(23)711 『コードネーム「pepper」-ガイノイドは父の夢を見るか?-4 』



第13話 : Reborn

都倉博士が電話に出ると、久しぶりの阿久博士の声がびんびんと響いてくる。
「ああ、都倉か?俺だ、阿久だよ。元気か?」

…元気な訳がないだろう… そう思いながらも
「…ああ」
と都倉博士は生返事をする。

「宏美さんと愛ちゃんの事は聞いた。 許せん! 全く許せない話だ! おまえも悔しいだろう?」
「それでだな、早速だがおまえに頼みたい事がある! すぐに日本に戻ってきて、今俺が関わっているプロジェクトに参加してくれ! 絶対にお前の力がいるんだ!」

「そんな気になれない、と言うんだろ、わかるぞ!だがな、そういうときほど男は仕事をしたほうが良いんだ!俺もかみさんと離婚した時はそうだった」

「ああ、ああ、わかってるよ! 俺の場合は巨乳の姉ちゃんと浮気したから愛想をつかされただけで、お前とは違うと言うんだろ? それはその通りだよ!」

「だがな、俺やお前のような天才が仕事をしないというのは、全人類にとっての損失なんだぞ!?」

「考えても見ろ、お前が1年仕事をしなければ、たとえばたくさんの人の命を救う、バイオ新薬の開発が1年遅れるかも知れん…、そうしたらそれによって助かるはずだった何万人もの命が失われるかも知れないんだぞ!」

「俺たち天才には、全人類の為に働く義務があるんだ!辛いだろうが、お前の為だと思って言っているんだ。お前だって、一生そうやって塞ぎ込んでいるつもりじゃあ無いだろう?」

阿久博士は一気にまくしたてる。


「…相変わらずよくしゃべるな…、おまえ…」

やっと都倉博士が口をはさむ。
呆れながらも、阿久博士のあまりの活力に押され、少し身体が温かくなったような気がした。
霧がかかっていた様な頭も、スッキリしてきた様にも感じられる。

「すぐに動くんだ! 宏美さんや愛ちゃんの為にも、何が出来るかを考えろ!」

「…そこで話は戻ってだな、俺は今、警察庁科学技術局の局長として、対テロリスト用のガイノイドチームの開発を手掛けている。ベースになっているのは、『ダークネス』と言う『能力者』によるテロリスト集団の持っていたデータだ」

「…『darkness』…?」
都倉博士が聞き返す。

「お、お前さすがに発音がいいな。こいつらは『能力者の為の社会』実現の為に、世界各地であらゆるテロ行為やクーデターの煽動、国家間戦争の誘発を画策している」

「実は、まだ確証はないが、愛ちゃんたちが巻き込まれたLAでの連続ビル破壊テロも、実はダークネスの能力者が絡んでいたと言う見方が強いんだ」

「…!」
都倉博士の脳裏に、2週間前の病室での妻と娘の姿がフラッシュバックする。

「それでだな、正確に言えばこのデータと言うのは元々ダークネスの物ではなく、本来『ダークネスに対抗する部隊』のメンバーの、詳細な分析データが元になっているんだ」


「ま、簡単に言えば『正義の能力者集団』、ってとこだな。その名をリゾナンターと言う。もちろん非公式の組織だが、それなりに歴史はあるらしい」

「全員が若い女性で、現在のリーダーは高橋愛という… そう、愛ちゃんと同じ名前だ。しかも彼女がこの戦いに身を投じたのは8年前、まだ14歳のときだったそうだ」

「高橋… 愛…。幼き能力者の戦士…」
都倉博士は、幼き戦士であった未だ見ぬ高橋愛の姿を、14歳でこの世を去った娘の姿に重ね合わせた。

ふと、都倉博士は2週間前のハイラム刑事課長の別れ際の言葉を思い出す。

…Love will beat off the darkness of this world surely…

「…『愛』が『闇』を払う… か…」 

高橋愛…。彼女が『ダークネス』と戦う戦士となったのは、ある意味『宿命』だったのかもしれない…。
ならば、私の娘は…? 愛は… どの様な『宿命』の元に生まれてきたのか…?

「それでだな、俺は彼女等の特殊な『能力』をそのまま再現するのではなく、ガイノイドとしての『能力』として、アレンジして再現しようとしているんだが、難しいのは『共鳴』と呼ばれる要素だ」

「これは彼女等に独特の現象でな…。要するに精神感応の一種だが、メンバー同士が意識を深層で連動させる事で、より高度な判断力を得たり、個人が通常以上の能力を発揮する…」

「こういった事象については、俺は専門外だ。ぜひお前の力を借りたい。愛ちゃんは、念動力のほかにも、強い精神感応の力があったんだろう?」


その時、都倉博士の中にひとつの発想が生まれた。それは、博士にとって『神の啓示』のようにも思えた。

もし…、我が娘『愛』の残された『生命の灯』がふたたび燃え上がり、その『生命』がこの世界を満たし、その『能力』が『闇』を撃ち払うのならば…!?

