(09)900 名無し募集中。。。(愛絵里)



太陽の光を直視したらどうなるのか。
そんな、小学生でも理解できるようなことに、私たちは何故
気付けなかったのだろう。

ある日から愛ちゃんは、黄色いセルフレームの眼鏡をかけて
喫茶店の仕事をするようになった。
今はファッションで伊達眼鏡をかけることが流行しているから、
自分もやってみたのだ、と愛ちゃん。
誰もが納得していた。
似合っているよ、という皆の言葉に、照れ笑いの我らがリーダー。

気付いてしまったのは絵里だけ。
あれは伊達眼鏡ではなく、度入りの、本物の眼鏡だったのだ。


その次に喫茶リゾナントを訪れた時、ゴミ出しに出てきた
愛ちゃんとばったり店の前で鉢合わせしたので、絵里は世間話の
つもりで眼鏡のことを聞いた。

「……誰にも言わんでくれな」

愛ちゃんはすっと真顔になり、ゴミを出した後絵里を手招いて
リゾナントを離れた。ついて来い、ってことのようだ。

訳がわからなかったけど、自分は何かしてはいけないことを
してしまったらしい……それだけはわかった。

無言のまま一緒に歩いて、着いた先は近所の公園。
小さな子が何人か遊んでいて、お母さんらしき人も目に入る。

「あっこに、犬の散歩しとる人がおるやろ」
「ほんとだ、いますね」

愛ちゃんが示す先には、言うとおり犬のマルチーズを連れて
散歩しているおじいさんがいた。
距離は二十メートルくらいだろうか?

「眼鏡外すと、見えんのよ、犬が」
「……え?」
「や、犬は犬ってわかるかな、種類がわからん」
「マルチーズ……」
「うん、……ああ、あかんわ。やっぱ見えんくなっとる」


眼鏡を外して顔をしかめている愛ちゃん。
絵里は知っている。視力の悪い人は目を細めれば少し見える
ようになるから、よく見ようとすると顔をしかめてしまう。
実は絵里も目が悪くて、病院や自宅では眼鏡をかけて過ごしている。
外に出る時はコンタクト。
愛ちゃんはもともと目が良かったはずなのに、ここ何週間かで
急激に視力が落ちたんだそうだ。

「能力の使いすぎかもしれん」
「瞬間移動で……ですか?」
「いや、多分できること全部のせい」
「精神感応も、光も?」
「やろうね」

淡々と話す愛ちゃん。
最近、昼夜を問わず戦いが多くなったのは事実だった。
リーダーが戦線から離脱することもほとんど無い。

絵里が傍にあったベンチに座るよう促すと、愛ちゃんは腰を
降ろした途端に大きな溜め息をついた。
中年の人がよっこいしょって座るのと違って、本当に疲れた人の
漏らす嘆息だった。

―――高橋愛は、疲れている。



「光……光か……」

だから、うわ言のように呟いているのが少し怖かった。

「光……のせいなんですか?」
「あっしの能力は光の力を借りとる。さけ、しょうないんよ」
「そうなんですか?」
「うん」

瞬間移動。
自分は一瞬光の道を通っているのだという。
瞬きなど当然間に合わない。その間、閃光が視界を満たす。
強力なストロボを焚かれているようなものだ、と。

精神感応。
これは最初感電に似た衝撃を受けるという。
やはり目の前が真っ白になるそうだ。

光を使う能力―――は、言うまでも無い。

強い光を何度も見てきた代償なのだ、とまた愛ちゃんは淡々と話す。
それがこれからも続くのならば、最悪、失明の恐れもある……


「じゃあ、じゃあ、これからなるべく使わないように」
「いや多分、無理やろ」
「無理なんかじゃないですって!」

そんなすぐ決め付けないで欲しい。
愛ちゃんはきっとこのことを絵里に打ち明けるまで自分の中で
たくさん悩んできて、結局無理って答えに行き着いたんだろう。
でも、それじゃ何のために仲間をたくさん集めたんですか?
助け合って行くためじゃないんですか?

