(11)595 『蒼の共鳴-綻んでいく絆 後編3-』



「絵里!さゆ!」

「頭悪そうだから心配したけど、ちゃんと来たな。
しかし、もうちょいのんびりでもよかったのに」

「うるさか!待ち合わせの時間に遅れるのは性に合わんと」

「見た目に反して、きっちりしてるんだなお前。
結構気に入ったぜ」

「お前なんかに気に入られても嬉しくも何ともないと。
絵里とさゆは返してもらう」


約束の時間よりも40分も早く着くくらい飛ばしてきたはずなのに、れいなの呼吸は乱れていない。
そのことに『彼女』は小さく笑う。
さゆみの目を通してれいなのことは見てきたし、それなりに知ってはいるつもりだが。
リゾナントからここまでは随分距離がある、その間全力疾走してきて息が乱れないと言うことは。

れいなはその派手な外見に反して、とても努力家なのだろう。
普段から走り込んで己を鍛えていなければ、約束の時間に間に合うように着くのは難しい。
長期戦にもつれ込んでも何とかなりそうだと、『彼女』は1人分析する。

れいなは、絵里とさゆみが拘束されていないことを確認して、疑問の表情を浮かべた。
捕らわれたと思っていた2人が、何ともないような風で相手と対峙している。
そんな顔になるのも無理はないと、『彼女』は苦笑いした。


「ちょ、何がおかしいと、さゆ?
今は笑ってる場合じゃないと」

「れーな、今、さゆはさゆじゃないから!」

「は?絵里、何言っとーと?
こんな時までぽけぽけぷぅ全開にせんでよかと」

「絵里は真面目に言ってるってば!
とにかく、さゆは今さゆじゃない状態なんだって」

「つーか、お前ら面白いな。
敵の前で仲良く漫才とか、普通しないぜ」


ニヤニヤとした笑いを崩すことなく、女性は3人の方を見ている。
その悠然とした態度は、絵里とれいなの神経を逆撫でするのには充分すぎるくらいだった。
ゆらゆらと、2人の体からオーラが立ち上っていく。
れいなの青、絵里のオレンジ。

目に痛いなと思いながら、『彼女』もまたその身からオーラを解き放つ。
ピンク色のオーラは普段のさゆみにこそ似つかわしい色だなと思いながら、『彼女』は女性を睨み付けた。
緊迫した空気の中、女性は微動だにせず3人を見つめたまま。
その態度に痺れを切らしたれいなは女性へと突進していく、それをいつでもフォローできるように絵里が後方で構えて。
『彼女』はフッと短く息を吐き、れいなの後を追う。

常人では避けることは不可能と言っていい速度で、れいなは女性目がけて攻撃を繰り出していく。
軽快なステップで、踊りでも踊っているかのように。
だが、その動きから繰り出される拳や蹴りの威力は見た目の軽やかさにそぐわない重みを伴っている。


当たれば致命傷とまではいかなくとも、動きを止めるのには充分過ぎる威力。
それを知っているかのように、女性はれいなの攻撃を紙一重で避けていく。
無駄に動かず、ギリギリのところで避ける辺りが曲者だ。

『彼女』は女性がれいなの方に意識を向けていることを利用し、女性の死角へと走り込む。
人格が変わっているからと言って、身体能力が普段のさゆみ以上にあるわけではない。
だからこそ、れいなの動きを利用して女性の背後に回り込む。

―――その手に、触れたものを崩壊させる力を纏わせて。


息をつく暇すら自分に与えることなく、れいなは女性に攻撃を繰り出し続ける。
背後から負けじと『彼女』もまた、女性へと攻撃を繰り出していった。
どちらかの攻撃さえ女性に当たれば、一気に肩をつけられる。

だが、そんな2人の息のあった波状攻撃を嘲笑うかのように。
女性はともすれば敵さえも魅了してしまうような無駄のない動きで、2人から繰り出される拳や蹴りを避け続ける。
『彼女』の攻撃はともかく、身体能力ではリゾナンターで1、2をリーダーの愛と争うれいなの素早い攻撃。
それがまるで止まって見えているかのように、女性は攻撃を避ける、避ける、避ける。


「3人揃ってこんなもんなのか…戦闘系能力においてはジュンジュンやリンリンの方が上でも、
戦いにおける経験値みたいなもんはお前らの方が上かと思ったんだけどな。
前後挟み撃ち、残った1人は遠距離攻撃出来るように警戒態勢で待機とか、つまんねー戦い方だし」


