(13)568 『60億の共鳴』



「喰らってくたばれ、ファイナルリゾナントバスター」
「ヘルミーなの」

「グワファ、見事な攻撃だリゾナンター諸君
 だが私も闇の眷属の長として ただでは死なんのだよ、ナイト・オブ・ダークネス発動」

消滅の間際ダークネスがそう叫ぶと、不帰の島を揺るがす大轟音が鳴り響く
ミサイルが発射された

「くっ、最後の最後まで」
「どうする愛ちゃん」
「どうもこうもない、 みっつぃー、ミサイルの軌道を予知して、
 私は瞬間移動で何とかする」
「愛ちゃん、まさかミサイルごと人のいない場所へ移動するつもりっと
 危なすぎるったい」
「でも何とかしないと、このままじゃ」
「高橋さん、私も行きます」
「小春、なぜあんたが」
「接近して私の力でミサイルに電撃を加えれば、あるいは」
「でも二人であんな高いところまで瞬間移動するのは危険なの」
「わかってます、でも」
「よし、小春行こう」
「愛ちゃん」

「危ないことは判ってる、でも誰かがやらないと世界が…
 愛佳はミサイルの軌道を予測
 ガキさんはそれを私に報せて
 他の皆は力を、さっきの戦いでエネルギーをかなり消費してしまったのは
 わかってる、でもこれが最後の戦いになると思う、だから」
「わかった、やろう」
「高橋さん、久住さん、バッチリです」


数分後、高度1万メートルの上空で高橋と久住は見事にミサイルを撃墜した
快哉の声を上げる他のメンバー

「やったよ愛ちゃん、小春、早く戻っておいで」

次の瞬間高橋と久住の姿が皆の前に現れる

「やったね」
「二人ともご苦労様」
「皆が力を送ってくれたから出来たんだ」
「それに上空でも皆の声がはっきりと聞こえました」

抱擁とハイタッチを繰り返すメンバーを微笑みながら見ていた光井だったが、不意に不吉なビジョンに襲われる
それは過去一度も垣間見たことのない終末のビジョン
説明の付かない不安に突き動かされながら、ダークネスの玉座の方に吸い寄せられていく
そこには大型のディスプレイがあり、世界地図が表示されていた

「ああっ」

悲痛な声を上げる光井の様子を見て新垣が歓喜の輪から離れて、近づいてきた

「どうしたの、愛佳」

優しく話しかける新垣に、光井はディスプレイを指差す
そこに映し出されたもの
米大陸から、ユーラシアの内陸部から、太平洋の真ん中から、欧州の国々から
中近東から、核保有を宣言している国、疑惑を持たれている国から多くの光点が突き進んでいる光景

「こ、これは」

二人のただならぬ様子に他のメンバーも近づいてくる



「どうしたんや」
「なにがあったと」
「光井、どうシた」


口々に話しかけるメンバーもディスプレイを見ると黙り込んでしまう
誰もが不吉な考えを抱いた
だがそれを口にすれば本当の不幸が訪れるのではとの思いが口を重くする

最初に言ったのはリンリンだった

「これは核ミサイルの自動報復装置だと思います
 以前、私のいた組織でその存在を聞いたことあります
 敵の先制攻撃や、テロで味方の兵士がいなくなっても、敵に報復するという…」

「そ、そんな馬鹿なことを」
「まさか」

「フハハハ、そのまさかなのだよリゾナンター諸君」

「お前はダークネス、さっき倒したはずなのに」

「確かに身体は滅ぼされた、だが人間の心の中に暗闇がある限り、私は復活できる
 今はこの電脳空間に意識を委ねてるがね
 そちらの中国のお嬢さんが言ったとおりだ
 先ほど発射したミサイルは上空で強力な電子パルスを発射した
 各国の戦略コンピュータが核攻撃を受けたと誤認し、自動報復装置を起動させるほどの
 世界中の核保有国から仮想敵国に向けて発射された核兵器は人類の9割を即死させるだろう
 残りの1割は核という悪魔の兵器をなぜ廃絶しなかったという悔恨と、閉ざされた未来への絶望 で、明けることの無い暗闇を彷徨う事になる
 これがナイト・オブ・ダークネス


「黙れえーーっ」

れいなは拳でディスプレイを割り砕いた
吹き出る血を気に止めず「何とかせんと」と声を振り絞る

「無理や、ダークネスに放った必殺技、ミサイルを落とす時使ったエネルギー
 もうどうすることもできん、終わったんや」

「愛ちゃん」

「すいません、うちがもっと早くこのことを予知できていたら」

「愛佳は悪くないよ、悪いのはダークネス
 それと核の自動報復装置なんて悪魔の兵器を開発した人間の心」
小春が吐き捨てる

そんな誰もが絶望にとらわれ、下を向いている中ただ一人天空に向かい念を送っている者がいた

「カメ、何してるの」
「ガキさん、私の風でミサイルの方向を人のいない場所へ」

予想外の回答に一瞬口元を緩めた新垣だったが、次の瞬間声を荒げる

「いい加減にしなさい、あんたの吹かせる風程度ではどうにもならないよ」
「だって、ガキさん
 こんなことで終わりになるなんて悔しすぎます
 あたしは最後の最後まであきらめたくありません」