「リーダーだからって全部背負うつもりなら自惚れないでください!」

絵里は怒った。
絵里だって、皆の中では一番危険だと思う。
この心臓は鍛えてどうにかなるわけじゃないから……
でも、それを承知で戦うことを決めた。
仲間を信じているから、戦える、と思った。

「今の愛ちゃん、絵里に失礼すぎます」
「…………」
「絵里だって……傷の共有は危なくて滅多に使えなくなったけど、
 風、だって、嵐だって、竜巻だって起こせるんだからぁ!」


砂場にいる子供たちが笑ってた。
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした絵里を見て笑ってた。
絵里は突発的に頭にきて、そこの砂をほんのちょっと巻き上げた。
音もなく発生したミニミニトルネードに驚いた子供達が一斉に
逃げ出す。お母さーん! と叫びながら。

「うわわっ、こら絵里! やめぇ!」
「出来るんだからね!」
「わーった! よくわかったから!」

愛ちゃんが慌ててごめんごめんって言いながら、エプロンで
顔を拭いてくれてる。コーヒーの匂いが染み付いた黒いエプロン。
皆のいるお店の……リゾナントの……

少し気持ちが落ち着いてきたので、砂場の風を散らす。
顔にあてがわれたエプロンもゆっくりと離れた。
心配そうなリーダーの顔が見える。

「……愛ちゃん、守ってみせますから、皆で。信じてください」
「……うん。でもさ、ひとついいかな……」
「ナンデスカ」
「もし、もしもの話な。怒らんで」

よっぽど怒った絵里に恐れをなしたのか、愛ちゃんは何度も念を
押してからこう言った。

「目の良い悪いに関わらず、暗くて良く見えないようなところで
 戦うことはあると思うんよ……その時は、絵里の風を使って
 うちらを誘導して欲しい。ほやさけ、絵里を前線には出さん」

不満を言おうとしたら、むくれるなと先に言われてしまった。
しぶしぶ膨らんだ頬から空気を抜く。


「これは大事な役目なんよ。……どうか、お願いします」

ペコリと頭を下げられ、絵里はNOと言う権利を奪われた。
さっきは怒ったけど、やっぱりこの人はリゾナンターの、
私たちのリーダーなんだ。
そんな人に頭を下げられちゃあ、ねえ?

「もう、しょうがないなあ」
「納得してくれるか?」
「ほんっとーーーーーにどーーーーーしてもって言うなら、
 仕方無いですけどぉ、んーまーいいですよ? ただし!」
「た、ただし……?」
「絵里は苦いコーヒーが飲めないので、苦くないコーヒーを
 メニューに入れること!」

ビシッと決めたら、なぜか大爆笑をもらってしまった。
大人の女になろうと思って今まで我慢してきたけど、実は絵里、
苦いコーヒーが飲めない。
だからリゾナントでもカフェオレしか飲んだことがなくて、
ちょっと憧れてたのに。

「ほんまに駄目やったんかあ!
 とか言って、好きな人が淹れたらグイグイいけたりせんの?」
「あ、愛ちゃん……なんかオヤジっぽいですよ言い方が」
「アヒャヒャ、絵里可愛いなあ」


「絵里は可愛いですよ。知らなかったんですか?」
「知ってたけどさ、もっと可愛いと思った」

今度はホストみたいなこと言うな。

「カフェオレが飲めるなら、わざわざ苦いコーヒー飲まんでも
 ええと思うよ? 絵里に渋い顔させたくないしな」

だから、まっすぐ目を見てホストみたいなこと言うな。
……って、何だか急に色々恥ずかしくなってきた。
最初は深刻な話だったはずなのにな。
そういやここ来てどのくらい経ったんだろう。
愛ちゃんゴミ捨てに出ただけだったんだし、多分れいな辺りが
カンカンに怒ってる……ヤバイ!
絵里はベンチから立ち上がって、愛ちゃんの腕を引っ張った。

「帰りましょう! リゾナントに」
「ほやね、帰ろう」
「そうだ、今度コンタクト作りに行きましょう。
 絵里が連れてってあげます」
「おお、ありがとの」

ついでにお店も戦いも休んじゃえばいい。
リーダーには、お休みが必要なんです。


喫茶リゾナントへ戻ると、そこに居たのは……

「あー! 亀井さんの目が赤い! 泣かせたんですかっ?」

よりによって小春ちゃん……

「えっ、いや、これは」

愛ちゃんが露骨に慌てて絵里から手を離したので、余計あやし
まれたんだと思う。小春ちゃんは、泣ーかしたー泣ーかした!
と叫びながら(歌いながらじゃないよ。あれは叫んでたね)、
派手にドアを開けて中に入ってしまった。

あんなことをやられたら、続いて中に入れっこない。
結局私たちは、裏口から入ろうとして厨房に居たれいなに
見つかって、小一時間説教を食らい、翌日にはメンバーの間で

『愛ちゃんが絵里を振った』

という噂まで立てられてしまいましたとさ。




















最終更新:2012年11月24日 15:25