(23)054 『HUNGRY&PANDARY』



あたしのバイト先のおやっさんと女将さんが国内旅行に行きたいと言い出した
寒い時は人もツバメも南に行くのが日本の伝統だと言っていた。
わーい!お仕事お休みーなんて喜んでいたのもつかの間…あたしは重大な事実に直面する

―バイトがないと、賄いがないだ―

この国はおもしろい国だ
頭があまりよろしくないことや、
あるいはあまりお金を持っていないことをテレビで話すと
笑いが取れる…すなわちお金になるのだ

だとしたら、今の私はなかなかに金になる気がする

ご旅行三日目…朝起きると何かがグーグーと鳴っていた
うるさいなうるさいなと思って目覚まし時計を叩いたけど、音は消えない
それから気づいた、これは私のお腹の音だと
同居人はすでに家を出たらしく、綺麗に畳まれたパジャマが憎らしげに胸を張っている

冷蔵庫は空っぽ おやっさんに貰ったチャーハンも底をついていた
リンリンのういだーぜりーに手を伸ばしかけてその手を引っ込める
蛇口から出した水をごくごく飲んで、のそのそブーツを履いた
財布には、何枚か千円札がある…しかし今日はこれで参考書を買いたい。
これだけは…譲れない

そうだ、今日は絶対リゾナントに行こう 閉店後の時間を狙って
ご飯の事はなるべく考えないようにして駅まで猛然と走り出した
残念ながら間に合いそうもない、腹時計の鳴り響いた時には既に目覚まし時計は仕事を終えていたらしい


「すみません、もうきょ…あージュンジューン!」

いつものようにCLOSEの看板を無視してドアを開けると、ちょっと早すぎるからーなんて変なことを言われた
よく考えてみればなんか今日呼ばれてた気がする…好都合だ

テーブルの方を見ると、最後のお客さんがご飯を食べてる
あれは、うええおええ丼。空腹な今、あれでさえ極上の一品に見える
あの人が終わるまで賄いにはありつけそうもない
二階で待ってます、と高橋さんに言ったのに、それを制してテーブルに腰掛けさせられた。

拷問だ。良い匂いがするのに、あたしはコーヒーしか飲めない
あたしの願いが叶ったのか、最後の客は早々に食べ終わった
念力とも言います。睨むとも言います。ガンツケって言うって田中さん言ってた

「ジューンジュン!こんな早く来たらいろいろ出来んやん」

気持ちはわかるっちゃけどね、このこのー!なんてウインクしながら訳のわからないことを言う猫娘。
お前は摘もうと思えばいつでも食えるだろーが!この空腹知らず!
なんて失礼な言葉を言いそうになりましたですよ。
これも空腹のせい。全部空腹のせい。ジュンジュン悪くないですよ。

田中さんは道重さんに呼ばれて、二階に上がっていった
じゃあ、ジュンジュンもそろそろと思ったのに、高橋さんにダスターを渡される
働かざる者食うべからず、そういうことだろう。
鬼だ。羊の皮を被った悪魔だ。ん?サル?あ、狼だ。
しかし、ここで折れては、食料にありつけない。
パンダ化しそうな我が身を抑え、あたしは一心不乱に床を清掃したですよ。


したら、今度は高橋さんがクスミさんに呼ばれてました

んん?今日は久住さんも来てるのか…
久住さんが来ると毎回、テレビ局のいろんなものが食べれて便利…あ、ありがたいです
こないだは、きらりーちゃんの宣伝したカップラーメンを段ボールいっぱいに詰めて
リンリンと二人で持って帰りました

あの時の味を思い出したら、またお腹が鳴りました
もう、ダメ。死にます。皮と骨になります

あたしはぶるぶると震えながら、キッチンの中に進軍しました
そしてがしりと冷蔵庫の扉を掴んだ
後ろで、からんからんとあたしが捨てたモップの落ちる音がします

ジュンジュン、ダメー!そんな高橋さんの声が聞こえた気がしました
あたしはそんな現世のしがらみをかなぐり捨て、桃源郷の中に足を踏み入れたのです


  おーぷん ざ りふりじーたー




どこかでかめーさの…いや、天使の声がしました
中は天国でした。まっしろなケーキ。みたこともないような大きさのケーキです

たぶん田中さん作の明日のランチのセットのケーキの一つのケーキ
やたらと『の』の多いこの文章…日本語のせんせに怒られますな

いけないいけないと思いつつも、震える脳と泣き叫ぶ胃袋が食べ物を求めます

一口だけ、一口だけ
本能の抗議デモに負けた屈強なはずの理性が、
指先でほんの少しつまめるだけにしなさいと妥協しました

あたしはそれに従いました


   ごぼっ


指は脳の僕 忠実に一つまみだけ、あたしの口に運びました


ケーキはおよそ半分なくなりました

それはいつの間にか変化したパンダの手のひとつまみでした

高橋さんの慟哭によって、
わらわらとキッチンに集まったメンバーの非難を聞くことなく
あたしは数日ぶりの食べ物に、意識を手放しました

あたしは幸せでした


  *  *  *  *

「もう!ケーキをこんなぐっちゃぐちゃにしてー!」

事情を知った田中さんは笑いながらあたしを許してくれた
でも、半分になったケーキがまるでみせしめのように机の上に置かれています

もっと早くごはんのこと聞いてあげれば良かったねー。
高橋さんのその言葉に、そして自分の情けなさにジュンジュンなんか泣けましたですよ

「じゃー、まーシュヒンが見事にぶちこわしてくれましたけど、始めますか!」
新垣さんの言った「シュヒン」ってなんなのか光井さんに聞こうとしたのに、
急に電気が消されました

「フ・アイヤー!」
ご陽気なかけ声と共に、何かの火に照らされて、ぐちゃぐちゃになったケーキが浮かび上がります
ほら、なんて書いてある?なんて促されてケーキの前に立った瞬間に
今度は涙で文字が読めなくなりました

  『ジュンジュンおたんじょうびおめでとう』

半分に挿すにはあんまりにも多い、21本のろうそく
そのゆらめきと8人の歌声を一心に感じながら
ぐしゃぐしゃのそれがさらに倒壊していくのも気にせず、一気に吹き消しました

  みんなありがとー!



「ジュンジュンの、これだっけですか?」

他の8人のお皿にはそれなりの量なのに、ジュンジュンのお皿にはバナナ一欠片
もうホント笑ったですよ。みんなサイコー
それなのに、みんなからプレゼント貰った後に置いてた皿を見たら
ケーキのタワーみたいに、いっぱいいっぱいに盛ってた

みんながちょっとずつくれたから
あたしのお皿食べちゃったのよりいっぱいになりました

頭があんまりよろしくないの、幸せじゃないです
お金があんまりないの、幸せじゃないです

でも、こんな風に仲間のありがたさを感じれるなら、不幸なことじゃないです

この力も同じなのかもしれない
幸せじゃないかもしれないけど、これからもっと苦しいかもしれないけど
きっとそれでも、幸せだって最後には言える

この人たちがいれば…ジュンジュンはサイコーに幸せ者です
みんな大好き




















最終更新:2012年12月01日 20:57