(22)880 『共鳴戦隊リゾナンター』



夜。
ひと気の絶えたオフィスビル街の屋上で、
今宵もまた、誰に知られることもない激戦が繰り広げられていた。

「エターナルフォースブリザード!」

漆黒の魔女、藤本美貴の周囲に数多の氷柱が出現し、その矛先を彼女たちへと向ける。

「散開や!」

高橋愛の指示に従い、
彼女たち…リゾナンターは光井の予知した飛来する氷柱の軌跡から身を逸らした。
一転、反撃。
ジュンジュン、リンリンによる念動力が藤本の周囲に展開する敵構成員を撃破。
生じた間隙に亀井の起こした暴風が捻じ込まれ、
バランスを崩した魔女に、久住の雷撃と人格を切り替えた道重の物質崩壊が挟撃の形で襲い掛かる。
氷壁で凌ぐ魔女に反撃のいとまを与えず、高橋が新垣と共に瞬間移動で懐へと潜り込む。
彼女たちの能力を後方から支援するのが田中の共鳴増幅能力。
完全な連携。完璧な共鳴。
今宵こそ宿敵、藤本美貴を打倒する糸口を掴んだと誰もが思った。
しかし、

(わかってんでしょうね)
(もちろんです)


視線で交わされる新垣と藤本の刹那のやり取り。
新垣が放った五条の鋼線は藤本の首を紙一重のところで、意図的に捕え損ねた。

「惜しかったね。けど手駒も潰されて状況はこっちが不利。
 ここは退かせてもらうわ」

皮肉げな笑みを浮かべ、藤本はその漆黒の衣を夜の闇へと翻らせた。
屋上のフェンスを即席の氷の足場で身軽に跳躍してみせた藤本は、
勢いのまま中空へと身を躍らせる。

「待ちぃや!」

高橋がフェンスに駆け寄った時、すでに眼下に藤本の姿はない。
取り逃がした。
まだ、彼女たちの戦いが終わることはない。


『共鳴戦隊リゾナンター』


「何が悪いんやろ…」

日曜の朝。喫茶リゾナントである。
店が定休日なのもあって、店主兼リーダーの高橋愛は昨夜の戦いの反省をしていた。徹夜で。


昨夜の連携、すなわち共鳴は完璧だった。
完全に敵を倒した。そう確信できたというのに。
こうしたことは決して初めてではない。
以前にも敵の幹部を追い詰めたことは幾度となくある。
しかし、なぜか必ず最後の一手で取り逃がす。
解答はすぐそこまで出掛かっているような気がする。
だが、寝不足の頭では解答までのあと一歩が届かない。
とりあえず仮眠を取るべきか。
そう思い立ち上がりかけた高橋の視線が、付け放してあった店のTVに釘付けになる。
約三十分。
彼女が呆然とTVに魅入られていた時間だ。
届いた。
解答までのもどかしいあと一歩。
それが今、届いた。
確信し、高橋は快哉を叫んだ。

「…これや、これやあああああああああ!!!!」


  *  *  *


『愛ちゃんが寝不足で壊れた』

田中れいなからの電話で新垣が叩き起こされ、
喫茶リゾナントに赴いたのは日曜の正午のことだった。
「本日定休日」の札がかかった扉を開くと、中には既に他の面子が集っている。
リゾナンターの面々に囲まれる形で、なにやら高橋が声高に演説を繰り広げている。


「あーしは今朝理解した! うちらの抱えた決定的な問題を!」

新垣の来訪に気づいた田中が困り顔で近寄ってくる。

「あー。これはナニ?」
「何か今朝からあの調子でずっとわけわからんことを……。」
「あ! ガキさん遅いやよ! 今回のことはガキさんも無関係やないんよ?!」
「あーはいはい、とりあえず落ち着こうよ愛ちゃん」

平静を装って近づきつつも、内心で新垣はギクリと肝を冷やしていた。

――まさか、バレた?

新垣里沙はダークネスのスパイだ。
未だその事実に気づく者はいないが、
昨夜も含めもう何度も追い詰めた幹部の逃亡を補助している。
流石にリーダーの彼女が不審を覚えても不思議はない。
ここまでか。
既に他のメンバーにその可能性を高橋が示唆し、
自分を尋問するために呼び寄せたのかもしれない。
新垣は油断なく、しかし装った平静は崩さぬままに高橋に問いかける。

「で、何? その問題って」
「ふふん。これや!」

高橋は誇らしげにTVのリモコンを掲げ、電源を入れた。
そこに映し出された映像は――完全に新垣の予想を裏切っていた。


  *  *  *


スー●ー戦隊シリーズ。
日本を代表する特撮番組のシリーズであり、その歴史は三十年以上に及ぶ。
一連の作品に共通するコンセプトは、
複数の登場人物が正義の「戦隊」として悪の勢力に立ち向かうというもの。
図式としては現在のリゾナンターとダークネスの関係に似ているかもしれない。

