(09)476 『蒼の共鳴番外編-不器用な優しさ-』



午後の2時になった。
愛とれいながお昼休憩を取る時間である。
愛が表の札をCLOSEDにしてきたのを確認して、れいなは2階へと上がっていった。


「さゆもよかったら上で何か食べる?」

「お昼食べてきましたから。愛ちゃんもれいなもゆっくり食べてきてください、さゆみが店番してますから」

「あっひゃ、まぁCLOSEDにしてきたから皆以外誰か来るってことはなさそうやけどの。」


そう言いながら、愛も2階へと消えていく。
愛が見えなくなったところで、さゆみは盛大にため息をついた。
つきたくてついたわけでもないし、ましてやため息をついたら幸せが逃げるなんて迷信、
信じているわけでもない。
でも、吐いた息と共に何だか力が抜けてしまったような気がした。

きっかけは、些細なことだった。
絵里が風邪をひいて寝こんでいたから、さゆみは看病しようと絵里の携帯に電話したのだが。
絵里に冷たくあしらわれてしまったのだ、風邪がさゆみにうつると大変だからと言って。



『絵里は1人でも大丈夫だからー。さゆが風邪ひいて寝こんじゃったら、皆に何かあった時に困るじゃん。
もう昔みたいに、心臓の弱い絵里じゃない。だから、来ないで、お願い』


その言葉の真摯さに、さゆみは何も言えずに通話を打ち切るしかなかった。
1人で食べるお昼ご飯は味気なかったし、ここに来ても愛もれいなも忙しくしてる。
この何とも言えない気持ちを話したくても、まだ誰もリゾナントを訪れない。

絵里の言葉は正しい。さゆみが倒れてしまったら何かあった時には取り返しの付かないことになる可能性がある。
そんなことは、絵里に言われなくっても分かっているのだ。
ただ、すごくもどかしかった。
傷を治す力はあっても、風邪のような病気を治す力までは持ち合わせていない。

今、この瞬間も絵里は熱に浮かされて辛い思いをしているのに。
その苦しみを取り除けない自分の無力さが辛かった。
取り除けなくても、せめて側で絵里が楽になるまで看病してあげたいのに。
その手を拒絶されては、どうしようもなかった。


「あぁ、もう、何なの」

「何なのって、さゆこそ何なのよ。人が話しかけても返事しないでー」

「あ、ガキさん…いつの間に来てたんですか?」

「ついさっきだけど、本当、どうしたのよ」


さゆみの顔を覗き込む里沙の顔は、心配という文字が顔にありありと書かれている。
いつの間にリゾナントに来たのだろう、まったく気付かなかった。
里沙はさゆみの額と自分の額に手を交互にあて、熱はないみたいだねと呟いた。
失礼なことを言われてるのに、ムッとしないのは。

―――触れた手から伝わってきた、さゆみを心の底から心配する気持ち。

その優しさが痛いほど伝わってくるから、さゆみは里沙を抱きしめる。
何だかよく分からないまま里沙もさゆみを抱き返して、その背中をとんとん、と叩いた。
里沙の頭にフラッシュバックする思い出。


『ほら、ガキさん、おいで』


辛いことがあった時、あの人はいつもそう言って里沙を抱きしめてくれた。
優しく背中を叩かれて、その腕の中で涙を流したこと。
あの人のように、自分はさゆみの心を癒してあげれるんだろうか。
分からないまま、里沙はさゆみの背中をなで続けた。


「すいません、何か甘えちゃいましたね」

「気にしなくてもいいのに。で、さゆ、何でそんな暗い顔してるのか話してくれるよね?」


里沙の言葉に、さゆみは思っていたことを素直に話した。
時々相づちを打ちながら、里沙は真剣な顔で話を聞いてくれる。
里沙のこういうところを愛は頼っているのだろうなと、一つ一つ話しながら思った。
思ったことを整理しないで話したから、大分まとまりのない感じになったけれど。


「複雑だね、本当。うちにはさゆしか回復能力使える子いないから、亀の言い分はもっともだし。
だけど、治してあげることが出来なくても側にいて、看病してあげたいっていうさゆの気持ちも分かるよ」

「自分でも分かっているんです、絵里の言ってることに間違いはなくって。さゆみが勝手にいじけてるだけだって」

「亀も頑固だからね、ああみえて。ちょっと側にいたくらいで風邪なんてそうそううつるもんじゃないんだけど。
まぁ、念には念をってことなんだろうね。しっかし、さゆは亀大好きだよね」


里沙の言葉に、さゆみは苦笑いするしかなかった。
傷の共有という能力を持つ絵里と、傷を治す力を持ったさゆみ。
その能力の特性上、絵里とさゆみは一緒に戦うことが基本で。
リゾナンターの誰よりも絵里の側にいると自負しているからこそ、こんなに自分はダメージを受けている。

さゆみが再び暗い顔をしたことに、里沙は眉をひそめたかと思うと。
里沙は両手をさゆの頬に伸ばし、思いっきりその柔らかい頬をつねった。
余りの痛さに、痛いと抗議しようと思ったさゆみの目に飛び込んできたのは。
鋭い眼差しでさゆみを見つめる、里沙の顔だった。


「あのね、さゆの気持ちは分かるけどさ。さゆ、大事なことを忘れちゃってるよ。
自分の心の辛さばかりに目がいって、本当に見なきゃいけないこと忘れちゃってるんじゃないの?」

「ガキさん…」


「風邪ひいて辛い亀が、どんな思いでさゆにそんなこと言ったと思ってるの?しんどくって辛くって、
本当はさゆに側にいて欲しいって思ってると思う。それでも、亀は皆のことを思って、自分が感じる
辛さや寂しさを我慢してそう言ったんだよ。それなのに、さゆは自分のことにしか目がいってない。
自分が自分が、じゃないでしょーが。何のために仲間がいると思ってるのよ」


里沙の容赦ない言葉は、さゆみの心を深く強く揺らす。
目の奥が熱くなってくるのを堪えて、里沙の真摯な瞳をさゆみは見つめ返した。
けして、里沙はさゆみを傷つけるために言っているのではない。
それが分かるから、ここで自分が涙を流すのは反則だと思った。

しばし無言の時が続いて、里沙はフッと息をつく。


「さゆが看病しにいけないなら、他の皆がいけばいいだけのことだよ。
それじゃ、さゆの気持ちは収まらないのかもしれないけど…でも、分かるでしょ。側に居たい辛さよりも、
側にいて欲しいのにそれを拒絶しなきゃいけない辛さの方が何倍も痛いって」

「ごめんなさい、ガキさん」

「謝る暇があるなら、さゆ、今すぐやんなきゃいけないこと、あるでしょ?」


その言葉に弾かれるように、さゆみは財布を持ってリゾナントを飛び出していく。
自分がいけなくても、代わりに行ってくれる人がいる。

ならばその人に託せばいい、看病に必要なものと―――自分の思いを。

看病に必要なものを頭の中に思い浮かべながら、さゆみは絵里に手紙を書こうと思った。
そして、大事なことに気付かせてくれた里沙には後でお礼を、と。


さゆみが居なくなった店内で、里沙は小さく苦笑いした。
もっと上手く言ってあげれない自分の口下手さに、ただただ苦笑するしかない。
あの人のように、もっと優しく言ってあげれたらいいのだけれど。
なかなか、自分の思うようには出来ないものだなと里沙はため息をつく。


ため息をついたきり目を伏せて考え込んでしまった里沙を、愛とれいなは優しい目で見つめていた。




















最終更新:2012年12月02日 12:45