(16)538 名無し募集中。。。 (ペッパー to pepper)



「お前達の中にスパイがいる」 私達の監督官である寺田さんが言った

「そ、そんなことがある筈」

「それがあるんや、タカハシ」

「う、嘘や」

「嘘やない。 それに動かぬ証拠っちゅうやつもあるんや」

「ど、どんな」

「今から見せたるさかい。 それよりお前らの戦闘能力の解放準備をしとけ。
スパイなんかする薄汚いやつは何をするかわからんさかいな。
もし俺が指を差したら、すぐにそいつを攻撃しろ」

私たちは信じたくなかった
だけど寺田さんの命令は絶対だ
各々が戦闘待機状態に入るのに、10秒とかからなかった

でも皆の顔は不安と悲しみに包まれていた

「ええか、お前らはめったに外部と連絡を取ることは無い
ただもし外部と連絡をとる場合は文部科学省支給のスクランブル装置付きの携帯を使用することが
義務付けられている。 そうやな」

「え、ええ」

「にもかかわらず、支給品以外の携帯を使うとるやつが、おったとしたら、それはどうや、タカハシ
ちょっとおかしいんやないか」


「し、しゃーけど故障したってことも」

「支給した携帯は常に電波を発信し、お前らの位置を司令室に報告してる
そればかりか、一定の周期で音声情報も発信してる」

「そ、それは盗聴じゃ…」

「あほか、お前らにそんな事を言う権利なんか無いわ、アホタレが
まあええ、この画像を見ろ。 薄汚い裏切り者の正体をな」

そういうと寺田さんは店内に設置されたプロジェクターを操作した
真四角に近い長方形の画面に映ったのは…
リゾナントを出て通りを少し行ったところにある歩道橋の階段に隠れるようにして、携帯電話で
誰かと会話している…リンリンの姿だった

「嘘、コレハ何かの間違いデス」
いつも笑みを絶やさない顔を今は真っ青にして立ち上がるリンリン。

「嘘や無いで、リンリン、お前が裏切りもののスパイや」
寺田さんが懐から小型の拳銃を取り出して、リンリンに突きつけている

「リンリン、一体…」

「ニイガキサン、信ジテクダサイ。 私ハすぱいなんかじゃアリマセン」

「まあ大抵のやつはそう言うわ」

瞬き一つせず寺田さんが言った

「なあお前ら、こいつを攻撃しろ」

「えっ、そんな」


「仮にこいつを本部の方へ連れ帰っても、どうせ何も吐かんやろ
頭の中をかき回されて、身体をバラされて、使いもんになんらんようにされるんがオチや
そやから、なあ、いっそこのままお前らの手で、一思いに楽にしたるのが人の情けってやつや」

私は身体ががくがく震えた
必死でリンリンとの記憶を掘り起こそうとしたが、何も浮かんでこない

「リンリン…」

「タカハシサン…」

「寺田さん」

「何や」

「本当に今ここでリンリンを攻撃するのが、人の情けってやつなんですか」

「そうや、苦しんで苦しみぬくと判ってるところに、連れて行かれるのを黙って見てるようじゃ、
人間とは言えんなあ」

「わ、わかりました。 皆」

皆の顔が悲しみで歪んだ

「た、高橋さん。 うちには出来ません。 だって仲間じゃないですか」

「光井、辛いのは私も一緒や。 でもそうした方がリンリンのためやったら」

「嫌です」

光井が走ってその場から逃げ出そうとすると、パン、と乾いた音がした。


倒れこむ光井
寺田さんの手の拳銃から硝煙が上がっている

「愛佳ー」
叫んで駆け寄ろうとする他のメンバーを寺田さんは手で制した

「いいか、俺もこんなことはしたないんや。
しゃあけどお前らは悪と戦う正義の戦士なんや。強くないとあかん。
こんなことでためらってるようじゃ、世界の人を救われへんで」

「寺田さん、私がやります」

「何や、高橋。 お前一人でやるんか」

「私はリーダーですから。 他のメンバーに辛い思いをさせたくありません」

「偉いなあ、高橋は。 まあ俺はそれでもええで。
何ていってもお前の力が一番強いんやから」

私は粛清の恐怖で震えているリンリンの前に立った

「タカハシサン」

「リンリン、苦しませないから。 …ゴメン」

体中のエネルギーを前腕部に集中させ、フォトン・マニピュレートの機能を解放に向かわせる
光の粒子が充満して、指先を滅びの光が照らす
あと数秒後には、リンリンという存在はこの世から消滅する


