(14)579 『光』



「すっごい雨」

ガキさんが窓の外を見ながら大きくため息をついた。
同じように机に突っ伏しながら静かにため息をつき、眠る体勢に入った。
地面、床、机、腕を伝わって耳に届く雨音は、眠りの世界へ誘う心地良い子守歌だった。

「こんな日は何もしたくなくなるね」

ガタンとイスを下げる音がする。
きっとガキさんがカウンター席に座ったんだろう。
その向こう側では、愛ちゃんがガキさんの為にカフェオレを作っているんだろうな。

「もうダウンしちゃった人もおるしね」
「ん?・・・あぁ、カメかぁ」
「今日はもう二人とも帰れへんね」
「そうだねぇ。この雨は手厳しいよね」
「手厳しいねぇ」

ぼんやりと二人の会話を聞きながら、絵里は夢の世界へいこうとしていた。
おやすみなさーい・・・。

「お、光った」

次の瞬間、ドンッというすんごい音が絵里の耳から脳へと流れ込んだ。

「おわっ」
「ちょっともうやめてよー」
「落ちたかな・・・」

さすがの絵里も頭を起こし、二人の方を見た。


「あ、カメ起きた」
「さっきの音で起きちゃったかぁ?」
「起きちゃいましたよぉー」

口を尖らせて、うーんと一伸び。
まぁ、正確に言うとまだ完全に寝てはなかったんだけど。
絵里が二人のそばに行こうと立ち上がった時、また窓の外が光った。

「・・・!今、なんか・・・」
「愛ちゃんも感じた?」
「ダークネスの気配、しましたよね?」

―ドーン!!!

音がすると同時に、確かに感じたダークネスの気配。

「やっぱりダークネスや!」
「今日は特に現れないでほしかったよ・・・っ」

出動準備をする二人の姿を見てから、窓の外に目をやる。
雨がやむ気配は全くない。

「こんな雨の中外出るのやだよー!」
「カメ、文句言わないっ」
「わかってますけどぉ!」

愛ちゃんを先頭に、思い切って扉を開けた。
間髪入れずにリゾナントの店内に吹き込む雨。
一歩でも外に出れば、呼吸をするのが嫌になった。


「あれ、せっかく来てあげたのに」
「・・・またアンタか」

雨の降る空を見上げると同時に、その声は聞こえた。
イスに座ったまま、頭上から見下ろしてくる楽しそうな目。

「嫌だなぁ。会えて嬉しいくせに」
「敵に会えて嬉しい奴がどこにおるんよ」
「やっと私が敵だって認識してくれたみたいだね」
「・・・」

かつて私たちの仲間だった人。
敵になってからのこの人は、絵里の苦手な分類に入ると思う。

「今日はこんな雨の中、何の用?」
「こんな雨の日にうってつけの新作ができたから、テストを兼ねてお披露目にね」

あくまで楽しそうに話す彼女を見て、やっぱり苦手だと改めて感じた。
そして何より、ここまで人は変わってしまうものかと恐怖も感じた。
あぁ、だから苦手なのかな。

「ちゃんと結界も張ってあるしね」
「そりゃどうもご丁寧に・・・」
「いえいえ」

また空がピカッと光ったかと思うと、そこにはいつの間にか人が立っていた。



いや、人と呼ぶのは間違ってるかな。
形は人だけど、人になりきれなかったような・・・。
絵里より背が高くて、女の人のような体格で、生気の感じられない目。
降りしきる雨のせいか、全身に悪寒が走った。

「それじゃあ頑張ってね」

そう言ってニコッと人の良さそうな笑みを浮かべた後、ドクターマルシェは姿を消した。
それを合図に、3人が同時に戦闘体勢を取った。

「まずは様子見やね」
「うん。能力もわからないし、一定の距離を置きながら戦おう」

愛ちゃんとガキさんの声に一度だけ大きく頷いて、絵里はかまいたちを発生させた。
それに続いて愛ちゃんとガキさんが飛びかかる。
敵は一歩も動かずに、右手を絵里達の方へ向けた。

何か来るっ・・・!?

次の瞬間、ピカッとフラッシュのような光が辺りを包み込んだ。
そっと目の前にかざした腕を下ろすと、二人はそこにしゃがみ込んでいた。

「愛ちゃん!ガキさん!」
「っ・・・まさか光にやられるとはな・・・」
「これはしばらく開けられそうにないね」

愛ちゃんとガキさんは目を瞑ったままゆっくりと立ち上がった。


「目が開けられないんですか?」
「モロにフラッシュくらったからな」

身体にはなんの異常も感じられない。
たぶん、さっきのフラッシュはただの目眩ましだったんだろう。
二人の身体で陰ができたおかげで、絵里はなんとか目をやられずに済んだみたいだ。

「今、目が見えるのは絵里だけってことか」
「そんな・・・」

あいつを絵里だけで倒すことができるの―?