「で、この●ーパー戦隊シリーズがうちらとどういう関係があると?」

メンバーの冷ややかな視線を意に介した様子もない高橋に、
代表して年長の新垣が問いかけると、これまた高橋は得意顔。

「うちらに足りんかったのはこれや。
 原色に分けられた共通デザインの衣装。
 一人一人では敵わない相手でも、
 全員が心をひとつにすることで必ず打ち倒すことができる!
 今朝からネットで調べたところによると、そもそも戦隊というのは――」

小一時間に渡る演説の内容を要約すると、
今朝の番組を見た高橋愛独自の趣味でこういった戦隊路線を突っ走りたいということだった。
……これは確かに、寝不足で壊れたらしい。

「あのねえ愛ちゃん、そういう個人的な趣味で――」
「あーしな、今朝全身に電流が走ったんよ」
「……そりゃ相当の高圧だったんだろうね」
「あーしの過去は前に話したやろ?」


そして唐突に始まる独白。
曰く、自分は幼い頃から祖母と共に暮らしていた。
福井の田舎、それも人里から離れた山奥ではTVもロクに見る機会はなく、
戦隊ヒーローの存在自体を今朝初めて知ったくらいだという。
そしてその戦隊ヒーローの勇姿に、
どれだけ傷ついても果敢に敵へと立ち向かう姿勢に、彼女は感動を覚えてしまったらしい。
(ちなみに今朝の放送は最終回だったのだとか)
というわけで、(どういうわけだ?)是非自分もTVの中の彼等のようになりたいのだとか。

「気持ちはわからなくもないけど…、けどねえみん、な……?」

高橋の独白を聞き終えた新垣は同意を求め、
既に同じ説明を受けていたらしくTVの映像の方に向かっていたメンバーを見た。
そして、絶句。

「熱い…熱いっちゃレッド……!」
「ホントは良い奴だったんだねブラック…っ」
「ブルー…地味だけど縁の下の力持ちって感じ、私には伝わったよ…!」
「ピンク可愛いのピンク」
「イエロー、あなたの犠牲ハ無駄じゃナカタよ…」

全員がなぜか感無量の反応を見せている。
つーかすすり泣きの声まで。
ていうか一体イエローの身になにが。


「ちょ、みんな?! なんでそんなことになってるわけ?!」
「ガキさん、みんなにも伝わったんよ、戦隊ヒーローの良さというものが」

無駄に遠い目で囁く高橋。

「いやいやいや、だって所詮子供向け番組でしょ?
 それでそんな感動だとか良さだとか言われても――」
「いいからガキさんもDVD観てみぃって」


――数時間後――


「ウッ…ヒグッ…そうだよね、悪にも悪側の理由があるもんだよね…っ」

新垣もどっぷりと戦隊ヒーローモノの世界に肩まで浸かっていた。
というわけで、(ほんとどういうわけだ…)
晴れてリゾナンターを戦隊ヒーロー路線に乗せていくという方向性が決定された。


「でも現実的な話、どうするの衣装とか」
「ドン●ホーテのパーティグッズ売場にそういうのあったと思いますけど」
「あんな安っぽいの使うのは何か嫌やないですかぁ?」
「うーん。せめて●映にコネでもあれば……。」
「ありますよ」
『ゑ?!』

全員に( ゚д゚)な顔で見つめられ、久住小春が微笑を返す。
そこでやはり全員が気づいた。
あ、そういえばコイツ芸能人だったと。

「今度東●さんの制作映画に主演で出してもらうんですけど、
 事務所通して頼めば昔の衣装とか機材とか借りられるかもしれません」

恐るべし月島きらり。
かくして、想像以上のスケールで以ってリゾナンターは共鳴戦隊への道を歩み始めることとなった。



月島きらりの所属事務所を通した東●への交渉は不気味なほどスムーズに進んだ。
月島きらりのプロモーション映像の製作というのが契約書上の建前であるが、事後は関係者全員にそんな企画の記憶は残っていない。
無論、陰で新垣が得意の洗脳操作(マインドコントロール)を駆使して上げた成果である。
これによって衣装と、特殊効果に必要な操演技師(洗脳済)といった人材の確保に成功。
衣装に至っては、女性キャラクターのモノも含めて男性のスーツアクター用のそれがほとんどであるという事情から、
わざわざ小柄な彼女達の体型に合わせた品を発注するという傍若無人ぶりだった。

新垣と久住がそういった暗躍を見せる中、他のメンバーはそれぞれの役割分担について決定していった。
主要キャラ五人の配役は以下の通りである。

リゾレッド:田中れいな
リゾブル―:亀井絵里
リゾブラック:道重さゆみ
リゾピンク:光井愛佳
リゾイエロー:ジュンジュン

道重さゆみ本人は強くピンクを志望していたが、
メンバー全員の(イヤだって腹黒さで言えば…)という無言の総意と彼女の副人格である道重さえみの意向によってこのような結果に落ち着いた。
ちなみに言い出しっぺである高橋愛は「リゾシルバー」という、
ここぞという時に現れ味方のピンチを救うというオイシイ役をちゃっかりかっさらっていった。
リンリンについては別の裏方仕事があるということで表舞台からは自ら辞退。


