(12)566 『Smile Maker(前編)』



「愛ちゃーん、迎えに来ましたよー!」
「おー絵里!おはよぉー」
「おはようございます!」

リゾナントのドアを開けると、カランカランと鐘が鳴る。
絵里を安心させてくれる音だ。

「じゃあれいな、行ってくるね」
「愛ちゃんがおらん間は任せてくれたらいいけん、ゆっくり行ってきて」
「うん、ありがとう」

なんだかれーなも立派になったなぁ・・・。
愛ちゃんも、すっかりれーなを頼りにしてるみたいだし。
そうそう。そうやって頼ってくれたらいいんです。
いつも一人で考えて、勝手な答えばっかり出しちゃうんだから。

「あれー?亀井さん振られたんじゃなかったんですかー?」

その甲高い声のする方へと視線を向けると、
テーブルでみっつぃーと向かい合って座る小春が居た。

「だから、あれは違うってぇー!」

愛ちゃんは慌ててるけど、絵里は何も言わない。
こんなに可愛い絵里が振られたっていうのは気に入らないけど
仲間にいじられる愛ちゃんを見るの好きなんだよね。
なんていうか・・・上手く説明できないんだけど。

愛ちゃんが小春のそばまで行って、いろいろ説明している。
愛ちゃん・・・その説明するの、一体何回目なの?


小春とみっつぃーがニヤニヤ笑いながら、愛ちゃんに大きく相づちを打っている。
もうそろそろ終わる、かな。

「もー、絵里行くよ!」
「はい!」

たーのしいなぁ、本当。
ついでにれーなもからかっておこう。

「れーな、しっかりやるんだよー?」
「ちょ、絵里に言われたくないとー!」
「へへ、行ってきまーす!」

あんなこと言わなくても、れーながしっかりやるのはわかってる。
自分のやりたいことをやってる時のれーなと誰かの為に頑張るれーなは凄いんだ。
リゾナントの店番をするれーなは、その凄いれーな二人分だからもっと凄いんだよ。

そんなことを思いながら、愛ちゃんと並んで歩く。
いつもは忙しくて滅多に外に出られない愛ちゃん。
いつもは忙しくて滅多に休めない愛ちゃん。
いつもは忙しくて滅多に遊べない愛ちゃん。
そんな愛ちゃんを、今日は絵里が独り占め。
自然と笑顔になるのも仕方がない話だ。


「楽しそうやね」
「楽しいに決まってるじゃないですかぁ」
「それは良かった」

二人で無駄に笑いながら、足取りは前へ前へ。
太陽の光がジリジリと暑いけど、足取りは前へ前へ。
楽しい時は、足取りだって軽くなっちゃうんだよ。

「今日は絵里に全部任せるよ?」
「任せて下さいよー!今日のプランはバッチリです」
「はは、リンリンがおる」
「お、バッチリデース!」

やっぱり今日の絵里はテンションが高い。
その後も調子に乗ってみんなのモノマネをしたら、愛ちゃんは手を叩いて爆笑してくれた。
愛ちゃんは、いつも笑ってくれるなぁ。
それで、絵里おもしろいねーなんて褒め言葉をくれる。
その度にガキさんに「ええええ」みたいな顔で見られるけど。
それで愛ちゃんの心を少しでも癒してあげられるなら、
何回でも絵里は愛ちゃんを笑わせてあげたいと思う。

「今日は、絵里がいつもお世話になってるお店に行きます」
「そっか。絵里はコンタクトやもんね」
「そうですよー」

そう。今日は愛ちゃんのコンタクトを作りに行くのだ。


「ここです!」
「おぉ・・・ってここ、私が眼鏡買ったとこなんやけど」
「えー!?」
「や、いや、なんか・・・ごめん」
「いや、いいんですけど・・・いいんですけどー・・・」

なんかちょっと、残念。
この辺で眼鏡屋さんって言ったらここしかないし、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
むー・・・この展開は考えてなかった。

「でもホラ、コンタクト初心者なのは変わり無いし・・・」
「・・・」
「絵里がおらんかったらコンタクトを作ろうとも思わんかったと思うし・・・」
「・・・本当ですか?」
「お、おぅ」

それなら・・・まぁ、いいか。

「よし、じゃあ行きましょー!」
「おー!」

自動扉をくぐると、ひんやりとした空気が身体を包んだ。

「涼しーい」
「リゾナントもクーラーの設定温度下げた方がいいやろか」
「うーん。もうちょっと下げてもいいかもしれないですね」

ちょっとひんやりしてる方が、コーヒーもおいしくなるんじゃないかな。
愛ちゃんの煎れるコーヒーはいつでもおいしいけど。
まぁ、絵里は飲めないんだけどさ。


そういえば風の温度って調節できるのかな・・・。
ふと疑問に思い、自分の手の平を見つめた。

「絵里?」
「はい!?」

思った以上に考え込んでしまっていたかもしれない。
愛ちゃんが心配そうに絵里の顔を覗き込んだ。

「どーした?」
「いや・・・絵里が出す風も、温度調節できるかなーって」

愛ちゃんと絵里は、意味もなく眼鏡が並べられている棚の間をウロウロと見て回った。
この話が終わるまで、きっとこのままだ。

「あぁ、なるほどなぁ。・・・できるんじゃない?」
「え、本当ですか!」

そんなあっさり!

「ほら、ドライヤーだって、あったかい風と冷たい風出せるし」
「はぁ・・・」
「できそうな気がするけどなぁ」

ドライヤー・・・。
んー、まぁ・・・確かになぁ。
今度みっつぃーにでも相談してみようかな。
ドライヤーの中身ってどうなってるの?って。


「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
「あ、はい!」

前にここで眼鏡を作ったみたいだし、そんなに時間はかからないだろう。
店員さんと話している愛ちゃんに外へ行くことを告げて、絵里は店を出た。

「あっついなぁー、もー・・・」

自動扉をくぐった瞬間に、全身にじんわりと汗が浮かび上がる。
この不快感だけは、何年立っても好きになれそうにない。

「よーし」

大きく息を吐き出して、絵里は風を作った。
後ろから押し寄せる風が心地良い。
これは何℃ぐらいなのかな・・・。
ぼんやりとそんなことを考えながら、冷たくするイメージをしてみた。
イメージは・・・冷蔵庫を開けた時の、あの快感・・・!





「はぁ・・・っ」

どれぐらいそうしていただろうか。
少しだけ冷たくなったような気がするけど、気のせいのような気もする。
ううう・・・難しい。

「絵里ー?」
「!・・・はーい!!」

駐車場の裏手に行っていた絵里は、愛ちゃんの声に慌てて駆け出した。

駆け出し・・・た?
あ、れ・・・。
一瞬世界がぐるんと回った。
立っていられなくて、思わず地面に手をつく。

「絵里っ!!」

愛ちゃんが駆け寄ってくるのがわかる。
なんだか頭がガンガンする。
ちょっと気持ち悪いし。

「絵里!大丈夫!?」
「うー・・・」

これは大丈夫じゃない、かも・・・。

そのまま絵里は意識を手放した。




















最終更新:2012年11月24日 20:31