(20)789 『2×8+4=花畑』



『いやー、今年もベッドの上で年を重ねることになりました』
11月のある日、亀井絵里は笑いながらそう言った
年末か誕生日か、提示された二択に対し、彼女は年越しをリゾナントで過ごすことを選んだ

『新年会や忘年会とえりちゃんの誕生日を一緒にしないで下さいよー』
みんな、わかっていた。
この彼女の言葉に対して、絶対に明るくしか返事をしてはいけないことを…

  *  *  *  *

  ―パーティは退院後。プレゼントは各自可能な時間に―

忙しい師走のさらに忙しい年末。なかなか各々の予定を合わせるのは難しい。
だから、検査入院の終わってからパーティをするために、23日は集まらないことが決まった

  それが、主賓の願いだったから…

あぁ、どうしてこの人はこんなにも、人のことを優先するのだろう…
少しくらいわがままを言っても、わがままにはならないのに。

わがままを言うフリをして、いつだって私たちのことを考える。

だからせめて、私は当日に病院に行くんだ。他の何人かもきっとそうしてるはず。
このプレゼントを渡したら、彼女はどんな顔をしてくれるんだろう…
私は彼女にどんな言葉をかけようか…



彼女はいつだって優しかった
私は彼女から命の尊さを学んだ
戦いのさなか、心が高ぶり、闇の中に堕ちそうになっても
最後尾の彼女を見れば、そんな気持ちはかき消された
たとえ、敵であっても一つの命であると…


彼女はいつだって気高い魂の持ち主だった
私は彼女から諦めないことを学んだ
戦いのさなか、傷つき、心折れ、地に足をついても
最後尾の彼女が躍り出て、援護の風を起こすその背中を見れば、魂が奮い立った
その私の頬を、彼女の風が優しくなぜた


「さっむー!!」

彼女の風とはまるで真逆な蒼い冬の風に頬を刺され、思わず足を止める
そこにちょうど、小さな小さな花屋があった。
店内からちょこりと顔を覗かせるあるものに誘われて、私はそこに足を踏み入れた

…これくらいの抜け駆け、許されるよね



道を急ぐ私の右手には先ほどと同じプレゼント
そして左手には、新たなお供、小さな花束

季節外れのオレンジのガーベラを一本だけ買った
人気があるらしくて、今日はよく出てるって。
あまりにも悩みながら見てたからかな、おじさんがおまけに一本違う花をつけてくれた。
嬉しくて適当に選んじゃったけど、この二本の色って合ってるかな?

生花って、結構高いんだな…本当はもっとこう…年齢の数!とか言いたかったよ…
生憎と持ち合わせがなくて…なんてちょっと大人な言い訳

でも、彼女の病室の花瓶は確か小さかったから
二本だけでもなかなか可愛いものになるに違いない。
そう思うと私の足取りは弾んだ。

  *  *  *  *

病室の主は検査を終えたのか、すーすーと眠り姫になっていた
その足元に並ぶは、ナイトからの7つの箱

なんだ、私が最後だったのか。みんなやっぱり来たんだなーなんてちょっと嬉しくなる。
でも、どの箱も開いていないところを見ると、かなり近い時間に仲間達は訪れたらしい…

…彼女が朝からずっと寝てるって意見も捨てきれないのが、残念だけど



まずは、そうプレゼントからだ
どうも起きる気配はないし、このままみんなの分と一緒に置いておくのも
それはそれでおしゃれなサプライズな気がした

「…お誕生日おめでとうございまーす…」

静かに述べて、プレゼントをまるで私の為に空いていたようなスペースに置く

それから、これを…と、お花を飾ろうとして、固まる


  なんだ…みんなも…


私には、自分のするべきことがすぐにわかった。



病院を出て、メールをしようと電源を入れた携帯に、
すでに仲間からの『重要なお知らせ』という件名のメールが届いていた

「りょーかい!」

  メールでも言葉でもそう放つと、私はすぐに駆けだした あの風のように…



  *  *  *  *

「くああぁ…よっく寝たー」

あたしが目を覚ますと、時計は既に夕刻を指し示していた。
誕生日を寝て過ごしちゃいましたよー…って思ったけど、
まぁ、結構いつも通り。いつも通りって、すっごく大切なことだと最近すごく思うの

改めて伸びをしようと上半身を起こすと、つま先辺りに並んだ、8つのプレゼント。
まるで、お姫様みたいで、なんだか嬉しくなる

「わー!」
みんな、わざわざ来てくれたんだ
なら、起こしてくれても良かったのに…って思ったけど、起きなかったんだろうな…

一つずつ、大切に開けようと布団から足を出したその時、
カーテンの隙間から、夕暮れを告げるオレンジの光線がやわやわとあたしを照らした

もっと見たい…そう思って窓に目をやったとき、片隅の小さな机にあった空の花瓶の中に、
倒れそうなくらいたくさんの花が挿してあるのを見つけた

それは、8本のオレンジのガーベラとそれを囲むように飾られた、
黄、黄緑、ピンク、水色、赤、紫、青、緑の8本の花たち


「うそ…すごい、すごい綺麗…」
なんだろう…ほんとはアンバランス。長さも、形も色合いもなんか変。
それなのに…心揺さ振られるほど、美しいと思った


みんなにお礼言わなきゃ、そう思い立って、
一階のケータイオッケーコーナーに駆けだ…そうとした、のに…

がらがらがら…

先に開けられたドアの前に立っていたのは、
4本のガーベラを持ったさゆと7人の仲間たち…

「そこにある花が16本で、さゆの持っとー4本で20本!!
 せーのっ!」

『ハッピーバースデー!絵里ー!!』

突然の事に驚きすぎて嬉しすぎて、口を押さえて後ずさった私をさゆが引き寄せる
それを取り囲む仲間たちに、あたしは涙でしか答えられなかった

「なんで、なんで、集まっ…」
「みんな集まろうとしたんやなくての、ホントにたまたま集まっちゃったんだよ!絵里の為に!」
愛ちゃんは、笑顔であたしの頭を撫でる


  亀井さんなかなか起きないから待ちくたびれたー
  まだプレゼント開けてないよねー?
  こはるぅのーこはるのプレゼント見てくれましたー?!

仲間達らしい祝福の言葉、ひとつひとつにあたしは頷いて感謝した
そして、生まれてきたこと…
この人たちと共に歩んでいけるその未来を想って、心の底から感謝したの


「あーはいはい!続きは中入ってードアしめてからにしようね!
 他の患者さんのご迷惑だから!」

手を叩いて入室を促すガキさんと目が合う

「コラー!カメ!あんた泣いてないで言うべき事があるでしょーが!」

あはは…ガキさんの声が一番大きいですよ?


そんなガキさんに向けて、
あたしを包み込む、さゆに向けて、
あたしを取り囲む、仲間にむけて、
そして、あの、花束に向けて…


「ありがとう…。これからも、ずっとよろしくお願いします!」




















最終更新:2012年11月27日 09:19