(01)487 『ソレガ仲間ッテヤツダヨー』



「裏切り者には死を。組織の掟は分かってるわよね里沙?」
「ぐ・・・あぁっ・・・」

里沙にはもちろん分かっていた。
自分のとった行動が自らにどんな結末をもたらすのか。
だから、冷酷な笑みを浮かべた“粛清人”の少女が目の前に現れたときも、里沙は来るべきときが来たと思っただけだった。

死ぬのはもはや怖くない。
ただ、少しだけ心残りなのは仲間たちのこと。
・・・いや、“仲間”なんて呼ぶのはおこがましいかもしれない。
向こうはもう自分のことをそう呼んでくれはしないだろうから。

苦痛に顔をゆがめる里沙を楽しげに見ていた少女は、サディスティックな笑みを浮かべると、今までダラリと下げていた左手を里沙に向けている右手に添えた。

「ふふ・・・苦しい?じゃあ楽にしてあげるね。大丈夫、一瞬でバラバラにしてあげるから。・・・じゃサヨナラ。役立たずのスパイさん・・・っっ!?」

今にも引きちぎられそうだった全身の痛みが突然消え、膝をついた里沙が耳にしたのは思いもかけない声だった。


「チョト待ツネ!」
「新垣サンには手出しさせないヨ!」

「ジュンジュン・・・リンリン・・・」


背中を合わせるようにして立つ凸凹コンビの名を呆然と呟いた里沙は、我に返ると取り乱して叫んだ。
自らの死の恐怖とは全く違う恐怖に突き動かされて。

「バカ!逃げなさい!こいつはあなたたちが敵う相手じゃない!あなたたちまで殺されるよ!」


だが、2人は微動だにせず毅然と言い放つ。

「逃ゲマセン」
「リンリンたちは新垣サンを守りマス!」


巻きこんだ・・・
私のせいでこの2人まで殺される・・・
絶望的な思いの中、里沙は再び血を吐くようにして叫ぶ。

「私のことはいいから!早く逃げて!」
「逃ゲマセン」
「新垣サンはリンリンたちの大切ナ仲間デス」
「!!・・・バカ!仲間!?私が!?私のことなんて何も知らないくせに!私がどんなことをしてきたか知ったら仲間なんて絶対に言えないよ!」

バカだ。
本当にバカだ。
こんな自分を助けに来るなんて。
仲間だなんて・・・

嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちをそのまま怒りの言葉にして里沙は地面を叩いた。
涙が止まらない。

だが、それらの全ての感情が再び絶望に変わるのは簡単だった。


「お取り込み中のところ悪いわね。ジュンジュンさんとリンリンさんね?そこの里沙ちゃんから話は聞いてるわ。
あなたたちもあたしと同じサイコキネシス持ってるんだってね?ふふっ、でも残念ね。
あなたたち2人の力を合わせてもあたしの力には遠く及ばない。どう足掻いてもね。
・・・かわいそうに。異国の地で死ぬことになるなんて」

芝居がかった口調、整った顔に浮かぶ冷酷な笑み、かわいらしい立ち姿から放たれる邪悪なオーラ・・・
その全てが里沙を絶望の深淵に引きずり込む


「逃げて!少しでも私が時間を稼ぐから!」

力を振り絞って立ち上がり、里沙は三度叫んだ。
この2人は殺させない。
どんなことをしても。

そんな里沙の決死の覚悟を鼻で嗤い、無造作に手をかざす少女。

「うるさいわね。役立たずは静かにしてなさ・・・くっ!」

だが、身構えた里沙が感じたのは自らの体の痛みではなく、眼前の少女の軽い苛立ちだった。


「新垣サンニ手ハ出サセナイ」

振り返ると、ジュンジュンとリンリンが少女に向けて手をかざしている。


「・・・さっき言ったことが理解できなかった?中国人サンたち。いいわ。一緒に死にたいなら望みどおりにしてあげる」

両手をかざす少女から、膨大なエネルギーが立ち上るのを里沙は見た。
そう、それは目に見えるほどの邪悪で強大なエネルギー。
里沙たち3人を跡形もなく消し飛ばして余りあるだろう。


