(20)629 『蒼の共鳴特別編第10夜-Break through, my heart-』



「……った」


低く呻くような声をあげて、少女は目を開いた。
ぼんやりとした世界がクリアになるのに比例して、少女を襲う断続的な痛み。

少女は後頭部に手をやりながら、上体を起こす。
見覚えのない風景、そして辺り一帯を覆う黒く禍々しい光のドーム。

少女の背中を冷や汗が伝う。
この黒く禍々しい光のドームが視覚的に告げていた―――“敵-ダークネス-”に捕らえられてしまったのだと。

何とかして、ここから抜け出さなければ。
頭痛を堪えて立ち上がろうとする少女は、恐ろしい殺気を感じて振り返る。


「目覚めはどう?
ちゃんと加減して殴ったから、血は多分出てないと思うけど」


露出度の高い黒い服、色黒の肌、甲高い声そして―――全身から溢れ出している、殺気。
少女は精一杯相手を睨み付けながら、内心まずいことになったと焦りを感じていた。

全身からにじみ出る気配だけで判断するなら、相手は攻撃系の“能力”を有しているだろう。
どういう能力かは分からないが、ヘタに動けば狙い撃ちにされる可能性もあり得た。

カツン、カツンとヒールを鳴らしながら少女の傍へと近づいてくる女性。
警戒姿勢を解くことなく、相手の一挙一動を注視する少女。


「そんな、警戒しなくてもいいじゃない?
取って食いはしないわよ、ただ…ちょーっとだけ、痛い目見て貰うけど」


その声に、少女は素早く立ち上がる―――逃げる方法が全くないわけではなかった。
自身の持つ“能力”を上手く使えば、逃げ出す時間くらいは稼げるはず。

少女は女性を睨み付けながら、自身の持つ能力をその体から解き放とうとして―――動きを止めた。


「残念でした、お前の能力はこの矢口様の手によって完全に封じきってるし。
何しようとしても無駄だよ」


声と共に現れたのは、金髪の小柄な女性だった。
黒い服に身を包み、口元には嘲りを浮かべた女性はもう1人の女性の傍へとゆっくりと歩み寄る。

二対一、しかも自分の能力を封じられている状態。
自然と後ずさりをする少女。


「石川、派手にやり過ぎるなよ。
そいつは仲間達をおびき寄せる餌なんだから」

「はーい、とりあえず逃げ出せない程度に痛めつけておけばいいですよね」


焦る少女を見つめながら、石川と呼ばれた色黒の女性はニヤリと微笑む。


―――それが、“一方的な嬲り”を開始する合図だった。


    *     *     *


(何やろ、何か嫌な予感がする)


不意に胸を騒がせる予感に、少女はプリントの回答欄に答えを記入する手を止めた。
少女の脳裏を過ぎるのは、自分と入れ違いに“喫茶リゾナント”を飛び出していった少女の姿。

まさか、彼女の身に何かあったのではないだろうか。

理屈もない、根拠もない、ただの予感。
だが、時間が経てば経つほど、少女の胸を強く締め付ける感覚は、その予感が正しいことを告げていた。

少女はテーブルの上の勉強道具を鞄に仕舞い、帰り支度を始める。
鞄を持った少女はカウンターの奥にいるマスターに声をかけ、駆け足で店を出て行った。


「…どうしたんやろ、みっつぃー。
何か急用でも思い出したんかな」


喫茶リゾナントのマスター“高橋愛”は、少女―――“光井愛佳”が出ていったドアを見つめて呟いた。
その呟きを聞いていた一人の少女が愛の言葉に反論する。


「急用があったら、そもそもここに来る必要がなくない?
っていうか…様子が変だった気がする」


反論してきた少女“新垣里沙”に、愛はそれもそうだねと答えを返しながら考え込む。

愛佳は喫茶リゾナントからは遠く離れた場所に住んでいる。
帰宅するのに電車で二時間もかかるというのに、リゾナントに寄ってから何処かへ行くなら
最初から寄らない方が時間に余裕があるだろう。

中学生である愛佳は部活動に所属していないため、比較的午後からの時間は自由に使える。
何をするにしても、わざわざ夜まで時間を潰してから行動する必要があるとは考えにくい。

