(11)849 『共鳴者~Darker than Darkness~ -5-』



反政府組織ダークネスの根城はひどくふざけた、それだけに首領の人間性を良く表した立地に在った。
喫茶リゾナント。
そのテナントが入っている雑居ビルの、道路を差し挟んだ向かい側。
同じく雑居ビルの、隠された地下階層にそれは在った。
相変わらず趣味が良いとは評しがたい。
歯に衣着せず紺野に漏らすと、

「褒め言葉として受け取っておくよ?」

笑顔で返された。その度量には勝てる気がしない。
寝室として案内された簡素な個室で、高橋はひとり思案を巡らせている。
趣味の悪い立地だが、実際は非常に合理的な立地であるのもまた事実だ。
ダークネス側から見て敵対勢力の最前線にいる"黎明"、その動向を逐一観察でき、
かつスパイとして潜り込ませていた新垣の報告を受けやすい位置でもある。


実際に行われていた新垣の定時報告手順はこうだ。
まず新垣は向かいのコンビニエンスストアに行くと称してリゾナントを出る。
コンビニ自体は大手のフランチャイジー店舗で、ダークネスとも直接の関わりは皆無。
近隣の区画にコンビニはこの一軒だけで、他の面々も頻繁に使用することから不自然さはない。
ダークネスが潜む雑居ビルの地上一階にコンビニは位置しており、そのATM機械に第一の仕掛けがある。
『新垣里沙』名義のキャッシュカードと暗証番号を押すことで、新垣は現金を下ろしながらあるロックをひとつ解く。
次いで店舗内のトイレを借りる。
喫茶リゾナントは飲食店で、店員のトイレ使用に関しては流石に少し気遣いが要る。
ファミレスの店員がトイレや休憩を「一番」「二番」と暗に言うのと同じだ。
それゆえ店長の高橋からも出来るだけ外で済ませられる時はそうするよう指示してもいたし、
事実、店員たちは極力開店時間中のトイレ使用は避けていた。
だから、毎回のようにコンビニのトイレを借りることにも必然性が生まれる。
そのトイレ内で、新垣は個室内に隠された有線の連絡機材を用い地下の組織に直接報告を入れていた。
無論、先にATMでロックを外さなければ機材は隠されたトイレの床板から出てこないようになっている。


政府にとって"黎明"の構成員を始めとする共鳴者たちは重要な戦力であり、同時に常に反乱の可能性を孕んだ危険分子でもある。
紺野あさ美の実例が出てからの警戒はより顕著で、喫茶リゾナントの面々にはマンツーマンの尾行がつけられている徹底ぶりだ。
特に紺野と同じ「五番目(フィフス)」の被験者である高橋と新垣に関してはより強い警戒心を抱いていた筈なのだ。
だからこそ高橋が民間人を殺害した件は瞬く間に"黎明"の彼女たちが知るところにまで至ったのだとも言える。
だが新垣のこの報告手順は、その警戒の網の目を見事にくぐり抜けている。
確かに、共鳴者は精神干渉系の能力に対し一定以上の耐性を持つため精神感応によりその心理を探られることがないという強みがあり、
仮に精神干渉系の能力者を尾行につけられてもそれだけで裏切りを悟られることはない。そういうアドバンテージはある。
しかしだからこそ尾行には優秀なプロがつけられていた筈であり、その目をかいくぐるのは並大抵のことではないのだ。


  • 尾行者に不自然さを感じさせず、
  • 盗聴の危険性を排除し、
  • なおかつ定期的な報告による流動的情報の獲得を保証する。

これらの条件を、紺野あさ美はこんな大胆な手段であっさりと実現してみせた。
大胆だが無謀ではなく、むしろ繊細に尾行の死角をつき、予算も最低限の機材費だけで済ませている。
よしんば尾行者がトイレ内の機材を発見したとしても、その事実は有線で地下に繋がっているダークネス側にもただちに伝わる。
発見されたらされたですぐさま根城を変えればいいだけの話だ。その準備もある。
食料等の物資は地下を通じ広大な範囲に点在する複数の搬入口から不定期に行っているそうだし、この根城自体が発見される危険度も極めて低い。
高橋をここに連れる際も、空間座標を指定した複数回の瞬間移動を経て案内された。危機管理にも隙はない。
まさに灯台下暗し、と言ったところか。


おそるべきは紺野あさ美のその頭脳と、実行力。
それは、彼女自身の共鳴能力に直結してもいる。
その能力名を"並列演算(パラレルコンピューティング)"。
共鳴対象は人体ではなく、機械だ。
複数のコンピュータと自身の脳を共鳴させることにより、
常任離れした演算能力と知識情報の共有を可能とする異能だった。

(わかっとったつもりやけど。これはなかなか、難攻不落やね)

思考の渦に埋没しつつ、高橋は心中呟いていた。
頭を占める課題はただひとつ。


――さあ。どんな手段で、紺野あさ美を出し抜こう?




















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最終更新:2012年11月24日 19:23