(15)099 『共鳴者~Darker than Darkness~ -12-』



その来訪は唐突に、あっけなく、あまりに気安く訪れた。
喫茶リゾナント。
相変わらず休業中の店内に、その声は響いた。

「まだ休業しとるんね。今月は赤字確定やない?」

店内には"黎明"の、その所属を既に自覚したメンバーが全員揃っていた。
突然の来訪者は呆然とする彼女達には目も向けず、
古巣を懐かしむように店内のあちこちを点検している。

「うん。掃除はちゃんとしてるようやね。これならいつでも開店できる」

あまりにも気安げな動作。
あまりにも安穏とした発言。
否、本来なら彼女はここにいても何ら不思議のない人間だったのだから、
むしろこの中心にいた人間なのだから、それも当然のものなのかもしれない。

だが、違う。
今の彼女と、ほんの少し前の彼女とでは、立つべき位置があまりにも違いすぎた。

「愛、ちゃん……?」

田中れいなが漏らすと、彼女はようやくその存在に気づいたかのような素振りで振り向いた。
何も変わらない。
とてもよく見知っている、以前のままの彼女だ。
そこに膨らんだ期待を、
帰ってきてくれたのかという希望を、

「れいなか。今日はちょっと、アンタに用事があって来たんよ」

高橋愛は、その一言で切り捨てた。


俄かに店内の空気がざわめき立つ。
今、目の前にいるのは"ダークネス"の高橋愛だ。
その彼女の言う用事が、気の置けない世間話の筈もない。
たじろいだ面々に気を留める様子もなく、高橋はその用件とやらを口にした。

「単刀直入に言う。れいな、アンタにうちの組織に協力してもらいたい」
「っ、ふざ――」
「ふざけてなんかない。あーしは大真面目にれいなを迎えに来た」

反論は射抜くような視線によって封じられた。
事実、高橋は至極真剣に田中れいなの協力を要請しに現れたのだと理解させる視線だった。

「……意味が、わかりません」

正直な独白だった。
田中には、自身が"ダークネス"に、今や"五番目"という強力な能力者を擁する組織に必要とされる理由など見当もつかない。
彼女達と肩を並べるには自分達があまりに非力であることを、先の戦闘でも突きつけられている。

「簡単な話や。"共鳴増幅"、アンタだけが持つその特異な能力が必要ってだけやよ」
「勝手なことを言わないで下さい!」

堪りかねたように声を荒げたのは道重さゆみだった。
思いは同じなのか、他の面々もそれに同調する気配を見せている。
道重の後を亀井が接いだ。

「いきなり出ていって、いきなり戻ってきて、
 しかも今度はれいなを連れて行こうなんて、ずいぶん乱暴すぎるじゃないですか」
「小春もそう思います。はっきり言って、不愉快ですよ」
「高橋さんは、うちらの為に頑張るって言うてはりましたよね? あれは嘘なんですか」


久住、光井も抑えていたのだろう、内心の疑念をそう吐露した。
残る中国人の二人も、その胸中をうまく日本語にできないのがもどかしいといった表情で高橋を睨みつけている。
皆、敵となった高橋に鋭い視線を向けている。
だがそこに介在するのは敵意ではなく、むしろ遣る瀬無い悲しみの塊だ。
田中は一人、他人事のようにそれを観察していた。

「あはは、まあ言いたいことはわかるわ。言い訳するつもりもない。
 ただひとつ言わせてもらうなら、『みんなの為に戦う』っちゅーあーしの正義は今も揺らいどらんよ」

田中は無言で高橋を見つめる。
敵意も、親しみも、悲しみすら捨て去って、彼女の言うところを、その"正義"の真意を計ろうと観察を続けた。

「できれば無理強いはしたくない。やから、みんなにだけはこれからのことを概要だけでも話しとく。
 あーしは共鳴者にとって理想の社会を作りたい。それで考えた。
 どんな社会があーしらにとっての理想で、どうすればそれを作り出せるのか。そして答えを出した。
 その前に、れいな。後藤さんに話を聞いた今ならわかるやろ、今の社会が、共鳴者にとってどれだけ不利か」

"五番目"計画。
そんなものは人権や倫理を、本来それを最も重んじるべき立場にある国家が自ら踏みにじる行為に他ならなかった。
物理的、技術的に可能でも、社会には許容されるべき行為とそうでない行為の二つがある。
殺人。強盗。詐欺。
他者の人権を侵害する犯罪は、許容されるべきではないから刑事罰を課される行為として認定されている。
なぜならば、それらの行為を許容することは国内の治安を乱し、
人間を弱肉強食の原始時代にまで立ち戻らせる愚でしかないからだ。
国家とは国民の安全保障機関であり、法律とは安全保障のための手段なのだ。
だから本来、"五番目"計画のような違法行為を国家が自ら行うことが許されていい筈がない。
しかし現実に、彼らはそれを実行した。
それはなぜか。


「そこにあるのはシンプルな答え。国にとってあーしら共鳴者は、"人間"の枠から外れた存在でしかない」

共鳴者の存在は秘匿されている。
秘匿されている上に、公表するにはあまりにも常識外の存在だ。
だから、誰からもその存在を認めてもらえない。
存在が認められていないということは、そこに存在しないのと同じだ。
"存在しない"筈の者にどんな仕打ちをしようと、それを罰する法がこの社会にはないのだ。

「けど実際には、あーしらは確かに此処にいる。"闇"と命がけで戦って、社会の平穏を守ってる。
 あーしの気持ちも少しはわかってもらえんかな?
 あーしらがどんだけ血ヘド吐いて守っても、守られてる側の社会はそんなあーしらの存在すら知らん」

無知は罪だ。
彼らが共鳴者を知らないことで、社会に認められることもなく散って逝った命がいくつもある。
散って逝った彼らは、まぎれもなく人間だった筈なのに。
血が通い、感情を持ち、家族や友人のいる、ただ少し他者とは違う能力を持つというだけの"人間"だった筈なのだ。
その事実を無視して行われた暴挙に、共鳴者が、その遺族が、憤らない道理がどこにある。
その憤りを責める権利が誰にあると言うのか。
"ダークネス"はそうして生まれた。
幾重にも折り重なる"人間"への憎悪が、人間扱いされなかった者たちの怨念を"闇(ダークネス)"へと貶めたのだ。


「けどそんな社会とも、もうすぐサヨナラできる。
 連中はそれを可能にする力をあーしらに与えてしまったんよ。
 人間を辞めて、人間への復讐を糧に、あーしは共鳴者の理想社会を作る。
 そろそろその手段を話そうか、みんな」

全員が息を呑んだ。
高橋愛のその形相に。
内に湛えた憎悪の気配に。
何より彼女が口にした、その計画の内容に。

「あーしはこの世界を――"異界"を以って埋め尽くす」




















最終更新:2012年11月25日 17:12