(23)683 名無し募集中。。。 (魔女の哄笑)



魔女。古いヨーロッパの俗信では、悪霊と交わり魔力を得たという女性を指すらしい。
中世末から近世にかけては更にその存在は「厄災」とされ、魔女裁判を執り行った。

宗教信者に関してはその存在を掲げて戦争を起こす者も居たが、今でも
"魔を術る存在"を隠れて称え続けている人間は数知れない。
だが、魔女は魔法使いや魔術師とは違う存在として扱われてきた。

魔術師は主に魔術を研究することが最優先であり、滅多に魔術を行使しない。
己を神秘と人智の中間に位置する者と信じ、己を脅かすのは神以外には魔術師以外にはいないと疑わない。

魔術使いは研究対象としてではなく道具として魔術を行使する者。
そのためある意味では魔術師よりも効率的に魔術を運用することができ、此方は魔術師よりも奇跡に近い存在。
だがその純粋さ故に魔術師と同格視され、人類にとっては驚異の何者でもない。

では魔女と同一だと思われないその違いとは何か。

そもそも「魔」とは、自然の法則にありながら流れを歪めるモノとして必要とされなかった力。
謂わば歪みであり、自然の一部であるために自然と繋がり外界を変質させる。
さまざまな種と類があり、総じて正当な流れにあるものには邪に映るモノのこと。

キリスト教の教義でいう神と表裏一体。
聖堂教会でいう『受肉した魔』は生物である以前に『魔』として創造されたため、人間より高度な魔術を使う。
人間のような後付のチカラはなく、その生体機能のすべてが『魔』を呼び込むための機能である。
人間の想念を被って『固体名』になる偽物とはちがう、主が遣わした、人が名付ける前からそうであった本当の『悪魔』。

悪魔が宿りし女の"術るチカラ"は、鬼の住む樹海でも閻魔が居る地獄でも無い。
"人間"という殻を被った異端者に現存し、今も其処で生き続けている。

 ―――魔女は退屈だった、この世の全てを壊したいと願うほどに。


陰鬱な気分に拍車をかけるかのように小雨が降り出す。
参列者の中には列を抜け出し、木陰へと逃げ込む者もいる。聞こえ始める談笑。
彼らは人の死に慣れすぎているのだろう。それは自分も同じだが、同属だとは思われたくは無い。
下っ端の癖に自分達は強いのだと勘違いしている人間ほど殺したくなる。

雨の勢いと共に牧師の言葉が速まった気がした。
同じ気分なのは事実の為、それを卑下することはしない。
ふざけた茶番だ。理解する気が無い脳髄に言葉は一言も記憶しなかった。
右から左へと流れ、湿った空気に散ってゆく。

雨が十字に切り出された墓石の色を、灰色から黒へと変える。

 「―――Armen」

胸の前で十字を切る牧師に冷たい視線を浴びせながら、女性も同じポーズを取った。
バカげている。本当に。
棺が土の中に入れられ、埋められる作業をただ淡々と見つめる。
魂はおろか、肉体の欠片さえも入っていない『空(から)』に。
何の世界も存在しない、何の生涯も死も苦痛も満たされていないその空間を。

喪服を纏った女は心の中で溜息を吐く。
"殺した人間の葬儀"な程、退屈なものは無い。

 ―――魔女は退屈だった、この世の全てを壊したいと願うほどに。

"氷使い"と称された女が"魔女"と呼ばれるようになるまでの時間は短い。
対集団・対遠距離戦闘に優れた"氷使い"は、単なる「面倒くさい」と言う理由から成り立った存在。
数え切れないほどの敵を物言わぬ結晶へと変えていったその姿は
"触れる事無く相手の命を奪う"事から戦場の悪魔とも呼ばれた。

 呼吸するように死を撒き散らす、生粋の殺戮者。


自身の手を使うまでも無いとでも言うように、その存在は絶対的。
永遠の不死者とまで呼ばれた女は、だが想う。
嗚呼、退屈だ、と。



 「じゃ、行こうか」

その言葉が合図かのように魔女の周囲の空間が揺らぐ。
まるで時空の歪に折り畳まれていたかのように出現したのは十二個もの透明な結晶体。
正八面型の其れは拳一つ分の範囲を持ち、水色に輝いて当然のように浮遊し続ける。
其れを手に取った瞬間、腕の付け根まで一瞬で凍結し、二度と動かす事は出来ない。

外からワゴン車の椅子に外套を放り投げ、漆黒のドレスで覆われた姿が現れた。
耐熱・耐刃加工をした特注品だが、女にそんな物は必要ない。
これまでも傷を付けられる事が無かったため、傷み一つ無い、新品同然なのだから。
気に入っている事で着続けているという単純な回答しか帰っては来ないだろう。

 「アンタ達は周囲を見張るだけで良いから」

一人の武装した男にそう言い放つと、魔女は出入り口へと歩いていく。
男は指示通りに他の兵士を配置に付かせた。
認識阻害を施した箱を建物周辺の死角に置き、その時を待つ。
魔女が初出動時から共に行動している男は、命令違反だろうと何だろうと口答えをする事は無くなった。
男もまた、"魔を統べる存在"に崇拝する人間の一人に成り下がったのだろうか。
女には全く興味が無い事だったが。

