(02)850 名無し募集中。。。 (キルモノ、ナイデスカ)



私には特殊な能力がある。

この能力は私の一族にのみ代々受け継がれているものらしい。
でも、一族全員に備わるものではなく、現在この能力をもっているのは
私と祖母の二人だけだ。

「純、この能力を受け継いだ事を誇りに思いなさい」
これは祖母の口癖。けれど、私はこの能力が好きではなかった。

私は今、ある大学の留学生として日本で暮らしている。
もちろん私の能力を知っている人はいない。

ある日、街で買い物をしていると一台のワゴン車が横づけしてきた。
中から二人の男が出て来て私の両腕を掴むとそのまま車内に押し込み
車は発車した。
日本は安全な国だと聞いていたけどそうでもないらしい。私は拉致された。

やがてワゴン車は廃墟になったビルに入った。そのビルの廊下を引きずら
れながらビルの一室に連れて来られた。
もちろんその間抵抗はしたけど、女一人に対し、先の二人に併せて
運転手も含め三人がかり、到底かなわなかった。

中に入るとさらに仲間が三人いた。一目でそれと分かる悪者だった。
その中のボスと思われる男が近づいてきてニヤニヤしながら言った。

「これからお前にイヤらしいことをする。叫んでも無駄だ、覚悟しな」
これは酷い日本語だと思った。

絶望、恐怖、悲しみ、怒り、色んな感情が湧き上がってきたけど基本は
落ち着いていた。
私は依然として身動きがとれない状態ではあったけどこのピンチを乗り切る
自信も能力も持っていたから。でも、悩んでもいた。
それをすると最悪、この男達を殺してしまうかもしれない。
それに私はこの能力が嫌いだった。こんな所まで連れて来られたの
も出来れば能力を使いたくないという気持ちからだった。
でも、このニヤニヤした顔を見るうちに悩みは吹っ切れた。

覚悟を決めた私はボスの顔をキッっと睨むと精一杯の忠告をした。

「シヌナ」

男は相変わらずニヤニヤしている。

私は意識を集中させ、心の中にあるスイッチを押した。と同時に
全身の血が沸騰するような感覚に襲われる。心臓がドンドンいっている。
たちまち体中の筋肉は盛り上がり、大きな肉の壁になった。私を押さえ
つけていた男達は右へ左へ簡単にはじけ飛んだ。

ものすごい速さで銀色の体毛が全身を覆っていく。
目は鋭く釣り上がり、口と鼻は突起し歯は鋭い牙に変化する。

「ごるるるるる」声がもれる。

そして目のまわり、両耳、両腕両足、胸部分には銀色とは対照的な
漆黒の体毛。
私は、がっしりと地面を踏む太い両足で両手をダラリと垂らした前傾姿勢で
バランスを保ち正面を向いている。
ここまでいくと私は理性を保つことがむずかしくなる。


  それは、猫と呼ぶにはあまりにも大きく
   熊と呼ぶにはあまりにも可愛すぎた。







────それはまさに大熊猫(パンダ)だった────






「意味分かんねぇ・・・」
恐怖に引きつる顔で男の一人がそう呟いた。そう言った気がした。
次の瞬間、胸の中の突き上げてくる衝動を抑えきれず

「ぐろおおおおおおん」

雄たけびをあげた。そこで私の意識は完全になくなった。


男達に忠告を伝えてからおよそ三分後、意識を取り戻した時には全て
終わっていた。
部屋にあるあらゆるものが破壊されていた。窓ガラスも割れている。
壁に飛び散った血、うずくまる男達、明らかに不自然な方向に曲がった
手足の者もいるみたいだけど、取りあえず死んではいないみたいだ。



『パンダに変身』
これが私の能力。変身すると常人の身体能力をはるかに凌駕する力を得る反面、
凶暴になり、およそ三分間意識を出来なくなる。
訓練をすればパンダの状態でも意識を保つことが出来ると祖母は言っていた。

「純、この能力を受け継いだ事を誇りに思いなさい」
これは祖母の口癖。けれど、私はこの能力が好きではなかった。

「こんなの能力でも何でもないただの怪物だよ、しかもパンダって・・・」

とてつもない脱力感が押し寄せてくる。疲れた、早く帰ってシャワーを浴びたい。
けれどその前に問題を解決しなければいけなかった。
この男達をどうしようか、それもあるけどそれよりももっと重大な問題。

その時、人の気配を感じて振り返った。まだ仲間がいたかと思ったけど違っていた。
そこにはとても小柄だけど、すごく意志の強そうな、それでいてどこか悲しげな
女の子が立っていた。
私の姿や地べたの男達を見ても物おじした様子はない、何故か分らないけどこの子は
頼りになりそうな気がした。そう思ったら自然と言葉が出てきた。

「ナニカ、キルモノ、ナイデスカ」

これが高橋さんへ私が一番最初に言った言葉だった。

 ─完─




















最終更新:2012年12月17日 11:51