(15)321 『共鳴者~Darker than Darkness~ -14-』



幸いにしてかすり傷以上の負傷者は出なかった。
銭琳と李純が咄嗟に念動力を放ち、仲間を銃弾と飛び散るガラス片から守ったのだ。
だがそれでも、店内の有様はひどいものだった。
外に一体何人が待機していたのか。
それこそ絨毯爆撃の如く降り注いだ鉛弾は、店内のあらゆる備品を無残な姿に変じさせた。
横薙ぎの竜巻にでも遭ったかのようだ。
ガラス製品はすべて砕け、木製の机や椅子は撃ち抜かれへし折られ、壁や床では生々しい弾痕が硝煙を上げている。
高橋は辛かった。
かつて愛したものを、自らの手で蹂躙しなければならないことが。
高橋は辛かった。
飛び交った破片に頬を引き裂かれ、それでもなお銃口を頑としてこちらに向けている少女の存在。
高橋は辛かった。
彼女の決意を打ち砕くには、まだこの程度では足りないことが。

「みんな、命が惜しかったら二秒以内に店の外に出ることを勧めとくわ」

呆然とする面々に向けて言い放ち、高橋は持参した手榴弾のピンを抜いた。
呆けていた彼女達の顔が一瞬で強張る。
空間を繰り、高橋は轟くはずの音声と爆風を遮断する断層を自身の周囲に展開させた。
彼女達が一斉に外へと飛び出すのを見届け、手榴弾を店の中心に放り投げる。
高橋は瞼を閉じる。音のない世界で、美しいほどの閃光が破裂した。


  *  *

高橋は空間跳躍で、喫茶リゾナントの入っている、
否、入っていたビルの向かいのビルの入り口へと舞い降りた。
爆発音は断続的に、国道を挟んだ向かいのビルから轟いている。
ピンを抜いた手榴弾を建物の構造の根幹となる部分へ転移させ、炸裂させた結果だった。
予測通りの最小限の爆発で、建物は崩れ落ちていく。
国道の向かいの歩道では、降り注ぐ瓦礫から身を守りながらも、
どこか信じられないといった様子で彼女達がその光景を見つめていた。
2分も経つと、オフィスビル街の一角に忽然とひとつだけ、不自然な瓦礫の山が出来上がった。
瓦礫の中からは何本か、人間の焼け焦げた腕や足に見えるものも覗いている。
かつて高橋の居場所だった場所。
今まで彼女達の居場所だった場所。
それを自らの手で完膚なきまでに奪い去り、それでも高橋に迷いはない。
高橋の背後では新垣と、彼女の所有する五十を越える兵達が一列に並び、
携えたカラシニコフ自動小銃の銃口を打ちのめされた彼女達に向けている。
ただの脅しだ。元より彼女達の命を奪うつもりはない。
だが彼女達の命を奪うことを除けば、他のどんな暴挙でも今の高橋には起こし得る。
無関係な人間を殺すことすら、造作もない。


「実はな、ウチの組織のアジトはここのビルの地下にあるんよ」

田中れいなに呼びかけるつもりで、高橋は声を上げた。
田中の瞳がゆっくりと、示したビルに向けられる。
最早そこには驚嘆も動揺も見られなかった。
ショック状態にあるのか、それともまだ。

「簡単な話や、れいな。目の前の道路を横切って、こっちに大人しく来てくれれば、
 これ以上の無駄な犠牲は出さんで済む」

半ば懇願する口調だった。
田中の意思を物理的、医学的に捻じ曲げる暴挙は避けたい。
すでに十分、彼女の意思など無視しているが、それでもその最悪のカードは、できれば最後まで使わずにいたい。
田中はその声が聞こえたのかどうか、無言で瓦礫の山を指差した。

「見えますか、高橋愛さん。焼け焦げた人の腕や、足。無関係な人が、今、大勢、死にました」

それがどうした。
無知ゆえに安穏を貪っていた人間になど、高橋は興味がない。
だが尚も、彼女は続ける。


「こういうことを、この先、貴女は世界規模でしでかそうとしちょる。
 れなは、その手助けなんて、絶対にしたくない」
「……そう。どうしても、実力行使するしか、ないんか」
「そうですね。実力行使しかない」

田中れいなが正面からこちらを見据えた。
その手には、未だ拳銃がきつく握り締められている。
銃口をゆっくりと、再び高橋に向け、彼女は告げる。

「だかられなは、ここで貴女を、殺してみせます」

銃声と、誰のものとも知れない悲しみが、木霊した。




















最終更新:2012年11月25日 17:20