一瞬頭をよぎった不安。
自分の心臓の音が早くなるのがわかった。

「だからって、一人で戦おうとしないでよ?」
「え?」
「絵里が誘導してくれれば、私らは戦える」
「そういうこと。しっかりしてよね、カーメっ」

目は瞑っているが、二人はそう言って優しく微笑んだ。
そうだ。
絵里にはこんなに頼れる先輩がいる。
こんなに心強い仲間がいる。
一人じゃないんだ!


「でも誘導って言ってもどうすれば!」
「そうなんだよね・・・ぽけぽけぷぅなカメには難しいかも・・・」
「ううう・・・」

そんなことを言っていると、また敵が右手をかざした。
早く二人に知らせなきゃ・・・!

「二人とも!・・・えーと・・・危ないです!」
「は?ちょ、どっちに逃げればいいか言って!」
「そんなの絵里にもわかりませんってば!」
「ガキさん掴まって!」

愛ちゃんがガキさんの左腕を掴んで、少し離れたところに瞬間移動した。

―ドンッ

その直後に、二人がいたところに雷が落とされた。

「あ、危なかった・・・」
「カメ!何が起こったの!?」
「二人がいたところに雷が落ちました!」
「うわ・・・ありがとう、愛ちゃん」
「どういたしまして。
それにしても、さっきのフラッシュといい、エレクトロキネシスか!?」

視線を愛ちゃん達から敵に戻すと、再び右手をかざしていた。


「!・・・また何か来ます!」
「くそ・・・っ」

二人はまた姿を消し、絵里のそばに現れた。
そしてまた、二人がいたところに雷が落とされる。

「このままだと長期戦は危険だよ!」
「そうやな・・・出来れば一発で決めたい」
「雷の落とされるタイミングと敵の位置さえわかれば・・・」

雷のくるタイミングを知る方法が何かあるはず。
絵里も二人の役に立ちたい。
二人を、守りたい・・・!

「あの、絵里に考えがあるんですけど・・・」
「よし、それでいこう」
「え、ちょ、まだ何も言ってませんよ!」
「今はあれこれ考えてる時間無いからね、とりあえずやってみようよ」
「まぁカメに頼るしかないのが現状だしね」

なんだかんだ言いながらも、二人が絵里を信頼してくれているのがわかる。
それに答える為にも、絵里は二人に考えたことを説明した。

「なるほど・・・。とりあえず絶対にミスは禁物だね」
「まぁ大丈夫やと思うよ」
「そんなこと言って、一番キツイの愛ちゃんだよ?」
「わかってるって。頑張るよ。負けるわけにはいかんから」

愛ちゃんが、じゃあよろしくと言って絵里達から離れた。


「よし、じゃあ・・・カメ、いくよ?」
「いつでもOKですよ、ガキさん」

絵里とガキさんは強く手を握り合って、意識を集中させた。
ガキさんの精神が絵里の中に入ってくる。
その瞬間、強く握られていた手の力が弱まったけど、完全に離れることはなかった。
絵里もこの手を離しはしないと、グッと左手に力を込めた。

ガキさん、ちゃんと見えてますか?
うん、ちゃんとカメの目から見えてるよ。
なら良かった。

作戦はこうだ。
雷の落ちるタイミングは絵里が判断する。
風を操れるようになってから、意識を集中させれば小さな風も感じられるになった。
それを利用する。
雷が落ちる瞬間、僅かに動く空気と風を絵里が感じ取り、愛ちゃんに伝える。
敵の位置は絵里の身体を通じてガキさんが見る。
愛ちゃんとの位置関係をガキさんなら的確に指示できるだろう。
そして、それらを愛ちゃんに伝える手段は、強く思うこと。
今、絵里の中に二つの精神が居ることになる。
これらを愛ちゃんの精神感応で読み取ってもらい、敵に光の矢を放つ。
ただこの作戦は絵里とガキさんが無防備になってしまう為、意図に気付かれてはいけない。
気付かれたが最後、身動きのできない絵里達に雷が落とされてしまうからだ。
だからガキさんもミスは禁物だと言ったのだろう。
絵里自身、上手くいくかどうかは全くわからないし、自信があると言ったら嘘になる。
それでも・・・それでもこの二人となら、仲間となら、やれないことなんてない!


「二人とも、準備はいい?」

大丈夫です!
いつでもいけるよ!

「よし、じゃあ・・・いくよ!」

現在、敵は東に45度の方向!距離10メートル!

「了解・・・」

愛ちゃんは誰に言うでもなくボソッと呟くと、敵と一定の距離を保ったまま威嚇しだした。
目が見えないのにこれだけの動きが出来るのは、長年のカンってやつなんだろう。
戦い方が身体に染みついている・・・その姿に絵里は思わず見とれてしまっていた。

カメ!ぼーっとしない!
あ!はい!すみません・・・っ。

いけないいけない。
ガキさんの声に意識を戻して、再び風に意識を集中させた。

早く雷を打て・・・!
さっきの様子を見ると、敵はいつも雷を落とした後に隙ができる。
そこを狙って、愛ちゃんが光を放つ作戦だ。
でも、この雨の中だ。
絵里と同じように、二人もいつも以上に体力を消耗しているだろう。
しかも、二人は目が見えない分、絵里より体力を消耗しているに違いない。
長期戦だけは絶対に避けたい。


敵を威嚇する愛ちゃんの右手には、小さく強く光る輝きがあった。
どんな闇にも負けない。
強い共鳴の力を感じる光。
絵里達の思いを力に変える光。

―ザワ・・・

来る!
愛ちゃん!!

