(13)130 『ハコ入りうさぎのおはなし』 2008 > 08 > 03(日) 17:51:00.17 0



薄暗い蛍光灯の下。左手に増えゆくは紫、黄色、緑の斑点
鏡に映るのは、見えない鎖で繋がれた赤い目のうさぎ


7年前、力が萌え出でた
それは人知を超えた、異能だった。
怯えた両親は、自分を闇サイトのオークションに出品する

       人身売買サイト ダークネス

 お買い得 性別:♀ 年齢:12 能力:治癒 ネーム:ラビット


両親は、私を厄介払いできただけではなく、多額の財を得たことだろう。

私はすぐに落札された。

××製薬―

たしか、そんな名前。
それが、さゆみの檻の名前。




モルモットや、マウス…
その何十匹、何百匹の犠牲の下、新薬は発明される

もし、最初から人間に投与できれば―
どれだけ早く、新薬が開発できるだろう―
それは、実現してはならない研究者の歪んだ信念だった。

しかし、さゆみはその利害に一致する人間だった。
実験の結果を身体で示し、その上、自己治癒によって何度でも再生する。
そして、社会から必要とされていなかった


書き換えられる都合

自分たちの研究で、社会的に価値のない女の子に、生きる意味を与えられる

 『彼女は、生きる意味を 社会は、早急な新薬を
  私達の行為はなんて素晴らしいことなんだろう』

血走った研究者の欲望が、さゆみを地下深くに軟禁した
今まで様々な企業が、さゆみを奪おうとした。その度に階数は深くなり、監視の目は増えた


「ラビット。イグレッグドライブ完成次第、投与します」

今日も、何かの細菌と新しい薬品を腕に注射される。

白かった肌は、実験の度挿される針で少しずつ変色していった。
実験の結果を待つ間、治癒をしてはいけないその付近はいくら力をかけても元には戻らなかった


それを隠すために、ピンクのリボンを巻きつける

それは安らぎであり、また同時に枷だった。
自分を着飾る逃避と、ここから逃げられないという楔。


涙は誰にも見せたくなかった。

涙は結果となって記録されるだけ。
この薬に痛みが伴うという、結果になるだけ。痛みの伴わない新薬の開発に繋がるだけ。
感情は実験の邪魔だった。

もう、諦めた。
一人で生きていくよりは、この中で誰かと共に独りの方がマシだと思おうと。
実験の時以外は普通の生活を約束された。
欲しいものが与えられてた。好きなものが食べられた。

ただ、感情だけが無かった。




その日の深夜。
足音が聞こえ始めた
放送していた新薬が出来たのだろう。実験に時間なんて関係ない。

でもいつもと、違う。奏でる足のリズム。

あんな速さ…他の研究の妨げにならないのか。新人さんなのかもしれない。
最初はさゆみに申し訳なさそうに薬品を打つのに、3ヶ月もすればモノ扱いする。
だとしても、その3ヶ月は、人として接してくれるから…新人は、好きだった

「初めまして」

さゆみとあちらの世界を隔てる、黒い直線の前でもたつくその研究員に、自分から声をかける
どの鍵かわからないのかもしれない。教えてあげようと、檻の前に近付く

「道重さゆみやろ?」

何年ぶりかに呼ばれたその名。そしてその声は、背後からだった。
鉄格子の前でまごついていたはずの研究員は今までさゆみが寝転んでいたベッドに腰掛けている。

  差し出された名刺 便利屋 タカハシ アイ

これだけでも、さゆみの思考回路を停止させるのには十分だったのに、
次の言葉が流し込まれる。言葉は空気中でさゆみを待たない


「あんたを自由にする」





走るのだって何年ぶりだったろう。自分の身体を動かして発汗するのは何時以来?
ちゃんと走れてるんだろうか?

 ラビットが逃げた 違う、攫われた ○○製薬か 銃は使うな! ラビットを殺すな

紅いサーチライト、蒼いレーザービーム、黄色い閃光
だだだだ、と、お決まりの音が木霊する

「撃たれたら、あああ、危ないんじゃないですか?」
「喋ってる暇あったら、足動かし!」

厳しくそう言いながらも、さゆみの手を離さない。

暇さえあればゲームばかりしていたさゆみにはわかる。
脱出って、地下から地上に向かうのが一番難しい。
さゆみの左上に赤いタイムリミットが浮かんでいる気分だった。

なのに、なんでこんなにさゆみ、わくわくしてるの?
こっから出て、何か未来があるわけではない。
この人になんの力があるのかわからない。

でも、さゆみはこのタカハシさんの手を取った

さゆみよりずっと背が低くて、たぶんさゆみよりずっと軽くて
真っ黒な服 振り乱れた髪 あんまり綺麗じゃない言葉

それでもそう この人は さゆみの王子様だった




―逃避行は、ここまでだった

行き止まり 周囲を見渡す 突破口を見つけるより早く、取り囲まれた
両手を挙げて武器を捨て、さゆみの前に立つタカハシさん
集まるレーダーの光と普通とは思えない、血眼の警備員