「おい、阿久よ、協力してやってもいいぞ。ただし、そのかわり、そのプロジェクト自体を俺が戴く事になるかも知れんぞ?」

「…お? やる気になったか? いいぞ、むしろ大歓迎だ。俺とお前がやる気になったらスゴイ事になる、間違いない!」

… … …

1ヵ月後、都倉博士は日本へと向かう機上の人となっていた。そして、機内に持ち込まれた特殊なスーツケースの中には、博士の娘、『都倉 愛』に由来する9体のクローンの初期『胚』が納められていた。

空港に着くと、さっそくタクシーで阿久博士に指定された場所へと向かう。近く開設されると言う、国立バイオテクノロジー研究所である。

「おう、よく来てくれた!ここが新しく作られた国立のバイオテクノロジー研究所だ。世界的に見ても、これだけの設備を持った施設はなかなかないはずだぞ!」
「素晴らしいじゃないか!…ここの所長は誰になるんだ?」

「…お前だよ」
「…!? …何いっ…!?」
「3日後には所長就任の記者会見もある…。何か言う事も考えておいてくれ」
阿久博士はあっさりと言い放つ。


「…おい…! おまえ、騙したな!?」
「いや、何にも騙してないぞ? 俺のプロジェクトを手伝ってもらうのは本当だし、それにはここの所長になってもらうのが1番都合がいい…。施設の面でも、立場の面でも、全ての面でね」

屈託なく笑いながら阿久博士は続ける。
「文部科学省の連中も大喜びだ。俺も『あの都倉博士を口説き落とした男』として、だいぶ感謝されたよ」

ニッコリと満面の笑みを浮かべた阿久博士の顔を見ながら、都倉博士は一瞬激しい脱力感に襲われた…が、既に後戻りはできない。
「まあ、いいだろう… とりあえずさっそく作業をさせてくれ!」 
都倉博士は持参したスーツケースを取り出した。

… … …

卵細胞の『核』を、既に分化した生体細胞の『核』と入れかえる事により、『核』の元となる生体細胞と、完全に同一の遺伝子情報を持った『胚』ができる。
簡単に言えば、分化して成長した体細胞を、もう一度『受精卵』の状態に戻してやるようなものだ。
これがいわゆる『クローン』体の基となる。通常の出生でいう所の『受精卵』にあたる存在であり、これが増殖していく事により、新たな『クローン』の成体となる。

都倉博士が持参した、博士の娘『都倉 愛』に由来する『胚』をそのまま生育していけば、『都倉 愛』と同一の遺伝子情報を持ったもう一人の個体が生まれる事となる。

しかし、都倉博士はその方法を取らなかった。
もとより、娘の、『都倉 愛』のかわりを生み出すつもりなど無かった。


脳細胞、及び隣接する神経部分を優先し、人為的な刺激によって増殖を促進させていく。

…そして、約2年の生育期間をへて、レベルの差はあれど、ほぼ16歳~成人レベルまで増殖させた脳細胞と、それに付随する神経節を、阿久博士がリゾナンターを模して造り上げた、最新鋭のガイノイドの頭脳部分として移植、統合させたのだった。

さらには、リゾナンターたちのデータにある、各人の『戦闘体験』および『生活体験』の記憶情報をも移植していく。

それによって、生育を促進されたとはいえ、実質は『2歳児レベル』にしか相当しないクローン体の頭脳の情報量を補完し、リゾナンターたちと同等レベルの思考力、判断力をあたえる事に成功したのだった。

帰国後、2年を過ぎたある日、覚醒を控えて眠る9体の『新たな生命体』を前に、都倉博士は高らかに宣言した。

「どうだ、阿久よ! これが俺の『娘』たちだ!!」
「…おいおい… “俺の”娘たちでもあるはずなんだがな…」
苦笑いをしながら阿久博士が言う。

「いや、“俺の”『娘』たちだよ、彼女らは」
にっこりと満面に笑みを浮かべながらも、都倉博士は譲らない。
「やれやれ… 本当におまえにこのプロジェクトを“乗っ取られる”とは思わなかったよ…」
「まあ、お母さん…って柄じゃないしな。…俺も『伯父さん』くらいにはしといてくれよ」
苦笑いをしながらも、阿久博士もうれしそうに都倉博士の肩を叩いた。


…それは『都倉 愛』の『クローン』とも言えたが、『都倉 愛』と『リゾナンター』から生まれた、『全く新しい生命体』とも言えた。

それぞれが『異なる成育情報』を移植された、『サイボーグ化されたクローン』。
あるいは、単なる『ガイノイド』ではない、生体とメカの複合体…、『ハイブリッド・バイオノイド』とでも呼ばれるべき存在…。

