(03)750 『光放つ、原罪』



「もう、いやや!!離して、里沙ちゃん!!」


はい、わかりました、と、応じる訳にはいかない。
今離せば、もうこの身体を支える資格がなくなると、わかった。

ねぇ、愛ちゃん。
貴方は誰のどんな過去も包んだじゃない。
私の、この裏切りも。過去にしてくれたじゃない。

腕の中で暴れる愛ちゃんを抑えながら、私は先ほどまでこの場で起こったことを
再び思い返した。



今日は珍しく敵襲が二度。
皆を返したところだったから、私と愛ちゃん、二人で出撃した。
田中っちも行くってうるさかったけど、敵の反応は少数で、少し負傷していたから、愛ちゃんがそれを許さなかった。

その程度の簡単な、任務。廃工場で5体程と対峙した。

「あああああっ!!!!!!!」
しかし愛ちゃんは、5体目の敵に、軽い術を食らった。
本当に、すぐに解けるような、あるいは、かからないような催眠術。
それなのに私がそれを倒して振り返ると、愛ちゃんは大粒の汗を流しながらもがき苦しんでいる。

「やっと、上手くいったよ。」
不意に、冷たい声色。―氷の魔女、ミティ―
愛ちゃんを裏切った、元・リゾナンター。罠だった、と気付いた時にはすでに遅かった。

「久しぶりじゃないの、ガキんちょ。
 今度はそっちにつくんだってね?いろいろふらふらと忙しいよね、あんたも」
「あんたが、あんたが愛ちゃんを!?」

彼女の声など構っていられない。こんなに苦しむ愛ちゃんは初めて見た。
自分が闘いに向いた能力者とは到底いえない。でも、彼女との闘いは避けられない…
やらなきゃ…


「よくもまあ、愛ちゃんはガキんちょのこと許せたもんだよね。」
 美貴、そんけーするなー裏切り者を許すなんて あ、美貴も裏切り者なんだけどねー

「愛ちゃんに何をしたの?」

ケラケラと笑う魔女に私は走り出した。袖口から飛び出すピアノ線。
非力な私でも操れる、暗殺用の武器。
心の操作と同様、この程度の物質なら、私は操作できた。体でなく、脳で。
背後では、愛ちゃんの呻き声が聞こえる。でも焦っては、いけない。

「うんうん、ガキんちょ、強くなってるねー。感心感心。
 真面目だったもんねーあんたって、むかしっから。」

私の渾身の攻撃網を彼女は事も無げに掻い潜る。
その様はまるで、ピアノ線の方が、彼女を避けるように、無駄がない。



「んー。美貴のことばっか見てて良いの?」
 あんたのお姫様、動かなくなってるよ?

天井を破壊して魔女の視界を一時的に遮り、愛ちゃんの元へ。
ミティ相手では、愛ちゃんを気にしながら闘えなかったことを私は悔やんだ。
愛ちゃんは、ピクリとも動かない。うそ、うそうそ…
慌てて頬に手を添えたが、思わず、手を離してしまった。
冷たい。尋常じゃなく、冷たい。

もう一度触れようとしたその手を、ミティに掴まれた。
「タイムアップだよ、ガキさん。今度は美貴が愛ちゃんと仲良くする番。」
地中から氷柱が伸び、私の体を天空に攫った。
ぐはっ…口から、赤いものが零れた。天井と柱に挟まれ、身動きが取れない。
ぐりぐりと押し付けられ、身体が軋む。

霞む視界の中、愛ちゃんの身体から、湯気が出ているのが見える。

「ガキさんはさー、愛ちゃんに許して貰ったわけじゃない?
 じゃあ、さ、愛ちゃんに何があっても、許せるわけ?」
反論も出来ないほど、強く押される体。きりきりと柱を捻りながら、魔女は問い続ける。

「最後まで、仲間ごっこ続けれる?うん、時間だわ、ガキさん。楽しいショーのね。」
急に柱が砕かれ、私は床に叩きつけられた。
声に出せない痛み。それよりも、愛ちゃんは…どうなったのか。


氷が割れたときに出た、霧の中、恐ろしく背筋を伸ばして立つ、愛ちゃんの後ろ姿が見える。
どういう、こと?術が…解けたの?

