(16)205 『水守』



ようこそ死骨湖へ!
いやあー良かったー。
共鳴って、敵も味方も関係ないのね。
カオリ嬉しい。

……あ、ちなみにさっきのはギャグだから。
ここは支笏湖。北海道の支笏湖。
死の骨って書くのは、ただのオカルト好きが広めたデマだから。
本気にした誰かが身投げしてる可能性は大アリだけどね。

まあまあまあまあ。
そんなに、敵意剥き出しにしないの。
カオリもう敵じゃないから。
今日は気合入れて全部説明すっからさ、ちゃんと聞いてな?

で、あなたのお名前なんてーの?
光井、愛佳さん。
アタシはカオリです。
飯田圭織。

それじゃー今から説明するね。いい?
カオリはここで北海道の湖沼や川を守っています。
でも、ダム湖の方はノータッチだったの。
カオリ天然湖が大好きだから、つい無視しちゃっててさー。
それで、ダム湖の水は若い雨水だから、土着の思想は
あんまり持ってないじゃない?


ん、わかんない?
えーまず、水は生きてる。それはわかるよね?
天然湖とダム湖の違いは?
そう、もともとあったものと人工のものだ。
この支笏湖は天然。カオリやカオリの両親が生まれるよりも
もっともっと昔から、みんなとともに長年生きてきた。
あなたが見てるこの水がいつの時代の雨水かなんて、もう誰にも
わからない。カオリにもわからない。
でも、とても優しくて包容力のある湖です。

ダム湖は人工で、ぶっちゃけまだ子供なの。
カオリ子供は大好きだけど、国や人々に迷惑をかけるなら命懸けで
叱りに行くわ。

カオリね、赤ちゃんができたんだ。
だからダークネスから抜けたの。きちんと子供を育てたいから。

光井愛佳さん、あなたの仲間の中に、火を操る人がいるでしょう。
持ってるもん燃やして投げつけてくるんだって?
超危険じゃんそんなの!
ダークネスのことを破壊の組織だと思っているなら、そのまま
その言葉をあなたたちリゾナンターに向けて返すわ。

カオリは水を操る能力を持ってるけど、何かに攻撃するつもりで
使ったことは一度も無い。
水を保つことしか考えてなかった。



ところがある日、『組織を守るために必要なんだ』って、
ダークネスにスカウトされた。
火の能力の話を聞いて、アタシ消します! って即返事した。
雨が土砂降りでも無い限り、必ず駆けつけるから! って。

でも結局一度もお呼びがかからなかったんだけど、
どうしてだか教えてくれない?

…………へえ。
そうだったんだ。
人に向けちゃ駄目、ね。
お宅のリーダー、用心深い性格してる。

そうか……
カオリ、ちょっと考え変えるわ。
本当は同じ素質のあるあなたに能力を分けて、ダークネス側に
引き寄せようと思ったんだけど……
でカオリの代わりに支笏湖とかの水守(みまもり)頼もうかな、って……

え? そうだよ、カオリ赤ちゃんが産まれる前にダム湖の水を説得しに行くの。
今のまんまだと、ちょっとした大雨で決壊しちゃったり、色々大変なのさ。
止めなきゃやばいしょ?
最近本州の方でよく起こってるじゃない?
北海道はカオリが守るの。
それが産まれてくる子のためでもあるから。

……ああ、うん、そうか色々質問あったか。
だいたい話したし、答えてあげる。何?



水面から十センチほど上に浮かんでいた飯田圭織は、ゆっくりと湖に着水した。
沈まない。
素足で、水の上に立っている。
白いワンピースの裾がわずかに揺らいでいた。
光井愛佳は、慎重に言葉を吐き出した。

「水守って、なんですか?」
「海以外の水を守ること」
「汚れるからですか? どうやって守るんですか」
「まあ汚れるからってのも当たりだけど、そもそも雨水自体 もう汚染されてるからね。
今更綺麗にすることは出来ない。
 一番大事なのは川の水や湖の水と、雨水が喧嘩しないように仲を取り持つこと」
「喧嘩……したら、川なら氾濫する……?」
「そう、わかってんじゃない。
 水守は大雨の日の夜、眠りに就いた瞬間川や湖に呼ばれるの。
 そして喧嘩を静めるために祈りを捧げる」
「氾濫とか決壊とか……確かに最近多いです、そういう災害」
「水守は減ってきてるの。カオリ一回他所に応援に行った。
 けど……もう遅かったんだよ。
 ……手の付けようが、無かった……」

