(17)116 『禍刻II―Phantom of phantoms―』



※注意

  • 単発の読み切りです(全8レス分)
  • 能力等の設定は踏襲していますが今までの作品にはない異質な世界での話です
  • やや残酷な描写を含みます
  • 前作同様まとめサイト収録は不可だと思われます
  • 「共鳴者」シリーズの設定を一部、改変してお借りしています(世界は全く別物です)
  • 娘。現メンやOGではないハロプロメンバーを思わせる人物が登場します
  • そういったわけで不快に思われる方はスルーをお願い致します






久住小春が2人組の少女に行く手を遮られたのは、宵闇の迫る黄昏時だった。
1人は小春の進行方向に、もう1人は小春の退路を断つ形で悠然と立っている。

「あんたたちってもしかして噂の“子供達(キッズ)”――かな?で?小春に何か用?」

小春はその小さな少女たちにのんびりと問いかけた。
相手への敵意や警戒の気配はまったくない。

それとは対照的に、2人の少女からは殺意とも呼べるほどのピリピリとした空気が発散されていた。

「あなたは“国家”に楯突いたという事実の重さを認識してないみたいですね」
「っていうか自分の置かれた立場もわきまえずに一人歩きするなんて頭悪すぎ」

そんな小春の様子に、1人は不機嫌な表情を、もう1人はあからさまな侮蔑の表情を投げかけた。

 “子供達(キッズ)”――政府に属する異能力者の集団――

幼い頃よりそのチカラを国家に見出され、政府の専門機関で“教育”を施された十数名の未成年から成る“特殊部隊”。
かなり無茶な投薬行為なども行われているという噂もある。
小春よりも年下に見える目の前の2人は、その中でも最年少近辺に位置するのではないかと思われた。

「あー・・・やっぱ偉い人たち怒ってるんだ。大人って心が狭いよね。そう思わない?」

軽く肩を竦め、小春は2人の少女に同意を求めるように微笑みかける。
だが、返ってきたのは燃えるような怒りの視線と、冷笑だけだった。

「あなたとこれ以上話すのは不愉快です。よって早急に任務を遂行させていただきます」
「・・・だってさ。悪いけどお話の続きはあの世で閻魔様とでもしてくれる?」

その言葉が終わらぬうちに、2人の周りの空気が不気味に歪み始める。
数瞬の後、2人の周囲には鋭い箭状の物体が幾本も浮かんでいた。


「これは・・・生体エネルギーの物質化・・・?」

さすがに驚いて目を瞠った小春を、1本の“矢”が瞬時に貫く。

「・・・・・・つっっ!」

僅かに顔をしかめ、左肩を抑える小春の右手の間からは赤いものが流れ出していた。

「ちょっと!またわざと急所はずして!さっさと終わらせてってば!」
「いいじゃん。ちょっと遊ぼうよ。どうせ相手は非戦闘系の念写能力しか持ってないんだからどってことないよ」
「そういう問題じゃないの!迅速に任務を遂行して帰らなきゃ」
「もー。いっつも頭固いなー。いいじゃんちょっとくらい。“子供達”の偉大さを思い知らせてから死んでもらおうよ」

自分を挟んで言い争いを始めた2人の少女たちに、小春は再び笑顔で話しかけた。

「なるほど、そっちの色黒の子がエネルギーを物質化して・・・で、それをそっちの子が操作してるわけか。2人で1つなんだ。おもしろいね」

自らの貫かれた傷と、未だ無数に浮かぶ“矢”を半ば感心したような表情で見比べるようにしている小春に、さすがに2人の少女もやや表情を変えた。
これまでの任務の中で、これほど明らかな生命の危機に晒されながらまったく態度を変えない“対象”には出遭ったことがなかったから。

―何か未知のチカラを隠し持つが故の余裕なのか・・・それとも極端に現状把握能力に欠けるだけなのか。

雑念が生じた2人の内心を知ってか知らずか、小春はにこやかな表情のまま話題を変えた。

「ところでさ。あんたたちってやっぱり人を殺したことあるの?」

少女たちは質問の真意を量りかね、一瞬沈黙が場を支配する。
暫時の静寂の後、小春の背後の少女が馬鹿にしたように答えを返した。


「はっ、そりゃそうに決まってんじゃん」
「へぇ~やっぱそうなんだ。小春はまだないんだよね。ねえ、人殺すのってどんな気分なの?」
「最高の気分だよ。今からまたそれが味わえるかと思うとワクワクしちゃう」
「ふ~ん、そうなんだ。・・・ところでさ、小春の能力の話なんだけど」

