(03)459 名無し募集中。。。 (メール三文字)



「よし これで報告完了」

愛が経営している喫茶店「リゾナント」から自宅マンションへの電車内
ケータイメールの宛て先は組織
自宅マンションに帰ってからパソコンで打った方がいいのかも知れない
しかし組織のスパイである里沙にとってはリゾナンターの情報を
より早く正確に報告するにはケータイメールが手っ取り早かった

報告書は毎日書いている
彼女たちの日常から能力者としての成長をウォッチすることが任務だからだ
おかげで里沙はケータイメールの早打ちが特技となっていた

「これも能力のうちに入るのかもね」
流れていく景色を眺めながら里沙は自嘲気味に笑った

もちろん報告にはすべて隠語が用いられている
書きかけの文章を偶然メンバーに読まれても
実家の家族へのメールにしか読めないようにできている
それでも安全のために送信した報告メールは即刻メモリから削除する
いつもこのタイミングで組織からの返事が返ってくる
本文は毎日同じ3文字だ

「ご苦労」

最近は開封すらせずに受信メールを削除する
里沙はフッと短いため息を吐いた
もっとも他の乗客がため息に気付いたわけではない
そして里沙自身も自分がため息を吐いたとは気付いていない
酔い客も多い深夜に差し掛かったこの時間の車内には
そんなため息は珍しくもなかった
里沙はこの疲れた車内に完全に同化していた


最寄り駅からいつものようにタクシーに乗り込む
運転手にマンションまでの道を教えるともう一通のメールの返事を待った

里沙は電車内で組織への報告書の他に
「リゾナント」店長で彼女たちのリーダーでもある愛にメールを送っていた
里沙のもう一つの顔であるリゾナンターのサブリーダーとして
愛佳とジュンジュン・リンリンの指導方針について愛に相談した内容だ

この愛へのメールも日課と化していた
リゾナンターを信用させるためのいわば「演技」だったのだが
いつの間にか愛が想像以上に信頼していた


「私は毎日来ているんだからそのとき聞けばいいでしょうがぁ?」
いつだったか里沙が冗談交じりに愛に尋ねたこともあった
その時の愛の反応が彼女の個性を如実に表していた

「ガキさんは優しいからみんながいる前ではあっしに注意できないでしょ?
 だからメールでいいから注意して!
 あっしはアットホームなグループを目指しているけど
 ガキさんにはガキさんなりのグループ像があるわけだし
 だからちゃんと注意すべきところは指摘してよ
 頼りにしているんだからねサブリーダー!」

その後に
「でもあっしにも譲れないところはあるからね!」
と言って屈託なく笑った愛の顔は今でも目に焼きついていた

『頼りにしている』

愛はテレパス能力を持っている割りに無神経な言動が目立つと里沙は思っていた
だが不意にみんなの心に響く言葉を放つことが多いことも事実だった


「私は組織から頼りにされているんだろうか?」
その日から里沙は自問自答しては答えの出ない日々をすごしていた

毎日の報告書に注文がついていないことを考えると
組織が報告書に不満を持っているとは考えにくい
しかし頼りにされているかどうかは話が別だ
「ご苦労」の3文字からそれを推し量ることはできない

里沙はいつの頃からか愛からの返事を心待ちにしている自分に気付き
その心に自ら鍵をかけた

「私は組織の人間」
「裏切り者には粛清あるべし」

タクシーの中で呪文のように心の中で繰り返す
愛からの返事を待つ自分を律するように


そのとき不意にケータイが震えた
愛からのメールだった
2つの言葉をもう一度つぶやきながら開封した
その内容は…

「おう」

たった2文字だった


里沙は思わず声に出して笑ってしまった
運転手に不審に思われても構うものか
否 むしろ一緒に私のバカさ加減を笑って欲しい
待ちわびていた返事が 開封せずに削除したもの以下だったとは!