加えて、里沙の言葉が気にかかった。
自分もそれなりに“仲間”の様子を見ているつもりだが、里沙もまた周りの仲間の様子をよく見ている。

そんな里沙が、愛佳の様子がおかしいと言ったのだ。

店を急いで飛び出していった愛佳。
不意に、愛の脳裏を過ぎったのは―――愛佳と同じように店を飛び出していった、もう一人の仲間。

仲間―――“久住小春”を追いかけて、出ていったのか。
だとしたら、余りにもタイミングが遅すぎる。


小春が店を飛び出して行ってから、既に二時間が経過している。
加えて、小春の住んでいる家を愛佳は知らないはずだ。

愛は一つ息を吸うと、自らの能力“精神感応-リーディング-”を解き放つ。
途端に無数の“人が奏でる終わらぬ旋律”が、愛の心に届き始めた。

無数に聞こえる声の中から、たった一人の声を聞き取る。
“範囲”を絞り、そこから更に一つ一つの声を弾きながら―――愛は、目的の声を見つけ出した。


『…久住さん、どこにおるんやろ。
嫌な予感がどんどん強くなる…まさか、ダークネスの敵に捕まったんじゃ』


その声を聞いた愛の顔色は真っ青になる。
小春は攻撃系の能力は一切使えない、もしも敵と対峙してしまったら圧倒的に不利な状況だった。

仲間達同士を繋ぐ“共鳴”と名付けた得体の知れない感覚。
小春が放ったSOSを感じたから、愛佳は店を飛び出していったのだ。

愛はカウンターから出ると、素早く二階に駆け上がり上着を羽織って降りてきた。
その尋常じゃない様子に、店にいる仲間達は一斉に愛の方を見つめてくる。


「ごめん、みっつぃーの様子気になるから行ってくる!
皆はここで待ってて」


それだけ言って、愛は店の外へと飛び出していった。
血相を変えて出ていった愛の様子に、店内は途端に慌ただしい空気に包まれる。

里沙は上着を羽織ると、ウエイトレス姿の少女に声をかけた。


「田中っち、あたしもちょっと行ってくる。
何かあったらすぐ連絡するから、皆と一緒に待機してて」

「え、れいな達もすぐに」

「大丈夫、まだ何かあったと決まったわけじゃないから、ね」

「…うん。
一応、いつでも飛び出していけるようにしておくと」

「お願いね」


里沙もまた、愛と同じように店を飛び出していく。
里沙が出ていったのと同時に、少女―――“田中れいな”は、店の外に出しておいた看板と黒板を店の中に仕舞う。

“本日臨時休業”と書いた紙を店のドアに貼り付けて、れいなは二階へと戻り私服に着替えた。
いつ何が起きても、これで飛び出していける状態になった。


階下に戻り、携帯を握りしめながられいなは連絡がこないことをただただ祈った。


     *    *    *


前を走る背中が、どんどん大きくなってくる。
走りながら、愛はその背中へと大きな声をかけた。


「みっつぃー、ちょっとストップ!」

「え、あ…高橋さん、何でここに?」


振り返った愛佳に愛はごめんと謝った後、能力を使って愛佳の心の声を聞いたのだと告げる。
愛佳はすいません、最初にちゃんと言っておけばよかったですねと苦笑いした。

どこか緊迫した空気が削がれた中、愛を追って店を出てきた里沙が合流する。


「とりあえず、手分けして探そっか。
ダークネスの張った結界を見つけたら、すぐに連絡すること」


里沙の声に、二人は一様に頷く。
そして、三人はバラバラに散った。


愛、里沙と分かれた愛佳は必死になって街の中を駆け回る。
胸を渦巻く嫌な予感、それがきっと小春の元へと自分を導いてくれるはず。

その嫌な予感が強くなる方向へと、愛佳は必死に駆けていく。
額に汗を滲ませながら、息があがりながらも愛佳はその足を止めなかった。

おそらく、否、確実に小春はダークネスの手先に捕らえられている。
ダークネスの能力者は好戦的な人間が多いと、里沙が言っていたことを思い出して愛佳は震えずにはいられない。

