(24)922 『海上の孤島 -番外編- 』



あの日の十字架を忘れはしない。

 今でも覚えている、あの日の戒めを――――



     ◇◇



晴れ渡る青空、明るく照らしてくれる太陽。
この春先に吹く風が心地よくて、感じるために目を閉じた。


今頃1階ではオーナーと店員の二人が忙しなく動いているだろう。
その間、何かできることはないかとオーナーに聞けば、

 「何もやらんでええから、2階に行ってくつろいどったらええよ」

そう言われ2階に行けば、まだ干していない洗濯物がカゴの中に入ったままだった。
こんな状態を見ればやらざるをえず、洗濯物を干してあげることにした。

「よし、イイ感じっ」

心地よい風を感じながら、目を開け、干されている洗濯物を見て満足する。
そして部屋に戻り、ベランダの窓を閉める。途端にやることが無くなってしまった。
どうしたものかと考えるが、やれることは何も無く、部屋にあるオーナーのベッドに寝転がってみた。

「暇だなぁ…」

そう呟き、真っ白な天井を見上げる。

目を閉じて、思い浮かんだのはあの日のこと。
あの苦しみを、私は忘れることはないだろう。


     ◆◆


 感じる温もりに酔いしれてしまう
 甘えることなど許されないと思っていた
 誰も知らなくていい
 誰も分からなくていい

 ただ一度だけでも 偽りの笑顔でもいいから
 8人の笑顔に囲まれて
 戦いの無い日を過ごしたかった

 けれど時は止まらない 胸の痛みは消えてくれない
 すべては進んでゆく そして記憶は離れてくれない

 裏切りの行為を呪った
 闇から離れて光の側にいたいと望んだ
 そして隣に誘ってくれたのは貴女
 優しい笑顔を浮かべた貴女

 私の為に泣き
 私の為に怒り
 私の為に笑い
 一緒に闘っていこうと言ってくれた貴女

 今でも忘れない、貴女の涙を。



     ◆◆


ふと、目を開けた。
定まらない思考で辺りを見回すと、隣に誰かが座っていた。
投げ出していた手で誰かに触れる。触れてきた手に気付いたのか、誰かの身体が揺れた。
そしてゆっくりと顔をこちらに向けた。

「…愛ちゃん…?」

自身の身体を起こして、彼女を見やる。そんな彼女の顔は、困ったような顔をしていた。
なんでだろうと思っていたら、彼女の手が私の頬に触れた。そして優しく、撫でるように彼女の指が私の頬を滑る。

「…大丈夫か?」
「え…?」
「寝ながら、泣いてたみたいやから」

その言葉を聞き、彼女に触れていた手で自分の顔を触る。
確かに、泣いていた証拠に涙が指に付いた。そして、なぞった涙の跡にも気付く。

「ほんとだ…」
「…なあ、なんか嫌な夢でも見たんか?」
「特には、見てないけど…」
「けど?」
「…昔の夢を、見てたかも…」

昔と言えるほど昔では無い。
けれど、最近と言えるほどのことでもない。
裏切りの日々は、簡単にまとめられることでもないから。


「一段落着いたから様子見に来たけど、あんた寝ながら泣いてたからびっくりしたわ。
 なんか変な夢でも見とるのかと思って起こそうとしたけど、なんかためらってな…」


彼女の話している言葉を聞きながら考えるのは、見ていた夢のこと。
思考がまだ定まらない状態なのに、夢のことだけはなぜかはっきりと思い出していた。
それと同時に、昔の思いが心の底から甦ってくる。
そのせいなのか、涙を流していたのは。
とてもつらくて苦しい状況だったことを今頃思い出して、なぜ涙が出るのだろう。

「ガキさん、聞いてる?」
「ぅ、ぇ?」
「ほんまに大丈夫か?なんかぼーっとしとるよ?」

昔の苦しかったことを思い出したせいなのか。
それとも、それらをすべて受け入れてくれた貴女の優しさに触れたことに、泣いてしまったのか。

「愛ちゃん…」
「ん?」
「…なんで、そんなに優しいの?」

声に出して言うつもりはなかったのにと思っても、
きっと心の中で呟いたことは聞いているのだろうと思い至る。
自分の言ったことに少し恥ずかしながらも、彼女を見た。


「…なんでって、そんなん…」

彼女の顔は赤くなり、視線は泳ぎっぱなしだった。
自分も顔が赤いまま言うべき言葉はこれ以上見つからず。
再び彼女の泳いでいた視線が私の方に定まると、ゆっくりと紡ぐように言葉を出した。


「…優しいとかは分からんけど、ただ、ガキさんと、みんなとこれからも、一緒に戦っていきたいから…」


彼女は言い終えるとまた顔を赤くさせ、今度は顔が見えないように反対を向く。
真っ赤になりながら、そう言ってくれた彼女の背中を見つめていたら、また涙が出てきてしまった。

「…愛ちゃん…」

思いもよらず震えていた自分の声は、彼女に心配をかけてしまったようだ。
咄嗟に振り向き、また困った顔をしながらも彼女は私を優しく抱き締めてくれた。

「どうしたん?今日は泣き虫さんやねぇ」
「ぅー、だってぇー」


小さく笑いながら、彼女は私をあやす。
大丈夫だと言いながら、私の背中をさすりながら。

この優しさが、あの日寝ていたときの温もりと同じような気がした。
とても懐かしくて、あの日と重なってしまう。
泣いてしまったのは、やはり貴女の優しさに触れたから。

あの時、触れた手の温もりから一緒に感じる想いと優しさは、私のすべてを包み込んでくれた。
今でも、心配してくれる優しさは、私を包み込んでくれる。


すべての苦しみも悲しみも
貴女は受け入れてくれる

だから私は強くなれる
そして誓う、貴女を守れるぐらいに強くなると

いつかの誓いを忘れずに、仲間と共に戦い続けながら
貴女の優しさに触れて、私は強くなろう




白き十字架の戒めを胸に刻み、私はこれからも戦い続ける。

だから隣にいさせてよ。一緒に戦っていきたいんだ、愛ちゃん。




















最終更新:2012年12月02日 09:54