 ―――出来事は一瞬。


爆発音と共に激しい銃撃の音が空に響き渡っていた。
出入り口からはまるでドライアイスの様に霧散する結晶体の煌きが溢れ出す。
中の様子は分からないが、悲鳴と現れた数名の人間達がのたうつ様に地面を転がる。
其れに向かって無機質に銃口を突きつけ、発砲した。
身体の所々を凍結させた死体は全部で5つ。
その中で拳銃を持った者が男達に銃口を構えたが、銃弾が撃ち出される事は無かった。
巻き起こった三度目の爆発は建物全体を激しく鳴動する。

本格的に崩れ始める天井から、鉄骨で支えきれないコンクリート塊が地面へ降り注ぐ。
激しい崩落の音が止んだ後、目映く輝き出した世界が水色に染まる。
結晶となった建物から温度が徐々に下がっていくのを肌で感じながら、男達は見た。
十二個もの透明な結晶体を掲げ、漆黒で覆われた闇の住人を。
魔女は呟いた。

 嗚呼、退屈だ、と。



 ―――帰還した時、出迎えた人間を凍結させてやろうかとも考えていたが。

 「ピリピリしてるねぇ、相変わらず」
 「疲れてるんだけど」
 「殺して殺してまた殺して。魔女っていうのはこうも戦争が好きなのかね」
 「駆り出す人間も人間じゃないの?人選の文句はあっちに言って」
 「別にアタシは何の不満もないよ。諜報専門なんで」
 「思いっきり近距離・遠距離系戦闘異能力者のクセに」
 「そっちなんて使いようによっては全方位系だろ?」

今回の出動も、はぐれ異能力者の除去の様なものだ。しかも異国まで逃亡した厄介な類のもの。


内部の反逆(トリーズン)によって粛清者(イレイザー)は不在しており、他の幹部も別の任務によって
出ている事で魔女へと命令が下されたが、不満は満たされることは無かった。
たった十数人では殺したのかさえも曖昧だというのに、その同業者らしき人間が集い
組織の存在を調査する為にわざわざ偽の葬儀まで参列したのにこの仕打ちとは。

 「それにしてもまた1人で入って行ったんだろ?短命だなぁ」
 「ゴミを拾い集めるのは性に合わないだけ。だったら掃除機で一気に片付けた方が楽じゃん」
 「ミキ…ミティはそういう所が妙にアイツと似てるよ」
 「止めてよ。あんなキショい女と一緒にするの」

彼女が言っている人物は一人しか居ない。
今頃何処に居るのか知らないが、どうせ反逆(トリーズン)を甚振り殺しているに違い。
嗚呼、何でアイツがそんな役回りなんだ。
同じ異能力者を相手にするならそちらの方が格段とレベルが上じゃないか。
頭の中が渦巻く、黒いモノが、足りない足りない足りない足りないと。

魔女―――ミキティは今度は大きく息を吐いた。
そして眼前に居る彼女―――吉澤ひとみに言った。

 「ねぇ、今時間ある?」
 「あ、悪い。今ガキさんから連絡があったんだよ」
 「ガキさん?あぁ。あの監視者(デイウォッチ)?」
 「"粛清"が終わったから帰還するだと。明日には"あっち"に行くらしいけど…」
 「i914…ね」

新垣里沙という監視者(デイウォッチ)と、高橋愛という殺人兵器(デッドリィ・デバイス)
里沙は諜報員、スパイとしてダークネスでもブラックリストに載る程の最重要組織に侵入。
まさかそのリーダーがこの組織で製造された異能力者だったとは初めは驚いたものの
送られる情報を解析する事で垣間見た、その驚異的なチカラの数々。


敵を自身達の為に葬り去るあの信念と、仲間という共通した人間の間で発現する"共鳴"。
―――だが時々想う、その"共鳴"が懐かしいと感じるこの疑念。
思い出せないその欠片は、まだ何処かで息づいているかの様に鼓動し続ける。
鬱陶しい。まるで、"自分ではない自分が呼ばれているような"。

  ―――なら面白くしてやるよ。これ以上無いくだらない喜劇に。

 「…ねぇ、また襲撃するんでしょ?」
 「まだ決定はしてないよ。けど前よりもチカラを付けてるみたいだから幹部レベルの
 派遣を検討してるっていう話だったっけな」
 「じゃあさ、ミキに行かせてよ」
 「はぁ?どういう風の吹き回し?」
 「ミキ、良い事思いついちゃった。でも一つだけお願いがあるの」

ミティはこれ以上無いほど歓喜を含んだ言葉を紡ぎ、不敵に笑う。
だがその視線が否応を問わせないとでも言う様に不気味な光が宿る。
ひとみは背中に悪寒を感じていたが、一瞬で表情は嗜虐的なものへと変わった。






















最終更新:2012年12月02日 07:26