そう言いながら女性は正面のれいなの拳を片手で受け止め、背後からの『彼女』の蹴りを後ろ手で受け止める。
振り解こうにも、掴む力が強すぎて振り解けない。
2人の攻撃を身体能力だけでしっかりと押さえ込み、女性は小さくため息をつく。


その仕草は、出来の悪い生徒に呆れて物も言えない教師のようですらあり。
また、物分かりの悪い子供に対してどう接して良いのか困惑する母親のようですらある。
女性はそのまま、れいなの腕を捻り切るように横に転がし投げ。
『彼女』の足を、前へと引っ張り出す要領で地面に叩きつけた。

その攻撃に、れいなと『彼女』は一瞬呼吸が止まる。
2人を離せと叫びながら、その頼りない手からカマイタチを放つ絵里。

瞬間、女性はれいなの手と『彼女』の足から手を離し、片手をカマイタチの方へと突き出す。
鋭いカマイタチにズタズタに切り裂かれるはずの手から放たれる、禍々しい闇のオーラ。
闇色のオーラに、絵里のカマイタチは一瞬でかき消された。


「まぁ、報告書と実際のお前らに誤差はないし、道重の別人格も確認できた。
相手してても歯応えねぇし、調査はこれで終わりにして帰るとするか」


その言葉に、れいな、絵里、そして『彼女』の中のさゆみの心が大きく激しく震えた。
反撃しようとした拳を振り上げたまま、その場に立ちつくすれいな。
いつでも追撃のカマイタチを撃てるようにと構えていた手を、だらりと垂れ下げる絵里。
そして、『彼女』を押しのけて表へとさゆみの人格が現れる。

攻撃する意思を無くしたかのような3人を、女性は訝しげな瞳で見つめた。
何の狙いがあって攻撃することを止めたのかと、その目は語っている。
だが、誰もその目を見ることはない。

女性が発した調査と言う言葉。
フラッシュバックする記憶と、調査という言葉が寒気すらするくらい鮮やかに、重なる。
その言葉を直接聞いていたれいな、れいなから聞かされていた絵里、さゆみ。


3人の心の中を、様々な想いが駆け巡る。
そのままの自分で居ていいと笑って肯定してくれた。
繋いだ手から伝わる温かい気持ちに、笑顔になれた。
うじうじしていた背中を、ちょっと乱暴に、だけどしっかりと後押ししてくれた。
仲間想いの、優しくて頼れるお母さんのような温かさを持った人。


―――ソレナノニ、ナゼ、アナタハワタシタチヲウラギッテイルノ?


3人の悲しみが、苦しみが、怒りが。
寸分の狂いなく共鳴し増幅し、鮮やかに夜空を突き破る大きな光の柱と化す。
助けを呼ぶことの出来ないように完全に張られた結界を突き破って、工場の屋根をも突き破り夜空を引き裂く烈光。

その光の美しさに、女性は一瞬我を忘れて見入る。
リィリィと音を奏で夜空に立ち上るオーラは、深い闇をかき消すような鮮やかな輝きを放っていた。


「「「何で、何で、ねぇ、何で!!!!!」」」


溢れる力が、辺りの空間を激しく歪める。
吹き出す悲しみが、胸を締め付ける苦しみが。
そのまま強すぎるまでの力となって、3人の体から解き放たれ続ける。


戦ってみたいという、闇に魅入られた者特有の戦闘本能を無理矢理押さえつけ。
女性は空間転移して退却しようと、力を集中するが。

一瞬で女性の足はカマイタチによって胴体から切り離され、肩から先の両腕は消しゴムで消されたかのように
消滅し、その細い体は女性に負けず劣らずの細い腕に貫かれた。
辺りに広がる、赤の海。
女性の体はそのまま、霧のように消えていった。

女性の体が消えたと同時に、3人の暴走はようやく止まる。
だが、3人の瞳から溢れる涙は止まることを知らない。

何でと繰り返し呟きながら、己の体を抱きしめる絵里。
その絵里を包むように抱きしめるさゆみ。
その横で、膝をついて地面に拳を叩きつけるれいな。

今までけして知り得ることのなかった、仲間の裏切り。
声にならぬ悲しみが辺りに木霊し、その声を聞くことの出来る仲間を激しく揺さぶる。
その声に、何があったのかと話しかけてくる複数の声。


―――里沙の声だけが、3人の胸に届くことはなかった。




















最終更新:2012年11月24日 16:29