また唐突に話題が変わり、2人の少女に身構えるような気配がよぎる。

「念写能力って思われてるけどさ、正確には違うんだよね。何て言うの?霊能力ってヤツ?小春霊が呼べるんだよ」

少女たちがやや脱力する気配が伝わり、小春はさも心外だと言わんばかりの表情で2人の顔を交互に見た。

「なになになに?嘘だと思ってんの?霊とかバカバカしいと思ってるんでしょ?わかった。じゃあ実際に呼んであげる。霊たちカモ~ン!」

能天気なその声は少女たちをさらに弛緩させたが、それも一瞬のことだった。

「ひっっ・・・」
「そん・・・な・・・嘘だっっ!!」

少女たちの表情が瞬時に凍りつく。
彼女らの目に映るのは、紛れもなく“死者”たちであった。
他でもない自分たちの手で“誅殺”した者たちが、死を迎えたときの姿そのままで眼前に連なっている。
或いは虚ろな目で、或いは恨みがましげな目で、或いは憎悪のこもった目で・・・血塗れの“死者”が自分たちを見つめている。

さながらそれは悪夢だった。
だが、それは紛うことなき“現実”であった。

「どう?もう一回訊くけど、人を、殺すのって、どんな、気分・・・なの?」

先ほどまでの能天気な笑顔はすっかり消え去り、不気味な無表情となった小春は再び先ほどの問いを2人の少女に発した。
低い声で、ゆっくりと一言一言を区切りながら。


「うぁぁぁぁぁっっっ!!!消えろ!消えろぉ!消えろぉぉっっ!!」

恐慌をきたした少女が、“死者”に向かって“矢”を無茶苦茶に放ち始めた。
“矢”を受けた“死者”は苦しげに蠢き、消滅していく。

「は・・・ははっ!どうだ!死んでろ!死んだヤツはおとなしく死んでろ!」

数え切れない数の“矢”が超高速で黄昏の空を縦横無尽に飛び交う。
やがて無数の“死者”の姿は全て消え失せ、少女は勝ち誇った顔で小春の方を振り返った。

「あはは!これがどうしたの?うらめしやーさえ言えない役立たず呼ぶのがあんたの能力?」

だが、振り返った先にあったのは、屈辱や恐怖といった色は欠片もない、どこか憐れみすら浮かんだ表情だった。
ふっとため息を吐くと、小春はその表情のまま静かに言った。

「消えちゃったね全部」
「はっ!消したんだよ!お前なんかの能力が“子供達”であるあたしたちに敵うと思ったの?ざ~んねんでした」

見下しきったその言葉に対し、小春はゆっくりと首を横に振る。

「そうじゃないよ。あんたたちの“矢”の話」
「えっ!?」

言われて少女は慌てて辺りを見回す。
ない。1本たりとも。

「なんで・・・!?」

通常であれば、対象物を貫通した程度で“矢”は消えたりしない。
それが消えることがあるとすれば・・・
愕然たる事実に思い至った少女は、慌てて自分の“連携者(パートナー)”の方を見遣った。


そこにあったのは、半ば予想し、同時に半ば信じたくなかった光景だった。

「ち・・・さ・・・?あ・・・あ・・・いやぁぁぁぁっっっ!!!」

全身に無数の孔を穿たれ、朱に染まり倒れ臥す“連携者”を目の当たりにして、少女はかつてない種類の恐怖を感じていた。

 (まさか)(そんな!)(でも・・・)
    (うそだ!)(これはまさか)
  (違う!)(これはあたしが・・・)(違う!)
   (そんなバカな!)(そんなはずは!)(違う!違う違う!)(だけど・・・)

「そう、あんたがやったんだよ。あんたがこの子を・・・・・・殺した。錯乱のあまり“死者”と混同して」
「そ・・・な・・・ひぃ・・・」

必死に目の前の“現実”を否定しようとしていた少女に、冷たい“事実”が突きつけられる。

「可哀想に・・・めった刺しだよ?痛かったろうなあ・・・苦しかったろうなあ・・・」
「あ・・・あ・・・・・・」

憫笑を浮かべながら、小春は言葉をなくした少女に優しく問いかけた。

「ねえ、何度も訊いて悪いんだけどさ。人を殺すって・・・・・・」
「「どんな気分?」」

「わあぁぁぁあぁあぁっっっ!!ひぁぁ・・・は・・・ぁぁ・・・」

小春の隣に“死者”となって現れた自分の“連携者”に、孔だらけの体から血を流しながら問いかけられて、少女の精神は破滅的な悲鳴を上げた。


「ま・・・い・・・騙され・・・ない・・・で!“それ”・・・は偽者・・・私・・・じゃない!」

そのとき、崩壊寸前だった少女の心に弱々しくも力強い声が届いた。
同時に、輝く1本の“矢”が“偽者”の居る場所に具現化され、その胸の真ん中を貫く。
“偽者”は掻き消え、あとには驚いたように目を見開く小春だけが残った。

