(03)783 『少女はその日、居場所を欲し『光』へと手を伸ばす』



やっと見つけた、自分が自分自身で居られる場所。
小春が大切だと、必要だと言ってくれた人達が居る場所。


これまで最年少ということもあり、メンバーに多少厳しい事は指摘されながらも
大抵は甘やかされてきた小春。

だが、その日、見てしまったのだ。

仕事が終わり、喫茶リゾナントへ。
今日のおやつは何かな~☆ なんて気楽なことを想像していたのは数分前のこと。

その場所は小春のものだったのに。
小春のいつもの位置に知らない女の子が座り、彼女が中心になって談笑しているのを見てしまった。
取って代わられた存在。
既にそこに自分が入り込める余地は無いような気がした。



(お邪魔虫なのは・・・小春?)

やだ、やだよ。
またひとりぼっちになるの?

後頭部をがぁんと殴られたような衝撃。
足元の地面が崩れ落ちてしまうような感覚が小春を襲う。

ふらりと店内に足を踏み入れると制服姿の彼女が何か言いたげに小春の方を見て。
隣で里沙が何か言っているようだが、理解する前に脳裏から消え去っていく。

少女の口唇から決定的な言葉が紡がれる前に。
「私が居るからあなたはもう要らない」と告げられる前に。
言ってしまわなければならなかった。

「あなた、クラスで苛められるタイプでしょ」

本当はそんな事を言うつもりはなかったのに。
彼女は息をのみ、私を見つめている。
傷ついた瞳で。当然だ。


小春が初対面の相手に、こんな風に侮辱されたらまず手が出るだろう。
人を見かけだけで判断されるのは、誰だって嫌なのに。
でも、目の前の少女 愛佳はただ耐える。
言い返しもせず、そのまま言葉の刃を受け止める。

謝らなきゃ。
ちょっとイライラしていただけだと。
おどけて笑うのは不本意だが得意なのだから。

でも何故だろう。プライドが、簡単に謝ることをさせない。
だって、悪いのはこの子なんだから。
小春の居場所を奪った・・・

「小春、今日は帰る。いいよね?リーダー」


喉まで出かけた謝罪の言葉は強がりに変わる。
全員がこちらをきつい目つきで睨んでいるのを受け流す。
れいなあたりは今にも飛びかかって殴りかかりそうで。

「そやね、帰り」
「・・・おやすみなさい」

あぁ、やってしまった。
鉛を飲み込んだように重く圧し掛かる重圧。
大切な居場所は、自分自身の手で壊してしまったのだ。

今夜は、眠れそうになかった。



それから数日後。

「小春!ちょうこっち来っ!」
「田中さん、いいですから!」
「なん言うと!小春は愛佳に謝ってすらない!」

再び喫茶リゾナンドを訪れた小春の元へれいなが立ちはだかる。
その後ろには腕をつかまれた愛佳が困った表情で立ちすくんでいた。

「小春、この際だからはっきり言うけん、よう聞き。
愛佳に謝らんと、この先あんた、孤立すっと」
「・・・それ、田中さんに関係あるんですか?」
「あるに決まっとる!どうしたん小春、何苛ついとぅ?」

まさに一触即発。二人の間に火花が散る。
流石に危険を察した愛が3人にこの場に割って入った。
同時にダークネスが放った合成獣が現れたとの連絡が通達されていたのもあるが。

「その話は後でしましょう。
 れいな!小春!行くよ・・・愛佳もおいで!」
「は、はい」
「・・・はーい」


あれから一言も口を利かないまま、リゾナントカーで現場に向かう。
ちらちらと愛佳が小春に視線を向けているが、それには気付かない振りをして。

「・・・いた!」

それは誰の口から出た言葉だったであろうか。
野生の狼を彷彿とさせるその外見。
低くうなり声を上げ、破壊活動を繰り返している。

アスファルトはえぐれ、街路樹は折れ、標識などはただの鉄くずに。
目に付くもの全てを無に返すかのように破壊していた。

「れいなとリンリン、そっち一匹に専念やよ!」
「またアレなん・・・リンリン行くっちゃ!」
「ハイ!」

今日のメンバーは愛、れいな、小春、リンリン、愛佳。
対する敵は2体。

まず一匹を潰す判断を愛が下した。
同時にれいなが狼に向かって加速。

「リンリン!れいなが引き付けるけん、低めの念弾打って!
出来る限り眉間を狙うっちゃ!こいつの弱点!」
「リョウカイ!」

「小春、もう一匹の周りにいつもの出して!動き押さえるよ!」
「はいっ!」

二匹目の狼の視界を覆うように闇が貼り付けられる。
破壊するものの動きが止まったところに愛の拳が叩きつけられた。

愛の指示はいつだって的を射ている。
特に戦闘の際、生死のぎりぎりを刷り合わせている時は。

それが場数を踏んだリゾナンダーなのだ。
それがメンバーから信頼を一身に受けるリーダーなのだ。


「凄い・・・」

そんな中、身を硬くして愛佳が立ち尽くしていた。

「愛佳!あんたはそっちで待っとーと!初めてやけん、まずは見て空気に慣れんと!」

蹴りを繰り出しながられいなが叫ぶ。
まだ満足に能力を使えない愛佳はただ防御する、それだけが戦いの全て。
もちろん、視えたことは口に出す。
それが愛との約束。


いつの間にか二匹の獣は断末魔を残し絶命していた。
最期を迎えたその身体は砂のようにさらさらと崩れ落ち、やがて風と同化して消える。

「どうだった?れいなかっこいいっしょ?」
「さ、愛佳、帰ろう、リゾナントに」
「リンリンもガンバリましたー」
「皆さん・・・凄いんですね・・・」


また愛佳、愛佳。
小春だって頑張ったのに。
少しくらい気にしてくれたって―――
心の中で毒づく。

能力を使った後の小春は一時的に視力が失われる。まぁ、たった数十秒から数分のことだが。
誰にも話していない秘密。
誤魔化す為に仲間の輪から離れる。
それに―――この会話に入ることはできなかったから。

