(20)736 『海上の孤島 -真実の光と闇- 』



白い部屋から出て治療を受けることができた里沙は、少しずつ回復していった。
しかし里沙は気を失っているため、またれいなの説得のため、その場所から皆は一歩も動けずにいた。


「……れいな」
「なんね、愛ちゃん」
「…まだ、これでも、里沙ちゃんを許せないって言うか?」


愛はれいなに問う。
先ほどのれいなの言い分も分からなくはない、愛はれいなに許してほしいと思う。
それは同情などからではなく、本気で許してほしいという懇願でもある。


「っもう分かるわけないやん!」
「れ、れいな?」
「ガキさんはみんなを裏切ったとよ!
 最初は助けるつもりでおったけど、許す許さないは別問題やんっ」
「でも!それじゃあガキさんは帰ってきてくれないよ!」
「なら帰らんくてよかっ!!」


れいなは混乱していた。
皆を裏切った里沙を許しても良いのだろうか、と。
里沙と一緒に帰っても今後このようなことが起こらないとは言えない。

けれど、れいなは里沙と共に過ごした日々のことを思い返しても、
そのすべてが裏切りの上で成り立っているものだと考えたら…



「…れいな」
「…っなん、愛ちゃん」
「本当にそう思うんか?」
「だ、だって!確かに今までガキさんがいたからやっていけるようなことはあったとよ!
 でも、それがすべて裏切りに繋がることだって思ったら……」


混乱している今のれいなには説得できる言葉も見つからず、他の皆はただ二人の会話を聞いているだけだった。

しかし愛は、れいなを説得しようとした。
裏切られた気持ちは皆同じであるということを。
それでもなお信じようとする思いは、決して簡単に持てるものではないということを。

大切な仲間だと思っているから信じる。ただそれだけである。


「…れいなも、あーしもみんなも裏切られて悲しいのも苦しいのも同じや。
 けど、誰が一番苦しんでるかって言ったら、里沙ちゃんやろ?
 れいなの気持ちも分からんくはないけど、里沙ちゃんの気持ちも考えてあげて。
 裏切っても、共鳴という絆で繋がっていることに苦しんでるはずやから。
 どっちつかずで、闇にも光にもなれん。…やからあーしは、里沙ちゃんを救いたい。
 裏切りは許せんけど、それ以上にあーしは里沙ちゃんと一緒に帰りたいって思ってるから」


その心に宿る想いは確かなもの。
それは皆一緒であるはずで、れいなも一緒の想いのはず。

だから気付いてほしかった、その確かな想いを。



「……愛ちゃんは、優しすぎるけん。ガキさんがおらんと身がしまらんねっ」
「れいな…」
「先に言っとくけん。
 れいなはガキさんの裏切りを許すことはできんけど、一人でも欠けるとダメって分かったけん。
 …ガキさんと一緒に帰るっちゃ」
「やった!」
「れいなよくやった!」


いきなりれいなに抱きつく絵里とさゆみ。
恥ずかしそうに避けようとするれいなも顔を見ると笑顔である。


「良かったな、里沙ちゃん。一緒に帰れるで」


座り込み、横にして抱きかかえた里沙の頬を撫で、安心の言葉をかける愛。
これでやっとみんな揃って帰れることに愛も、仲間全員も安堵した。


   **


「…忍び込ませた開発途中の最新型m828は駄目でした」


薄暗く、蝋燭の明かりしかない広い部屋で、少し汚れた白衣を着た男は、
部屋の中心に置かれている長いテーブルの一番向こうで、長く背もたれのある椅子に偉そうに座っている人に報告をした。


「いろいろと手は尽くしましたが、共鳴者組織のリーダーである高橋愛にやられました。
 やはり昔よりかは数段腕が上がっているらしく…」
「そんなことを聞きたいわけじゃない。
 これからお前はあいつらを殺れる物を作れるのかどうかを聞きたいんだがな」
「…力の限り尽くします。腕が上がっているとはいえ、まだまだ小娘たちだけの組織。
 必ずやあいつらを殺ってみせましょう」
「…期待しているぞ」
「はっ」


白衣の男がその場から消えた後、椅子に座っていた人はため息を吐き、ある人を呼んだ。
呼ばれた人は女性であり、彼女もまた白衣を着ていたが装いは先ほどの男よりも清潔であった。
女性は呼ばれると椅子に座っている人の近くにいき、ひざまずく。
そして顔を上げ、言葉を待つ。


「…後であの男を始末しておけ、もう用無しだ」
「はい」
「そして、m828を回収してあいつらの痕跡が残っていないかを調べておけ」
「はい」
「あと、例の所にも今回の件を連絡して動かせろ。
 ……それと、そんなかしこまらんくて良いと思うけどな。…圭ちゃん」
「一応、闇の総統の前ですから。…裕ちゃん」


圭ちゃんと呼ばれた女性 -保田圭-はそう言うと顔を上げた。
そして裕ちゃん -中澤裕子-を見て、立ち上がる。

「新しく研究者雇っても全然使い物にならへんなぁ」
「一応がんばってはいるみたいだけど、まだまだ技術も知識も浅いよ」
「んー、やっぱりDr.マルシェとあんた、Dr.Kの二人でがんばってくれや」
「人使い荒いねー…あの子は新しい薬の開発途中で忙しいから、当分はまだろくでなしの研究者たちを使っとくよ」
「はぁー……まあ、まだ時間はあるさかい、がんばってくれや」


そう言う裕子の瞳が一瞬光った気がした。
口は笑っていても瞳の奥では何を考えているのか分からないその表情は、圭を少しだけ怯えさせた。


「じゃあ、研究がまだ残ってるから」


そう言って圭は逃げるようにその場から消えていった。


「……高橋たちは、強くなってるみたいやんな…」


薄暗い闇の中、裕子は遠くを見つめ、今では敵である共鳴者たちのことを考えた。
共に戦い歩んできた道は同じなのに、その先に目指す物はまったく違っていたのである。
だから敵同士となってしまった。
かつては仲間だった彼女たちを、これからも共に歩むことができないことに最初こそは悲しみはしたが、
今では同情すらまったく無く、容赦無しに戦いを挑んでいる。


しかし、昔を思い出すことはあっても、振り返ることはしない。

思い返すことをやめると含みのある笑みを浮かべ、裕子 -闇の総統-は闇の中へと消えていった。






















最終更新:2012年11月27日 09:15