「愛ちゃんにね、魔法をかけたの。子どもの心を取り戻す魔法」

思い当たる節は、下級催眠術、幼時返り…
あの時のあれは、やはり催眠術だったのだ…

「なんで、あーし、ここにおるの?」

普段時折使うロリ声が、常時使われることに違和感を覚えた。
愛ちゃんは催眠術にかかりやすい体質だと、小春が笑いながら言っていたのを思い出す。

催眠術を解こうにも、体が動かない。私の力なら簡単に解けるはずなのに。痛みがそれを邪魔する
ミティはそんな私を一瞥すると、愛ちゃんの横に立った。

「お名前は?」
ミティの問いかけに答えた愛ちゃんの言葉に、私は頭の中が真っ白になった。


「あい。…あい、きゅーいちよん。おねーちゃんが新しい、けんきゅーいんさん?」





7年前、何度も読み返した資料を思い出す。
資料と言っても、ほんの数行。

i914。22年前、研究班が作り出した、複合能力者。
4歳で謎の失踪を遂げた時、彼女の研究データのほとんどは消失したが、
唯一残った日誌にこう書かれていた。


『すべてが なくなった』


この7年間、綿密に調査したが、その言葉の意味はわからなかった。

闇雲に使うことを望まない、精神感応。
使用時に謎の付加を伴う、瞬間移動。
力は、これだけ。

孤独の意味を知る者で、誰にでも優しく、そして強かった。

i914。彼女からその名前は聞いたことがなかった。
名前自体を知ってはいた、ようだが。

7年間。私にとって、高橋愛は、高橋愛だった。





「きょーは、なんにん?」
「何人出来る?」
「ん?なんにんでもいいよー」
いっぱいがいいかも。すぐおわっちゃうのつまんないしー

二人の会話で、自分が回想の世界から帰ってきた私。

愛ちゃん一体、何を言ってるの?
パチンとミティが指を鳴らすと、ぞろぞろと雑魚兵が踊り出てきた。その数ざっと、数百体。

「これだけで、いいの?」
「いいよ?今日は何が、食べたい?」
「うんとねー。いっちごー!!」

ぱーん!!!
愛ちゃんが手を振り上げた瞬間、彼ら全ての体に、無数の穴が開いた。
瞬きの暇すら与えず、手を振り下ろすと、兵士たちは消失していった。
愛ちゃんが、すべて、消した。

「よくできたね、i914。いちご、そこにあるから、食べておいで」




「おどろいた?あれが、大量破壊兵器、i914だよ。」

兵器…その言葉に、震える。

「さすがに、ガキんちょも、怖くなったでしょ?
 表情も変えず、一瞬でだよ?美貴にも出来ないなぁ」

     やめて

「あれを、2歳くらいから毎日してたらしいよ。」

   もうやめて

「もう、壊れちゃってるよね。兵器としては、最高なんだろうけど…」

「やめろ」

体中の骨が軋んだ。でも、心が体を動かした。
なんとか立ち上がり、叫ぶ。





「愛ちゃんは、あんな子じゃない!!!兵器なんかじゃない!!」

愛ちゃんは、人間だ。誰よりも優しくて、傷つきやすい心を持った人間なんだ。

「何にもわかってないと、笑えるよね。ホントに。」
「あれは、高橋愛の、本当の姿。光を操り、すべてを光に返す、至高の能力。」

その言葉に、下級兵達の死に方が重なる。
愛ちゃんが、全部、消したの?

愛ちゃんは、たとえ敵でも無闇に傷つけたりしない…
その、愛ちゃんが一瞬で…無数の命を、消した…

「愛ちゃんは、あんな子じゃ…」

「その言葉自体が間違ってるってわからないの?」




「あれは、高橋愛よ。人間に害を与える使用法を忘れていただけ」
 ほら、空間移動。あれも対象を光の粒にして、光速で移動して、元に戻す力。同じ原理。

「データによると彼女の祖母は何かの能力者みたいね。
 能力の制御は、その祖母の力によるところが大きいみたいだけど。」

一度覗いた、愛ちゃんの深層心理。
おばあちゃんの温かい手は、彼女がこんな風に力を暴走させないための封印術でもあったのか。

「わたしは、それを少しこじ開けただけ。あれは愛ちゃんなのよ。
 あれを否定することは、彼女を否定することだわ…
 ただ正義感だけ振りかざして…それが何を意味するか、わかってないんじゃない?」

私は、頭を殴られた気分になった。
私はなんて恐ろしい言葉を何度も口にしてしまったのか…
愛ちゃんは、私のありのままを受け入れてくれたのに…私は…私は…




「i914!こいつも、片付けてくれる?」
「ん~?」

体はいつも通りなのに、中身だけ幼児になってしまった愛ちゃんが、
いちごを口に咥えながら、とてとてと私の元に来た。

「このひともうしにそうだよ?やらなきゃ、だめー?」
「うん。その前に、このおねーちゃんに見覚えある?」

こうなってから、初めて眼を合わせる。いつもと変わらない、無邪気な笑み。
そうか、無邪気すぎるんだ。
ダークネスは罪の区別もつかない愛ちゃんを利用して、実験して。

「…しらない。」

その言葉と共に、愛ちゃんの手が、私の前に翳された。
恐怖に体が震えた。愛ちゃんにこんなことをさせることに。
私の命なんて、どうなったって構わない。
今、彼女が私の命を奪うことは、何時の日か、彼女が自分を責める条件となる。
そのことが、恐怖だった。

「じゃー、さよならするね。」





―いややーいやや!!―
心の声が、流れ込んでくる。これは、テレパシー?
―あかん!!やめろ!―
今度は、もっとはっきりと聞こえ始めた。愛ちゃんが中でもがいているのだろうか。

「愛ちゃん…」
「あい…ちゃん?あーしはきゅーいちよん、までがおなまえやよー」
―里沙ちゃん!逃げて!―あーしを、その線で貫いて!早く!―

どうして、この人がこんなに苦しまなくちゃ、いけない?この人が、何をしたの?

