(11)563 『蒼の共鳴-綻んでいく絆 後編2-』



「ちゃんと来るのかねぇ、あいつ」


そう言って、黒いレザースーツに身を包んだ金髪の女性は絵里の目の前まで歩いてくる。
目の前に立った女性は、絵里のバッグへと携帯を入れて踵を返した。
人形のように整った顔には、何の感情も浮かんでいない。

むき出しの鉄骨の柱に寄りかかり、女性は目を閉じる。
おそらく、れいなが来るまでは動く気はないのだろう。
隙だらけと言ってもいい女性だが、絵里はその場から動くことが出来ない。

催眠により、絵里とさゆみはその場から動くことが出来ないようにされているのだ。
捕らわれた時から、絵里は何度もこの力に抗っているのだが。
指先すら動かせる気がしない、圧倒的な力で縛られていた。

横のさゆみの方に視線を向ける。
さゆみはどうやら、意識を奪われているらしい。
肉声でも心の声でも何度も呼びかけたのだが、さゆみは全く目覚める気配がなかった。

相手の狙いが分からずに、絵里は混乱する。
リゾナンターを潰したいなら、1人ずつ潰していけばいいだろう。
それなのに、相手はわざわざ絵里やさゆみ、そしてれいなまで集めようとしているのだ。

向こうは多分知らないだろうが、絵里、さゆみ、れいなは共鳴の相性がいいもの同士。
1人1人の力は大したレベルではないかもしれないが、3人合わされば大きな力となる。
さゆみが目を覚まさないことが気がかりだが、れいなと2人で声をかければきっと目覚めてくれるに違いない。

そうなったら、こっちのもの。
れいなの共鳴増幅能力で、3人の共鳴をさらに増幅させれば。
少なくとも、目の前の女性に遅れをとることはないだろう。

唯一の不安があるとすれば、相手の能力がこちらの想定を遥かに超える場合だろうか。
相手が攻撃系能力を持っているかどうかはともかく、相手の能力がトータルで3人の能力を超えるようなら、
はっきり言って勝てるかどうかは分からなくなる。

目を閉じている女性がどの程度の力を隠し持っているのか、判断のしようはない。
相手の強さを推し量ろうにも、出会い頭に催眠を食らってここに拉致されてきたのだ。
攻撃系能力を持っているかどうか、持っていないとしても身体能力はどの程度なのか。
そういう情報を身をもって体感していない以上、100%勝てると思ってはいけない。
絵里の思考を遮るように、女性が口を開いた。


「なぁ、亀井。お前は何で、リゾナンターとして戦うんだ?」

「何でって言われても…絵里は、リゾナンターの皆を守りたいだけです」

「守りたい、ねぇ。
戦うのは苦手だけど、それでも皆を守るためなら戦う。
仲間の為なら戦える、心優しい能力者、か」

「何が言いたいんですか…」

「ん、言いたいことを要約するとだ。
仲間を守るという理由がなければ戦うことが出来ない弱者が、
何を格好つけたことぬかしてやがる、ってことかな」

「なっ!」


女性の言葉は、絵里が戦いに身を投じる中で築き上げてきた存在理由をいとも簡単に傷つけた。
自分が並はずれて強い能力者だと思ったことはただの一度もないが、少なくとも弱者であるつもりはない。
だが、女性は言い切った。
理由がないと戦うことが出来ぬ能力者は弱者でしかないのだ、と。

悔しくて、何か言い返したくて。
それでも、絵里は言葉を紡ぐことが出来なかった。
口から漏れそうになる嗚咽を堪えるのに必死だったから。


「理由があるからこそ、人は強くなれる。
理由もなく戦えることが強さだと言うのなら、
そんな動物的な強さは私達には必要のない強さ。
絵里を弱者呼ばわりするのは、私が許さない」

「さ、ゆ…?」

「お、起きてくれたか。
道重、いや道重の別人格さん」

「別人格?え、何?どういうこと…」

「あなたに会うのは初めてだったわね、絵里。
彼女の言う通り、私はさゆみの別人格。
普段はさゆみの意識下にあって、さゆみがピンチに陥らないと出てくることのない存在よ。
直接さゆみが傷つくことがなくても、私はさゆみがピンチだと思えば表に出てくる」


絵里の隣で横たわるさゆみは、確かにいつものさゆみとは雰囲気が違う。
見た目はさゆみだが、放たれる雰囲気はまるで別人だった。
普段のさゆみの、おっとりとした雰囲気は欠片ほどにも感じられない。
鋭い刃物のような、触れば傷ついてしまいそうな研ぎ澄まされた雰囲気。

さゆみやれいなとはそれなりに長い付き合いだったが、さゆみに別人格がいるということは初めて知った。
基本的に、さゆみは後方にいて前線で戦うメンバーのバックアップ役。
最近でこそ、治癒能力を戦闘に活かす方法を見つけたものの。
前に出て敵と渡り合うというようなことは、まずない。

それは、リゾナンターで治癒能力を持つのがさゆみただ1人だけだから。
さゆみが傷つけられるようなことがあったら、リゾナンター全体の危機なのだ。
さゆみの治癒能力は、他人の傷を癒すことが出来ても自分自身の傷は治癒することが出来ないという制限があるためである。

リゾナンターの面々が危険な戦いに躊躇いなく身を投じることが出来るのは、回復してくれるさゆみがいるから。
ひどい傷を負わされたとしても、さゆみさえいれば致命傷を免れることが出来る。
だからこそ、さゆみを皆で守らなければならないのだ。

さゆみの別人格という、彼女。
彼女は一体どういう能力の持ち主なのだろうか。
さゆみのピンチを救う人格だというからには、おそらく攻撃系能力の持ち主なのだろう。
あるいは…普段のさゆみを見ている限り信じ難いが、類い希な身体能力の持ち主か。

彼女はゆっくりと立ち上がって、女性の方を鋭い目で睨み付ける。
だが、女性はその姿を見ることはない。
相変わらず、目を伏せたまま柱に寄りかかっている。


「田中が来るまで待ちなよ、別人格さん。
あんた、分かってるんだろ?
あたしがその辺の能力者とはレベルが違うってことが」

「そうね、あなたは只者じゃない。
れいなが来て能力を増幅してもらっても、ひょっとしたら勝てないかもしれないわ。
でも―――窮鼠猫を噛む、なんてことわざもあるわよ」

「おいおい、あたしを猫呼ばわりかい。
生憎、あんた達が3人揃ったくらいで傷つけられる程、
あたしは弱いつもりはないけど?」

「慢心は最大の敵よ、聡明なあなたなら分かるでしょう?」

「…違いない。
それにしても早かったな…約束の時間まで後40分もあるってのに」


女性は目を開け、ニヤリと笑う。
それと同時に、絵里とさゆみを呼ぶ強く鋭い声。

泣いている場合じゃない、目の前の敵を倒さなければ。
守る気持ちを持って戦い、倒すことで証明しなければならない。
理由を持って戦う能力者は、けして弱者ではないのだと。

いつの間にか、絵里を縛る力は消えていた。
深呼吸して、絵里は彼女同様女性を睨み付ける。


―――服の袖で涙を拭い、絵里は集中を開始した。




















最終更新:2012年11月24日 16:27