「いやあ」
「やめてぇー」
他のメンバーが口々に叫ぶ
そうだろう、あたしだって辛い
でも、やらなければ。 人としてやらければ

強烈に発行している右腕の指先をリンリンに向けた…3、2、1、発射
滅びの光が喫茶リゾナントに降臨した、次の瞬間

「タカハシサン」
「リンリン」

あたしには出来なかった
苦楽を共にした仲間を、今となっては家族以上の存在といっていい存在のリンリンを攻撃する事など
出来はしなかった

「高橋、やれへんのか」

目に涙を浮かべたリンリンと抱き合ってるあたしに、寺田さんが言葉を発した

「すいません、わたしには出来ません。 どんな処分でも受けますから」

「ほな、しゃあないなあ」
寺田さんは懐から別の何かを取り出した

パァーン

再び店内に乾いた音が響く

「う、撃たれた?」


そう思ったわたしは目をつぶった
だが身体には何の衝撃も受けていない

「へっ」

パチパチパチ

銃をカウンターの上に置き、使用済みのクラッカーを持ちながら、寺田さんが手を叩いている

「いよっ、おめでとう」

「はっ、何がですのん」

「何がってお前ら合格したんや。 最終試験にな」

「せやから、何の試験ですの」

「ロボット工学の三原則の試験やがな」

ロボット工学三原則
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、
     人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた
     命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなけ
     ればならない。

「噛み砕いて言うたるとなあ、まずお前は俺の命令にちゃんと従おうとした。 しゃあけどその
ことで、リンリンを消してしまうことも、最終的には拒絶した。 一条と二条を無事クリアや。
まあリンリンも人間やないんやけど、お前らの電子頭脳には各々が人間やという情報を与えてるからな
前もって」


「へ、しゃあけどあたしらは」

「混乱するのもしゃあないけど、お前らはリゾナンターという超能力集団の能力を踏襲したアンドロ
イドちゅうわけや。 
あいつらは超能力者といっても、生身の人間。
病気もすれば、怪我もする。 それに使い勝手もあるし」

「ち、チガウ」

「何や,リンリンちゃん」

「ワタシタチハニンゲンダヨ。 ダッテコンナ二ムネガタカナッテルシ、メカラナミダガ」

「お前らの身体は人工筋肉で出来てる。 体内には管が通り血液やないけど、ある種体液らしき
もん循環しとる。 ガッチガチのアンドロイドや」

「ソ、ソンナ」

「目に浮かんでる涙みたいなもんは、車に例えたらウインドウオッシュ液みたいなもんやね
電子眼に付着した空気中の埃を洗い流す為の。
しゃあけど大盤振る舞いやなあ。 ちょっと設計ミスかもなあ」

「て、寺田さん。 試験って」

「ああ、話が逸れたなあ。 お前らみたいに自分で考えられる高度な思考回路と強力な破壊兵器を
併せ持ったアンドロイドを実戦配備するには、不安の声も大きくてな。
命令の遂行過程で普通の人間を誤まって傷つけるんやないかと。
そやから古臭いけどロボット工学の三原則に基づいたテストをさせてもろうた。
しゃあけど心配無用やったな、ウグッ」


「今お前言ったな。 ロボットの三原則って。
ロボットは人間を傷つけない。 人間の命令には服従するって」

「あ、ああ言ったわ。 はよ離せや」

「あたしらは人間や。 だからお前を…傷つける」

推定150㌔の握力で握りつぶされた寺田の喉からは、血液ならぬオイルが吹き出た

「アホやなあ。 戦闘ロボットの試験なんていう危険な仕事を人間がするか」
今は聞き苦しい電子音の言葉しか発しない寺田の頭部を、胴体から引き抜くと、部屋の壁に
叩きつけた
金属の骨格を剥き出しにした寺田の頭部が言った

「もうじきお前らの事を回収に来るで。 そうしたらお前らの電子頭脳のメモリーもリセットされ、今度
目覚めた時は、ペッパー警部として任務に就くことになる」

私は寺田の言葉を無視して皆に話しかけた

「あたしらは人間やなかったんやなあ」

「リーダー」 「愛ちゃん」 「高橋さん」
皆は哀しげな表情をしてるけど、これもプログラムのなせる技なのか

「こうなったらしょうがない。 大人しく回収されて任務につくしか」

「高橋さん」 光井が悲痛な声を上げた

「私、お父さんの記憶があります。 私の記憶の一番最初に、私にやさしく話しかけてくれた人の顔と
声を覚えてるんです」

「愛佳、きっと混乱しとるんやで。 あたしは何の記憶も残っとらん」


「そういえば私も、男の人の記憶が残ってる」
「小春」

「その人は優しそうな声で私に話しかけてくれたよ。 私がお前の父親だよって」

どうやら製造が一番新しい二人に何らかの記憶が残っているらしい
それは私達を設計してくれた人、私達アンドロイドにとっては父親のような存在

「私、会いたい」 「私も見てみたい、私達を作ってくれた人の顔が」
久住と光井以外のメンバーが言い出した

「みんなワガママ言って、愛ちゃんを困らせちゃ」

「よし、行こう。 その人のところへ」

「でも、愛ちゃん」

「行ってどうなるものでもないことは判ってる。 でも行こう。
今、小春と愛佳に残ってる記憶が消されるその前に、その人と二人を、みんなを会わせたい」

「リーダー」 「愛ちゃん」

「でも皆約束して。 そのために誰にも危害を加えないって。 
それは私達がアンドロイドだからじゃない。 人間だから」

対テロリスト用ガイノイド部隊、ペッパー警部が研究施設を脱走し、謎の逃避行を始めたのは
それから数十分後のことである。




















最終更新:2012年11月25日 18:11