(21)725 『未来に浮かぶ可能性-Birthday of 16-』



誰だって不幸な事故に遭遇することはある。
交通事故にあった。
海で溺れた。
家が火事で燃えた。
地震で建物に生き埋めにされた。
不幸で、不運で、悲痛な"未来"。
もしも全ての人間が"未来"が見えたなら、その全てを
回避する方法を導き出すことは出来るだろうか。

その確率は計り知れない。
多分何割かは自分自身と同じく何らかの方法で"救われる事を"願うだろう。
だが後の何割かは───その在るはずの"未来"を視た事で耐え切れなくなるかもしれない。

誰だって不幸な事故に遭遇することはある。
だがその"未来"を目の当たりにした時、人間は"希望"のみを見出す事が出来るだろうか?
気付く事が出来るだろうか?信じる事が出来るだろうか?

───"可能性"という大きな渦の中で、私は、存在し続けることが出来るのだろうか?



  ───ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッ!!

嫌な音が辺り一体に轟いた。
空気を揺らし、まるで地震が起こったような振動が鼓膜を貫く。
猛烈な突風で、何となくは"予測"していたのだ。

 ───轟音と残響。悲鳴の不協和音。

振り向くと、其処には無残な鉄骨の残骸。
突風の所為でビル工場から崩れたのだろう。
見上げると、設置されているクレーンが右に傾いている。

 「誰か!誰か手を貸してくれ!」

鉄骨の隣で、何かを喚く男性が見えた。
その顔は真っ青で、破片でもぶつけたのか、頭からは血が滲んでいる。
まるで、"何かを掘り起こそうとしている"その行動に、少女───愛佳は
ただ見つめることしか出来なかった。
それどころか、不快にさえ思っていたのかもしれない。

 ───何故こんな日に、と。
 あまりにも心無いが、少女にとってそれは"日常風景"だった。

数分も立たずに其処は人だかりで覆われ、現れた警察官が「危ないから下がって!」
と興味本位に沸いてくる野次馬を一蹴する。
救急車のサイレンとパトカーのサイレンが入れ混じり、愛佳は気分が悪くなった。
その場を逃げるように青信号へと変わった横断歩道を渡り
無意識に震えだした手を押さえ込もうと拳を作る。

 「あれ?愛佳やん」


呼ばれた声にビクリと肩を跳ねるが、振り向いた其処には見慣れた顔。
どうやら仕込みの買出しの帰りなのだろうか。
ポケットに入れられた手にはスーパーの袋を持ち、どこかに連絡を入れていたのか
片手には携帯をイジっている。

 「…田中さん……?」
 「今ここで事故があったとかで…って愛佳、どうしたとっ?」
 「え…?」

彼女、田中れいなは愛佳の異常なほど真っ青な表情と、全身が
寒気を訴えるかのように震えている姿に尋常じゃないと判断した。
慌てて近くに駆け寄るが、その時に隣の道路にサイレンを鳴らして走り出した救急車。

 「…とにかく『リゾナント』に行こう?皆待っとるとよ?」

れいながそういうと、愛佳は振り絞るように頷く。
掴んだ手はあまりにも生気を感じず、そしてただただ"恐怖"のみが張り付いているかのように冷たかった。



 ───誰だって不幸な事故に遭遇することはある。
 交通事故にあった。
 海で溺れた。
 家が火事で燃えた。
 地震で建物に生き埋めにされた。
 不幸で、不運で、悲痛な"未来"。



そして時に"未来"は、"変える"事と"変えられない"事の選択肢を生み出す。
未来は全てが救える方向へと進む事は無い。
だから人間には"不幸な事故"と呼ばざるおえない事象が存在する。

例え"未来"が見える人間が居たとして、それは全てに適応される事は難しい。
"視得る"確率が100%であっても、その全てが"回避"と結びつくことは無い。
"未来"はあくまで"視る"という手段でしか具現化する事は無いからだ。

 ───ただの人間である予知能力者は、だから自分自身を結末として繋げる事がある。

 "自己犠牲"又は"精神崩壊"、"未来"を見る事は"可能性"であると同時に
その人間を追い込む結果となりかねない。
予知能力者は全てそれが"当たり前"だから。
"視得て"当たり前の風景。"視得て"当たり前の日常。
だから余計に思う。

 "視得る"未来だからこそ、人間は"可能性"に縋りつく。


 「はい、ミッツィー」

テーブルに置かれたコーヒーをチラリと見た後、愛佳はまた視線を落とした。
手の震えは止まり、暖房で温もる空間は寒さをなくす。
それでも、ココロの中は空っぽのままだった。

 「そんな事があったんか…」

隣には気遣うようにれいなが座り、向かい合うように愛と里沙が居る。
その表情は少し困惑しているようにも思えたが、あまり良いモノではない。



 「でも、あーしも似たようなチカラやから判るよ。確かに、怖いことやんな…」

愛が持つ精神感応(リーディング)もまた、今現在の声が聞こえる能力だ。
"聞こえる"事が当たり前の日常だが、その中には断末魔のような叫び声も在る。
其処にも恐怖がある。
"助けられる"のか、それとも、"助けられない"のか。

 「それがたとえ自分の所為じゃなくても、チカラを持つ人間にとっては凄く怖いことやね。
 "助けられたはずの可能性"、"助けられなかった未来"を予測するんもまた
 予知能力者の宿命みたいなものやよ」
 「愛ちゃんっ…」

里沙が隣から割って入ったが、それでも愛は言葉を止めなかった。

 「でも、それと同じくらい"救われる未来"もあるのを忘れんで。
 確かに全ての"未来"を救うことは出来んかもしれんけど、ここに集まってる皆は
 少なからず、ミッツィーのおかげで救われてるんよ?」

過去を思い悩むな、などとは言わない。
だが、自分に唯一与えられた"可能性"さえも捨ててしまえば、それはあまりにも悲惨な事だ。
「自分自身が変えられる未来」さえも恐怖に塗り潰すことだけは、誰しもが
あってほしくない"可能性"なのだから。

 「ほら、ミッツィーにはもう見えるんやない?皆の姿がさ」

愛の言葉によって過ぎる"未来"。
それは慌てて駆けつけるメンバーの姿と、今日の日の為にと買ってきたらしい大きな箱。
愛佳は、その時に初めて涙を流した。



 「1人だけ背負うのが"未来"やないんやで。
 皆が同じ"未来"を歩くのもまた、一つの"可能性"やよ」


数分後、店内に入店を報せる鐘が木霊した。

 「ミッツィー、ハッピーバースディ!!」

メンバーの持つクラッカーが一斉に鳴り出し、誰かの歓声が響いた。
愛佳は涙を拭い、精一杯の笑顔を浮かばせた。

 受け止めることは確かに難しい。
 だが自分は生きている。これまでも、これからも。
 傷は癒えないが、それを見せ合うこともまた大事なのだろう。
 自分だけが"視得る"モノではなく、仲間が見てくれるそのココロを。

16才のその日、愛佳は少しオトナになったような気がした。





















タグ:

光井愛佳 生誕
最終更新:2012年12月01日 16:11