(15)091 『蒼の共鳴-動き出した運命』



学校に行くのが億劫でつい休んでしまった愛佳の携帯が、今の気分にそぐわない軽快なメロディを奏でる。
この着信メロディを設定した相手の顔が浮かんで、愛佳は微妙な気分のまま携帯を手に取った。


「もしもし、高橋さんどないしはったんですか?」

「今すぐリゾナントに来て、大事な話があるの」


真剣な声に、愛佳は分かりましたと言って通話を終了する。
ベッドから身を起こし、素早く着替えて。
こんな時、リゾナントから遠く離れた場所に住んでいる自分が悔しかった。
すぐにでも飛んでいきたいのに、電車に揺られるしかない。
タクシーを使うことも考えたが、リゾナントに着くまでにどれだけの金額になるか予測が付かない。

もどかしい気持ちのまま、愛佳は部屋を飛び出し駅へと駆け出す。
同じ学校の誰かに見られたら、なんていうことは頭の片隅から一瞬で消えた。
早く、少しでも早く。

幸い、リゾナントの方向へ向かう電車がすぐに来た。
電車に乗った愛佳は、愛に電車に乗った旨をメールして。
愛佳は目を伏せて、電車の揺れに身を委ねる。

里沙との身を切られるような別れの後、残された8人はボロボロの体を引きずるようにしてリゾナントへ帰り。
眠れないまま、夜が明けて。
一睡も出来なかったものの、じっとしていたことによって少しは回復したからと。
れいなとさゆみが必死に皆を回復してくれたおかげで負わされた傷は回復した。

だが、体は回復しても。
心の中にある喪失感は元には戻らない。


リゾナントから帰宅し、一晩が経っても。
相変わらずよく眠れなかったし、気分は憂鬱だった。
愛から呼び出されなければ、おそらく数日はリゾナントに顔を出すなんてことはなかっただろう。
皆を見れば嫌でも思い知らされるから。
もう、そこに里沙はいないということを。

早く着いてほしいという思いとは裏腹に、飛び乗った電車は普通の各駅停車。
イライラしながらも、途中で乗り換えたところで数分しか時間は変わらないことは分かっている。
乗り換えのために駅で数分待っているなんて、今の自分には出来そうもない。

早く着けばいいと思いながら、愛佳はゆっくりと微睡みの世界に堕ちていく。
まともに寝ていない体が発する、睡眠しろという命令に抗うことなく愛佳は眠りについた。


 * * *


電車を降りて、愛佳はリゾナントへ向かって駆け出す。
走ったところで、皆を随分待たせている状況がマシになるわけではないけれど。
それでも、愛佳は必死に走る。

愛が普通の調子で電話をかけてきたのなら、ここまで必死になる必要はなかった。
むしろ、リゾナントに行くことを拒否していたと思う。
とてもじゃないが、皆に会えるような気分じゃなかったから。

曲がり角を折れ、後はもう一直線に走るだけ。
愛佳は一気に速度を上げる。
程なくリゾナントのドアの前まで来た愛佳は、その勢いのままドアを開けて中へと飛び込んだ。


「みっつぃー、お疲れ。
…小川さん、これで全員揃ったよ」


いつもと違う愛の声、そして聞き慣れない名前に。
息を整えながら、愛佳は視線をきょろきょろと動かす。
カウンター席に座っている、見慣れない姿の女性。

小春の隣の席に座り、愛佳は女性の方に目を向ける。
皆もまた、女性の方に視線を向けていた。
女性が皆の方を振り返る。


「…どこから説明すればいいのか、ちょっと戸惑っているんだけど。
まずは初めまして…ガキさんの友達の小川麻琴って言います」

そう言ってぎこちなく微笑む女性―――麻琴の姿に。
皆それぞれ、初めましてと返事を返す。
自己紹介の流れになるのかと思ったが、女性は皆の返事を聞いてすぐさま口を開いた。


「時間がないから、自己紹介はまた今度で。
単刀直入に言うね。
皆、私と一緒に来て欲しいの」

「行くって、何処に…まさか、ダークネスに来いって言うっちゃなかろうね?」


れいなの言葉に、麻琴はブンブンと首を横に振る。
そのコミカルな動作は、まるで里沙のようで。
何か言わなくてはと思いつつも、胸が締め付けられた。
麻琴は皆が何も言えずにいる空気を感じていないのか、再び口を開く。


「皆に来て欲しいのは別のところ。
私も行くのは初めてなんだけど…そこに、皆を連れて行くために私は―――ダークネスから脱出してきたの」


麻琴の言葉に、皆に一斉に緊張が走る。
いつも皆の前に現れるダークネスの手先と同様に、普通に現れただけなのだと思っていたのに。
それなのに、麻琴は脱出してきたと言った。
脱出してきたということは、すなわち、麻琴はもうダークネス側の人間ではないということ。

よくよく麻琴の姿を見てみたら。
服は所々ほつれ、破けた箇所からはうっすらと血が滲んで見える。
この状態で、麻琴が嘘を言っているとは思えなかった。


「脱出してきたってどういうこと?」

「…正確には、脱出したっていうより、脱出させられたっていうか…。
皆はどのくらいガキさんのことを知ってる?」


絵里の言葉に逆に質問を投げかける麻琴。
麻琴の言葉に、さゆみがポツリポツリと返事を返す。
里沙のことは殆ど何も知らないということ。
先日の戦いの時、里沙には大切な人がいてその人の命を守るためにはリゾナンター側にはなれないと言っていたこと。