飯田は涙を流した。
悔しかった。
怒水はそこにあったもの全てを海へ連れ去ろうとしていた。
声の限り叫んでも、洪水の轟音によって全て掻き消されてしまった。

海は生物の生まれ故郷であるが、水守にとっては同時に、怒水に
押し流された生き物や物質を葬るための墓場である。
だから、飯田は海が嫌いだ。


「グスッ……じゃあ、任せるから」
「え? いやあの」
「カオリは守るために使ったけど、好きに使いなさい。
 ただし責任はちゃんと持つこと。カオリが戻ってくるまで」
「ちょっと待ってください!
 愛佳はまだ何も言うてないやないですか」
「知ってんだよカオリは。あなたが湖に縁のある土地の出身
 であることと、あなたがここに来る前に望んでいたこと」
「ここに……来る前……」

数時間前のことだ。
突如降り出したゲリラ豪雨の中、光井は喫茶リゾナントを訪れた。
いつも通り仲間達と談笑していたが、そのうち体調に異変を感じ始めた。

そして急激な寒気に襲われた光井は、店主高橋に断りを入れ休憩室を
借りて休むことにした。
が、結局高熱を出して寝込んでしまった。

ソファに横たわり、意識が朦朧とする中、光井は自らの不甲斐無さを責めた。
常々、自分はリゾナンターの中では大して役に立てていないと感じていたのだ。
自分はもっと出来るに違いない、という強い信念を抱いていた。

彼女は本来、好戦的な性格だ。
にも拘らず彼女に与えられた能力は、予知能力。
サポートのための能力だ。
本当は、自らの手で敵に制裁を加えたい。
戦いに手応えが欲しい。




……攻撃が、したい!
リンリンの持つ、発火能力が羨ましい!

炎を操る自分の姿を思い浮かべただけで血が騒ぐ。
やれる! 自信がある!
リンリンより自分の方がもっと上手く、効率よく戦える!

それなのに、どうして自分ではなかったのだ?
どうしてこの『光井愛佳』じゃなかったんだ!?

「カオリはその、火に対する嫉妬に『リゾナント』した」

聞き憶えのあるその言葉に、光井は驚愕した。
共鳴によって光井の内面を覗き見た飯田は、彼女が琵琶湖のある
滋賀県で過ごしていたと知って縁を感じ、水守を頼む代わりに
自らの持つ水の能力を分け与え、ダークネス側につくよう仕向ける
ことを思いつく。
そしてここ支笏湖に、光井の『心』を招いた。

「でもやっぱり能力がかぶるのは気に食わない、別の強い力が欲しい、
 ってあなたの心の声を聞いた時、カオリ笑っちゃった。
 野心的でいいじゃん! 気に入ったよ」
「ちょ、人の心の中覗いてはったんですか!」
「勝手に聞こえてきたの! 強く思ったのはあなたでしょ」

光井は絶句した。



「はいはいそれじゃ、もう充分理解したわね?
 最後に水の操り方を教える。一度しか言わないから良く聞きな。
 ……火に対する嫉妬の心を、クールに昂ぶらせろ!」

飯田の背後で爆発音がした。
振り向くと白濁した水の壁が出来ている。
飯田は思わず、水面を走って逃げた。
湖から立ち昇った巨大な水壁は、高さ十数メートルにまで達した。

「飯田さん! 止まらへんのですけど!」

安全な湖岸まで逃げ遂せた飯田に、光井の心の声が助けを求める。
堪らず飯田は叫んだ。

「光井あんた、やばいくらいクールだわ!」



休憩室で目を醒ました光井は、ソファにもたれてぼんやりと
宙を見ていた。
視線を落とすと、目の前のテーブルに洗面器が置いてある。
高橋が、濡らしたタオルを光井の額にあてるために持ってきたものだ。

中には半分くらい水が入っている。
水面に向かって光井がひと睨みすると、ゴボッ、という音がして
水が湧き上がり、洗面器の中に小さな噴水が出来た。
青白い顔に笑みが浮かぶ。

「……意外と簡単やった、フフ」

かくてリゾナンター光井愛佳は、水を操る能力を手に入れたのである。




















最終更新:2012年11月25日 18:03