(03)859 『走り出した共鳴 前編 ~迷い猫~』



「あのー・・・すいませーん・・・」

街角にある何の変哲もない小さな交番
さゆみは先程からその交番の入り口で何度も大きな声を張り上げている
しかし、奥の方でかすかに物音はすれど、誰かが現われる気配は一向に感じられない

「もぅ・・・これもみんな絵里のせいなんだから・・・」

つい先日、絵里の入院先で偶然の出会いと衝撃的な別れをした田中れいな
さゆみは病院から出られない絵里に代わって、数日前から彼女の行方を探していた
れいなのその不良っぽい風貌から、思い切って学校の不良達に聞き込みもした
街の噂事にも精通している新聞部の部員にも聞いてみた
しかし、返ってくる答えは皆、共通して使えないものだった

──田中れいなは知っているけど、何者かは知らない

「ほんっと、意味わかんない・・・」

有名人ではあるらしいが、その実像は謎に包まれているようだ

「どこ行っちゃったんだよ・・・」
「どこにも行っとらんけど?」
「ふゎぁぁっ!」
「“ふゎぁぁっ!”ちゃうわ。あんたが呼んどったんやろーが?」

これまでの経緯を思い返して腹を立てていたさゆみは、奥から婦警さんが出てきたことに気づかなかったため
つい、大声を上げて驚いてしまった


「ぁぁ・・・すいません・・・」
「こっちがびっくりするっちゅーねん」

そこには明らかに不機嫌そうな、金髪関西弁の婦警さん
制服を着用していなければ、できれば関わりたくない方の人種に見える
さゆみの頭の中では危険を知らせる警報がけたたましく鳴り響いた

「で?なんやの?」
「は?」
「“は?”やなくて・・・用があったから呼んどったんやろ?」
「あぁ・・・あのっ・・・私、人を探してまして・・・」
「人?人探しなら警察やなくて、もっと他に聞くトコあるやろ?」

婦警さんの不機嫌な表情に怪訝に思う色が加わった
“国民一かわいいさゆみが困ってるのにその表情かよ・・・”と心の中で突っ込みを入れつつも
さゆみは得意のキュートな作り笑顔でさらに喰らいつく

「いろいろ考えたんですけどぉ・・・警察の方に聞くのが一番かなって・・・
 この近くで起こった事件の被害者・・・いや、加害者かなぁ・・・
 うーん・・・まぁそのー田中れいなって女の子を探してまして」
「あぁ、れいなね」
「え?ご存知なんですかぁ?!」

予想外のすばやいレスポンス
あっけに取られながらもさゆみは続ける


「あの、私、道重さゆみって言います!あのれいなの居場所とか連絡先、ご存知ですか?!」
「あぁ、それは知らん」
「ええええぇぇぇぇええぇぇぇぇええええ~~~~・・・」
「っ・・・うるさいっ!」
「何それ~もぉ~・・・ぬか喜びさせないでくださいよぉ~」
「あんたが勝手にテンション上げてただけやろ」
「期待させといてそれはないですよ~」

がっくりと肩を落とすさゆみ
この時ばかりはあまりの落胆に、得意の作り笑顔も作り出せなかった
そんな様子のさゆみを見かねてか、婦警さんは少し優しめのトーンで話し出した

「いや、連絡先を知らんと言うか、れいな携帯とか持ってないんやわ」
「ええええぇぇぇぇ──
「そのリアクション、もぉええから。うっとーしい」
「・・・・・・・・」
「れいなは携帯を持たない住所不定無職の野良猫やからな」
「野良猫・・・確かに猫っぽいですね」
「やろ?」
「で、さゆみはどうしたらいいんですか?」
「知るか」
「ええええぇぇぇぇ──
「あーーうるさいっちゅーねん!わかったから、お姉さんがなんとかしたるから!」
「お姉さん・・・」
「なんや?文句あんのか?」
「ない・・・と思います」
「煮えきらんやっちゃなぁ・・・」


そんなこんなで金髪婦警さんから得た情報は・・・

れいなは住所不定無職
携帯電話不所持
所持金が底を尽きると婦警さんのお家に転がり込んできて数日から数週間居候する
その間は婦警さんの自宅近くの繁華街にある、婦警さんの知り合いのお店でバイトをしている
ごくたまに、れいなが育った孤児院に現われて子供と遊んだりしている