くるりと背を向けて歩き出す。


「久住さんっっ!!そっち駄目!!」

はっとした表情で叫ぶ愛佳。
それは小春には見ることはできなかったが。

「何で?もう何もないか見てくるだけだよ」


そう、数歩離れた瞬間、それは現れた。

物陰に隠れて気配を殺す、3匹目が居たのだ。
射程距離に小春が足を踏み入れた途端、その首筋に食らいつく。
獣がにやり、意思のあるかのように、笑んだ気がした。

「ひ・・・いやぁぁぁ!!く、くすみさ・・・!誰か!道重さん!」


激しい痛みに涙が滲んでいるのに、愛佳が取り乱して泣き叫んでいるのが視える。
ようやく戻った視力。
こんな時もこの眼は正しいものを映すのだ。
泣きじゃくる愛佳の声を聞きながら、小春の意識はそこで途切れる。



目が覚めた時、全ては終わっていた。

喫茶リゾナンドの二階のようだ。

「あ・・・!目が覚めたんですね!!」
「光井・・・さん・・・」
「もう、大丈夫です。あのヘンな狼は高橋さんと田中さんがやっつけましたから!」
「まさか・・・ずっとここに・・・?」
「・・・いけなかった、ですか?」

暫しの沈黙。

「・・・愛佳のせいで・・・久住さんが・・・」

もっと、この能力が上手く使えていたら、もっと早く気付けていたら。
怪我を負わせることもなかったのに。
そう懺悔しながら俯き肩を震わせる少女。

戦いを思い出す。
愛佳は止めた。その先に行くなと。
だけど、それを無視したのは自分自身の虚栄と慢心。
仮に何かあっても、自分ひとりで対処できる、そう思い込んでいた。


記憶の最後で泣き叫んでいた少女。そして今も己のせいだと後悔し、涙する少女。


ゆっくりだが理解していく。
愛佳はこんな自分の為に、泣いてくれた。今も。
偽りのものは見えない小春の視界に、彼女の涙は光り輝いていた。


自分はこんな優しい子を傷つけてしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
こんなプライドなんて、いらない。
できるなら今すぐに時間を戻してあの場所からやりなおしたくてたまらない。

「愛佳」

小春は今、初めて少女を下の名前で呼んだ。
手招きして自分の隣に座らせ、そのの細い肩をそっと抱く。

「・・・この前は、ごめんね・・・」


愛佳は小春に対して、劣等感を抱いていた。
その明るさ、強気な心、注目せざるを得ないエネルギー。行動力。

だが、その逆もあったのだ。
小春が愛佳に抱く劣等感。

誰かに素直になれる純粋な心。
和を乱さず、周囲にできる気配り。

わがままだとは分かっているのだ。
自分が中心でないと嫌だった幼い自分がなんだかちっぽけな存在に思えてならない。

「愛佳・・・あの時酷いこと言ったよね、だから小春のこと想いっきり殴っていいよ」
「はぁ?なんでやねん!」
「小春、わかってたの本当は。でも、認めたくなくって、愛佳に・・・」

やつあたりしたんだ。
子供な自分に勝てなかったんだ。
愛佳は同じ年なのにどうしてこんなに強いんだろうと。
心から、そう思う。


「・・・あのー、何を勘違いされてるか知りませんが、誰も久住さんのこと嫌ってたり怒ってたりしませんから」
「・・・へ?」
「いや、だって、怒る理由がありません」

自分は今、大層間抜けな表情をしているのだろう。
小春のぽかんと空いた口を気にせず、続ける。

「視えたんです。久住さんが、一人で、泣いているのが」

あの時、戦闘前に。
愛佳がれいなに腕をつかまれた時。
れいなの持つ、他社の能力を増幅する能力、リゾナンドが愛佳に発動した。

もちろん、愛佳が視ようと思って視たのではない。
でも、視えてしまった。
暗闇の中で、小春がうずくまって大粒の涙を零している。
肩は小刻みに震え、必死に唇を食い縛り、声を殺して。
全身で、寂しい、寂しい―――と。
そう言っている様な気がして。

小春も自分と同じように、孤独と戦う夜があるのだと知った。
勝手に強いのだと、そう思い込んでいた人物は、実は背中合わせの弱さを抱いていたのだと知った。
だったら・・・取る行動はたった一つ。そう、判断した。


「これからよろしくお願いします、先輩!」

ぺこりと頭を下げて屈託なく笑う愛佳。

こんな子だから、皆に気に入られたんだろう。
そして、小春もまた。

「先輩、か――――――」

いつまでも子供のままでは居られない。
自然に頬が緩む。
あぁ、こんな風に笑えたのは、どれくらいぶりなんだろう。
ほんの少し、彼女のお陰で成長できそうな気がした。


そうだ、何処か痛いところはないですか?
お水、飲みますか?
あぁ、皆さん下階に居ますから呼んで来ましょうか?

思い出したのか、そう一気に聞いてくる愛佳。
今度は感情に素直になろう。



「それより、愛佳のことを知りたいな。
初めて会ったときに出来なかった、いろんな話をしよう。
だって、私達―――仲間でしょ?」




















最終更新:2012年11月23日 20:36