(03)295 『さよならリゾナント』



その日、「たまには、みんなでお泊り会をしよう」と言い出したのは新垣里沙だった。

メンバー達はお菓子を広げて、他愛も無い話に夢中になる。
みんな「オールしよう!」「眠りたくない!」と意気込んだが、一人、二人と眠りに落ちる。

うつ伏せ、仰向け、皆それぞれの姿勢で眠る。
道重さゆみと亀井絵里は、寄り添い手を取り合って。
久住小春は、真ん中を陣取って大の字に。
ジュンジュンはお腹を出して。
普段の大きな態度とは裏腹に、端の方で丸まって寝ている田中れいな。
新垣はその様子を、ひとり、愛おしげに眺めていた。

新垣は今夜、リゾナントを去る。

上から命令が来たのだ。「潜入調査を終了し組織に戻れ」と。
「組織に戻る前に、彼女達の記憶から新垣里沙という人物の記憶を消去せよ」とも。


新垣は、彼女達の心に忍び込み、自分の記憶を消し去る。
正確には新垣里沙という人物の記憶を誰か別の人物に置き換えていく作業だ。
一人一人、丹念に自分に関する記憶を塗りつぶす。

すると突然、久住がムックリと上半身を起こし、新垣を見つめる。

「まずい、気付かれたか?」常人離れした久住の直感に……

久住は「アッ!……今日の笑点の演芸コーナー、また松旭斎スミエかよっ!がっかりだわ。奇術て……」と言ってバタリと倒れる。

(寝言か。小春だけは……)

記憶を消す作業はついに高橋を残すのみとなる。
新垣は、そっと心の中に忍び込む。
高橋は夢を見ていた。

夢の中で高橋は4歳の子供になって、一人で泣いていた。

感情の乱れは意識の覚醒に繋がる。

新垣は高橋が目を覚まさぬよう、夢に登場する。

「愛ちゃん、泣かないで」


新垣に気付くと、4歳の高橋は慌てて涙を拭いて言った。
「どこにいってたの、ガキさん?さがしてたんだよ」

「今日はね、愛ちゃんにお別れを言いに来たんだ」

「ガキさん、どこかに、いくの?」

「うん、まあね」

「つまんないなぁ……あっし、さびしいよ」

「大丈夫だよ、愛ちゃん。私の記憶はぜんぶ消して行くから、寂しいなんて感じないんだよ」

「じゃあさぁ、こんどガキさんに会っても、あっし、ガキさんの事、忘れちゃってるの?」

「うん。そうだよ」

「だったら、いま、言っておくね。あたしはタカハシアイです。おともだちに、なろうよ」高橋が小さな手を差し出す。

「……うん、お友達になろう」新垣は涙で声が詰まる。

心配そうに新垣を見上げている4歳の高橋愛が、何かを手にしっかりと握り締めている。
「愛ちゃん、何を持っているの?」涙を拭いて新垣が尋ねる。

「お守り。これを見たらガキさんのこと、思いだすように魔法をかけたの」

新垣は涙が溢れそうになるのを堪えて、4歳の高橋を抱きかかえる。

「さあ、もうお休みなさい」そう言って高橋の祖母に姿を変え、夢から去った。


作業を終えた新垣は、もう一度みんなの寝顔に別れを告げる。

さよなら、リゾナント。

夜が明ければ、リゾナントで過ごした新垣里沙は、もう存在しない。

さよなら、できそこないの天使達。

次に会う時は、互いの命を奪い合う敵となる。

さよなら、高橋愛……

新垣は高橋の携帯に付けられたお守りを外し、ポケットに入れると、皆が眠る部屋を出た。

すると、扉の外に久住が立っていた。

「ぅわぁあ」新垣は思わず声を上げる。

「ムニャ、ムニャ……何だって!歌丸が本当はマリオネットだったって?そういや、ピアノ線みたいの見えてたもんな」

(た、立ったまま寝てる。小春……こいつだけは……)


朝、メンバー達はコーヒーとバターの香りで目を覚ます。

一階の店から高橋の呼ぶ声がする。「朝ごはん、でけたよ~」

カウンターに座るメンバー達。

トーストにスープ、オムレツとサラダが人数分用意してある。

一番端っこに座った、れいながトーストを頬張りながら、空席に用意された朝食を指して高橋に聞いた。

「これ、誰の分?」

「あら?あっし何やってんだろ?九人分、作っちゃった」高橋は不思議そうに、まだ湯気の立つオムレツを眺めた。





― リ ゾ ナ ン ダー 残 り 8 人 ―




















最終更新:2012年11月23日 11:12