と、言うわけで・・・こちらから連絡を取るのは不可能に近い
さゆみは今度れいなが現われたら連絡して欲しいと婦警さんに自分の携帯番号を伝えて交番を後にした

次にさゆみが向かったのはれいなが暮らしていたという孤児院
婦警さんに描いてもらったわっかりにく~い地図を片手に、
やっと目的地にたどり着いたのはもうすぐ日が暮れようかという時間帯
少し古ぼけた、さほど大きくもない建物の中からおいしそうなにおいが漂ってくる
さゆみは無意識にお腹を押さえながら、入り口の呼び鈴に手を伸ばした

「はいはーーーーい」

先程の婦警さんとは正反対の溌剌とした返事とともに開かれた扉の向こうから

──さゆみよりも小さいけど、さゆみと同じぐらいかわいいの・・・
  いや、良く見るとやっぱりさゆみの方が断然かわいいの

といった女性がニコニコと笑顔を振りまきながら現われた


「どちら様ですか?」
「あ、私、道重さゆみと申します」
「さゆみちゃんね、こんばんわ」

──この笑顔・・・なかなかのハイクオリティなの・・・

「あの、私、田中れいなさんの友達でして・・・れいなさん、こちらに来てないかなーと思いまして・・・」
「わぉぅっ!田中ちゃんの友達だべかーーーー!!!」

──え?ちょっ・・・今、急に訛りませんでした?

「なんだなんだぁーーそーゆー大切な事はもっと早くに言わなきゃダメっしょ!」
「はぁ・・・」

田中れいなの名前を出したとたん急にフレンドリーに、そして急に田舎臭くなった女性は
さゆみの肩を嬉しそうにバシバシと何度も激しく叩いて笑った

「でも、今日はここには来てないんだべさ」
「そうですか・・・」

さゆみはお礼を告げ、先程と同じように自分の連絡先を伝えてその場を後にした



時を同じくして、絵里の入院先では・・・

「ねぇねぇ、せんせぇ~、次の休みの日こそは~おいらと一緒にディズニーランドに行こうよぉ~」
「は・・・はは・・・そ、そうですね・・・そのーそのうちに・・・」
「そのうちそのうちってどのうちに行ってくれるんだよぉ~・・・」
「は・・・はははは・・・」

絵里が見舞いに訪れた両親を見送った後、ナースステーションの前を通りかかると
病院内で人気のイケメン医師の白衣を掴んで駄々をこねる小さい大人を発見した

「せんせぇ~、そう言い続けてもう2ヶ月ぐらい経ってんじゃんか~」
「そ・・・そうでしたっけね?ははは・・・」

──なんだろ?あのちっさい女の人・・・警察の制服着てるけど・・・

絵里は不思議に思いながらその滑稽な光景を遠巻きに眺めていた
すると、長身の看護婦が音もなく小さい婦警さんの背後から近づいて・・・

ゴンッ!

ちっさい大人の頭頂部にゲンコツを振り落とした

「イテッ!ちょっ!何すんだよ!?」
「アンタねぇ、ここがどこだかわかってんの?仕事で来てるんなら真面目に仕事しなさいよ!」
「ったく・・・あ!せんせぇ!せんせぇ~!!」

殴られて婦警さんがひるんだ隙に、イケメン医師はそそくさと走り去ってしまった
なおも追いかけようとする婦警さんの首根っこを看護婦さんはグイッと掴んで、
さらにきつい言葉を婦警さんの頭上から浴びせかける


「いーかげんにしなさーーーいっ!」

看護婦さんの怒りの叫びがフロア全体に響き渡る
さすがにシュンとなった婦警さんはブツブツ言いながらも観念したように大人しくなった

「だいたいねぇ、この間のれいなの件があったからパトロールに来てるくせに、アンタが問題起こしてどうするの?!」
「すーいーまーせーんー」

──れいな?今、れいなって言ったよね?

絵里は言い争う二人の方へ駆け出した

「あ、あの!」
「あら?亀井さん、どうしたの?」
「れいなの!田中れいなの事で聞きたいことがあるんですけど!」
「ふぇ?何?この子、れいなの知り合い?」

絵里の必死の問いかけに、最初の返事をしたのは意外にも婦警さんの方だった

「亀井さんはこの前れいなが入院してた時、同室だったの」
「あぁ、それで!」

看護婦さんの説明に納得した様子で、ポンと手を叩いた婦警さん

「で、何?れいなの事で聞きたい事って」
「あ、あの・・・私、れいなと今度、一緒に出掛ける約束をしたんですけど・・・その・・・連絡先を聞くのを忘れちゃって・・・」
「まじで?!」
「亀井さん、あの子とそんな約束したんだ?!」