「勘違いしちゃダメだよ、ガキんちょ。
 その為に…こうやって人を殺す為に、i914は創られたんじゃん。さ、やって?」
「うん!」


           …どしゅん





愛ちゃんは、力を発動した。自分に向けて。
光の矢で、自身を貫いたのだ、左脇腹を強く深く。よろける身体を抱きとめる。

「下級催眠術じゃ、所詮この程度みたいだね。」
背後で、ミティの声がする。
「それとも、あんたたちお得意の共鳴?ガキんちょの生きたいって心が共鳴したの?」
高らかに笑って、彼女は告げた。
「今回は、あくまで、i914の力がどこまで利用できるかって実験。
 まぁ、満足のいく数値だよ。次来る時は、もうちょっとこの状態が長く続くようにしないとね」

じゃ、また。そう言って消えるミティ。
その言葉に心底胸騒ぎがした。
でも、今、姿が見えなくなることは大きい。
ゆっくりと彼女を横たえると、さゆみんに連絡を取る為に愛ちゃんの懐を探った。
私の携帯は、粉々になってしまっていたから。

「…さちゃん、ごめん…ごめん…」

「愛ちゃん、気がつい…」

愛ちゃんは、大粒の涙を零しながら、何度も呟いた。
 もう、殺してや…こんなん、いやや…

「そんなわけにいかないでしょ!それに、皆に死ぬなって言ってきたのは、愛ちゃんじゃない!」
半ば、絶叫だった。理由を問われたら、何も答えられない。
愛ちゃんがそう思いたくなるのも、頷けるほどの、惨状。
自分の知らない、得体の知れない謎の力。謎の人格。謎の記憶。暴走。

そして、私の言葉。
二人でいるのに、今、愛ちゃんは独り。
皆を助けてきた、愛ちゃんはそこにいなかった。孤独に打ち震える、独りの少女だった。

皆の孤独は感応できても、自分の孤独は感応できない。
皆の孤独に共鳴できても、自分の孤独に共鳴できない。

傷口を刺激しないように、私は愛ちゃんを抱きしめた。
「離して!」「あーし、里沙ちゃんを消してまう!」「お前、離せって!!」
「大事なんやって、皆が…里沙ちゃんが…これが暴走したら…
 あーし…また…みんなを…傷つける」

そうやって…愛ちゃんは、いつも、いつも…


「愛ちゃんは、わかってない!」

愛ちゃんの抵抗が止む。反対に私は、腕の力を強めて、心で強く想った。

『愛ちゃんの力、怖くないわけじゃない。でも、愛ちゃんは愛ちゃんでしょ?
 簡単に、死ぬなんて、言わないで。
 方法は、きっとあるよ。皆も、私も、愛ちゃんの為ならなんでも出来る。
 孤独に、負けないで。独りじゃないから みんなが、いるから』

「「ガキさん!!愛ちゃん!」」

その声に顔をあげると、田中っち、それにみんなが飛び込んできたのが見えた。
必死に想い続けたみたいで、愛ちゃんが気を失ったことに気付かなかった。
伝わった、だろうか…今、そのことを確かめる術が無い。
光井に、愛ちゃんの明日を視てもらわないと。

苦しむのは、仕方ない。
ただ、独りで苦しまないで欲しい。

愛ちゃん、どこにも行かないで。




* * * *


「ただいま、帰りました。」
任務を終え、謁見の間で、主に、報告をする。
いくら、氷の魔女なんて呼ばれる私でも、この方を前にすれば、自然と頭を垂れた。

「i914、力は以前と全く変わりません。むしろ、今の身体の分、威力が増している模様でした。」

頭を下げているため表情は見えないが、主は喜んでいるように感じた。
闇を操り、人の心を読み、その心に孤独を作り出す、ダークネス。
我が主ながら、なんとも恐ろしい存在だと思う。だが、そこに惹かれる。この世の中は、力が全てだ。

『i914、必ず手にいれろ。
 あれは最高傑作だ、私の遺伝子を引き継いだものの中で、な。』

今一度命を受け、退室した。
高橋愛はダークネスの血を受け継いでいる。
このことを知ったら、あいつらはどんな顔をするだろう。
おそらくこのカードで、高橋愛を引き入れることはできないまでも、
リゾナンターから身を引かせることが出来るだろう。彼女の自身の意思で。

その後、どうなろうが、知ったこっちゃない。
酷く、愉快な気分になりながら、私は闇に紛れた。




















最終更新:2012年11月23日 20:33