(18)331 『海上の孤島 -裏切りの末路- 』



闇は彼女の心を覆う
ゆっくりと、ゆっくりと侵食していく


「いつになったら、死なせてくれるの…?」


   ◆◆


高すぎる天井の近くに、小さな窓がある。
そこから漏れる光は微かで、時はすでに夜だと告げていた。

囚われの裏切り者、新垣里沙は薄暗い牢屋の中にいた。
身体を小さくして膝を抱き、目を閉じてうずくまっていた。
目を閉じて考えることは、ここに来るまでに自分がいた喫茶リゾナント。

そして、今でも大切だと思っている仲間たち…


彼女を苦しめていたのは、決して裏切りの行為だけではなかった。
仲間を想う気持ちにも、苦しめられていた。
それは彼女の心を悲しませ、暗い深淵へと落とした。


「……愛ちゃん…」


そして、あともう一つだけ。

愛と里沙が交換した、イニシャルの入ったお守り。
彼女を守る物であるのに、今では里沙を苦しめる物でしかなかった。


   **


「迎え」が来たのは、闇が落とされた時間も深い頃だった。

里沙は目の前にいる闇からの伝達者から伝言を受け取った。
それは彼女を狼狽させ、悲しみを与えるものだった。


『 スパイとして働いていた新垣里沙を [海上の孤島] へと送る。以上――― 』


それは、事実上の死刑処分だった。
『海上の孤島』へ送られるということは、新垣里沙は反逆者として、"共鳴者"として見なされてしまったのである。

スパイとしてしっかりと働いてきたつもりだったのに…

彼女はこの報せを受け、最初は取り乱した。
しかし、取り乱しても状況は変わらない。
取り乱した思考を一旦停止し、彼女は冷静さを取り戻した。

そして、その事実を受け止めることにした。


この報せを受けるに従い、上層部からの命令で新垣里沙という人間の記憶を共鳴者の記憶から取り除かなければいけなかった。
それは闇の集団にとっては必要不可欠なことであり、もし残っていれば後々面倒なことになりかねないからである。

だから取り除かなければいけないのだが、里沙は少し躊躇していた。
しかし、これは命令である。
闇に所属している以上、命令は絶対だ。




それから一週間後―――
彼女は仲間たちの記憶を操作し、"新垣里沙"という人間を抹消した。



   **


『海上の孤島』、別名「牢獄島」に新垣里沙は連れられてきた。

実際には見たことなど無く、話に聞くだけだった。
しかし目の前にすると、それはひどく、彼女をさらに闇に落とした。


絶壁ばかり、周りは海だけ。
カラスや鷲が飛び交い、「牢獄島」はひどく暗い雰囲気に包まれていた。

正門だと思える大きな鉄の扉を開けて中に入る。
内部は薄暗く、黒い服に身を包んだ多くの監視者が所内を歩いていた。
ロビーとは言えなくもない広い部屋を通り抜け、
淡く光る白い蛍光灯で照らされた細長い廊下を監視者数人に連れられて歩く。
その先にあるエレベーターに押し込まれるように乗り込み、上階へと進んだ。

エレベーターから降りると、目の前にはまたも細長い廊下。
廊下の左右には鉄の扉がたくさん存在し、監視者に囲まれてその廊下を歩く。
よく鉄の扉の表面を見てみると、そこには一つずつ数字が書かれていた。
たぶん、囚人を識別する為の番号なのだろう。

  ―――自分はもうすぐ処刑されるというのに…

こんなにもひどく冷静な自分を里沙は頭の中で客観的に見ていた。


急に立ち止まる監視者。
里沙もそれに習い、立ち止まる。

目の前には他の鉄の扉とは違う、白い鉄の扉があった。
先頭にいた監視者はその扉を指差し、中に入れと促した。
里沙は眉をひそめるも、抵抗はせずに扉を開けて中に入った。


入るとそこは、今までの薄汚い感じとは違った場所が広がっていた。

広い円形の部屋だった。
壁、天井、床のすべてが真っ白で、少し目が痛くなるのを感じたぐらいだった。
そして、その円形の部屋からまた、今度は黒く染められた扉が全部で5つあった。
後ろにいた監視者は右から2番目の扉の前に行き、扉を白い鍵で開けた。
里沙は他に側にいた監視者に促され、その扉の中へと入っていく。


そこは、今度は白とは対照的に真っ暗だった。
まさしく牢屋と呼ばれるような場所で、けれど天井は高く、窓が一つ高いところにあった。

窓を見つめていると、後ろで扉が閉まり鍵をかけられる音がした。


彼女 -新垣里沙- が、『牢獄島』に囚われの身となった瞬間であった。


    ◆◆


囚われの身となった次の日、里沙の下に闇からの伝達者が送られてきた。

また何かの報せか…
彼女はひどく落ち込んだ心で、伝達者からの手紙を受け取った。


『 囚人、新垣里沙に伝える。
  機密情報を共鳴者に漏洩した疑いで死刑を確定す。
  よって処刑日は本日から一週間後、24時に執行す。以上――― 』



時は迫る。
この報せを受けても、彼女の頭の中はひどく冷静だった。

仕方が無いと思っていた。
闇の集団でスパイの役目を授かった者は、役目が終わった後に殺されるということが噂であったから。
役目をもらったばかりの当初はそんなことなど頭に無く、懸命に努めようと思っていた。
しかし、先輩たちの話を立ち聞きしたばかりに、その噂は里沙に伝わってしまった。
頑張っていれば大丈夫だと思っていたけれど、どれくらい頑張っても進む先はスパイなら誰でも同じであると分かってしまった。


  ―――スパイは裏切り者でしかない


ならば、来るべき時が来るまで、スパイという役を演じようではないか。



しかし、彼女は後悔することになる。

共鳴者である愛達を信頼し、大切だと思ってしまったことを。
たくさんの思い出を仲間と共に作ってしまったことを。

愛と交換したお守りと、それに込めた誓いを。


それらはすべて彼女の心を温かくさせる物のはずなのに、
この時ばかりは、彼女を苦しめるものでしかなかった。





















最終更新:2012年11月26日 21:49