声の先には、いつも自分を支えてくれた“連携者”の姿があった。
致命的な傷を負いながら、最後の力を振り絞って自分を助けてくれた“連携者(パートナー)”・・・いや、大切な“親友(パートナー)”の姿が。
最後まで自らの使命を全うせんとする“親友”の視線に、少女の心は冷静さを取り戻した。
同時に、煮えたぎるような憎悪が燃え上がる。

“親友”の命はもう長くない。ならばせめてその命があるうちに仇を・・・

「死ねっっ!」
「!!!」

躊躇いの余地などなかった。
“親友”の最後の力で生み出された“矢”は、瞬時に憎むべき相手の眉間を貫いた――

小春が崩れ落ちるのを見届ける間もなく、少女は“親友”の下へと駆け寄る。
その命の灯は消える寸前だった。

「任・・・務・・・完了・・・だね」
「ごめんね!ごめんね!あたしのせいで・・・」
「泣か・・・ないで・・・まいの・・・せいじゃ・・・」
「でも、あたしがパニックになったせい・・・がっ?ごほっ・・・が・・・ぼっ!」
「・・・!?ま・・・い・・・?」

少女は、自分の心臓辺りから“矢”が突き出ているのを見た。
背中から突き抜けてきたと思われるその“矢”と、自分の背後を見つめる驚愕したような“親友”の表情。
涙で滲む視界に映る、静止画のような世界・・・それが、少女の見た最後の光景だった。


「別に驚くことじゃないじゃん。物質化してるんだから、掴んで突き刺すくらいできるよそりゃ」

驚愕の表情を浮かべる瀕死の少女に、小春はごく当たり前のようにそう言いながら静かに笑った。

「何故・・・生き・・・て・・・?どう・・・して・・・?」

パートナーの死を悼む気持ちはもちろん痛いほどにあったが、それ以上に目の前で起こっている不可思議に、少女は問わずにいられなかった。

「頭を貫かれたはずなのにね。不思議だよね。・・・じゃ、ヒントあげようか?小春の能力は何だったでしょうか?」
「念・・・写・・・!あれ・・・は・・・そうか・・・く・・・そっっ・・・」
「大正解~!霊能力とかもちろん全部ウソだから。あの霊たちはあんたたちの網膜に直接貼り付けた虚像」
「網・・・膜・・・?」
「そうだよ。『人を殺したことはあるのか』って質問で浮かび上がったあんたらの深層の意識をね」
「!!あの・・・質問は・・・その・・・ために・・・」
「で、その子の目にはあんたも“死者”に見えてた。っていうかそう見せてた。その結果は・・・この通り」
「・・・・・・いつ・・・から・・・私・・・たちは・・・虚像を・・・」
「いつから?そんなの最初からだよ。尾行の途中からあんたらの目に映ってたのは偽の小春。小春はずっと離れたところで見学してたよ」
「さ・・・いしょ?・・・・・・そんな・・・」
「つまりあんたたちは最初から最後まで一人相撲だったわけ・・・あ、二人相撲か。任務ご苦労様。あとはゆっくり休んで?」
「こ・・・の・・・・・・」
「もうしゃべらない方がいいよ。どうせ助からないだろうけど」
「・・・ぅ・・・・・・・・・」

少女の目から涙が溢れ、同時に急速に命の光が失われてゆく。
やがて、少女の意識は二度と浮かび上がることのない永遠の闇の奥へと吸い込まれて消滅した。


小春は、横たわる2人の少女の目をそっと閉じさせると、跪いて静かに手を合わせる。

「今日初めて知ったよ。人を殺すって・・・・・・・・・最低最悪の気分だね」

そして、哀しげにそう呟くとゆっくりと立ち上がった。

同時に、それがこれからも避けて通ることのできない道であることを小春は悟っていた。
自分の思いを貫こうとする限り、目を背けられない命題であることを。

だが、すでに覚悟はできていた。
心を凍てつかせ、譬え 一瞬でも“敵”に対する躊躇や憐憫の情を抱いたりしない覚悟が。

「あっちでも・・・仲良くね」

小さく呟き、小春は静かに歩き出した。
振り返ることなく、真っ直ぐに前を見つめて。


小春が立ち去った後には、哀しき2人の少女と、いつの間にか夜の闇に侵食された寂寞たる空だけが残されていた――





















最終更新:2012年11月25日 20:22