(23)890 名無し募集中。。。 (魔女と監視者)



声が、聞こえなくなった。
高橋愛が周囲の異変に気付いたのは、週に1度行っている夜の巡回時。
半径10メートル以内が何かに阻まれているように認識を遮断している。
しかもそれは"外部"ではなく"内部"から。
どうやら敵の"捕縛"に掛かってしまったらしい。

 「…そこにおるのは分かっとるんやで?」

出来れば今日も、使わずに居たかった。
腰のホルスターに差し込んでいたナイフを取り出し、愛は片手で空を薙ぎる。
護身用にと巡回の際に居候の彼女から持たされる其れ。
体術とチカラだけでは忍びないだろうと気遣ってくれる彼女は今、お店の留守番をしてくれていた。
一刻も早く帰ろうと想っていた矢先に此れとは、それでも冷静にと迎撃に備える。

 「さすがはリゾナンターのリーダー。じゃ、お手並み拝見と行こうか」

漆黒で覆われた人物の顔も視覚では確認できないが、女である事は分かった。
背後から放たれたであろうチカラに途惑い無くナイフを振るう。
ぶつかった瞬間、音と花火が散ったかと想うと、霧の様なものが霧散する。

 「氷?」

途端、女の顔が至近距離に迫る。
布の様なもので覆っているのだろうか、表情が読み取れない。
思考を一気に戻し、ナイフの切っ先で心臓を狙う、が、女は身を捻ってかわし、遠心力で腕を振るう。
女の腕はまるで凍結したかの様に氷塊が存在していた。
僅かに屈んでそれをかわし、氷塊を持つ手を狙って斜め上へと振るう。
僅かに掠った、が、それは氷塊の表面。
数歩下がった女が何かを紡ぐと、その氷塊は粉砕し、霧散する。

 「打撃系じゃダメか、なら今度は…」



女は浮遊していた透明な結晶体を握り、まるで浸食するように腕を凍結していく。
だがそれは先ほどの氷塊ではなく、槍のように鋭く、大剣を模した姿へと変貌する。
見ると、其処には拳大の正八面型の氷塊が十数個浮遊していた。
以前、道重さゆみが言っていた"氷使い"というのはこの女の事だろうか。

 「とりあえず、その小さいナイフで耐えれるかな?」

氷の大剣が闇を裂いて迫る。受け止め、何とか弾き返しながら女の頭部を狙って突く。
それを潜り抜け、間合いに入ってきた女の大剣を片手で払い除ける。
が、直後に女のブーツが顎に辺り、揺すぶられた思考の中でよろりと一歩引く。

 「チカラが使えなくて残念だねぇ」

クツクツと女が笑っているのが分かる。
口内に溜まった血を吐き、ナイフを握り直し、真っ直ぐに女を見据えた。
女の言うとおり、この"外界から遮断された空間"の中では愛のみがチカラを発現できない。
が、類稀な動体視力と瞬発力の持ち主である愛は何とか難を凌いではいる。
それも時間の問題だと思いながらも、愛は決して諦めることはしない。

 「何だろうね、この、"懐かしい"って言う気持ちは」

女が呟いた言葉が愛に届くことは無い。再び打ち込んだナイフが空を斬った瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。
だが構わずにナイフを真横に振り抜き、その切っ先が僅かに女の胸部を切り裂く。

しかし女は引かない。間合いに飛び込み、腕の氷塊で模した大剣を振り上げる。
脇腹に激痛が走った。返しで女の頭部を狙うものの、僅かに首を傾けて其れを避ける。
が、確かに手応えはあった。

 「その反応、昔から何ひとつ変わらない」
 「何変なこと言うとるんよ。今日初めて会ったクセに…」
 「ああ、そうだな。確かにアタシは、アンタの事を"全くと言って良いほど知らない"」



頬から流れる赤い雫が流れ落ち、だが彼女は追撃を避けて壁を利用して宙を舞う。
大剣を振り上げ、愛の頭部へと振り下ろす。
ナイフの刀身で受け止めた瞬間、女の布がズレ落ち、空へと舞った。

 「美貴…ちゃん…?」

ナイフと氷の大剣が花火を散らす。
互いに身体中が傷つき、衣服は破れ、全身を赤く染めていた。
手足の感覚が徐々に薄れていくのも理解している。
瞬間、女が手で顔を覆い、さも可笑しそうに笑い始めた。

 「…なるほどね、そういう事だったのか……。
 これなら説明が付くよ。嗚呼、全く、鬱陶しくて鬱陶しくて仕方が無かったけど、スッキリした」

因縁とでも言える、ダークネスとリゾナンターとの戦い。
異能力者だけが集まり、重要視されている組織の中で、その半分以上が女、子供で
結成されている以上、その才能と素質は幾らか劣る。
だがそれでも、彼女達は生き残っていた、この弱肉強食の中で。
その理由が今、対峙して戦って理解した。

 「でも、だから何だっていうんだ」

例え自分達と"同じモノ"があるとして、対立しているのであればそれは紛れも無く"敵"だ。
過去に自分が彼女達と何があったかなど、"今の自分"には関係ない。
過去など不要、ただ己が歩む未来と、現在があれば良い。
―――ダークネスに人格ごと"調節"され続ける人間に、過去など足枷に過ぎない。