ちっさい体を大きく仰け反らせて驚く婦警さんと、普段から大きな瞳をさらに見開いて驚く看護婦さん

「え?ぁ・・・はい・・・」

そんなに驚かれるとは思ってもいなかった絵里はとまどってしまい、つい返事が小さくなる

「へーへーへー・・・あのれいながねぇ・・・意外じゃね?」
「うん、まぁ意外と言えば意外だね」
「そうですか?」
「だって、れいなって同じぐらいの年の子とつるんだりしないし」
「確かに。基本的に一人でフラフラしてるもんね」
「あの、お二人ともれいなのお知り合いなんですか?」
「知り合いと言うか、腐れ縁と言うか・・・ほら、れいなって喧嘩っ早くてよく問題起こすからさ
 おいら達の間でも相当な有名人なわけよ」
「そして、れいなの犠牲者達がよくここに担ぎこまれるってわけなのよ・・・ホント迷惑なんですけど!」

看護婦さんは日ごろの鬱憤を思い出したのか、急にご立腹のご様子

「で、ここ1年ぐらいはそんなれいなを見かねて、おいらの先輩がたまーに面倒みてやってんのよ」
「と、言うことは!婦警さん、れいなの連絡先知ってるんですか?」
「いや、知らないけど?」
「ええええぇぇぇぇええぇぇぇぇええええ~~~~・・・」
「っ・・・うるさいなぁ!」
「・・・だってぇ・・・えり・・・期待したのに・・・グスッ・・・」
「あ゙ーーっ、泣くなって!」
「せっかく・・・れいなと・・・連絡がつくと・・・思ったのに・・・グスッ・・・」
「だーーーっ、わかった!わかったって!おいらがなんとかするからさぁ~・・・」
「ホントですかぁ!」
「泣きまねかよ・・・」
「泣きまねじゃないですぅ。泣きそうだったんですぅ」
「・・・・・・あっ、そ」
「てへっ」



そして数日後──

絵里は自宅の部屋でさゆみとふたりっきり
たまにの外泊許可が出ためでたい日だというのにふたりの顔は浮かないものだった

「で、その金髪婦警さんから連絡はないの?」
「音沙汰ナシなの・・・絵里の方こそ、そのちっこい婦警さんからの連絡は?」
「・・・・・・ない」

絵里は口を尖らせて俯く
さゆみはため息をついて部屋の中央に置かれたテーブルに突っ伏した

「てゆーかさぁ、れいなって何者?」

アヒル口はそのままに、自分の服の裾を手の中で弄びながら絵里が呟く

「さぁ?金髪婦警さんは野良猫って言ってたけど・・・」
「野良猫かぁ・・・れいなにはぴったりだね」
「うん・・・」

そして沈黙
待つしかないこの状況に普段はおしゃべりが止まらない二人も押し黙るしかなかった
しばしの沈黙に絵里の携帯電話の着信音が突然割り込んできた
絵里がすばやく携帯電話を掴みあげるとディスプレイには登録されていない番号が表示されていた
絵里とさゆみは顔を見合わせる


「絵里!ちょっと早く出て!」
「わ・・・わかってるよぅ!もしもし!」
『あー亀井ちゃん?どもども、おいらの事覚えてる?』
「覚えてるに決まってるじゃないですかっ!」

絵里はさゆみの方を見て頷く
さゆみは絵里の隣に這って行って、自分も携帯電話に耳を寄せる

『あーそりゃ良かった。で、れいななんだけどさーいるんだけど、ここに』
「ここってどこですかっ!」
『おいら先輩の家。れいな、先輩に酒飲まされて爆睡中だけど来る?』
「行く!行きます!すぐ行きますっ!!」
『わ・・・わかったから・・・亀井ちゃん声でかいよ』
「どこに行けばいいんですかっ?!」
『えっと・・・亀井ちゃんの家、FAXある?』

と、言うわけで絵里とさゆみはちっさい方の婦警さんから送ってもらった
わっかりにく~い地図を片手に、街の繁華街を歩いていた


「また同じ所に出てきたの」
「うそ?ホント?違うってぇ」
「うそじゃないの。ホントなの。だってさっきもあの角のタバコ屋さん見たし・・・」
「うそー・・・絵里、見てない」
「だいたいこの地図がわかりにくいの・・・なにこのアバウトな感じ」

確かに縦横に細い線が無造作に引かれており、目印になる建物の位置も極めてあいまいなものだった

「この地図で迷わないほうがおかしいの」
「むぅ~・・・じゃぁ婦警さんにちょっと電話してみようか?」

絵里が上着のポケットから携帯電話を取り出した
と同時に何者かによってその携帯電話は絵里の手から奪い取られた

「何かお困りですか?」

絵里とさゆみは驚いてその声のする方へ顔を向けた
























最終更新:2012年11月23日 21:00