それが、後にコードネーム『pepper』で呼ばれる事となる、9人の誕生だった。

… … …

「しかし、ここで問題が起こった…」

リゾナンターたちと共に、『pepper』たちを追って国立バイオテクノロジー研究所へと向かうバスの中、説明を続けていた阿久博士はそう言葉を継いだ。

「実は、非常に恥ずかしい話なんだが…、日本では2000年に『ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律』というのが公布されていてね… 要するに簡単に言えば、日本国内では『ヒト』のクローンを作る事が禁じられていたんだ…。 我々はそれを知らなかった」

「ええっ!」
「そうなんですか?」
れいなと小春が声を上げる。

「まあ、私は門外漢だったし、アメリカではそういう規制は無いのでね…。都倉君もいきなり日本で研究所の所長にさせられて、不案内だった所もある」


「…それで…、どうなったんですか?」
愛が問い掛ける。

「文部科学省の指導として、彼女らは国外退去を命じられてしまった…。但し、この法律には若干の抜け道があってね。禁止しているのは『胚』を“胎内に戻して”育成、出産する事であり、厳密には彼女らはこの基準にはあてはまらない」

「だからまあ、裁判で争う、あるいはアメリカで国籍を取って再度来日するという方法もあったんだが、どちらもかなりの時間が掛かるし、日本での活動には制約が出てしまう…」

「そこで、私は第3の手法を採ってしまったんだ…。それが間違いの素だった」

「文科省のボンクラどもをごまかすことなんざ訳は無い…。私はいったん彼女等を国外退去させたと見せかけて、彼女等を改めて製作した『通常のガイノイド』として開発を進めたんだ」
「しかし、都倉君には、一時完全にプロジェクトから外れてもらうしかなかった…。残念だがね。その為に彼女等の『能力』についてはとりあえず完全に開発を凍結するしかなかった」

「彼女たちにも…、愛さんのような『能力』はあったんですか?」
さゆみが訊く。

「うむ、やはり強い『能力』は発現していた…。ただ、彼女らの、実際には2~3年にしかならない経験では、『能力』のコントロールは非常に難しい。そこで、都倉君は最初から『意識下催眠法』により、能力の発現を制御しようとしていた」


「これは彼女らに『精神感応』の『能力』もあったからこそ可能な方法だったのだが、言葉がわからなくても、まず『能力』を制御するイメージを根気よく伝えていった…」
「そして言葉がわかる様になってからは、キーワードを用いた催眠暗示によって、メンバー間の微弱な『精神感応』を除き、今は『能力』は完全に封印してある」

「まあ、仮に今急に封印をといたとしても、制御ができない以上、使い物にはならないだろう…。なまじ強力なだけにね」

「彼女らは現場に投入されたなら、必ずや素晴らしい実績をあげる…、それは間違いない。その上で彼女らの素性を明かし、その存在を認めさせてしまおう、というのが私の目論見だった」
「『能力』の開発については、その後あらためて行っても遅くは無い…。そう考えていた。そう…、彼女らにはまだ無限の可能性があるんだよ…」

「しかし…」
と阿久博士は溜息をついた。
「それがまさかこんな事になるとはね…。寺田君の先走りといい、秋元の暴走といい、ダークネスまでが現われるとは…」
「まあ、それももうすぐ終わる…。彼女らも、そろそろ研究所に着いている頃だろう…」

「そういえば、ミッツィー、何か見えないの?」
ふと絵里が、思い出したように言う。
「無事に着くかどうかとか…、見えない?」

「いや、すんません…。それが、全然見えへんのですわ…。『pepper』の皆さんとは、お会いした事が無いからだと思うんですけどね…」
愛佳がすまなそうに答える。


「そっかー、知らない人の事は見えないデスネ?」
「きっと大丈夫デスヨ! 決まってマス!」
ジュンジュンとリンリンが元気に話すのを見ながら、愛はふと愛佳の表情が妙に暗い事に気が付いた。

そういえば、『pepper』のメンバーとは面識が無いとしても、里沙に関するビジョンは見えてもおかしくはない…。
(…もしかしたら…?)
愛はスッ… と意識の触手を伸ばし、愛佳の精神(こころ)に触れる。
(…愛佳…)
ハッとした様に愛を見る愛佳を目配せで制し、もう一度心に問い掛ける。
(…愛佳… もしかしたら何か“見えた”の…?)

愛佳は愛の方を見ない様にしながら、心の中で答えた。
(…泣いている里沙さんが見えました…。荒れ果てた場所で…、リンリンによく似た人を抱いてました…)
その時、愛もまた愛佳の精神を通じて、同じビジョンを見た。
瓦礫の中で、里沙が身動きしないLINLINの体を抱いて、号泣していた。

… … …

ちょうどその頃、国立バイオテクノロジー研究所を目前に、里沙とアイたちは、既にわずか20数機となったAK-B40の残存部隊と、三度対峙していた。































最終更新:2012年12月02日 07:28