(01)780 『関空発→羽田 ボーイング機内』



PM11;45 関西空港発、羽田行きボーイング787の機内で、新垣理沙は悪夢にうなされていた。
マインドコントローラーである自分の能力によって、今までに心を破壊した相手の顔が浮かんでは消える。
精神に干渉する事によって、心的外傷を与え、あるいはそれを深化させる。相手の自我を破壊し、人格の乖離を誘発する。
悪夢の内容はいつも同じで、意思を奪われ、人格を失った空っぽの瞳が、新垣を見つめている。
新垣は忌まわしい自分の能力を、身体からえぐり取ろうと、夢の中で胸を切り裂いたところで、目を覚ました。

額の汗を拭き、ペットボトルの水を飲み、ふと辺りを見回すと客室乗務員が二人、慌しく通路を走り去るのが見えた。
何かあったのだろうか?そう思った瞬間、機体は激しく揺れ、急降下した。乗客は身体が一瞬、宙に浮き、座席から投げ出される者もいた。
機内に悲鳴が響き渡る。散乱した荷物。怒鳴る声。悲鳴。悲鳴。
叫ぶ声。「墜落するのか!」その声がさらに悲鳴を呼び恐怖が伝染する。
新垣理沙は通路に投げ出された臨席の青年を、やっとの思いで席に引きずり上げた。
先ほどから姿を消していた客室乗務員が戻ってきて、青ざめた顔で何の前置きも無しに言った。
「この中で、飛行機の操縦が出来る方はいますか!いたら、至急、操縦室まで一緒に来てください!」震えた声が状況の深刻さを伝える。
客席から声が上がる「何だって!」「パイロットはどうした?!」
「機長は、只今、昏倒していて操縦が出来ません!」
「副操縦士がいるだろ!」
「副操縦士も・・・同じ、状態です」客席がどよめいた。
泣き叫ぶ子供。携帯で助けを求める者。「パラシュートを出せ!」と客室乗務員に詰め寄る者達は、通路に倒れたケガ人を踏みつけた。
(組織の仕業であろうか?)新垣は思った。だとしたら、自分の持った卑しい能力のために、この惨劇は起きているのだ。


その時、ファーストクラスから一人の男がなだれ込んできた。慌てふためき、目が血走ったその男は、お笑い芸人の田島明夫だった。
「操縦できる奴はいたのか?」と客室乗務員に聞いた田島は、芸人の顔を捨て去り恐怖に狂っていた。
新垣理沙は一瞬で決断した。(この男の身体を借りよう) 新垣理沙は男の精神に意識を滑り込ませた。
パニック状態にある人間の精神を乗っ取るのは容易い。一瞬にして、田島明夫の顔色が変わった。
今や、田島の精神は完全に新垣の支配下にある。揺れる機体の中、足を踏ん張りながら、田島(新垣)が満面の笑みで言った。
「俺、明日『ごきげんよう』の収録があるんだよ」客席は依然、ザワついていたが、何人かは田島の方を見た。
「今から、小堺さんに電話しま~す!」舞台で鍛えた声は良く通った。客席のほぼ全員が田島を見た。田島は、すかさず言った。
「どうも、みなさん。田島です。今、この飛行機は自動操縦で上空を旋回しているそうです。10時間くらいは飛べるそうです。ちょっと揺れるけどネ」
そう言って、大げさに嘔吐する仕草をした。一人の子供が笑った。その笑い声を聞いて、何人かが微笑んだ。田島は続ける。
「怪我をしてる人はいませんか?挙手して下さい!隣の人が助けてくれます。」何人かは笑って、口々に「けが人はいないか?」と声をかける。
すると、客室乗務員の内の数名が、救急箱を持ち機内を回り始めた。


「それともう一つ、この中に飛行機の操縦が出来る人はいませんか?セスナでもヘリでも一度でも操縦した事あるって人。いませんか~」
一人の青年が遠慮がちに手を挙げて言った。「シュ、シュミレーションゲームなら・・やった事が」田島が呟く「お、お前・・」客席から落胆の声。
田島「全クリした?」青年が答える「しました」「カモン!コックピットッ!」
客席から声が上がる。「俺、グライダーなら」「僕は飛行機ヲタです!ボーイングのマニュアル持ってます!」田島「よしっ!みんなで行ってくれ」
先程まで、死への恐怖に支配されていた乗客が、生に向かって自分が出来る事を探し始めていた。みんな、自分を取り戻しつつあった。
初老の女性が「あんた、テレビで見るよりイイ男だねぇ、あたしゃファンになっちゃったよ」と言うと
「田島さんありがとう!」「小堺さんの番組、見るからね」等と乗客から、声が掛かった。
すると、新垣の意識層に押さえ込まれていた、田島本人の意識がむっくりと首をもたげて「みんな、ありがとう!」と答えた。
新垣はあえて押さえつけずに田島に少しずつイニシアチブを渡していった。
田島は先程までパニックを起こしていた自分が何故、急に冷静になり、乗客の沈静化を買って出てるのか分からずにいた。
しかし、目の前の客が自分を必要としている事は良く分かった。田島は自身に課せられた使命を把握した。
新垣は田島明夫への精神の干渉を完全に止め、意識を解き放った。
田島は、プロの芸人の顔に戻り、忙しく働き始めた客室乗務員に(ここは任せて)と仕草で伝え、喋り始めた。
「では、飛行機の操縦は彼らに任せて、着陸するまでの間、キャビンアテンダント全員参加による大喜利を始めます!」客席が波打って笑った。
「私の他に失禁した方はいらっしゃいますか?」「もう飛行機は、二度と乗らないと言う方は挙手」「サイコロトークに初めて失禁した話ってある?」


程なくして、機体の揺れは止まり飛行は安定し始めた。
他人の意識に干渉した後は必ず睡魔が襲う。新垣はシートに身を深く沈め、深い眠りに落ちようとしていた。

 マインドコントロール。精神干渉。憑依。他人を操る、卑しい力。能力者の中においても、忌み嫌われる力。
 眠りに入る間際、自分の能力に関するマイナスイメージが浮かんでは消えて行った。
 他人の意思を捻じ曲げる力。心を陵辱する、薄汚い力・・・
 意識がハラハラと崩れてゆき、無秩序な夢の世界に落ちる時、高橋 愛の声が聞こえたような気がした。

 そう言えば彼女だけは、私の能力を別の名前で呼ぶ、 RESONANT~共鳴~と。




















最終更新:2012年12月17日 11:31