(19)606 『暗闇の女豹』



危ない!!!

いきなり路上に躍り出た人影に急ブレーキを踏んだ。
ドアを開け飛び降りる運転手。

「あんた何を考えてるんだ、いきなり車の前に飛び出す…、寒くないのかそんな格好で」
「私の名はR、暗闇を駆ける美しき女豹」
「何訳の判んないこと言ってるんだ。 ハハーン、あんた露出狂っていう奴だ、グェッ」

女豹の繰り出した回し蹴りを喰らって昏倒する運転手。

「私の身体を拝ませてやった代償に、このトラックの積荷はダークネスが頂くよ」

言うなり精神を集中させて念動力を発動させる。
美しい貌は般若のように歪み、額の血管がピクピクと隆起している。

ハァーーーッ!!

「お前達、運び出すんだ」

横転したトラックの荷台から積荷を運び出す戦闘員達。

「アッハッハッハッ」 Rの哄笑が響き渡る。


「梨華ちゃん、頑張ってるね」
「あ、安倍さんいらしてたんですか」
「ちょっと寒くなってきたから、マルシェの淹れた紅茶でも頂こうと思ってね」
「あ、待ってくださいね」
「これで7台目だよね」
「ええ、流石に石川さんもお尋ね者ですよね。 素顔で街を出歩けませんよ」
「あのままトラックごと転送できる地点まで移動すればいいんじゃないのかねえ」
「いやあ、あれが石川さんの生き甲斐でしょう」

ディスプレイにはトラックの積荷を運び続ける数十人の戦闘員の姿が映し出されていた。

ハングリーアングリー計画。
それは日本人の好む食品の流通量を減らし、飢餓感を煽り人心を荒廃させようという遠大な計画。
粛清人Rはその計画を指揮することを申し出て、今その任に当たっている。

「でもまだ全然品薄になっていないよね」
「ええ、あれは日本人が最も好む果物、ということは元々流通量が多いということですから、
2トン車を7台襲ったぐらいでは、とても追いつきませんよ。
そうですねえ、あと3万4千台ばかし襲撃すれば、価格が5%は上昇するでしょうが」
「何で最初に言ってあげなかったのさ」
「だってぇ」



元々は農作物発病用ナノマシンを生産地に送り込むことを前提に、自分が立てた計画だった。
それを途中で割り込んできた石川さんが勝手に暴走するからいけないんだ。

「ああやって頑張ってる石川さんって可愛いじゃないですか」
「マルシェもワルだねえ」
「安倍さんにはとても敵いませんよぅ。  あ、紅茶が入りましたよ」

それにしてもダークネス本部に次々と運び込まれている日本人が最も好む果物―バナナ。
14トンのバナナはダークネス本部の倉庫を埋め尽くし、独特の甘い香りは本部中に漂い始めている。
こんな状態の本部に、現在海外支部を視察中のあの人、バナナ嫌いのあの人が帰ってきたら、計画の
実行者はどんな目に遭うか。
それを想像すると、自然と頬がほころんでくる二人だった。

「紅茶が美味しいね」
「ええ」

マルシェの研究室を穏やかな時が流れていった。





















最終更新:2012年11月27日 08:36