02)700 名無し募集中。。。 (悲しみが木霊する)



表向きの仕事が終わり、喫茶店へ向かう。
楽しみなはずなのに、里沙の心は晴れない。

最近、組織からの連絡が増えた。
何か大きな行動でも起こそうとしているのか。
それとも、自分が疑われているのか。



「…ただいま」
「おう、おかえり~。ガキさんも早よご飯食べよっせ」

喫茶店に着いてからも、やっぱり心は晴れないままだ。
もう色んなことに限界なのかもしれない。
ここにはみんながいるのに、どうしても孤独を感じてしまう。
所詮、私は裏切り者だからなのか。


食事が終わると、メンバー達はテレビを見始めた。
どうやらドラマを見ているらしく、みんな食い入るように見ている。
里沙はドラマの内容などちっとも頭に入って来なくて、静かに席を立った。



喫茶店の外に出て、夜風にあたる。
最近は夜でもそんなに寒さを感じなくなった。
ぼんやりと空を眺めて、これからの自分について考える。


組織とリゾナンターと、自分。


一体どれが一番大事で、そのために自分は何をすべきなのだろう。
自分は何を守り通したらいいのだろうか。
考えれば考えるほど、頭の中がゴチャゴチャして分からなくなる。



「…ずっとこのまま、だったら楽なのかな…」



組織もリゾナンター達も自分を必要だと言ってくれているが、本当にそうなのだろうか。
今自分がいなくなっても、誰も困らないんじゃないか。
自分は、その程度の存在なんじゃないか。



そんな考えが頭を過ぎって、ひどく悲しくなった。




「ガキさん」

いきなり後ろから声が聞こえたので驚いて振り向くと、愛が立っていた。


「…どうしたの?」
「ガキさんこそ急にいなくなってどうしたん?」

そう言って愛は里沙の隣に腰を降ろした。

「…ちょっと、ね」


嘘でもいいからもっと違う言葉を言えば良かった。
これでは愛に心配させてしまう。案の定、愛は真剣な顔で里沙を見つめた。
愛の視線に気付きながらも、里沙は目を合わせられない。


「なんでもないから。大丈夫だから」
「里沙ちゃん」


二人きりの時だけに呼ばれる名前。
それを聞いたら、なんだか胸が苦しくなって思わず泣きそうになってしまった。
でも泣く訳にはいかないので無理矢理笑顔を作って、愛を見る。


「もう。そんなに気になるなら心を読めばいいじゃん」



愛は必要以上に人の心は読まない。
それを知っているから、あえてそう言ったのに。


「やだ。里沙ちゃんが話したくないのに、心を勝手に覗く訳にはいかん」


頑固だな、と思った。
愛ちゃんが心を読めば、すぐに自分が何をしているのか分かるのに。
自分が普段何をして、何にこんなに悩んでいるのか、分かるのにな。
だけどごめん。自分からじゃ言えない。


小春が前に仲間を疑った時に、バラしちゃえば良かったのかも知れない。
そしたら、今こんな風に思いつめることも無かっただろう。
この心地よさに、胸を苦しめる事も無かっただろう。




どうしてあの時、言えずにいたのか。





「ごめんね、もう大丈夫だから。ごめん」


言えない事が愛をまた裏切っているんだと、分かっているから謝らずにはいられない。
たとえそれが愛を傷つけているとしても。
もう自分ではどうすることも出来ないのだ。



里沙は立ち上がって、2,3歩踏み出すと愛の方へ振り向いた。
愛はまだ心配そうな顔で里沙を見ていた。


「じゃあたし…帰るね」
「明日も、来る?」
「…来るよ。心配しないで」
「うん…」
「おやすみ」
「おやすみ里沙ちゃん」





愛はしばらくその場に座ったままでいた。
先ほどの里沙と同じように夜空を眺めていた。


「高橋さん?」
「なんだ、光井か。どうしたの?」
「みんなもう帰るって行ってるんで呼びに来ました」
「そっか。ありがとう」

しかし愛は動こうとはしなかった。
光井はいつまでも動かない愛に異変を感じた。
正直、こんな愛は見たことがない。



「ガキさん、帰ったよ」
「へ?あぁ…そうなんですか」

いきなり愛が口を開いた。
けれど立ち上がる素振りは見せなかったので、光井は愛の隣に座ることにした。
愛は空を見上げたまま、小さく呟いた。


「あーしは、誰の心でも読む事ができる。…けど、あーしの心は誰にも読めん。
 たまにだけど、あーしの心もみんなに読めたらいいのにって思う」

ほら、うまく言葉に出来んことってあるやろ?
そう言って高橋さんは私に話しかけてきた。笑顔なのに、なんだか泣いてるみたいな顔で。
何も言えないでいる私に構わず、高橋さんは続けた。



「なんかね、ガキさんが悩んでるみたいでさ。でも、なーんも、してやれない」
「新垣さんが?」
「そう。誰よりも長く一緒にいたのに、全然分からん、ガキさんのこと」
「…そんなこと…」
「それに、いつかいなくなっちゃうような気がして。…明日ほんとに来るんやろうか」


7年も一緒にいたからさ、いなくなったら寂しいやろ。と言って高橋さんは私を見た。
その顔はやっぱり泣きそうで、寂しそうで。
なんとかしてあげたい、そう思ったら、あるモノが視えた。


「高橋さん、明日新垣さん来ますよ」
「え…あぁ、視えたんか」
「はい。明日は一緒に笑ってますよ。みんなと」
「…いいな、光井は視えて」


本心じゃないけれど、少しだけ光井の能力が羨ましいと思った。
自分達の能力は、誰かを助ける事もあるが、逆に自分や誰かを傷つけることもある。
さっきだって、怖くて彼女の心を覗いてあげれなかった。



ほんとは覗いて欲しかったかもしれないのに。
大丈夫だと口では言っても助けを求めていたかもしれないのに。




里沙は大通りに出るとタクシーを拾い乗り込んだ。
行き先を告げて、シートに深く背中を預ける。
なんだか酷く疲れてしまった。色々と思いつめてしまったからだろう。
明日になれば、少しは気が楽になるかもしれない。



「愛ちゃん…」



先ほどの彼女の表情が頭から離れてくれない。
自分のことを真剣に心配してくれている彼女。
それでも彼女からは聞いてこない。そんな優しさが、胸を責めてやまない。



「ごめんね」



そっと呟いた。誰にも聞こえないように小さな声で。



――私、愛ちゃん達が思ってるような人間じゃない。私は、みんなを裏切ってる――


里沙の悲しみは誰とも共鳴することなく、夜の闇に木霊する。




















最終更新:2012年12月17日 11:48