(09)922 『蛍火と月うさぎ』



営業を終え、店の疲れを労わる掃除をする

今日は酷く眠い一日だった
昨夜、飼い猫の帰宅を待ち、
それから、明け方まで語り合ってしまったから。

あくびを噛み殺してテーブルを拭っていたら、その手を止められた

「もう、ここはしますから、愛ちゃんはレジのことしちゃって下さい」

安易な感謝の言葉を重ねては、冗談に取られそうだから
深く一度感謝して、布巾を委ねる

「寝ぼけて間違わないで下さいね。愛ちゃんもれいなも!」

その能力に違わない、どこかふわりとした癒しの外見と
その中に隠された、棘のような言葉。
それが彼女の魅力に、マイナスだと表現する人もいれば、
プラスと表現する人もいる

自分は、そこに彼女…道重さゆみの本当の姿が隠されていると思っている



出会いはいつも突然

「よろしく」「ほや、あーしの能力は…」

仲間になったらすぐに自分の能力は話すことにしている
瞬間移動はまだいい。問題は精神感応だ。

どれだけ信頼できる間柄を作っても、この能力を持っていることがわかれば、
その全ては崩れていく。もろいものなのだ

 だから、自分のことがわかったのか?
 私の気持ち、読んでたの?

後からいくら弁解したってもう遅い。
この能力で得た、異能力者という仲間も、
この能力のせいで、消えていく

だから最初に、もう最初に 絶対に読まないことを確約する

それは、相手のため あるいは、自分のため



「すごーい」「便利ですね」

そうしていくと、次にかけられるのはこの言葉。
便利やで、確かによかったってことは多い。

けど…まったくそれだけじゃない。
人間の心はタールみたいで、深みに嵌ったらもう信じられなくなる
勝手に読みとるのはこちらなのに、それで相手を嫌うなんて、哀しい力だ

辛さなんて隠してきた
みんなに能力を持ってても生きてってほしいのに
自分がそれを出すのは違うと思ってたから

リーダーは強くなくちゃいけないって思ってたから


「大変だったんですね」
そんなどことなく気負いの中にいた自分に、
そう言葉をかけてくれたのは、さゆやった
同じ苦しみを味わっていた者しか出せない、眼差しと声で。



彼女の力は、癒し。
絶対的な生の力。命の肯定。活力。息吹。
そんな力が、どうして彼女を苦しめるのか。

皆が負の力を押さえ込む苦しみならば、
さゆは正にしかならない力を負とされて押さえ込まなければならない苦しみ
それは、二重の苦しみだった

彼女は自分の力に意味を求めていた。
そうしなければ、自分の力を憎み、飲み込まれる、
そんなどこか哀しげな目の求道者だった


同じだと、気付いた
周りから見れば、羨望される力
でも、そんな言葉とは真逆の苦しみに囚われて
それを表現することも出来ず、ただもがいてた

自分は、何も言わず、目を逸らしていた
彼女は自分を守る為、人から褒められる前に自分を褒めた
相手を攻撃して、褒められない環境を作り上げた

褒められたらわかってしまうから。
自分たちがそんな理想の中からは程遠いと気付かされてしまうから




「みんなには、ええって言われるけどな。結構大変やぁ。」

さゆに共感できるのは自分だと
わかっていても上手く言葉に出来なかった。
それでもさゆは頷いてくれた

「わかります」

短くて、すぐに元に戻ってしまったけど、
あの時確かにホントのさゆと触れ合えたと思ってる

自分も、そう。
あの時から少し、自分の辛さを表現できるようになった。


能力の肯定。
ダークネスの戦いの中でそれを見出す自分たち。
随分とさゆも喜んで能力の行使をするようになった。
表面上は最初から何も変わって無くても。

もし、さゆに能力の意味を問われたらなんて答えよう?
やめだ、自分が言葉にする必要も無い。
答えはもう、彼女自身が持っているし、
自分にそれを上手く表現する、力がないようだ。




「じゃあ、今日もお疲れさん。」

店の消灯後、玄関でさゆを送る

「愛ちゃん、ほっぺになにかついてます。取ってあげる」

そう言われたので、迷いなく頬を差し出すと
身に覚えのある、柔らかいものが当たった

「愛ちゃんのほっぺ、もーらいっ」
「ちょ、さゆ!!」

夜よりも一段鮮やかな黒髪を揺らしながら
彼女は走り去っていった

もっとも、走れていたのは最初だけで、途中からまるっきり徒歩だった。
こちらを振り返らないことでなんとか面目を保っているようだ

自分の頬が温かい。これは恋ではない。
体に溢れる、癒しの流れ。
彼女は普段は饒舌な唇で、何も言わずに私へこれを贈った。




ああ。わかった。うまく言えんのやけど
さゆの癒しの力は、優しすぎるその優しさを表現するためやない?
言葉や、態度じゃ伝わりきれない、その優しさを。

なんて、言ったらさゆはきっと照れてわざと肯定する。

そんな気遣いさせたくないから、
「ありがとう」と、書いたメールに彼女を追いかけさせた
我が使者は、走るのが苦手なウサギの頬をピンク色に染めるだろう

それも恋ではない 
ある意味もっと大切な、そう、生きている証




















最終更新:2012年11月24日 15:29