配役決定後は全員で名乗り上げや決めポーズの特訓。
久住と新垣はダークネス出現時に対する大まかな流れを決める作業、平たく言えば台本作成に従事した。
もちろんこれも洗脳したプロの脚本家による助言付である。
一方でリンリンはなにやら本国と怪しげな連絡を取り合っていた。

やがてすべての準備が整う頃、その時は来た。


  *  *  *


日中のオフィスビル街。
次々に降り注ぐ氷柱によってビルの窓が砕け、人々の阿鼻叫喚が木霊する。

「あっはははは! 逃げ惑うがいい!
 ダークネスに服従しない人間には死あるのみよ!」

こっそり新垣が送りつけておいたDVD-BOXの効果か、
それっぽい台詞を吐いて闊歩する黒衣の魔女。
その周囲をDr.マルシェ特製の量産型戦闘アンドロイドが取り巻いている。

「そこまでっちゃ! ダークネス!」

田中れいなの声が迸り、五人の戦士が魔女の眼前へと立ち塞がる。

「現れたわねリゾナンター。今日はずいぶん到着が遅かったじゃない」

ぶっちゃけ光井の予知でいつも通り出現時刻、場所は特定し待機していたわけだが、
ダークネスが暴れる前に立ち塞がったのではイマイチ盛り上がりにかけるという理由で
今まで出てこなかったというのはここだけの話である。


「今日のうちらはいつもとは一味違うっちゃよ!
 みんな! 変身っちゃ!」
『Yes!』

田中の掛け声に呼応し、全員が携帯電話型の変身装置(過去のシリーズで使われた小道具の流用)を取り出す。

『リゾナント・オン!』

腕をクロスさせ、携帯電話を掲げて掛け声。
直後、あらかじめセットされていた蒸気が足元から噴き出し、五人の姿を掻き消す。

「それで隠れてるつもり?」

とは言え、シルエットは丸見えである。
当然、コスチューム装着(着替え)時間を敵が待ってくれる筈もない。
新垣と久住が着替えを手伝ったところでたいした短縮にもならなかった。
量産型アンドロイドの一体が奇声を発しながら距離を詰めてくる。
刹那、砲声。
アンドロイドが腹部に穿たれた大穴を中心に木っ端微塵に吹き飛んでガラクタと化す。

『アー、ダークネスの皆サン、着替えが終わる前に動いたら、コロシマス』

拡声器を通して轟いたのはリンリン…いや、刃千吏所属護衛官、銭琳の声。
見上げると近くのビルの窓からゴツい銃口がこれみよがしに覗いている。
一体どんな経路で入手したのか。
南アフリカはアエロテクCSIR社が開発したダネルNTWアンチマテリアルライフルである。
口径は二十ミリ。
対物ライフルというからには、人間や量産型のガラクタに使えばご覧の通りの威力を誇る。
かすっただけでも腕が千切れ飛ぶことは間違いない。
さしものダークネスの魔女も己の能力を喰らったかのように全身硬直。


そして、約一分後。

「赤き血潮は勇気の証! リゾレッド!」
「青い風には慈愛の心! リゾブルー!」
「黒きこと闇の如し。深きことまた闇の如し。リゾブラック」(※さえみさんです)
「桃色ピーチは女の根性関西魂! リゾピンク!」
「黄色はバナナの色ダ。異論は認めナイ。リゾイエロー!」
『悪は絶対許さない! 滅殺! 虐殺! ジェノサイド! 
 共鳴戦隊! リゾナンター!』

それぞれのカラーに沿った色の爆煙が背後で爆発し、
全員揃っての掛け声でより派手な爆発。
確実に周囲の建物への被害を拡大させているが気にしたら負けだ。

「いくよ! みんな!」

一斉に敵へと踊りかかるリゾナンター達。
その手にはリンリンがついでに調達してきたアサルトライフルやらサブマシンガンやら日本刀やらが握られている。
ダネルNTWの銃口を向けられ未だ硬直状態だったダークネス側は苛烈な弾幕や斬撃、
ジュンジュンの念動力やさえみの物質崩壊攻撃の前に成す術もなく屠られていく。

「え、ちょま、あんたら確実に超能力戦の時より強いじゃん?!」

劣勢と見てか、一目散に逃げ出していく魔女。
その足元に、ダネルNTWの機関砲弾がめり込んでコンクリートの破片を舞い上げる。
魔女、再び硬直。


『今日こそ逃がしまセンヨー』

拡声器から降る死神の囁き。
魔女はすぐ背後に迫る死を意識した。


かくして、ダークネスの幹部を捕えることにあっさり成功した五人の戦士たち。
しかし戦いはまだ始まったばかりだ。
頑張れ僕らのリゾナンター。
負けるな僕らの共鳴戦隊。


【完】


  *  *  *


(まだかなー。ピンチの合図まだかなー)

……次の機会にまた頑張れリゾシルバー。




















最終更新:2012年12月01日 20:53