さゆみの言葉に、そっかと呟いて。
麻琴は愛が淹れてくれていたコーヒーへと口を付ける。
しばしの沈黙。


「ガキさん…そして、私の命の恩人である安倍なつみさん。
安倍さんが命がけで私を逃がしてくれたから、私は今ここにいるの。
ガキさんがこのままだと大変なことになるから、それを防ぐために…。
皆を安倍さんが教えてくれた場所に連れて行けば、きっとガキさんを助けることが出来る。
だから、皆…信じてくれないかな」


弱々しい麻琴の言葉に込められているのは、懇願。
言葉以上に、信じて欲しいという気持ちは痛いほど伝わってくる。
精神感応能力を持たない愛佳ですら、その言葉に込められた想いに胸が締め付けられる。
目を伏せて、頭を垂れる麻琴の姿に愛が口を開く。


「…悪いけど、あなたの心は読ませてもらった。
このまま、里沙ちゃんのこと放って何事もなかったかのようになんて、あーしには出来ん。
皆―――小川さんと一緒に行こう」


愛の言葉に、皆一斉に頷く。
心を読める愛が、麻琴の言葉に嘘偽りはないと判断した。
そして、里沙が未だかつて無い窮地に立たされている。
頷かない理由なんて、何処にもなかった。

麻琴は皆にありがとうと言って、頬を伝う涙を拭った。
そして、麻琴は地図か何かないと声をかける。
その言葉に、小春があたし今日学校行ってきたから地理の教科書持ってますと声を上げて麻琴の元へと鞄ごと移動する。

小春に釣られるように、皆も一斉に麻琴を取り囲むように麻琴の傍へと集まった。
麻琴は小春から教科書を受け取ると、パラパラと捲っていく。
やがて、麻琴はページを捲る手を止め、ある一点を指さした。


「…ここだね。
このまま皆で固まって移動したら、あっちに勘づかれかねない。
ガキさんや安倍さんのことで手一杯で、向こうは今のところ皆には注意はさほど払っていないだろうけど、 念には念をってことで。
時間をずらして、まずはバスか何かで移動して…その後、全員でそこまで歩きで移動しようか。
公共機関を利用しても、そこに着くまではかなり時間かかると思うから…皆、携帯用食料とか持参してね」


先程までとは打って変わって、落ち着いた表情で皆に指示を与える麻琴。
その言葉に、愛佳は自然と体が震えた。
それは、何か大きなことに関わるのではないかという、これから先の未来への不安からくる震え。

隣に立つ小春が、そっと愛佳の手を握る。
その手の力強さに、徐々に愛佳の中から不安が消えていった。


「よし、じゃ、皆…これから各自家に帰って必要なものを準備してからまたここに集合して。
みっつぃーは遠いから、出来るなら帰らんでほしいけど」

「大丈夫です、お金はある程度持ってきてるし…それに、着替えなんてわざわざ取りに戻らんでも、
強行軍になる以上、風呂だの睡眠だの言ってられんでしょうし」


愛佳の言葉に、小春がえー、お風呂入れないのーと喚いたことで。
一斉にリゾナントにおこる、笑いの渦。
この穏やかな空気の中に里沙がいないことが悔やまれるくらい、久し振りに起きた笑いの空気だった。

皆バラバラに、リゾナントを出ていく。
数日臨時休業しますという張り紙をドアに貼り、愛はれいなを伴って2階の居住スペースへと戻り。
皆それぞれ、連絡しておく必要がある人間に連絡を取った。


2時間後、皆それぞれ荷物を抱えて再びリゾナントへと集まる。
その間何も準備するもののない麻琴は、携帯を操作して高速バスの時間を調べていた。
数時間おきにしか出ていないが、タクシーを使っての移動はさすがに今の資金では辛いし他の皆も無理だろう。

各バス会社毎に出ているバスの経路を調べた麻琴は、皆にそれぞれ別々の会社のバスに乗るように指示して。
この地点でまずは落ち合おう、そう言って麻琴は一人先にリゾナントを出ていく。


「…何か凄い緊張してきた」


小春の呟きに返ってくる声はなかったが、皆同じ気持ちであることは共鳴によって分かっているから。
愛とれいな、さゆみと絵里、小春と愛佳、そしてジュンジュンとリンリンと自然と別れて。
それぞれ時間を数分ずつ空けて、リゾナントを出ていった。


様々な人間が集まる、高速バス乗り場がある大きな駅へと移動したリゾナンター達。
再びここに戻る時、その時には。
里沙も一緒であることを祈りながら、皆それぞれ別々のバスへと乗り込む。

目的地周辺に着くまで約3時間。
そこから更に徒歩で数時間という遠い場所。
興奮と緊張で眠れそうもなかったが、それでも寝て体力を回復させておかなければ。
別々のバスで、誰が提案したというわけでもないが、皆一斉に目を閉じて眠る体勢を取る。


―――それぞれの想いを乗せて、高速バスは走り出した。




















最終更新:2012年11月25日 17:11