絵里が強く思うと、愛ちゃんはニヤッと笑って、アスファルトを強く蹴って飛んだ。
数秒後、雷がけたたましい音をたてながら落ちる。

真っ直ぐ60度下!
今だよ、愛ちゃん!!

「くらえぇぇぇ!!」

ガキさんの声を合図に、愛ちゃんが右手を敵に向かって広げた。
すると絵里達の気持ちに応えるように光はどんどん大きくなり
やがて、強く強く輝くながら光は敵を包み込んだ。

「さっきと同じぐらい眩しい光なのに、どうしてこんなにも綺麗なんだろうね」
「そうですね・・・」

いつの間にかガキさんは自分の身体に精神を戻していた。
そういえば、左手もさっきより強く握られている気がする。
次第に光が薄れていき、辺りの様子が確認できるようになった。



「愛ちゃん?」
「大丈夫ですか?」

ゆっくりと、愛ちゃんが居る方へ二人で歩き出した。

「大丈夫だよ。二人とも、ありがとね」

光の中から現れた愛ちゃんは、穏やかな表情を浮かべていた。

「愛ちゃんこそ。お疲れ様っ」

成功して良かったぁ・・・。
ガキさんの身体に倒れ込む愛ちゃんを見て、心から安心した。

「今回はカメのおかげだね」
「え!」
「ちょっと見直した」
「え!!」
「なーにー。もーうるさいってばー」

ガキさんが愛ちゃんに肩を貸して、リゾナントに向かって歩き出した。

「だ、だってガキさんが!」
「だってなによー」

ガキさんの反対側から愛ちゃんを支えながら、絵里も歩き出した。


「な、なんでもないですよーだ」
「なんなのもー。わっけわかんないなぁ、本当」

ケラケラと笑いながら、ガキさんがリゾナントの扉を開ける。
なんだか上手く言えそうになかったので、絵里はそれ以上何も言わなかった。

「はい、愛ちゃん着いたよー」

二人で愛ちゃんをイスに座らせて、軽く息をついた。
当たり前だけど、全身雨でずぶ濡れだ。
服も髪の毛も、肌にくっついてきてうっとーしい。

「はいはい。タオルだよー」

ガキさんが愛ちゃんと絵里にタオルを渡した後、自分も頭からタオルをかぶった。
やっぱりお母さんみたいだなと思いながら、絵里も頭からタオルをかぶった。
愛ちゃんもありがとーと言いながら、タオルを頭からかぶった。

「このままだと風邪ひいちゃうね。ちょっとお風呂入れてくるから」
「はぁい」

お母さんだ、お母さんだ。
ガキさんに言ったら怒られるんだろうな。
そんなガキさんを想像したら楽しくなって、ついニヤニヤしてしまった。


「なーにニヤニヤしてんの」
「ガキさんってお母さんみたいだなーと思って」
「へへ、私も今同じこと思ってた」

愛ちゃんはタオルで頭をがしがしを拭きながら、心底おかしそうに笑った。

「じゃあ愛ちゃんはお父さんです」
「私がぁ?」
「大黒柱ですよ!」
「実際にみんなを支えられたらいいんだけどなぁ」
「大丈夫ですよ」
「いやいやいやいや」

嘘でもお世辞でもない。
本当に愛ちゃんはみんなの支えになってますよ。
愛ちゃんという柱があるから、リゾナンターというファミリーがあるんだと絵里は思う。
こんなことを言っても、この頑固なお父さんは認めないんだろうけど。

「今お湯入れてるから、早く入ってー!」

お風呂場の方から、ガキさんの声が聞こえてきた。
絵里と愛ちゃんは顔を見合わせて、ニィっと笑った後に声をそろえて言った。

「「はぁい、お母さーん!」」


言った後に、二人で目に涙を浮かべながらお風呂場へ行くと、
案の定ガキさんに「誰がいつお母さんになったの!」と怒られた。

「ほらほら早く!早くみんなで入りましょうよ!風邪ひきますよー?」

あまりにもガキさんがしつこくツッコミを入れてきたけど、
愛ちゃんとガキさんの間に割り込むことでそれを止めた。

「元はと言えばカメでしょーがー!」
「まぁまぁ、早く入らんと本当に風邪ひくで」
「うーん・・・そうだね。入ろっか」

3人で入ったお風呂は、とっても温かかった。
身体がぽかぽかするだけじゃなくて心まで暖まる。
そんな感じ。
色で表すなら、お風呂場とかにあるオレンジ色の電気。
あんな感じ。

絵里が放つオレンジ色の光も、みんなの心をぽかぽかにできたらいいなぁ。
そんなことを思いながら、再び雨音と二人の話し声を子守歌に眠りの世界を目指した。





















最終更新:2012年11月25日 16:52