メンバーの中で一番頼りないと内心思っていた絵里の反撃に言葉を失う新垣


「亀井、その話乗ったあるよ」
ジュンジュンが近づいてきた

「そう、私らの念動力もあわせれば一発ぐらいは何とかなるかもです」
リンリンが続いた

「しょうがないね、もうちょっとだけ頑張ってみる☆カナ」
久住小春が眼差しを上げた

「私もやります」
光井が涙を拭い立ち上がった

「いやいやっ、私もなの」
道重さゆみが覚悟を決めた

「まさか絵里がそういうこと言うとは思わんかった」
田中れいなが腕を撫した

「…みんな」
新垣里沙が皆を抱きしめた

自然と円陣を組んだ八人は高橋愛を見つめた
皆のリーダー
人生に光を与えてくれた人

「み、みんな こんな頼りないリーダーですまんかった」
高橋愛は嗚咽が止められなかった

「何を言うてるっちゃ」
「私達がここまで来れたのは愛ちゃんがいたからだよ
 皆そう思ってる」


「あーしは、あーしらは、リゾナンターや」
「おーっ」

全員が手を繋いでできた円陣から九色の光彩が立ち昇る
それはやがて一つに解け合って上空に昇っていく
世界にとって最後の希望の光
それは美しかったが、何百発の核ミサイルの前にはあまりにも無力に思えた

「だめか、やっぱり力が足りんのか」
「もっとたくさんの人と共鳴しなければ、誰かいないの、ねえねえ誰か」


黒田麗奈は友人と待ち合わせていた
あの時、あの人と出会わなければこんな日々は来なかっただろう
楽しい時や哀しい時、生きることの喜びに心が震える時、麗奈は思い出す
自分を忌まわしい因習の残る村から救い出してくれた人、高橋愛のことを

「誰か、ねえね誰か」
傍で誰かに囁かれたような気がして周囲を見回す
やがて何かに突き動かされるように空を見上げる


穂村厚志はご先祖様代々のお墓を掃除していた
ミュージカルを見に上京する為に、盆供養の際には不在なので父親から仰せつかったのだ
夏の日差しに焼かれ、草むしりをしながらふと最近会っていない同級生のことが頭に浮かんだ
「あの時は酷い目にあったよなあ
 あいつの吐いたゲロを俺が吐いたことにしてくれって言われて
 お陰でそれ以来あだ名はゲロ男だからなあ
 そんなあいつも今じゃ月島きらりというアイドルなんだから」
芸能界のスターと片田舎に住む自分との一瞬の邂逅
人の縁の不思議に思いを寄せていると、それは聞こえた


「誰か、ねえねえ誰か」
場所が場所だけに一瞬驚いた厚志だったがやがて空を見上げその日差しの眩しさに掌で光を遮る
やがて恐る恐る指を広げていく


斉藤舞子は南海の無人島で大爆発があったという臨時ニュースを読む為にスタジオ入りした
ニュース原稿を頭の中に入れるために、ある少女のことを思考から遮断しようとしたが、無理だった
田中れいな―生き別れた、いや自分が捨てたも同然なのに、そのことを許してくれた妹のことを
常に一緒にいられるわけではないが、自分と同じ血の通っている人間がこの世界のどこかにいて、真っ直ぐ育っているという事実は舞子にとって何物にも換えがたい宝物となった
「しばらくあの店にも行っていないから、今度の休みの時にでも行ってみようかな」

「誰か、ねえねえ誰か」
スタジオ特有のざわめきの中、頭の中でクリアに響いたその声は、れいなの声にそっくりだった
急に胸騒ぎがしてきた舞子は、見えるはずも無いのに空を見上げた
スタジオの天井に遮られた空を


「あちゃー、今日も休業か」
行きつけの喫茶リゾナントの前であなたは落胆する
ボーイッシュで、ロリで、お姫様な店主と、ヤンキーの入ったウエイトレス
空気を和ませるアルバイト、疲れを癒してくれるリゾットに本格派のコーヒー
ある日偶然入ったその日から行きつけとなったその店に休業のボードが掲げられて
早くも5日
「まさか、もうあの娘たちに会えないなんて無いよな」と思いながら、踵を返して家に帰ろうとした時、その声を感じた

「誰か、ねえねえ誰か」


日本中で、世界中で
リゾナンターと関った人達からそうでない人たちへその声は伝わっていった
最初は不審に思った人たちも、空を見上げた時、そのことを感じた
9人の少女達の物語を
能力ゆえに受けた迫害の日々を
少女達が果敢にも運命から逃げなかったことを
世界の為に人知れず苦闘の日々を送っていた事を
そして現在も南海の無人島で、傷だらけになりながら戦っていることを

頭で考えたら到底受け入れられない真実を、人々は心で感じ、涙した
やがて世界中の人々は右手を高々と上げた
そうすれば少女達に感謝と共感が伝わるかと信じているかのように

もしその瞬間、宇宙空間から地球を観察している人がいたなら目撃しただろう
無数の核兵器が生み出す破滅の閃光を
その直前に地表を蒼い光が覆ったことを
殺戮から命を守るかのように

世界中は孤独な魂で満ちている
孤独な魂は暗闇に魅せられていく
でもたとえ暗闇に囚われても、誰かの声に耳を傾ければ
誰かの為に声を上げれば、心に一筋の光は生まれるだろう
絶望と悲しみから立ち上がった彼女達、リゾナンターのように




















最終更新:2012年11月25日 15:46