「もう! これは… 怒っておいた方がいいよね?」

そう これは本当に怒っているんじゃない 演技なんだ
メンバーとして友達としては怒らなくてはいけないんだ
これは演技 これは仕事 これは演技 これは仕事
なぜか目に涙がたまってきてボタンが押しづらい
私の演技も真に入っているわね ここまで役にはまり込むなんて


里沙は1分で愛へのメールを打った
「私の話をちゃんと聞いているの?」「『おう』って一体なんなのよ!」
くらいまでは冷静に打ったが 途中から愛に向けての罵詈雑言の嵐になった
それでも里沙は自分の本当の心には気付かなかった… 気付けなかった

すぐに愛から返事がきた さすがの愛も狼狽したらしい
里沙はすでに2つの言葉を唱えることも忘れ すぐに開封した

そこには 人が走っている絵文字たった1つが存在していた…


「あ すいませ~んここで降ります」
マンションから少し離れたところで里沙が運転手に告げた
「え? まだ少しありますよ? 夜道だし…」
「いえ ここでいいんです ありがとうございます」


とにかく里沙は落ち着きたかった
落ち着くためにはまだ少し寒い外気に触れた方がいいと判断したのだ

あの絵文字は「里沙ちゃんに怒られた 逃げろ!」という意味なのだろう
里沙の機種では絵文字にアニメーション効果がついていて
愛が笑いながら逃げているさまが簡単に想像できた
こっちが真剣に怒っているのに なぜ軽口がたたけるんだろう?

『真剣に』?

この日何度目かのため息をフッと吐いた
組織からは読むまでもない「ご苦労」の3文字
愛からは「おう」と絵文字の合計3文字
里沙は自分の仕事はどちらもメール3文字分かと思うと笑えてきた

「小春のような性格だったらね~」とつぶやいた自分に里沙は驚いた
「あれ? なんで『小春』って…
 ここは『リゾナント』じゃないんだから『久住』か『レッド』でしょうが
 っていうか独り言にまで登場しないでよね」
一人突っ込み一人ボケの切れも悪くなっているようだ


そのとき里沙は急に前方に人の気配を感じた
考え事をしていたとはいえスパイに気配を直前まで気取られないとは…
里沙は表情を隠し立ち止まって街灯が逆光になっている人影に尋ねた









「誰?」

かえってきた声は数十分前まで一緒に「リゾナント」にいたその人だった


「里沙ちゃんゴメン驚かせちゃった? あっしやよあっし」
「え って愛ちゃん?」

近寄ると確かに愛だった 額には玉のような汗をかいている
体力の消耗が激しいためにめったなことでは出さない愛の能力…
テレポーテーションを使ったようだった

「能力を使ったのね? ここまで何キロあると思っているの…」
東京と横浜の距離を考え 里沙は絶句した
ここまでの能力は愛にはないはずだった
考えられるとすれば愛の能力が自分に共鳴したということだが…

『共鳴』?

不意に前に倒れそうになった愛を里沙が受け止めた
「え な 何してんのアンタ!」
「何って 里沙ちゃんに謝りにきたんやよ」
「『里沙ちゃんに謝りにきたんやよ』じゃないでしょアンタ!」
「里沙ちゃん あっしそんなに訛ってないがし」
「十分訛ってるじゃない」
「もうそれはええがし メールで『今から行くよ』って書いたでしょ?」

里沙は愛が何を言っているのか瞬時にはわからなかったが
ハッとしてケータイをポケットから取り出し 例の絵文字のメールを愛に見せた

「もしかしてこれのこと?」
「うん そうやよ」愛は屈託なく微笑む
「あ…」

里沙は泣きながら叫んだ
「こんなの普通 伝わんないから! 伝わんないからぁぁぁぁぁぁ!」
「あれ? この絵文字おかしいかな?
 あっ 里沙ちゃ~ん そんな涙流して笑うことないやろ~
 もう 里沙ちゃ~ん!」

里沙はようやく気付いた
リゾナンターにシンパシーを感じている自分を
リゾナンターに信頼されている自分を
やっぱりテレパス能力を使わない愛は常人よりも人の心が読めないことを

そして…

嬉しくて流す涙はいつまでも止まらないことを


ひとしきり泣いて目を赤くした里沙が愛に肩を貸しながら言った
「じゃあ私の部屋で一晩中 リゾナンターのあるべき姿について語ってあげよう!」
「お願いします塾長! 頼りにしてるよ
 でも能力使って疲れちゃったから途中で寝ちゃうかも」
「ダメ! 寝かせませ~ん!」
「じゃあ明日はあっしの趣味の部屋で一晩中水さんの魅力を…」
「ってコラーッ! 話すり替えない」

「…愛ちゃん」
「ん?」
「私も信頼しているからね 愛ちゃんもみんなも」
「そんなことわかってるがし 心を読むまでもないことやろ」
「そうだね そうだよね」

今日のこのことは組織には報告しないでおこう
そう里沙は決心した
「ご苦労」のたった3文字で終わらせられるような そんな軽いものではない
里沙は自分がリゾナンターであることを今日ほど誇りに思ったことはない




















最終更新:2012年11月23日 11:43
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