小春が無傷のままである可能性は限りなく低い。
だからこそ、一刻も早く小春を…そして、能力者を捜し出さなければならないのだ。


不意に、愛佳はその場に立ち止まる。
一瞬だけ、ものすごく強い“何か”が自分を呼んだ気がしたのだ。

小春かもしれない。
愛佳はその何かに導かれるように、夜の街を駆け抜けていく。


「…あった!
高橋さんと新垣さんに連絡せんと」


ダークネスの能力者特有の、黒い“結界”を発見した愛佳は、携帯電話を取りだして愛、里沙それぞれに連絡を取る。
程なく、愛と里沙が揃って愛佳の元へと“瞬間移動”して現れた。


「田中っち達にも連絡したから。
でも、リゾナントからここまで走っても十分くらいかかるよね」

「小春が無事か分からんし、先にうちらだけでも入った方がいいね。
もしも怪我して出血がすごい、なんて状態だったら一刻を争うし」

「早く久住さんを助けないと…いきましょう!」


愛達は黒い結界に手をかけて、無理矢理それを引き裂いていく。


人が通れる程の隙間が出来た瞬間、それぞれ結界の中へと飛び込んだ。


     *    *    *


「遅かったじゃない、待ちくたびれちゃったわ」

「三人か…もうちょっと釣れるかと思ったんだけどなー。
ま、後から来るだろうし…そろそろおっぱじめるか、石川」


飛び込んだ先には、二人の能力者、そして…全身傷だらけになった小春がいた。
色黒の女性に抱きかかえられた小春の目は、いつもの輝きを宿していない。
意識はあるのだろう、愛達を見て何かを言いたげにその瞳が揺れていた。

愛佳を庇うように、愛と里沙は一歩前に出る。
まずは、小春を奪還しなければ思うように動けない。

愛は“瞬間移動-テレポーテーション-”しようとして愕然とする。
いつもと同じようにエネルギーを解き放とうとしているのに、何故か力が形になる前にせき止められてしまうのだ。


「この中じゃ一番厄介なのはお前だから、能力を封じさせて貰った。
おかげで今日はもう“打ち止め”だけど―――三人、しかも一人は完全な非戦闘系能力者だし、
仲間達が来る前に全員仕留めさせてもらうよ」


そう言って、金髪の女性が愛達に向かって飛び出してきた。
そして、小春を抱えた色黒の女性は念動刃を繰り出し、金髪の女性を援護する。


念動刃を避ける際に、愛、そして里沙と愛佳というふうに分断されてしまった三人。
戦闘系能力どころか、体術も使えない愛佳を必然的に里沙が庇いながら戦う形になる。

里沙のフォローをしなければ。
愛は里沙の元へと走っていこうとするが、念動刃によってそれを阻まれる。


「あっちはあっち、こっちはこっちで楽しもうよ」


ニヤリと笑いながら、色黒の女性は愛目がけて次々に念動刃を繰り出してくる。
ステップを踏むように避けながら、愛は里沙に“精神感応”で話しかけることを試みた。

だが、先程と同じように能力が発動しない。
愛は舌打ちしながら、女性相手に手を翳して集中する―――愛の手のひらに鮮やかな黄色の光が収束していった。


(“光使い-フォトン・マニピュレート”の能力は封じられてない!)


