(15)342 『共鳴者~Darker than Darkness~ -15-』



銃弾は高橋の眼前に出現した歪みを通じて彼方へと飛ばされた。
だが、螺旋を描いた弾道は紛れもなく高橋の眉間と銃口とを結んでいた。
その事実に生じた幾らかの混乱を抑えつけ、高橋は射手へと向き直る。

「あーしを殺す? れいなが? 状況が見えてないんかな。
 いや状況以前に、そもそもアンタ如きがあーしに勝てるとでも?」
「無理でしょうね。けど、ハンデがあれば結果はわかりません」

呟くように言って、田中れいなは自身の異能を全身から放出した。
共鳴増幅。
共鳴者の能力を増幅させ、その補助となる、ただそれだけの異能。
ちっぽけな、しかし高橋達にとって重要なファクターとなっているそれを、
この局面で放出する意図はなんだ。
全身に漲る己の能力の鼓動を感じ取った時、高橋は今日初めての動揺を自覚した。

「高橋さん、貴女の能力は確かに強力です。
 それこそれなや他のみんなが束になっても絶対に敵わない。
 けど、今日の貴女達には足枷になる勝利条件がある。
 それは"田中れいなを殺さない"こと。
 ただでさえ次元違いの強さを持つ貴女の能力。それを増幅された今、
 その条件を守ってれなを打倒することが貴女にはできますか?」



確かに、不可能だ。
今、高橋の共鳴能力が内側で荒れ狂うように咆哮を上げている。
こんなものを解き放てば、緻密さの要求される空間制御は行使できない。
行使してそれを田中れいなに向ければ、間違いなく彼女の命を奪う危険が生じる。
こちらへ放たれた銃弾を致命傷にならない箇所へ精密に転移させることも、
空間を捻じ曲げた余波で彼女の気絶を狙うこともままならない。
威力の増幅した状態でそんなことをすれば、田中れいなの命を奪う可能性があまりに高い。
勝利条件を考慮すれば確かに、高橋が能力を行使して彼女の自由を奪うのは不可能だ。

「よく、考えたもんやね。確かにそうや。この状況じゃアンタの自由をあーしが奪うことはできん。
 けど色々と忘れとるんやない? 今の形勢。五十人以上に銃口を向けられてるこの状況。
 ガキさんの能力は増幅されても簡単な命令なら兵に行使させられる。
 アンタの手足を撃って行動不能にするくらい簡単なこと。
 たとえそこで呆けてる仲間達の補助があってもこの人数差じゃ――」
「それも折込み済みです。疑問に思わなかったんですか?
 れなが今握っているこの拳銃。一体誰から渡されたんだと思います?」

しくじった。
その一言で思い知らされた。
手遅れとは知りながら手近な兵士の脳にリンクし、高速で演算を開始する。



ミネベア9mm自動拳銃。
自衛隊に広く支給されている銃のひとつだ。
日常、民間人として生活する彼女達に銃火器の携行は許可されていない。
そもそもそこに気づくべきだった。そしてすぐさま演算を開始するべきだったのだ。
普段の高橋の脳では常人の思考力と変わらない。
田中れいながそのことを知るはずもないが、その隙をつかれたのだという疑念すら生じた。
いつだ。
喫茶リゾナントの監視報告書の記述から該当するものの記憶を手繰る。
確か2、3日前だ。配達が一件あった。
備品の補充か何かだろうと見逃していたが、あれがこの拳銃の、下手をすれば他数点の銃火器の配達だったのだ。
ではわざわざ民間の配達に偽装するノウハウと知見を有した送り主は誰か。
考えるまでもない。
陸上自衛隊所属で共鳴者の情報を唯一把握している部隊、後方支援部。
どこだ。どこで齟齬が生じた。
脳裏に浮かんだのはあの日。
防衛省の庁舎A棟に強行突入したあの日だ。
誤差の範囲と見逃した、外部への警告。
撤回はさせたが、それを不自然と疑い、動いた者がいる。

「さっきの銃声が合図です。そろそろだと思います」



道路は事前に封鎖してあり、オフィス街の民間人も新垣の能力で眠らせておいた。
その静寂の中を、確かに近づいてくるエンジン音があった。
目の前を横切る国道の左右両翼から。
視界に入った迷彩色は陸上自衛隊の軽装甲機動車のもの。
咄嗟に左から来るそれへ能力を放とうとして、その射線を阻むように身を走らせた田中の存在に阻止される。
情報が脳裏を錯綜し、躊躇している間に状況は一変してしまった。
彼女達の盾となる形で停止した数台の装甲車から、次々に踊り出てくる迷彩の軍服に身を包んだ男達。
装甲車をバリケードに、彼らの携えた小銃が一斉にこちら側の歩道の兵士へ照準される。
数はおおよそで三十以上。人数ではまだこちらが勝っているが、バリケードのないこちらの兵士は一瞬で蜂の巣だ。

「ガキさん! 追加で補充できる兵士の数は?!」
「…っ、手持ちのじゃ五十が限界!」

田中れいなが静かに告げる。

「さぁ高橋さん。これで対等。ここからが勝負の始まりです」

彼女に「高橋さん」などと呼ばれることが、
今は妙に胸に痛いのを高橋は自嘲した。



  *  *

「全班、配置完了。許可を受け次第ただちに対象の撃破が可能です」
「よし。だがまだ撃つな。彼女が動けば、それが合図だ」

准尉は低い声で冷静に指示を出し、状況を俯瞰する。
詳細は田中れいなが隠し持っている盗聴器を通して確認済みだ。
たった一度の接触でだが、田中れいなの意向と、その覚悟も認識できている。
彼女は彼女の敵を、高橋愛を殺害する。
手出しはしないでくれと、盗聴器越しに小声の指示があった。
手を出せば高橋はその異能とやらで、こちらを容赦なく攻撃してくる。
そうなれば田中はこちらの守護に意識を割かざるを得ず、集中を欠く恐れがあるとのことだった。
高橋はその異能を田中や、彼女の仲間達にだけは向けることができない。
逆に言えばそれ以外の人間なら容赦なく殺害するということだ。
今しがた彼女の仲間達の方にも銃火器は引き渡しておいた。
おそらく田中と高橋の戦いに仲間達も参戦を試みるだろうが、
それはあちら側の兵士が死に物狂いで阻止するだろう。



つまり、これは純然たる決闘だった。
高橋愛と、田中れいな。
両者の背負う"正義"の、その鬩ぎ合い。

「さぁ高橋さん。これで対等。ここからが勝負の始まりです」

この先は賭けだった。
糸のように細いわずかな勝機を手繰り寄せて作り出した、対等な勝負の舞台。
結果は天のみぞ知る、だ。

「よぉし合図だ。全班、弾幕を張れ! 二人の決闘に水を差す真似は誰にもさせるな!」

"決闘"現場の保全。
それが彼ら"ホゼナンター"に託された、唯一無二の使命だった。





















最終更新:2012年11月25日 17:22