 「今は藤本美貴じゃない、生粋の殺戮者、"氷使い"、悪魔に好かれた魔女、ミティ様だよ」
 「あッ」

大剣が額を掠め、噴出した血液が片目に流れ込む。
瞬間、首筋に当てられた冷たい大剣が皮一枚を切ったまま静止する。


 「皮肉だねぇ、リゾナントイエロー。まさか昔の知り合いに似た人間に殺されるなんてさ。
 もしもミキが昔の事を知ってたとして、それが今何の役に立つんだ?
 楽しい日々、辛かった日々を共に分ち合っていた仲間?じゃあ何で今、こうしてミキ達は対立している?」
 「…それ、は……」
 「"裏切り"って事はな、捉え方は違うが自分にも相手にも当てはまるんだよ。
 自分の、相手の言動の無責任さから来るんだ。
 信じるだの何だのと言うのは簡単だし、それで縛ることも出来る。が、それはその意味を理解している人間だけ。
 良く知りもしない人間がその言葉を使ったって、裏切るように仕組んでいるのはそいつ自身なんだよ」
 「何が、言いたいんやっ…」
 「結局のところ、オマエが信じているモノって何なんだ?」

一瞬思考が止まった愛の口を手で塞ぎ、地面へと押し倒した。
体が軋み、息が詰り、苦痛で歪んだその表情を見下ろすようにミティが体の上に乗るような体勢になる。
息苦しさの中で意識が朦朧としている中、鼻先が付きそうな距離でミティが口を開く。

 「仲間か?自分か?存在自体であればそれを背負える覚悟はあるのか?
 違うな。何もかも他人に背負わせて、自分は逃げてるんだろ?
 自分はそんな人間じゃないって、兵器として生まれた事に後ろめたさを感じてるんだろ。
 何が信じるだ。自分の事さえもちゃんと出来てないバカに何が守れるんだ。
 人間の思考を持っているってだけの兵器が、人間として解ってるフリしてるだけの茶番。反吐が出る」

口を塞ぐ手に力が入る。
瞬間、ヒヤリと冷たいものが気管に入るのを感じた。

 「i914、オマエは逃げられないよ。逃げても逃げても、ミキ達は追いかけてやる。
 そしてもがき苦しめ、どちらかの組織が消えるその時まで…何なら、今この場で固めてあげよっか?」

気管に入り込む何かが、内部に痛みを与えている。
まるで臓物が凍り付いているかのように、甚振るようにその何かが機能を停止させていたのだ。
もがけばもがくほど、何かが全身に回っていく。
限界が、近い。


遠のく意識、全身の力が抜けるような錯覚さえも感じている。
このまま死んでしまうのだろうか、愛がそう思った時。

 ――――――張り巡らせてあった結界が、消えた。
ミティが舌打ちをしたと同時に、愛が最期のチカラを振り絞るように発現する。
白い発光の世界の中で、ミティは片腕が消失したのを見つめていた。
自然と痛みを感じなかったのは、彼女が見せた最後の"優しさ"だろうか。

 それとも、自身が最早痛覚も超越した存在になってしまったからなのか。

背後に足音が聞こえた。
冷静ながらも何処か怒気を含むその音は、静寂した世界の中では大きく反響する。

 「……オマエが何をしたいのかなんてミキには関係無い。
 でも、仮にもこっちの人間なら、今の光景、ちゃんと頭の中に刻み付けな」

監視者(デイウォッチ)は片腕を失くした魔女の後姿をジッと見つめる。
拳が震え、それは全身を覆い、目から溢れる涙を落とす。
それを見るまでも無いというように、ミキティは鼻で笑った。

 「味方になるもよし、敵になるもよし。だが、どちらにしてもアイツと同じ。
 オマエも闇からは逃げられないのさ、ガキんちょ」

監視者(デイウォッチ)―――新垣里沙は"粛清"を強制停止させた。
本来それはやってはいけない行動であり、"裏切り"行為に価する事だ。
だが、それを咎められるのはミティ以外に誰も居ない。
諜報員の彼女に頼んだ甲斐があったというモノだとほくそえむ。

 「言った通り、ガキんちょが今の生活から解放されたいのであれば、あの組織を潰すか、こっちの組織を潰すかだ。
 "裏切り者には粛清を"、まぁこちらは少しだけ油断しているだろうね。
 "切り札"を持つ人間は間違いを犯したなどと言う認識は決して無いんだから。
 戦いを終わらせたいなら、オマエ自身が選ぶんだな。アンタのそのチカラで、どんな未来でもしてみせなよ」


その方が面白い。ただその時が来るまで同じ日常など耐えられない。
選べ、選べれないのなら全てを消せ。世界を、存在を支配して見せろ。
背くも従うも自由。それで自身が滅んだとしても構わない。

 ただ、永遠という名の自由に成れさえすればそれで良い。
 そこで、"愛する人"の傍に居られる事がミキの……。

 「アナタは、最低だっ……」
 「…現実を知らない人間が何を抱えても、それはただの重荷に過ぎない。
 ほら、アンタの出番でしょ?アイツ、そうとうミキのチカラを食らってるから何処かで倒れてるんじゃない?」

ハッと、里沙は駆け出したかと思うと、地面に放り投げられたナイフを取り、その姿は闇の中に消えた。
ミティは十二個の結晶体を掲げ、暗夜を眺める。

 永遠に流れる刻の中に、ただ一人残された魔女。
 この世の全てを壊したいと願った一人の人間。

その存在の未来を知るものは、未だ、存在しない。




















最終更新:2012年12月02日 07:44