愛は女性目がけて能力を解き放とうとして―――その手を下に下ろした。

ニヤリと笑う女性、その手に収束されている禍々しい闇のエネルギー。
その手を女性は小春の方に向けていた。

愛が何かしようとするなら、容赦なく小春にそのエネルギーをぶつけるつもりなのだ。
あれだけの至近距離で攻撃を食らったら、間違いなく致命傷になる。


「そうそう、それでいいのよ。
あなた達は正義の味方なんだからね。
仲間を犠牲にして敵を倒すなんてこと、しちゃいけないわ」


再び女性の激しい攻撃が始まった。
近づきたいのに、念動刃が途切れることなく愛に向かって撃ち出される。

避けながら、愛は里沙の方を横目で見る。
愛佳を庇わなければならないため、里沙は防戦一方だった。

仲間達がくるまで持ちこたえられるだろうか。
否、持ちこたえなければいけない。

だが、能力を封じられた愛、愛佳を庇わなければいけない里沙。
この均衡が崩れてしまったら最後、一気に片をつけられてしまう。

その時だった。

愛佳が里沙の元を離れて、色黒の女性の方へと駆け出した。
愛佳を追おうとする金髪の女性を、里沙が必死に食い止める。

念動刃の標的が、愛から愛佳へと変わった。
だが、愛佳はその攻撃を華麗とまではいかないが、ギリギリのところで避けていく。

“予知能力-プリゴニクション-”、それが愛佳に備わっている能力だった。

予知能力を駆使しながら、愛佳は色黒の女性との距離を縮めていく。
愛佳の頭の中はただ一つ、小春さえ女性の腕から逃れさせれば愛も里沙もいつものように戦える、それだけだった。

まさか、非戦闘能力者に戦いを挑まれるとは思わなかったのだろう。
小春を抱える腕から意識が削がれた女性に、愛佳は必死になって飛びかかった。


愛佳が命がけで作った隙を、小春は見逃さなかった。
全身に力を込めて、その腕から必死に逃れた小春。


「愛ちゃん、今!
早くそいつを撃ち抜いて!」


里沙の鋭い叫び声に、愛は反応することが出来なかった。

撃たなければ、その意識はある。
だが、それを実行に移せないのは―――女性と愛佳が揉み合いになっていたからだった。
小春を取り戻そうとする女性、それを阻止しようと予知能力を駆使して相手の攻撃を読みながら必死に応戦する愛佳。

愛の脳裏を過ぎるのは、かつて自分を育ててくれた祖母の姿。
幼い頃に、誤って“光使い”の能力で傷つけてしまった祖母の姿が愛佳の姿とダブって見える。

間違って愛佳を撃ち抜いてしまったら、その意識が敵を撃たなければという意識を完全に封じ込めていた。

なかなか行動に移そうとしない愛に痺れを切らした里沙は、舌打ちすると色黒の女性の方に向かって駆け出そうとする。
だが、金髪の女性がそれを阻んだ。


「手こずらせて…でも、この至近距離なら念動刃は避けられないわね」


女性の冷酷な声に、愛は我に返る。
女性の手に収束していく闇のエネルギーは、先程までの攻撃よりもさらに凝縮されているようだった。

慌てて愛佳の元へ駆け出す愛。
だが、この距離では間に合わない。


反射的に腕を胸の前で交差する愛佳、そしてその愛佳を攻撃から庇うように抱き締めた小春。

女性の手から、まさに念動刃が解き放たれようとしたその瞬間だった。

ザシュ!

何処からともなく飛んできた念動刃が、女性の体を鮮やかに切り裂いた。


「よカっタ、間に合イましタ」


振り返った愛が見たのは、後から駆け付けた仲間達だった。
口々によかった、そう言って微笑む仲間達に微笑みを返す愛。
里沙が戦っていた能力者も、後から駆け付けた仲間の攻撃によって既に倒されていた。

何とか敵を退けることが出来た、その事実に愛はホッと胸を撫で下ろす。
早く小春を回復させなければと小春と愛佳がいる方向を振り返る愛。

パシン!

愛の左頬に走る、熱い痛み。
頬を叩かれたということに動揺する愛の耳に、鋭い声が飛ぶ。


「…いい加減にしてください、高橋さん。
みっつぃーが体を張って作ってくれた隙を台無しにして、何でそれで笑ってられるんですか?
皆が来るのがもう少し遅かったら、みっつぃー死んでましたよ」

「小春…」

「何で撃たなかったんですか?」

「それは、もしもみっつぃーに当たったらどうしようって思って…」

「みっつぃーは予知能力展開してたんですから、高橋さんの攻撃がきたら避けられましたよ。
っていうか、相手の攻撃を避けながらみっつぃー突っ込んでいったんだから、それくらい分かりましたよね。
撃てなかったのは、高橋さんが臆病だったからじゃないんですか」


小春言い過ぎと里沙が声をかけたことによって、ようやく小春は口を閉ざした。
愛を一睨みした小春は、そのまま体を引きずるようにその場を後にしようとする。


「みっつぃー待って。
その傷は治さないと駄目だよ」


小春に声をかけた少女―――“道重さゆみ”の手によって、小春の傷は跡形もなく消え去る。
さゆみにありがとうございますとだけ言って、小春はそのまま夜の街へ消えていった。

