(13)932 『共鳴者~Darker than Darkness~ -9-』



東京都新宿区市谷本村町、市ヶ谷駐屯地。
防衛省本省の所在するその敷地内。
庁舎A棟の屋上に、彼女達四人は対峙していた。
高橋愛と、新垣里沙。
そして、本省勤務の共鳴者の少女が二名。
彼女達の常となっている職務内容は、

「確か、寺田の護衛にいつも付いてる二人やったね」

「寺田」と、伏せられている筈の"つんく♂"の本名を出したことで、
二人の少女はわずかにだが狼狽を見せた。まだ青い。高橋は胸中、そんな評価を下す。
名前は確か、梅田えりかと、矢島舞美。
両者とも体格こそ高橋より上だが、
顔にはまだその年代特有の幼さが浮かんで見える。

「つんく♂さんの所へは、行かせません」

少女のものとは思えない、毅然とした口調。
その毅然さは、確固とした個人の信念から来るものではなく、
上からの押し付けにより植えつけられた職務意識の結果だと推測できた。


防衛省の敷地内へは高橋の空間跳躍により気安く侵入を果せた。
だが、中央指揮所等の内在する庁舎A棟の内部へは跳躍できなかった。
おそらく内部に高橋のような空間制御能力者がいる結果であろうことは想像に易い。
ならば実力行使、強行突入するのみだ。
確固とした作戦目標を持ちこの場に侵入を果した高橋と新垣の両名は、
言葉を交わすこともなく無言で庁舎の屋上へと跳躍した。
そしてそこで待ち受けていたのが、彼女たちだ。

肌にまとわりつく夏の熱気を、屋上に吹いた一陣の風がさらっていく。
切欠はそれで十分だった。
そこに言葉は介在せず、両陣営は引き寄せられるように、屋上の中央で衝突した。


梅田の長い足が振り抜かれた。
高橋の頭蓋めがけて、その爪先が弧を描き疾駆する。
それを軽く上体を反らすことでかわし、反動を利用して梅田の懐へ肉薄した。
突き出した拳は梅田のガードを貫くことなく、
中空に出現した歪みを介し新垣と肉弾戦を行っていた矢島の後頭部を屠る。
突然脳を揺すられ視界のブレた矢島の間隙へ、新垣は躊躇なく踏み込んだ。
新垣の振るった肘に顎先を打ち抜かれ、矢島はたたらを踏んで後退をよぎなくされる。
そこへ駄目押し。新垣の靴底が矢島の鳩尾を抉り、吹き飛ばす。

「舞美!?」

数瞬の駆け引きについてくることすら敵わなかったのか。
高橋の対峙する梅田は眼前の脅威を一瞬忘れ、倒された仲間へと振り返る愚を犯す。
その隙を見逃す高橋ではない。
腰元から特殊警棒を抜き出し、フルスイングの一撃を梅田の側頭部へと見舞った。


「護衛役が聞いて呆れるわ」

吐き捨てた高橋に、倒れ伏した少女達は尚も攻撃的な視線を向けてくる。
まだ戦意がある。
つまり未だ見ぬ自らの能力に勝算を見出しているということか。

「立ちな。こっちも時間ないから」

新垣の声に応えたわけでもないだろうが、少女達は立ち上がる。
本来なら、ここで勝負が決していてもおかしくはない。
高橋と新垣の二人は"五番目(フィフス)"の被験者だ。
並の能力者相手に能力戦なら、歴然とした差を見せ付けることができる。
加えて今の肉弾戦。
高橋の能力が実際には介在したが、それも微細なものだ。
彼女達も相応の訓練は受けているのだろうが、
"闇"殲滅の最前線で磨き抜かれた高橋達の体術には遠く及ばない。
その事実を前にしてもまだ、少女達には薄気味悪い余裕があった。


「流石に、お強いですね」

皮肉を籠めた調子で呟いたのは梅田だ。

「これが"五番目"の真価というわけではないでしょうけど」

同様の調子での発言は矢島。
彼女達は"五番目(フィフス)"という極秘計画について知っている。
その意味するところは何だ。
あるとすればそれは。

「小川麻琴さんの死亡事故。紺野あさ美の離反。
 "たかがそれだけの"ことで、政府の動きが止まったと思いますか?」

寺田光男の側近らしい。
随分と他人の神経を逆撫でするのが得意のようだ。

「貴女方の後も、共鳴者の人工的な強化計画案は続々と出されていました」

その話なら以前に紺野からも聞いている。
長々と彼女達の講釈に付き合ってやる義理も時間もなかったので、
話の行き着く先へ早々に見当をつけた。


「"子供達(キッズ)"の被験者か」
「あら、ご存知でしたか」

残念、といった口調と共に梅田が肩をすくめてみせる。
"子供達(キッズ)"計画。
"五番目(フィフス)"計画のもたらしたある種の"失敗"を省みて、
まだ幼い十歳前後の共鳴者を対象に行われた計画だ。
なぜ被験者を未熟な子供に限定したのか。
その答えは明瞭。
上からの"教育"がしやすく、紺野のような異分子を再び野に放つ危険を避けるための措置だ。
目の前の少女達は、そんな上の思惑の具現とでも評しうるだろう。哀れなものだ。


「つまり、です」
「"子供達"は"五番目"以後に、改良された計画。
 その計画の被験者である私やえりかが――」
「あーしらに負ける訳がない。そう言いたいんか?」
「その通りです。どうも、その辺りを理解していただけていないようですが」
「試せばわかる」
「それもそうですね」

では、と前置いて、――梅田えりかの姿が掻き消えた。




















最終更新:2012年11月25日 15:54