その中でもさゆみは怯えなかった。
むしろ、全てのライトに照らされて初めて見たタカハシさんの美しさに息を忘れた

「あーあ。出来れば普通に出たかったんやけどな」
くるりと振り向くと、彼女は小悪魔みたいな微笑を浮かべてさゆみをお姫様抱っこした
嘘。この人のどこに、こんな力が?

「綺麗な目やな」
 それは相次ぐ実験で朱に染まってしまった、さゆみの目
「綺麗な肌やな」
 それは生まれ持った、さゆみの色

「こっから出ても辛いことはいっぱいある。でも…その、リボンの数はもう、増えんよ」

 この手はあんたの我慢の証や…やからもう、自由になってええんよ


「みなさんお見送りご苦労さん」

流れ出す閃光が、彼女に到達するより早く―さゆみたちが、光になった




気がつくと、大きな道路だった。これが高速道路ってやつなのかな 
箱の中じゃない、画面からじゃない 大きくさゆみを見下ろすのは、空
眩暈がしそうなほど遠かった もう、戻っては来れないと思っていた

「…んー。終わった。今から帰るわ…」
ピッと電話を切ると、彼女が戻ってきた。

大丈夫なんだろうか。よくはわからないけど、さゆみが入れられてたあの会社…結構大きいし
それに、一体誰がこんなことを依頼したんだろ?
さゆみ、外に出れたこと喜んだけど…他の大きな会社にこれからまた入れられるのかもしれない

「ちゃうよー…うっさかったから。」
王子様は事も無げに言い放った

「あんたの声がうるさかったんやって」
「さゆみの声って、どうやって?」

言ってもないのに。願いなんて捨てたはずなのに。
その人はイライラしながら、ケータイを持った手で後ろ髪をわしゃわしゃ掻いた

「あーしの耳、聞こえるんよ。動物も人間も全部、全部」

特にこの街で、一番大きな想いの声がな。ほんと、うっさい。勘弁して欲しい。

「あんたー助けたら、これで今日からは静かやー。」

そんな理由で?たったそれだけで、さゆみをあんな怖い思いして助けたの?




「他に理由がいるんか?」

きょとんって、まるで当たり前のように言い放つ。
鋭さも甘さも内包したどこか危なげな彼女。威厳ある王ではなかった、まさに王子。

「で。あーしはあんたをこれからどうしたらいい?」

  なんか、どっか帰るトコあるんか?そこに送るくらいなら、サービスするわ。

さゆみの家庭の事情を全く調べもせずに、なんてホントに欲の無い証拠だ。
でも結構酷い言葉だと思う。声が聞こえても、空気を読んだ気の聞いた台詞は言えないもんなんですね。
助けてもらっておいて何だけど…ずんずん近付いて、上から見下ろす

「じゃあ、ここに連れてって下さい。」

にっこりスマイルで差し出したのは、彼女から貰った名刺。

「うえ!?えっ!?それは無理やって!もううち居候おるし…」
「行く宛ても無いさゆみをただ自分が寝たいから助けるなんて、酷いと思いません?」

実力の伴わない正義ほど、愚かなものはないと思います、なんて続けたら
王子は口ごもって「確かに…」なんて真剣に考え始めた。

やっぱり…この人、優しすぎるんだ。
ごめんなさい。さゆみ、ただの箱入り娘じゃないんです。



「さゆみ、人を癒せます」「さゆみ、笑顔が可愛いと思いません?」「だから、雇ってください。」
「あーうん…え!?」

けーやくせいりつー なんて大きく喜ぶ
こうしたらあなた、もう断れない。さっきの電話の相手へリダイヤル。事細かに訳を話している
それには気付かないフリして空を眺める。風にそよぐ、ピンクのリボン

「迎えの車が来る。けど…給料とかホントに出せないから」

檻の中では、全てが揃った
檻の外では、何が手に入るかわからない

それでも、檻の中では絶対に手に入らないものが、もうさゆみの手の中にあった
さゆみを檻から出したこと…後悔、させませんから。
この力、あなたや…あなたが認めた人に使うのが、さゆみの今からの自由

「お助け感謝記念で、しばらくはサービスしますよ」

その言葉に彼女は、感情の読み取れない表情でありがと、と囁いた


それが、これから長い闘いを共にする、彼女との出会いだった。




















最終更新:2012年11月25日 09:52