「やめて!この娘たちには手を出さないで!」

無駄だと分かりながら、里沙にはもうそう叫ぶしかなかった。


「泣かせるわ。あの世に行ってもそんな風に仲良くできるといいわね。・・・じゃあ今度こそ・・・チャオ」

そう嘲笑うと、少女は両手を動かした。
エネルギーの波が里沙たちに向かって一気に押し寄せる・・・



「・・・!?ど・・・どうして?どういうこと?」


初めて聞く狼狽した口調の少女の声に里沙は目を開けた。
そして信じがたい光景を目にする。
それはジュンジュンとリンリンのかざした手から放出されたエネルギーが、少女のそれを押し返しているところだった。


「そんな!報告と違う!こんなに力があるはずが・・・まさか里沙!ウソの報告を!」

少女が先ほどまでの微笑みをかなぐり捨てて里沙を睨む。

だが、里沙にはそんな覚えはなかった。
確かにありのままを報告していた。


「ワタシタチ2人ノ力ハ共鳴シ増幅スル」
「1+1が2とハ限らナイヨ」

「共鳴・・・それがあなたたちの本当のチカラ・・・」

もちろん、里沙はそれも今初めて知った。


「なっ・・・そんなことが!共鳴?何それ!何なのよそれ!そんなことがあっていいわけ?」

先ほどまでの余裕はすっかり消え去り、プライドを傷つけられた屈辱に顔を歪ませる少女。


「ずっと他人をバカにしながら生きてきたあんたにとって、力を合わせたときに生まれるエネルギーってものはきっと理解出来ないだろうね」

呟くように言う里沙を血走った目で睨み、少女は喚いた。


「うるさいうるさいうるさい!死ね!まとめて消し飛べ!」

少女の狂気に呼応し、邪悪なエネルギーが力を増す。

「あたしが本気を出せば!勝てるやつなんていないんだ!どこにも!どこにも!どこにも!」

勝ち誇った歪んだ笑みを浮かべる少女に、里沙は改めて慄然とする。
しかし、ジュンジュンとリンリンは静かに先ほどの少女と同じように、下げていた方の手を伸ばしている手にそっと添えた。


「まさか!?」

少女の目が驚愕に見開かれた瞬間、圧倒的なエネルギーが少女の発した邪悪なエネルギーを一瞬で飲み込んだ。
信じられないという表情で立ち尽くす少女の体ごと・・・


やがて、凄まじいエネルギーのぶつかり合いによって生じていた空間の歪みが元通りになり、辺りは怖いくらいの静けさを取り戻した。

「新垣サン大丈夫デスカ?」
「無事でよかッタデス!」

しばし悲しげな表情をしていたジュンジュンとリンリンが、いつもの笑顔を取り戻して里沙のもとに歩み寄る。


「ジュンジュン・・・リンリン・・・ありがとう・・・ごめんね・・・こんな私のために・・・」
「何言ってるデスカー。仲間ナカマー。助ケルの当たり前デス」
「だけどリンリン・・・私は・・・」
「新垣サン、サッキ言ッテタ」
「え?」
「『私ノコト何モ知ラナイクセニ』ト言ッテタ」
「う、うん。そうよ・・・私はあなたたちを騙してた。仲間なんて言う資格はないのよ・・・」
「だけド新垣サンもワタシタチのホントのチカラ知らなかったネ」
「え?ああ・・・それは・・・」
「これカラお互イのこと知ッテいけばイイデス。ゆっくりト」
「ソウ、ソレガ仲間ッテヤツダヨー新垣サン」
「これから・・・ゆっくり・・・」
「ソー!ソー!例エバジュンジュンノ好キナ食ベ物ハ~・・・」
「・・・バナナでしょ?」
「オー!モウ知ッテルカ!」
「それリンリンも知ってタヨー」
「マジデスカー!」
「そりゃ誰でも分かるでしょーが!あんな毎日毎日食べてるの見せられたら!」


もう迷わない。
私の帰る場所はここしかない。


笑いあう2人の姿を見て・・・そして共に過ごしてきた“仲間”の顔を思い浮かべて、里沙はまた涙を流した。

先ほどとはまったく種類の違う、おそらく生まれて初めての種類の涙を。




















最終更新:2012年12月17日 11:24