのは、
聖闘士星矢という作品の、時系列のどの位置にも存在していないためである。

………
………………………人間クーラー

氷河の着ているキグナスの聖衣が初代の形状で、
かつ無傷の状態であるため、時系列は一見して聖域に乗り込む直前、
氷河が里帰りしていた頃の出来事のように見える。
しかしラストシーンで氷河は宝瓶宮の死闘で初めて会得した
最大奥義のオーロラエクスキューションを使っている。
十二宮編の後でなければ明らかにおかしい描写だ。

………

では、「氷の国のナターシャ」は本当に十二宮編の後の話なのか?
それはない。なぜならそんなエピソードが入る暇などなかったからだ。

氷河は十二宮編の死闘で肉体の限界を超えた戦いによって倒れ、
それからずっと集中治療室で昏睡状態だった。
しかもサガの乱のすぐ後にポセイドンが地上侵略を開始したので、
昏睡から目覚めた後でシベリアに帰ってのんびり休息をとる時間などなかった。

………
………………………かけ布団くらいしろよ…

そして実際に昏睡から目覚めるとすぐに仲間たちと共に五老峰の老師の許に駆けつけている。
この時点で既にキグナス聖衣は、ミロの血とムウの修復により
第二段階の新生聖衣に生まれ変わっているので、初代聖衣を纏った
「氷の国のナターシャ」は、十二宮編の後の話でもない事がわかる。

では、あれはいつの頃の話なのか?
答えは簡単、十二宮編の直後である。
といっても現実の話ではない。
恐らくあれは集中治療室で昏睡状態に落ちていた氷河が見ていた『夢』に過ぎないのだ。

                  ♒

ちなみに「氷の国のナターシャ」に登場する主要人物は皆、
なぜか氷河に関わりの深い別の人物にソックリな顔をしている。
なぜか。

それは氷河が自分が過去に出会い、精神面において重要な影響を及ぼした人物の姿が
そこに投影されているからだ。

………

まず頑迷固陋な性格で息子の意見に耳を傾けようともせず、
結局実の息子に真っ二つにされ惨殺されてしまうブルーグラードの国王ピョートル。
その顔は城戸光政そっくり、いや寸分の狂いもなく彼そのものだ。

これはグラード財団という巨大な「王国」を持ち、息子たちに対して極めて冷酷で
幼少時に氷河が憎悪を向けていた城戸光政のイメージが投影された結果だろう。
その国王を子供であるアレクサーが殺してしまうシーンは、光政を殺してしまいたいという
氷河の幼い頃の根深い憎悪が夢の中で結実した姿だ。

だが、このブルーグラードの夢の中で、
氷河は最後に、この父を殺した卑劣漢のアレクサー、つまり過去の自分自身の影と決闘し、
彼を倒し、彼の考えを否定して物語は終わりを迎える。

これは父親を殺したいと願っていた幼少時の精神の桎梏と、夢の中で向き合った事を意味する。
そして成長に従って葛藤を乗り越えた氷河がこれを倒し、かつ和解したのは、
彼が長い間囚われていた父親に対する憎悪からようやく解き放たれた事を意味している。

                  ♒

さて、冒頭氷河は本来の実力からして、簡単に蹴散らせるような三下相手に惨敗する。
それは幼少時無力だった自分の姿と、対照的な圧倒的な力を持った存在として
目に映っていた、大人たちの姿が反映された結果だろう。

そしてブルーグラードの戦士たちによって子供のように無力にズダボロにされた氷河の許に、
ただ1人彼を暖かく庇護する少女が登場する。

可憐な少女ナターシャ。
彼女はその顔、髪の色ち、目の色ともに、氷河の母ナターシャそっくりである。
というのも彼女には若い姿のまま氷の下で眠り続けている
死んだ母親の像が無意識裡に投影されているからだ。
(まあ単に車田絵の女性キャラは皆顔が一緒というだけもあるが)

………
…………誰がフリージングコフィンしたんですか


ナターシャはた大人たちの手から幼い彼を護り、社会という非常な世界から
ただ1人彼を庇護した母親そのもののように、瀕死の氷河を助け、甲斐甲斐しく看護する。
そして最後はやはり母親と同じく、氷河の手の届かぬところで氷漬けになってしまう。
それは氷河にとってはどうしようもない運命だった。
母ナターシャの人格と運命をトレースしたのがこの少女ナターシャであるからだ。

ここまでは母ナターシャそっくりだが、唯一違う点が1つある。
彼女が凍死する寸前に、並の人間では決して割れないであろう分厚い氷を
氷河が聖闘士の力によって叩き割り、ナターシャを救い出したという点だ。

これは心の奥底では幼少時に母親を救えなかった悔恨にいまだに囚われていた氷河の、
母を助け出したいという願望の現れであり、夢という手段を取った代償行為であり、
また逞しく成長して船を引き上げられるほどの力を得た今、
彼が長年の悔恨から解き放たれた事を意味している。
いわば氷の国のナターシャとは少年氷河が大人になって母親を救い出す物語でもあるのだ。

                  ♒

最後に氷河の敵となって立ちはだかる強敵アレクサー。
その顔は氷河の兄弟子でありライバルだった、
氷河が超えたいと思い続けながら結局その機会が来ることもなく、
この世を去ってしまったアイザックそっくりだ。

………

唯一異なるのは両目とも無事だという点だが、
氷河はこの夢を見ている時点では、氷の下でアイザックの片目が失われていた事を
知らないのだから、これは仕方ない事といえるだろう。

さて、アレクサーは圧倒的な実力によって一度は氷河を倒す。
その卓越した実力は氷河の記憶にある生前のアイザックそのものだ。

しかし氷河は師カミュの生命を賭した導きによって開眼した、
絶対零度の必殺技・オーロラエクスキューションによってこれを倒す事に成功する。

………

これは修行時代一度も勝つ事ができず、心の中でいまだに
巨大な障壁のごとく立ちはだかっていたアイザックの幻影に対し、
氷河がいまや師を越え充分な実力を得たと自覚した事によって、
そこから開放された事を意味している。

                  ♒

つまりあの夢はこういう事ではなかろうか。
修行を終え再度来日する直前までは実の父親・光政を憎み続けていた氷河が、
星矢たち兄弟と再会し、彼らと幾たびもの戦いを経る中で分かち難い絆を結び、
全員に共通する辛い過去を、互いに共有し合う事で皆でその辛さを乗り越え、
そうした中父親に対する恨み憎しみも、戦いの中で流された血とともに次第に霧散していった。

更に沈没船の消失による「母」との永別、精神的な「父」ともいえる師との死別など、
一連の大きな試練を経て、女神を護る聖闘士としての自覚に目醒め、
自分が師を超えるほど大きくなる事によって
彼はいつしかその悲しみを乗り越え、人間としても戦士としても更に大きく成長していった。

………

そうした彼の深層心理における精神世界の再構築とも呼ぶべき
水面下における精神変容の集大成が、
病院で昏睡中の氷河の脳裏に物語という形で現れた夢──
それこそが、「氷の国のナターシャ」の正体であり、
この短編を通じて作者が本当に伝えたかったものといえるのではなかろうか。
(あの作者が本当にそこまで考えていたら凄いが)



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おまけ:

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END
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