重くなった空気の中、里沙の帰ろうかという声に皆一様に動き出す。
愛は一言も言葉を発しようとはしなかった。

そのまま家に戻る仲間達と分かれた愛とれいな。
リゾナントへと戻る道中、れいなは懸命に愛を励ます。


「愛ちゃん、そう落ち込まんでもいいと思うと。
小春の言うことも一理あるけど、でも、うちら間に合ったんだし。
皆無事だったんだから、それでいいとれーなは思うと」


だが、愛はれいなの言葉に何の反応も示さない。
重苦しい沈黙は、リゾナントに帰り着いても破られることはなかった。

自室へと戻った愛は、そのままベッドに倒れ込む。
目から溢れ出てくる涙と嗚咽が、布団に吸い込まれていった。

小春の言葉は最もだった。

後数秒遅ければ、愛佳は確実に致命傷を負っていたに違いない。
自分が躊躇ったばっかりに、愛佳を、小春を窮地に追いやってしまったのだ。

撃てなかった自分。

誤って愛佳を傷つけてしまったら、愛佳に、仲間達に嫌われてしまうのではないか。
何故そうなったのかと、責められてしまうのではないか。

怖かったのだ、ただでさえ、リーダーとして皆をきちんとまとめられてるとは言いにくい自分。
戦いの時にもヘマをやらかしてしまったら、それこそ皆に見捨てられるのではないか、そういう意識も頭の片隅にあったのを否定できない。

けして、一丸となっているとは言いにくい“リゾナンター”の仲間達を、自分は信じ切れていなかったのだ。
何かあったら嫌われる、責められるという意識がある時点で、自分はリーダーとして失格だった。

臆病な自分。
自分のことばかりしか頭になかった自分。

こんな自分のままでは、天国にいる祖母にも、自分を信頼してくれる仲間達にも会わせる顔がない。


変わりたい、心の底からそう思う。

臆病な自分の殻を打ち破って、もっと強くなりたい。
仲間達の信頼に足るような、立派なリーダーになりたい。

一つ息を吸い込むと、愛はベッドから身を起こす。


部屋を出て行った愛の頬にはもう、涙はなかった。


     *    *    *


「愛ちゃん、おはよって、えええええ!」

「れいな、声大きい。
あんまり寝てないんだから、大きな声出さないでよ」


仕込みに起きてきたれいなが見たのは―――長い髪の毛をばっさりと切った愛の姿だった。
綺麗な栗色の髪の毛が、頬くらいまでのショートボブになっている。

一体、愛に何があったのだろうか。

呆気に取られるれいなの顔を見ながら、愛は淡々と言葉を紡ぐ。


「…あーし、今まで駄目なリーダーやった。
リーダーなのに、揉め事が起きれば里沙ちゃん任せで、何もせんかった。
いっつも皆の顔色窺って、嫌な役目を里沙ちゃんに任せてばっかりで…。
もう、そんな自分は嫌やから、だからあーしは…今までの自分を変えたい。
皆から頼られる、しっかりしたリーダーになりたい。
自分でそうなったと思うまでは、髪は伸ばさん」

「愛ちゃん…」

「ほら、れいな。
ぼーっとしてないで、早く仕込み終わらせるよ。
昨日臨時休業にしたから、昨日の分まで稼がないとね」

「うん…頑張ろうね、愛ちゃん!」


厨房に立ち、きびきびと準備を進めていく愛の横顔をれいなは盗み見る。
昨日までとは違う、何処か凜とした空気を宿した愛の姿にれいなは小さく微笑んだ。

殆ど名ばかりだったリーダー。
その立場に相応しい人間になろう、そう決意した愛。

揉め事が起これば、里沙よりも先に仲裁に入り。
困った顔をしている仲間がいれば、誰よりも先に声をかけ。
口下手だけど、口下手なりに一生懸命に皆のためにと動く。

もう、里沙に頼り切っていた半人前のリーダーはどこにもいない。


―――その瞳に宿るのは、誰よりも強い“光”だった。




















最終更新:2012年12月02日 13:53